35.受付嬢ちゃんになった理由
「なーんか最近、ちょっと冒険者たちがピリピリしてるよなー」
昼休み中、ギャルちゃんがそんなことを言いだしました。
「今月に入って登録抹消が何人か出てるよね……」
「た、確かに……足軽さんで四人目、例年にないペースです……」
イイコちゃんがさも悲しそうな顔で同調し、メガネちゃんも前年度比のデータを出すことでギャルちゃんの抽象的な言葉に具体性を持たせます。今月に入ってから四人それぞれ一件ずつ担当冒険者の登録抹消が発生しています。ポニーちゃんは今までなかったのですが、今日ついに一件出ました。
四人の登録抹消者たちはそれぞれ素行や仕事精度に問題がある人物たちでしたが、それでもこれまでギリギリで立場を保ってきていました。それが崩れたのは、やはり異端宗派の一件が精神的に尾を引いているのかもしれません。
ギルドに顔を出すいつもの面子と呼べる人たちに変化はありませんが、紫術士の一件以来、裏では疑心暗鬼の煙が小さく燻っているようです。同時にここ何年かで少しずつ魔物の活動が活発になってきており、単純に余裕のなくなっている人も時折います。ポニーちゃん自身、登録抹消とは別に、能力に限界を感じて引退を考えているという人から数名相談を受けています。
ギルドの戦力そのものは重戦士さんの元同僚やゴールドさんたち新人組によって綜合的には強化されていますが、その分だけ冒険者同士の競争が激化してしまったのかもしれません。そんな推測を述べてみると、なるほど、と三人も頷きます。
「元々ココの戦力高かったのに、今じゃ危険度12の奴が来ても倒せるんじゃね?」
ギャルちゃんが冗談めかして言いますが、もし重戦士さんが鉄血だという説が本当なら楽勝でしょう。そうでなくとも翠魔女さんの神秘術、小麦さんの携行数砲、その他多くの戦士たちが揃っています。悲観することばかりではなく、今いる冒険者さんたちを信じるのもポニーちゃんのやるべきことでしょう。
と――そんな昼休みに更なる希望を齎す空腹の味方が現れます。
「失礼します。クエレ・デリバリーです!」
今日はみんなで出前の日。見慣れた営業スマイルの出前さんがデスクに入ってきます。ただ、今日は彼の後ろに見覚えのない小柄な人物が追従していました。
「……目標地点、到達」
「こら、お店の名前を一緒に言いなさい」
「命令か?」
「先輩としての命令です」
「受諾した」
「はぁ……融通利かない新人だよお前は」
感情の籠らない淡々とした口調できびきび返事をしているのは、女の子です。こんなに小さい新人さんとは珍しいですが、ポニーちゃんはその声に何故か聞き覚えがある気がしました。
「ほら、皆さんに自己紹介!」
「クエレ・デリバリー所属、タレ耳……階級は居候、兼従業員」
かなり個性的な自己紹介でタレ耳ちゃんは敬礼しました。
目つきの悪い三白眼に、白い肌を侵食する罅のような傷跡が額から右頬にかけて斜めに走っています。両耳はひらべったく垂れてた犬耳なので、ケルビムに近い種であるリィバムの民でしょう。大陸の東で暮らすのがケルビムで、西に暮らす犬の種族がリィバムです。ただ、リィバムは傭兵よりは護衛など守護に向いた一族だと一般的には言われています。
「タレ耳は近くで魔物に襲われてた孤児でな。怪我の治療ついでにうちで面倒見ることになったんだが、これがまた可愛くないのなんので……」
「カワイサなるものは任務遂行には不要……」
ちなみにポニーちゃん的には全然可愛いと思います。三白眼の目つきも逆にチャーミングです。頭をなでなでしてあげると怪訝な視線を送りつつも抵抗はしません。灰色の髪はフカフカで、軽業師ちゃんとも雪兎ちゃんとも違った心地よい手触りです。
「ポニーってさ、ちっこい女の子を見境なく可愛がるよな」
「あ、あんな不機嫌そうな顔の子に、よく近づけますね……」
「……………小動物を可愛がる女って、可愛がってる自分を見せて男にアピールするのよね」
「? なんか言ったかイイコ?」
「ううんー、べっつにー?」
なにやら背後から不穏な空気が漂った気がしますが、気にしないことにします。
しかし、この年齢で孤児とは……しかもこの大きな傷は一生消えることはないでしょう。何か困った事や辛い事があったら、相談相手くらいにはなれると優しく話しかけると、首を傾げられました。これは……仕草が可愛すぎたので一度抱きしめました。
「貴方は……何故、こんなことをする。同情か」
タレ耳ちゃんが問いかけてきました。
「同情は好きではない。上から見下ろされているようだ。自分は弱くない。貴様の助けなどいらない」
「おい、タレ耳。お客さんに対してなんてことを……!」
「な、なんでポニーさんの善意を、そんな風に悪く言うの……!?」
出前さんだけでなく、メガネちゃんまで非難がましく彼女を責め立てようとしますが、ポニーちゃんはそれを手で遮って続けました。
同情……というよりは、同類なのかもしれません。
ポニーちゃんにも両親がいません。
父も母も魔物の襲撃に巻き込まれ、姉と幼いポニーちゃんを残して死んでしまいました。必死に妹を守り導こうとする姉に必死で着いていき、屑同然のパンを二人で分け合い、時に浮浪者と罵られながらなんとかいい孤児の養成施設に転がり込み、死に物狂いで勉強しました。
父親と母親がいない、屋根のない空の下で過ごす孤独。
それはひもじさを上回る辛さでした。
でもポニーちゃんには姉がいました。
姉と共に体温を分け合った夜に、何度救われたことでしょう。
姉はポニーちゃんの憧れです。だからこそ、姉のようになりたいポニーちゃんはもしかしたら妹が欲しいのかもしれません。その妹が耐えられない孤独を感じているのなら、そんな子が頼る最後の支えになれる女になりたいのです。
それは恐らくは、頼られる人間に憧れたポニーちゃんが受付嬢となった原点。
現実は憧れとは違い、罵倒されることもありますが、後悔はしていません。
頼って欲しいというのはポニーちゃんの身勝手な願望だとは思っています。本当は余計なお世話かもしれませんし、クエレ・デリバリーの人たちがついているならポニーちゃんの出る幕はないのかもしれません。
だから、ポニーちゃんに頼るような事にならないのが一番です。
それでも辛い日がもしもあったのなら……その時は、ポニーちゃんに甘えてください。
「それは、命令か?」
命令なんてしません。これは唯の個人的な希望です。
「命令でないのならば、聞く義務はない」
ええ、それで構いません。ただ記憶の片隅にでも残っていてくれれば、それで十分です。
「……変な女」
それだけ言って、タレ耳ちゃんはふいっと目を逸らしてお弁当を配り始めました。素直じゃないところがまた可愛くて、ついにこにこしながら目で追ってしまいます。ケレビムと違って尻尾もタレ気味ですが、そこもまた可愛らしく見えます。
「……了解した。貴様の話は覚えておく。だからそのにやけた顔で見つめてくるのをやめろ」
そう言ってポニーちゃんの弁当をデスクに置いたタレ耳ちゃんの頬は、見られるのが恥ずかしかったのか少しだけ赤くなっていました。堪らなく可愛かったですが、あまり見つめると可哀そうなのでほどほどに見ることにしました。
変な女だ。
自分が彼女を洗脳しようとした一味の生き残りであると告げてもあのにやけた顔が続くのだろうか。確かめたいとも確かめたくないとも思わない。思う、という感情もないだろう。
自分は人形、親も家族もいない。
持ち主の望むままに殺し、いつか壊れて捨てられる。
それともポニー、お前は自分を「何者か」にしてくれるというのか。




