29.受付嬢ちゃんは唆す
部屋をでて一息つき、ふと気配を感じて横を見ると廊下に桜術士さんがいました。
びっくりして思わず悲鳴を上げると、ばつが悪そうに身じろぎします。
「……騒がしいから何やってんのかと思って来てみたら、余計に入りにくくなったんだよ」
神秘術で煙管のハーブに火をつけた桜術士さんはそれを一度吸い込み、ふう、と吐き出して何を考えているか分からない表情で虚空を眺めています。
もしかして彼は見えないものが見えるとか言ってキャーキャー騒ぎ、貴方には見えないのねとか憑かれてるわとか非科学的な事を言って周囲の注目を集めたがる系の人間なのでしょうか。
……いえ、そんな人は霊感先輩だけで十分ですし、桜術士さんは目立ちたがらない人なので流石に勘違いでしょう。ただぼーっとしてるだけに違いありません。
「そこはかとなく失礼な事を考えられた気がする。いや、自分でも生真面目な存在だなんて思っちゃいないから悲しみはないけど。ないけど……」
そこはかとなく悲しそうです。真実が人を傷つけることもあるのでこれからはちょっとだけ桜術士さんに優しくしようと思いました。
それで、桜術士さんは今の話をどう思ったのでしょうか。
「どうって……拗らせ兄弟と拗らせ親子と拗らせ家臣の馬鹿騒ぎ? 巻き込まれたゴールドの気持ちは俺には分かんないけど、これはしょうがねえと思うよ」
意外にも、勝手に行くことを決めたことを怒ってはいないようです。ただ、全うに嫌がっていたゴールドさんと違って何も表情に変化がないのが、また何かもやもやします。
しょうがないとは誰の何に対してでしょうか。
「子供は親に嫌われるとどうしようもないって話。選択肢は色々あるけど、俺は好かれるよう振舞うしか思いつかなかった。親より先に自分が嫌いになったよ」
その言葉はまたしても、なんとなく過去の闇を感じさせるものです。
あっちも家族の闇、こっちも家族の闇。もしかしたら二人を引き合わせたのは似た者同士の波長なのかもしれないと思います。それを追求するのは受付嬢の仕事ではありません。
ただ、桜術士さんが止めに入る訳でもなくここで燻っているのが、ポニーちゃんには少し気になりました。ゴールドさんが明日から居なくなろうかというのに、どうして悠長に構えているのでしょうか。二人は仲が良かったと思うのですが……思い切って聞いてみます。
桜術士さんはこのままでいいんですか? ゴールドさんと離れ離れになって。
「いい悪いの問題じゃねえんじゃねえの? 俺に止める権利ないし」
あると思いますよ。
「え?」
だって桜術士さんとゴールドさんはタッグもよく組むし私生活でも一緒にいます。冒険者的にはチームのようなものです。命を預け合うチームメンバーが勝手にチームを解消することは冒険者として決して褒められたことではありません。
ギルドにもその手の相談は来ますが、主張は明確にすべきです。そうでないといつまでもすれ違ったまま何も解決せず、気が付いたら全ては手遅れに……なんてことも、悲しいことに起きてしまいます。
「でもそれって拡大解釈だろ。当人の決めたことにとやかく言うのは嫌だな、俺」
それを貴方が言いますか、とポニーちゃんはムッとしました。
なにせ前回桜術士さんがポニーちゃんの相談に対して答えた内容は彼のいう拡大解釈そのまんまです。人にはしたり顔で言っておいて自分の時だけ言い訳するのはどうなのでしょう。
「どうと言われても。ケースバイケースちゃいますか?」
……ゴールドさんと意見がぶつかるのが怖いのですか?
「………」
何となく思ったことを口にすると、桜術士さんがぴたりと止まりました。
思えば桜術士さんはのらりくらりとしていて、人との衝突をいつも避けている気がします。それは重戦士さんと似ているようで、違う事です。
重戦士さんは他人の為なら修羅場にも仲裁に入りますが、桜術士さんは簡単に解決できなさそうな話には踏み入らず、後になって何かと感想を言います。その言葉は割と核心を突いていることも多いのですが、直接言おうとしません。
それは多分、桜術士さんが人と衝突するのを恐れるあまり、相手を知ろうとすることも無意識のうちに避けるようになっているのではないでしょうか。
「き、君には関係ないだろ?」
切れ味のない返答、言葉に窮しているとポニーちゃんは瞬時に判断しました。
桜術士さんは胸の内にある説得の言葉を持ちながら、それを言い出せないでいるようです。これは冒険者以前に人としてよくないと思います。ポニーちゃんは意を決し、一気に攻め立てます。
問題大ありです。冒険者同士のコミュニケーション不全は正すべき事です。
「コヴォルスレイヤーさんには、何も言わないじゃないか……」
言っていますよ、定期的に。
当人が聞く耳を持たないだけで、臭いのを我慢して指摘しています。
そもそもコヴォルスレイヤーさんと今回の件は直接関係がない……!
「分かった、分かった。俺の負けだ。女の人に口喧嘩では敵わない」
桜術士さんが弱すぎるだけな気もしますが、勝利です。えっへん。
「はー、俺もそうずけずけモノを言う勇気が欲しかったよ……内心行って欲しくないさ。付き合いは短いが濃いもんだ。冒険どころか生活のイロハまで教えてくれたアイツがいなくなると寂しいし、心細いよ」
じゃあ、何故言わないのですか?
「言えばアイツの決意も揺らぐし、半端に残らせてアイツの家が大変なことになったら俺のせいみたいに思えて嫌だ。それに、何だ。残ってくれと頼んで嫌だと言われると、嫌な想像が決定しちまうみたいで怖い。人間やっぱ、嫌なことは先延ばしにしちゃうんだな……」
桜術士さんは達観しているようで、そういうところが凄く未熟というか、アンバランスです。優柔不断とまではいきませんが、自分の臆病な心まで自分の中に仕舞いこんでなんでもないような顔をします。
大抵の人はそういう悩みは友達家族なんかに伝えれば多少は発散されます。なのに友達であるゴールドさんにその話をしないのはどうかと思います。
それでも話す相手がいないのならギルドカウンセラーが、それでも駄目ならポニーちゃんが聞きます。これでも延々と同じ話をループして話す人から性悪説を信じてすべてを否定しようとする人まで色んな人の話を聞いては反対の耳から出してきた女です。酔っぱらって柱に話しかけてるとでも思って、遠慮なく言ってください。
ポニーちゃんはギルドの受付嬢です。
人間関係は解決できなくとも、担当冒険者の悩みを真摯に聞くことぐらいはできます。
「……あー、うん。というかこれもしかして説教されてんのか、俺?」
まぁ、結果的に近しいものかもしれません。
桜術士さんとゴールドさん、二人の距離感がもどかしかったのです。
冒険者は命懸けの仕事、話せるうちに話しておけ。
これは冒険者の常套句です。
それに、ポニーちゃんのカンでは桜術士さんは解決策を持っているのにその使用の是非をいつも悩んでいる気がします。であるならば、当事者と関わってその是非をはっきりさせなければ相手も自分も思い悩むだけです。
もしそれでゴールドさんが実家に帰らず問題が解決するなら、それはギルドの利益ですしね。
「……ちと、話してくるわ」
何を考えているのか分からない顔で、桜術士さんは緩慢にゴールドさんの部屋へ向かいます。そして入る直前、ポニーちゃんの方に振り返りました。
「なんか、俺の事なんか気に掛けてくれてありがとな。受付嬢でなかったら惚れてたかも」
それだけ言って、桜術士さんはゴールドさんの部屋へ入っていきました。
……冒険者に告白されるのは困る話なのですが、「受付嬢でなかったら惚れてた」というのも皮肉なんだか褒めてるんだか分かりません。どっちなのかはっきりさせたい所ですが、それを聞いてしまうと今度はまるでポニーちゃんが桜術士さんの好意の有無を知りたがっているようで恥ずかしいです。
暫く悩んだ末、これは受付嬢の仕事ではないので勇気をもって確かめる必要はない、という免罪符を振り翳すことにしたポニーちゃんでした。
「俺、敵わんわあの子には」
「冒険者辞めて薬師に転職するか?それで存分に惚れられるぞ」
「いやだ」
それは桜術士から感じる、明確な拒絶意志。
確固たる、曲げる気のない言葉だった。
「もう二度と、あんなのはいやだ。俺は……」
「……ま、いいさ。それより話をしようぜ」
「酒一杯くれ。なんか素面で話せない気がしてきた」
聞くことが絆になるかもしれないが、きっと聞かない優しさも世の中にはある。
「で、ぶっちゃけて聞くけどここに『アロディータの宝帯』を参考にした洗脳術があってだな、これをお前の病気の親父さんに使って感情を改ざんすれば丸く収まる気が」
「端的にとんでもないもの用意してるね君ッ!?やり口が完全に外道だよッ!?」
「でも、ベッドの上で息子を恨みながら一生を終えるくらいならこっちの方がよくね?親父さんの病気も薬で治して一石二鳥ってことで」
「コラコラコラコラ!!人の親父洗脳するの確定路線で語るのはやめなさい!!」
(……この二人、ぜってぇアタシがベッドで寝てること忘れてんだろ。バッチリ聞かれてんぞー!)




