31.受付嬢ちゃんにイケメン犯罪者
仕事に復帰したポニーちゃんを待っていた環境は相変わらずですが、ちょっとずつ変化もあります。
まず、マッチ女さん改め赤槍士さんがギャルちゃん担当冒険者としてデビューしました。意外にも表向きはゴールドさんと仲良さげに接していますが、ちょっと周囲の目が無くなるとまたいがみ合ったりしています。
不思議なことに二人は戦いでは息ぴったりらしく、一緒に依頼をこなすことも少なくありません。
その赤槍士さんですが、どういうわけか雪兎ちゃんが懐かなくて困っているようです。今も雪兎ちゃんの頭をさりげなく撫でようとし、べしっと手で全力拒否されています。
「アタシの何がそんなに嫌いなんだ……!」
「あはははは。人の本質をよく見ているだけじゃないかな?」
「案外遊び相手を取られて嫉妬してるのかもしれんが……何でそんなに赤槍士が嫌いなんだ?」
「やーなのはやーだもん。ぷいっ」
桜術士さんの問いにぷいっと顔を背ける雪兎ちゃんによよよ、と泣く赤槍士さん。確かにあのサラサラの柔らかい髪を撫でられないのは大きな損失かもしれませんが、ゴールドさんを取られて嫉妬しているのだとしたらそれも女の子らしくてかわいい気がします。
様々な事実が判明した重戦士さんは、今までより小麦さんを連れて遠出することが少し増えました。
近々、重戦士さんの過去について重要な事を知っていると思われる古傷さんがこの街に引っ越してくるそうです。その時に真実を話したいと向こうが言ったらしく、もどかしさを感じているのかもしれません。
当の小麦さんは出番が増えてウハウハらしく、普段より肌艶がいいくらいですが。
そうそう、重戦士さんと言えばですが、重戦士さんの元同僚がこのギルドに移転してくるという話が遂に実現したらしく、ポニーちゃんも移転者の一人を担当することとなりました。
「初めまして、水槍学士と呼ばれている者です。超巨大迷宮でしか活動したことがないので色々と質問することになると思いますが、お手柔らかによろしくお願いします」
メガネの奥に深い知性と優しさを湛えた瞳。
微笑みを見ただけで周囲が唸るほどの輝き。
美男子です。それも、ポニーちゃんが人生で初めて見るくらい美男子です。
ゴールドさんも美男子なのですが、水槍学士さんは声とか佇まいとか肌の色とか、もう何もかもが美しいと感じるほど美男子なのです。正直に言ってポニーちゃんの好みドストライク、お誘いを受けてしまえばギルドの不文律を破ってホイホイ着いていきそうなくらい格好いいです。
しかし、こんなにいい人そうに見えるのに彼の経歴には恐ろしいことが書かれていました。
水槍学士さんは元学士であり、『指名手配』されています。
罪状は彼が住んでいた歴史都市という特殊な自治都市において、治安を守る査問官に正当な理由なく切りかかったというもの。しかし彼はその後『超巨大迷宮』のマーセナリーとなることで逮捕を免れ、以降は模範的なマーセナリーとして経験を積んでいます。
年間死亡率が一向に減らない世界最悪の化け物の巣窟である超巨大迷宮での活動は、実績如何では社会貢献の観点から前科を消すこともできます。大半は罪人のまま帰らぬ人になりますが、水槍学士さんは槍の腕前と水の神秘術を駆使して一級の活躍をしていたそうです。
今回のギルド移転後の経過如何では、この指名手配も撤回されるとのこと。率直に言うならば、要監視人物ということになります。
「……その様子では、既に私の経歴はご存知のようですね。はい、私は現在も歴史都市では札付きのワルということになっています」
少し悲しそうな水槍学士さん。見た目は良い人そうに見えますが、前に紫術士さんの一件があったせいか「同情を誘っているのでは」と少しだけ疑りの心が蠢きます。表でいい顔を見せている人に限って何かを隠している、ということです。
しかし、彼はもとはと言えば重戦士さんの紹介でやってきた人物です。
あの一件で真っ先にポニーちゃんを助けに来てくれた人の友人を疑うのは余りにも不義理。当人も口ぶりでは濡れ衣か不本意な経歴に思っているいようです。なので、ぶっちゃけて聞いてみましょう。
指名手配の理由は何ですか?
「歴史研究でどうしても紐解きたい謎があったから、歴史都市第13番禁忌書庫にこっそり忍びこんだだけなんです……」
前言撤回、水槍学士さんは別の方向に相当クレイジーな人のようです。ある意味流石重戦士さんの友人と言うべきかもしれません。なにせ重戦士さんのパートナーはトリガーハッピーですし。
歴史都市は後世に書物や記録を残す目的で設立された書庫、兼、学術都市です。本好きと歴史好きのメッカと呼ばれるこの場所は複数の組織による援助で成立しており、ギルドに匹敵する中立性を保っています。
ただし、代わりにここには表沙汰になると大変な情報や凶悪犯罪に繋がる恐ろしい術式が数多封印されているという噂だったのですが……どうやら本当にあるようです。もしかしたら知ってはいけないことを知ってしまったかもしれないと思ったポニーちゃんは、この話は口外すまいと心に誓いました。
「不法侵入の罪では罰金刑で済むし、馬鹿正直に情報公開したら今度は情報の秘匿性を保てないから、重い罪をでっちあげたんでしょう。いや、正直今でも後悔しています。あの後査問会に追い回され、友人や知り合いは口々に私を罵り、逃げるように町を後にしたと思えば今度は命がけの魔物との戦いです……」
若き日の過ちという奴でしょう。眉間の皺に彼の苦悩が浮き出ており、悩ましいイケメンとして別の色香が醸し出されています。流石イケメン、何をやっても格好いいです。
まぁ、実のことを言うと彼と面識のあるというお姉ちゃんからの手紙で素行、性格共に問題なしとは書いてありました。ただし前科者の恋人は欲しくないとも書いてありました。さてはお姉ちゃんも惚れかけたに違いありません。やっぱり姉妹です。
とにかく、今日からポニーちゃんが水槍学士さんの担当受付嬢です。
今日からよろしくお願いします、と握手を求めます。
「あ、ええ。よろしくお願いします……私が怖くはないのですか?」
少しそう思う心もあります。しかし、強面だろうと前科者だろうと仕事を全うするのが――受付嬢のテッソク、というものです。ポニーちゃんが担当になったからにはしっかりと冒険者としての仕事を説明させてもらいます。嫌だと言っても逃がしませんよ。
「……不思議なお嬢さんだ。重戦士さんが気に掛けるのも、少しわかる気がする」
そう言って柔和に微笑む水槍学士さんの眩しいイケメンフラッシュに、他の受付嬢たちが一斉に嫉妬の歯ぎしりを漏らしました。
……みんな水槍学士さんの担当をしたかったようです。メガネちゃんさえ恨めしそうです。今日一日、女同僚からは口を利いて貰えないかもしれません。別に好きで担当になった訳ではないポニーちゃんは、この理不尽な嫉妬が収まるよう女神に祈りを捧げました。
でもやっぱり水槍学士さん格好いいので、そこは感謝しておきましょう。
受付嬢ちゃんのメモ:マーセナリー
マーセナリーはいわゆる上級冒険者の一種なのですが、超巨大迷宮の探索という超危険な性質から犯罪者や身元のあやふやな人間も所属する職種です。そんな犠牲を差し置いても人を送り出すのは、それだけ超巨大迷宮の奥に眠る古代技術が欲しいからに他なりません。魔物発生のメカニズムも眠っているという話ですが、人類はいまだこの迷宮の底に辿り着けずにいます。
しかし、彼と重戦士さんが同僚という事は、重戦士さんも小麦さんもマーセナリーだったということでしょうか。マーセナリーは上級冒険者も慄く程の死線を潜り抜けてきているので、道理で強い筈です。




