3.受付嬢ちゃんの憂鬱
お客一号が出てから間を置かず、新たなお客がやってきます。
お客第二号はこのギルドでもベテランの部類に入りつつある奇術師さんです。
「ヘロゥ、ポニーガール。このクエストを受諾しぃてくれないかぁい?」
奇術師さんは少し変な喋り方をするマギムの人です。見た目も奇抜で、ちょっとピエロっぽい恰好をしていることから変人扱いされています。実際ちょっと変人ですが、危険度4くらいのクエストなら一人でこなしてしまう実力者です。
ポニーちゃんはクエスト用紙を笑顔で受け取り、内容に目を通します。
どうやら奇術師さんは難度5のクエストを受けるようです。
討伐対象はヴォーダノイ、かなり厄介な水棲の魔物です。
また、このクエストはノンペナルティ指定のクエストのようです。
ノンペナルティ指定クエストとは、受注後に任務達成ができなくとも責任を問われず、またキャンセルも自由にできるというお財布に優しいクエストです。ただし、この手のクエストは討伐対象の数が一体もしくは極端に少ないか、防衛物の有無など条件が付いている事が多く、受諾する冒険者の人数に制限がないので早い者勝ちの競争クエスト化することが多いです。
たいていの場合緊急性が高く、報酬も高額なため即席チームを組んだ冒険者が殺到することでトラブルも起きますが、トラブルを推してでも早く解決したい問題だということでしょう。
「まぁ正直、漁夫の利を狙って報酬独りぃ占めしようかと。今月ちょっと厳しいかぁらね」
奇術師さんは割とプライドとか見栄がないので思ったことを何でも言っちゃいます。そこがまた変人たる所以なのでしょう。
しかしポニーちゃんは即座に止めた方がいいとアドバイスします。
「ホワイ?収集クエストついでにちょっと狙おうとするだけぇだぞ?」
ほかの魔物ならともかく、ヴォーダノイは暇を見てちょっと狙うなんてことが出来る魔物ではありません。というのも、巨大なカエルのような姿をしたヴォーダノイは日中の半分以上を水中で過ごし、地上には1、2回くらいしか上がってこないという極めて厄介な魔物なのです。
これを効率よく倒すには魚人族の手練れに協力してもらうか、かなり高位の水の術士もしくは怪力の種族に協力してもらって釣りをするしかありません。
水中に飛び込んだり水辺で戦うなど以ての外です。ヴォーダノイは地上ではただ図体のでかいカエルですが、水中では強力な水の術を用いて相手を溺死させ、丸ごと飲み込んでしまう凶悪さを発揮します。
一人で狩るにはタイミングよく上がってくるのをずっと待っていなければいけないし、その間に準備を整えたチームがやってくれば漁夫の利作戦は成立しにくいものになります。
「ほほぅん。ヴォーダノイってそういうタイプなのか。聞いたことない名前だからいけると思ったんだぁが」
というわけで、ポニーちゃんは現在奇術師さんが受諾している採集クエストと近い場所に住む鹿の魔物ペルトンデアの間引きクエストをおすすめしました。ペルトンデアはあまり人を襲わない魔物ですが、この時期は繁殖期のため狂暴化して人里の近くに出ることがあるため、定期的に人間のテリトリーを誇示するために間引きの為の討伐任務が出ます。
しかもペルトンデアの立派な角は加工素材として意外と高く売れるという嬉しい副産物もあります。危険度は4と戦いになるとなかなか狂暴な相手ですが、逆を言えばそのレベルを狩れる冒険者にはオイシイクエストです。
「フム……リトル苦労はするが確実にリターンがあると。じゃあポニーガールを信じてそうするぅか」
奇術師さんはあっさりヴォーダノイ討伐を諦めてペルトンデア間引き任務を受けました。彼はちょっと変な人ですが、受付嬢の提案を疑ったりせずすぐに安定の道に切り替える堅実さを持っています。危険な道は通らないことで順調に実力を上げた、模範的な冒険者とギルド内では評判です。
「さぁ、今日もマイライフをベストトラベェェーール!!」
……そしてやっぱり変な人であるとも評判になっています。
奇術師さんを見送ってしばらくすると、お客第三号がやってきました。
「……………クエストを」
お客三号さんは、重戦士さんです。
実はポニーちゃんは重戦士さんがちょっと苦手です。
重戦士さんは登録上既に30代を過ぎようとするマギムなのですが、その顔立ちは若者そのもの。しかも無口で、その鋭い目には得も言われぬ貫禄があります。元は凶悪ダンジョンを攻略していたエリート冒険者だったそうですが、事情があって今はこの町にいるそうです。
巨大な剣、堅牢な鎧、血のように赤いマント。竜殺しでもやりそうな重装備ですが、過去には大型竜を討伐した経験もあるそうなのでホンモノです。ぶっちゃけ彼はこのギルドに通う冒険者の中でも別格の強さを誇ります。
そんな重戦士さんが安いクエストなど持ってくる筈もなく、持ち込んだのは危険度8を超える超危険任務です。今回彼が受けるのは、このギルドの管轄地域ギリギリに位置する山に謎の狂暴な魔物が出現しているのでそれの情報を集め、可能ならば討伐せよというものです。既に別の任務で山に向かった冒険者が6名も行方不明になっているため他の冒険者は恐れて受けようとしません。
そう、重戦士さんが持ち込んでくるのは、受付嬢として説明するほどの情報がない極めて厄介なものばかり。ポニーちゃんはいつも必死になってなるだけ多くの情報を伝えようとしますが、通常のクエスト説明の半分以下の時間で情報が尽きてしまいます。
今回のは殊更で、ほとんど判明している情報がない有様。ポニーちゃんは時々、この重戦士さんが自分を手抜き職員だと思っているのではないかとさえ思ってしまい、申し訳ない気分になります。
「………分かった。可能なら討伐し、魔物の死体を持ち帰る」
重戦士さんはあまりにも短い説明に文句の一つも言わず、結局クエストはそのまま受注されました。せめてもの償いとばかりに激励のエールを送ると、重戦士さんがスッと目を細めます。
もしや余計なことを言って怒らせてしまったか、と受付嬢ちゃんは慌てますが、重戦士さんは右手をあげてサムズアップで応え、そのままクエストに向けて出発してしまいました。
これは、どう受け取ればいいのでしょう。
質問するより前に去ってしまう重戦士さんに、若干のもやもやが募る受付嬢ちゃんでした。
受付嬢ちゃん豆知識:術
この世界では術と言えば『神秘術』と呼ばれるものを指します。人も魔物も、使えたり使えなかったりします。種族によって得意な術の属性が違いますが、誰しも頑張れば属性の一つくらいは使えるようになるらしいです。ちなみにこの術は300年前に体系化されたことで飛躍的に発展しました。
その発展には、とある一人の人物が関わっているのだとか。憧れちゃうなぁ。