37.受付嬢ちゃんにできるコト
いつもの日常、いつもの冒険者。
町の外に危険はあれど、それが町の日常。
その日常を突き崩す知らせがギルドに届いたのは、正午が過ぎて午後の業務が始まろうという頃でした。
「――『万魔侵攻』警報発令ッ!! 『万魔侵攻』警報発令ッ!!」
その瞬間、ネイルを弄っていたギャルちゃんが手を止め、本を読んでいたメガネちゃんがしおりも挟まず本を閉じ、イイコちゃんが音もなく立ち上がり、そしてポニーちゃんはデスクから立ってカウンターに走りました。
ギルド内を見渡すと既にベテラン枠の冒険者たちは集まり、新人たちも顔を強張らせながら整列。外では最近導入された『拡声機』という神秘道具によって何倍もの大きさに増幅された声で『万魔侵攻』の知らせが鳴り響き、警告の鐘がけたたましい音を打ち鳴らします。
『万魔侵攻』――それは、超大型迷宮から前触れなく大量の魔物が湧き出てくる現象、或いは襲撃の事を指して言います。
定期的に大量に湧き出る魔物は弱い魔物から強い魔物まで幅広く、更には新種が混ざっていることもあると言います。人類がどんなに魔物を討伐し力をつけても魔物が減らない理由は、これも一つの要因となっているのです。
『万魔侵攻』の流れと対応を説明します。
まず、全世界の超大型迷宮には一つの例外を除いて城塞都市が近くに必ず設置してあります。これはマーセナリーの拠点でもあり、世界のどんな城より堅牢な壁と建築物を有しています。ここではマーセナリーと共に絶えず超大型迷宮の監視が行われ、少しでも『万魔侵攻』の兆しがあればすぐさま戦闘態勢に入り、伝令を周辺のギルドに送ります。
文字通り万に届く夥しい魔物が地上に出現すると、鉄鉱国特製の殲滅散弾大砲が一斉に火を噴いて数を減らします。そしてそれでも生き延びて都市に侵入しようとしたり、後方の街に向かっている魔物をマーセナリーが可能な限り減らしていきます。
意外に思うかもしれませんが、地上に出た魔物の群れは人を襲うことよりはまず各地に散る事を優先します。それに立ちはだかる敵がいて初めて戦闘が始まるのです。それはまるで、虫が大量に子供を産んで外界に放つかのようで、一匹でも多く生き延びる為に強い魔物を中心にいくつかのグループに分かれながら移動します。
城塞都市とてあまり発生場所に近すぎると城壁や門が破壊されてしまうため、大砲の射程も密度も魔物の進行方向全てをカバーは出来ません。それでもこの段階で半数近くは鏖殺します。通り過ぎたら今度はマーセナリーが一斉に追撃し、更に可能な限り魔物を減らしていきます。
しかし、追跡にもやはり限度があり、生き残った魔物は周辺に散っていきます。ここでギルドと所属冒険者にやっと出番が回ってくるのです。すなわち、一斉に出撃して増えた魔物を掃討して回るのです。でなければ冒険者たちの活動にも民の生活にも支障が出ます。
頻度は数年に一度程度ですが、残念なことに毎回少なくない死者が出ます。今年は翠魔女さん、重戦士さんを始めとした戦力が揃っているので善戦するでしょうが、もしかすればこの中の何人かはもう帰ってこられないかもしれません。
それでも、送り出すしかありません。
周辺の国家から正規兵の討伐隊も当然出ますが、それだけの戦力で魔物を掃討しても尚『万魔侵攻』後の周辺地域では魔物の出現や被害が増大し、元に戻るまで夜も緊張でなかなか眠れない日を送る人が出てきます。
受付嬢に出来るのは、任務参加者のサインを全員で素早く頂き、生き延びた人々に正当な報酬が支払われる手伝いをするだけです。
「んじゃ、行ってくるわい。なーに、前回もきっちり生き延びたんだ。報酬たんまり用意しといてくれよ?」
既に数度の襲撃を経験した冒険者さんが慣れた手つきでサインします。
「ぼ、僕……『万魔侵攻』は初めてなんです。はは、手が震えてら……」
震える手でぶれたサインを書き込む若手の冒険者さんが続きます。
「ポニーちゃん、もし……もし生きて帰れたら君に伝えたヘブッ!?」
「そーいうことを出陣前に言うと早死にするから止めてやったぞ。感謝しろ。そして後がつっかえてんだからとっととサインしろ」
「あい、しゅいましぇん……」
出撃前から既にダメージを負う、何がしたいのかよく理解できない冒険者さんも、その次の人たちも次々にサインしていきます。
ゴールドさんは経験ありなのか「雪兎ちゃん預けてくから頼むね?」とサイン。赤槍士さんは「名を上げるチャーンスっ!!」と意気揚々にサイン。重戦士さんは無言でしたが、去る直前にサムズアップしてくれました。
元マーセナリー組にとってはこんな地方での魔物掃討など欠伸しながらでも出来るとばかりに、水槍学士さんを含め準備運動までしています。
「僕は二回目ですけど小麦さんは初めてでしたっけ。力を込めすぎて魔物以上に自然を破壊しないでくださいね?」
「大丈夫ですよー! 放っておいたらまた草木くらい生えてきます!」
「……守る気概が感じられん。頼むから火炎放射で全部焼き尽くすなよ。平原が火事になればシャレにもならん」
「……せっかく汚物消毒カスタム用意してたのになー」
全力で見ざる聞かざるしたポニーちゃんはそっと顔を背けました。
さて、出撃する者あらば残る者もあり。流れ魔物を仕留める為に町の防衛線にも冒険者が必要不可欠です。彼らは他の人員と共に普段は板で塞がれている塹壕や土嚢をせっせと用意していきます。探知能力を買われて桜術士さんが、そして射程の長さを買われて碧射手ちゃんも。斧戦士さんも力仕事に駆り出され、この時ばかりはコヴォルスレイヤーこと微臭さんも対魔物の罠設置に動きます。
桜術士さんには先ほど雪兎ちゃんをくれぐれも頼むと言われました。しかも念には念を入れてと急にネックレスを渡されました。反応に困るのですが、これはその、あれでしょうか。本でたまにある「生きて帰ったら俺と」みたいなことなのでしょうか。早死にしますよ、と言ってみると否定されました。
「違わい! それは雪兎にあげたネックレスと対になる神秘道具なんだよ。ネックレスの中の結晶が雪兎のいる方向と距離を映し出すから、もし探すときは使ってくれや」
違ったようで安心です。その台詞を言うとだいたい死んでしまうことで有名ですし、急にそんなこと言われても反応に困りますから。
それにしてもこんな代物今まで聞いたことがありません。一体どこで手に入れたのか気になりますが、これ以上桜術士さんの貴重な時間を浪費させる訳にもいかないので話を終えます。
「にしても、俺は術を使ってレーダー替わりかよ。あーあ、気が抜けねぇ事頼まれちまったなぁ」
「れーだー……? ちょっと分からないけど大丈夫よ、桜術士なら。なんたって貴方が見つけて私が射るんだもの。無敵のコンビでしょ?」
「……いや、それもそうだがやっぱ俺もちょっと罠仕掛けるの手伝ってくるわ。下で死人が出たら目覚め悪いし。あと射程距離の丁度いい魔法なんぼか見繕っとくか……おーいコヴォルスレイヤー!」
「お前、確かクァトルの術で地面の形状を操ったりできるんだったか? だったら存分に働け。出番は多いぞ」
「あんたこそコヴォル以外が相手だからってしょっぱい罠仕掛けんなよ」
変な人同士気が合うのか、二人は並んでてきぱき作業してます。置いていかれた碧射手ちゃんは若干不満そうですが、すぐに他の射手たちと連携の話を始めました。
一つの目的に向けて皆が団結する。
魔物との戦いはいつもそうです。
それが出来なくなった時、きっと人類は敗北するのでしょう。
人類はまだ知らない人や違う種族が入り混じって、国も組織も人同士もいがみ合いが絶えません。第三次退魔戦役もいつ起きるか分からず、新種の魔物や凶悪な魔物の出現も増え続けています。ギルドも今の地位に胡坐を掻けばいつ本分を全うできなくなるか分かりません。
でもポニーちゃんは、まだそこまで未来を悲観できません。
皆が協力する今の光景を見ていると、ポニーちゃんはなんだか人間の可能性を信じたくなってしまうのです。
翠魔女さんの神秘術教室:クァトル
クァトルは古代文字で「Ⅳ」と書き、物体の形状変化や安定化、精密な術の調整に使われる属性よ。大地の形状を変えて相手を転ばせたり、岩なんかを丁度いい大きさにカットしたり、氷の術で造形する時なんかにも覚えておくと戦略の幅が広がるわ。
また、クァトルは他の属性との間を持つのが得意って言われてるから他の属性との親和性が高い反面、その属性のみでの使用が難しいの。桜術士くんみたいに術で落とし穴とかの罠を作るのって、結構高等な技術が必要なのよ?




