36.受付嬢ちゃんには向いてない
冒険者には、肝心な話や細かい確認を怠って依頼を失敗する人がいます。
例えばいつぞやの鹿の魔物ペルトンデアは角に結構な値段がつくのですが、間引き依頼に角の回収は含まれていません。依頼する側としては冒険者の分け前として敢えて依頼に含めていないのですが、そのことを知らない人は角を放置してしまい、結果的に損をしてしまいます。
また、間引き依頼と殲滅依頼を間違えたり、魔物の素材を取る依頼なのに殺せば終わりと思って帰ってきてしまい損をするということもあります。もちろん受付嬢としては説明するのですが、依頼内容がクエストの紙に書いてあるため、相手が新人でない限りは半分は省略してしまいます。
中には「ベテランなんだからそんなこと説明されなくても分かる!」と不機嫌に突っぱねる人もいます。そしてその半分以上は帰ってきてからミスに気付いて「そんな話は説明しなかったじゃないか!」と怒鳴るのです。この辺はあちらが悪いと一概にも言えず、さりとてこちらの不手際とも言えないのが辛いところです。
逆説的なジンクスとして「質問する冒険者は大成する」という言葉もあります。
ええ、あります。確かにそんな言葉が存在し、事実のように語られていることは確かです。
しかし、物事には限度というものがあるのです。
「では、その……西南西にある丘の高低差はどれぐらいなんでしょうかム? こう、魔物が反対方向に隠れている場合に奇襲を受けるリスクとか……ああでも、左の方はこれ、岩盤なんでしたっけム? 崩落の危険性は? 隙間に魔物が住んでいる洞穴とかあったりしませんム?」
そんなことを知って一体何になるのかと反論したくなるほど任務に関係なさそうな事を聞いて聞いて聞きまくる彼は……彼なのか彼女なのかよく分からない、語尾に「ム」をつけるこの……もう人型ですらない軽くモンスターっぽささえあるけど顔だけは妙に愛嬌があって丸っこい摩訶不思議アドベント生命体は、一応は人的な知能と感性を持つため人として扱われているポムポムという種族の新人冒険者、ポム斥候さんです。
ポムポムの民は魔物の一族が人になったとも実は三大国が出来る前からいたとも空の彼方から来たともされ、総合すると謎の一族です。性格は全員個性的過ぎて統一性がないという統一性を持っています。故郷は隠れ里となっており誰も場所を知らず、どこからともなくポムポムと足音をたててやってきます。
身体の形は二頭身のハムスター的な形状。個体差はあれど大きくて一マトレ。手は毛に覆われて丸っこいのに人間が使うどんな道具も器用に使いこなし、小さい癖に見た目の何倍も力が強く、使う武器もモーニングスターめいた独特の手作り道具を使います。服も武器も性格も、もはや個性の塊を通り越して個性の暴力です。
骨格とか声帯とかいろんな概念がポムポムしてくるポムポムの中でもポム斥候さんはどうやら質問を一つに纏められない上になんでも知りたがる人……人? のようです。
当初、ポム斥候さんが受けようとしていたのは近くの丘に現れたはぐれゴフメットの討伐でした。
ゴフメットは頭が二つある山羊っぽい姿の魔物なのですが、とにかく暴食で目に付く植物を根こそぎ齧って通った道を剥げ上がらせるという異色の環境破壊モンスターです。余りに暴食過ぎて植物型モンスターと同士討ちすることもある程で、一匹でも農地に入り込めば食物全滅間違いなし。一刻も早く排除すべき悪夢のような存在です。
戦闘力はあまり高くなく、行く道の草を食いつくす関係上冒険者に追跡されやすい魔物なので討伐自体は簡単ですが、この依頼を持ってきたポム斥候さんには問題がありました。
『ここからその丘まで何マトレだム? この地図縮尺がテキトーであてにならないム』
『その数値はちゃんと計測器で計った距離ム? 間違ってたら持っていくお弁当の量が変わるからいい加減な数字はやめて欲しいム』
『行き先の川にある橋が壊れていた場合はどこからどうやって回り込めばいいム?』
『ゴフメットの計四本の角が討伐証明になるって話ムけど、なんで角ム? 尻尾でも判別できる気がするム』
とにかく質問の多いこと多いこと。しかも割とどうでもいいことだったり自分でどうにかしてくれという内容ばかりです。
ちなみにゴフメットは戦闘力は低いものの生命力旺盛で、尻尾は簡単に千切れるし頭を片方を潰すともう片方の頭が死んだふりしてその場を乗り切り、後でまた活動を始めたりするから両方の頭を無力化した証が必要なのです。流石の死んだふりも角を叩き折られれば続行できませんから。
こんなことを話している間にもゴフメットの被害は広がり続けているというのに、そんなことを聞いている暇があるならさっさと行って欲しいです。あと地図の縮尺とか言われても、ポム斥候さんの持っている地図はギルド製のものではない粗悪品なので地図を買い直してから言ってください。
「そうかム? でも地図って何種類か見たことあるけど、ギルド製の品質がいいとしても最高品質とは限らないム。しかも高いム。民間でいい地図作ってるところないかム?」
答えても答えても終わらない質問。
いい加減に待ち人が溜まってきて進まない作業。
そしてそんな空気は知った事じゃねえとばかりに質問しまくるポム斥候さん。
三十分に渉る戦いの末、やっと質問が切れたポム斥候さんは納得したようにうんうん頷きます。
「よく分かったム! ……それで、色々聞きすぎて忘れちゃったムけど、おいらは何の任務を受けてたんだっけム?」
その場の全員がづべーん!! とずっこけました。
その後、流石にこれ以上は看過できないと他の冒険者がギルドの外にポム斥候をクエストに無理やり送り出したのち、ポニーちゃんは頭を抱えました。あんなのに毎日来られてはポニーちゃんの精神が持ちません。
誰か、彼の細かい質問に答えられる受付嬢は――いる!
ポニーちゃんは迷いなくその受付嬢の下に行き、担当を変わってもらえるよう頼み込みました。
数日後。
「……でですね。この地域は日が昇ると同時に山間から冷たい空気が一気に流れ込んで天候が崩れやすく、去年の今頃でいうと一月に雨天が18回ありました。これは三日に一度のペースで雨が降っていることになります。そのため高温多湿を好む魔物が突発的に現れる場所でして、狩る魔物に合わせて時間帯を選ぶのが最良の道になると思います。具体的にはこの辺で目撃されている魔物の中で統計的に一番多いのは……」
「……ム」
受付嬢きっての高学歴、メガネちゃんの止まらない説明に返事するポム斥候さんの声には生気がありません。
「……でも私、この魔物は目に付きやすいだけであって総数は多くないんじゃないかと思うんです。だってこの環境がいくら多湿とはいっても水辺は水深が浅く沼や湖もないですし。それで思ったんですけど、この魔物はきっと朝露を飲むために目に付く場所に多くいるんじゃないかと思うんです。この辺にはノボリハスという上に水を溜め込むためのお皿のような形をした固有の植物が生息していまして……」
「……ム」
微妙に関係ない説明に飛んでいますが、これはポム斥候さんの質問が多いことを感じたメガネちゃんが「私の知識を披露してポム斥候さんを喜ばせよう!」という善意で知識を全開にしているのです。彼女は知識が多すぎて説明欲が普段あまり満たされていないらしく、周囲が長く難しいと思う話も本人的には十分の一まで縮めた内容らしい。
「……以上のことから、この場所はかの有名なモケピロス冒険譚に出てきた『霧と苔の迷い森』なのではないかという説が提唱されています。ただ、ここは第一次退魔戦役の際に地形が変形した際に出来たものなので、つまりモケピロスは退魔戦役の後にこの地を探検したことになるんです。しかし不思議なことに彼の冒険譚には戦役についての記述と特定できるものが乏しく、このことからいくつかの仮説が……」
「……ムぅぅぅぅぅぅ! 分かった、分かったム! でもそろそろクエストにもいかないといけないので、名残惜しいけど話はここまでにするム!」
「あ、そ、そうですね! ごめんなさい私ったら……それじゃ、戻ってきたらまたお話させて頂きますね! 私にここまで説明させてくれたのはポム斥候さんが初めてですけど、私まだまだ説明できますから!」
善意100%の眩しい笑みに死んだ表情筋を無理やり釣り上げて応えたポム斥候さんは、ふらふらと歩いてポニーちゃんの元にやってきました。
「今度から質問は五回以内に抑えるから、こっちの担当に戻してほしいム」
「ぽ……ポム斥候さぁぁぁーーーん!?」
涙目で悲鳴を上げるメガネちゃんと、約束ですよと念を押すポニーちゃん。
やはり人には向き不向きが物を言います。流石は知識豊富なメガネちゃん、ポム斥候さんも口を出せない知識量で圧倒です。
こうしてポム斥候さん質問多すぎる問題は無事に幕を閉じたのでした。
ただし善意で地獄への道を舗装してしまったメガネちゃんはこの件で落ち込み、しばらく余り口を聞いてくれなくなりました。自分では喜んでくれると本気で信じていたようです。流石に悪いことをした気持ちになったので、機会があれば彼女の話に着いていけそうな知性を持つ水槍学士さんをそれとなく彼女の方に行かせてあげようと思ったポニーちゃんでした。
メガネちゃんの日記:水槍学士さん
水槍学士さん、凄い知識量です……私の持論に反証したり、最新の理論にも精通してくるなんて! 私には分かります、この人は冒険者をしてこそいますが根っからの学士です! 嗚呼、時代が時代故に武器を持たざるを得なかった悲運の美男学士……! きっと犯罪歴も誰かに着せられた濡れ衣に違いありません! 許されるなら夜まで彼と語らいたい!
なのに、水槍学士さんはポニーちゃんの担当です……そりゃポニーちゃんは優しくて説明上手で、でも言うときは思いっきり言う人で、私もあんな風になれたらなと思いますけど……うう、内気な自分が憎いです。もっと優秀な受付嬢になりたぁい……!




