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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
四章 受付嬢ちゃんは!

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28.受付嬢ちゃんは納得いかない

 ポニーちゃんは率直に、シルバーさんの家に一時的に戻ってほしいという要求と、ギルドの人間としてこの問題を軽視することが出来ない旨を伝えました。ゴールドさんはその言葉を真摯に聞き、そして深いため息をつきました。


「最低でも三年……ね」


 決して短くはない年月です。冒険者として三年のブランクは軽くはないでしょう。しかし、家の問題をギルドに持ち込まれると歴王国とギルドの諍いの種にもなります。何らかの形で決着をつけなければ、後になって更に大きなツケになる可能性は否めません。

 ポニーちゃんは道徳や常識を説く立場の人間ではないので、敢えてギルドと冒険者の立場を踏まえた部分をメインにして伝えました。

 ゴールドさんはその言葉に頷きつつ、しかし渋い顔をします。


「多分、親父の命が持って三年なんだ。だから年月の制限をつけた。逃げる兄にとうとうしびれを切らして数字で期限を示したんだろう」


 今度はポニーちゃんが驚く番です。確かに事の発端は元当主であり病床に臥せっているとは聞いていましたが、論理が飛躍しているようにも思います。マッチ女さんもそれが気になったのか、口を挟みました。


「ちょっち待ってよ。そりゃ幾らなんでもこじつけっぽくない?」

「いや、そもそも前当主である親父の頑なな態度さえなければ家も割れなかったんだ。恐らく親父が死んで俺とシルバーが正式に和解し、暫く一緒に居れば俺を神輿にしたい連中も沈静化するだろう。俺を上に、というより親父への反発が強かったんだ。憎しみの対象が没し、神輿同士が和解すれば反対派は正当性を失う……」


 普段の軽い態度からは想像できないほど、ゴールドさんは真剣に状況を分析しています。


「親父が確実に三年も持たないから、長くて三年なんだ。あいつはそういう計算が出来る弟なんだ。俺も本音はずっと冒険者でいたいから三年だけ我慢すれば後は好きにしていいって事でもある。更に言えば、立場上口を出さなかった俺が正式に発言すれば更に説得力も増す」


 ゴールドさんはかなり行くことを渋ってはいるようですが、それでも嫌だとは一言も言わないのはシルバーさんを案じての事なのでしょう。


「今まで親父に縁を切られたからそれで終わりだと思って、シルバーには殆ど接さずにいた。終わったと正式に決まった人間が後から顔を出すことほど面倒なことはないからな……」

「なんでだよ! 親父が死ぬこと前提とか、弟と会わなかったとか!! お前らの家族ってそんなに冷たいもんなの!?」

「――ああ、そうさ。何せ品のないお金持ちの家だからね」

「それは、そんなつもりじゃ……」

「冗談だよ。ごめん、笑えなかったね」


 ゴールドさんはマッチ女さんが声を荒げたことに意外そうな顔をしつつも、虚しそうに力ない笑みを零しました。


「理由が理不尽であれ正当であれ、家長制で親父の決定は絶対だ。前当主の決定を覆すのも容易じゃない。親父派の人間も未だにいるんだ。それはつまりシルバー派でありながらシルバーの統率が行き渡らない連中。その反発を抑えながら決定を覆すのにベストなのは、やはり言い出しっぺの死だろう?」


 兄であるゴールドさんにだけ伝わる、弟の導き出した冷たい方程式。

 ゴールドさんはこの話を、受ける気なのでしょうか。


「シルバーは……俺がいなくなってから相当頑張り続けたと思うんだ。それでも俺に帰ってきてくれとは言わなかったことの罪滅ぼしはしなきゃならない。俺への気遣いもあるだろうけど、呼び出せば結局『やはりシルバーには荷が重かった』と反対派に後ろ指を指されるのが容易に想像できる……あいつ、今しかないと思ってる。追い詰められてるんだ。そんな時に助けないような兄は、兄を名乗る資格もなくなる」


 暖かな愛情を感じない家族愛。ゴールドさんとシルバーさんの人生はまだ半分にも満たないというのに、そこにあるのは重苦しいまでに圧し掛かる家名という重圧です。


「俺が一方的に帰ってきたことにしないとな。ああ、後で桜術士たちにも伝えとかないと。あいつは王都暮らしなんて死んでも嫌だろうし、雪兎ちゃんとも暫くお別れだ。泣いたところは見たことないけど、泣かないといいな」


 どうして――こんなことになってしまったのでしょうか。

 ゴールドさんを引き留めたい気持ちさえ湧き出てきますが、理屈が止めるなと待ったをかけています。明日からゴールドさん、桜術士さん、雪兎ちゃんの三人組という光景が見られなくなってしまうことに、何故か喪失感を覚えます。

 マッチ女さんが耐えられないとばかりに口を挟みます。


「なぁおい、ゴールド! その冒険者仲間だかの事はよく知らないけどさ、どうにかならないの!?」

「ちょっと、昔話をさせてくれ」


 脈絡のない言葉。マッチ女さんが何か言う前にゴールドさんが喋ります。


「俺は滅竜家の長男だけどさ、親父と似てないんだ。親父は銀髪だが俺は金髪でさ。そんなの子供にはどうしようもない事なんだけど、弟が親父に似たから余計にその違いが親父には気になったんだろうな」


 浮気説なんてのもあったらしいぜ、となんでもないことのように言ったゴールドさんは、勝手に話を続けます。ポニーちゃんも口を挟もうかと思いましたが、ゴールドさんはきっと内に封じられていたものをこんな時ぐらい解き放ってしまいたいのではないかと感じます。


「親父のそういう視線のせいか、俺が生来持ったものなのかは分からん。だけど物心ついた頃には俺の心は滅竜家の敷地の外に向かってた。弟は多分半々、或いは置いていかれるのが嫌でついてきたのか……暇があったら屋敷を抜け出して外へいき、気付かれた家臣に連れ戻されてお説教だった」

「そりゃまあ、親ならフツー叱るっしょそれは。大事な跡継ぎな訳だし」

「跡継ぎね……そう、跡継ぎとして教育を受けたよ二人とも。片方欠けたらもう片方が当主にならなきゃいけないから。でも俺は滅竜家に余り誇りを覚えなかったから、何かと疑問に思ったことを親父にぶつけるうちに、どんどん険悪になっていった。親父には何故俺が家の誇りを解せないのかが理解できなかったんだろう」


 先代の当主について実は少しだけ事前に調べたことのあるポニーちゃんですが、先代は戦役後に就任してからの経歴が……凡庸でした。時代の流れのせいで武功を立てる機会に恵まれなかったこともあるのでしょうが、データ上では他の歴代当主と比べても華がないのです。

 先代には先代なりの苦悩があったのでしょう。今となっては憶測でしかありませんが、それも二人の仲を裂く遠因になったのかもしれません。


「親父は古き良き、なんてのが好きでな。定型に囚われるのが嫌でオリジナルの剣の型を作ったときの怒りようといったら……」


 教練通りというのは基本に通ずることです。

 そこを疎かにしたから怒ったのではないのでしょうか。


「……滅竜家の恥知らずと罵って、教練通りにしないなら剣を捨てろとまで言ってきたのが本当にそうだったのか? 今となっちゃ分からないが、子供の俺は思った。たかが親父というだけで、なんと傲慢な物言いをする奴だと」

「反抗期かよ」

「それも多分ある。だがな、滅竜家の剣術は時代に合わせて進歩してきた剣術だ。親父の言葉は間違っちゃいないが、合ってもいなかった。可哀そうなのは師範さ。俺の剣を褒めてくれたのに、親父が強硬的にそれを否定するから立つ瀬もない」


 それは……本当にお気の毒様だと思います。上司と挟まれるとなんとも言い辛いですよね。


「ハハ……段々と顔を見せるだけで険悪になった。俺のやりたいことと滅竜家のやるべきことが全然違う方向を向いていると気づいてからは俺は滅竜家を出たがるようになって、だが弟に全て押し付けて去るのも気が引けて半端に時を過ごして……運命の日が来た」


 ゴールドさんとシルバーさんの一騎打ちにて次期当主を決める。

 家族内の結束を本質とする滅竜家からすれば、あり得ない選択肢だったそうです。

 私兵隊はそれこそ伝統を無視していると反発。師範は何も言わず親父と縁を切って王都を去り、家臣内ではシルバーさんの方が将来傀儡にしやすいとお父さん側につく俗物も現れ、母に至ってはもうこれ以上家にいたくないと婚姻を破棄してしまったそうです。

 それでもお父さんは止まらなかったというのですから、確かにこれは狂気です。


「最悪の兄だ、俺は……結果なんて見え切ってた。俺の方が年上で師範に認められてたんだぞ? 勝てるに決まってるだろ。でも俺心の中の悪魔が囁いたて、俺は弟との試合で手を抜いたんだ」


 ――ここで負ければ堂々と滅竜家と縁を切れるから。


「弟が牽制に放った軽い一撃にタイミングを合わせて、俺が先に一本取られた。あの時のシルバーどんな顔してたんだろうな……怖くて見れずに親父の方に行った。親父は勝ち誇った顔をしてたよ。俺がわざと一本取られた事など微塵も疑ってない。私兵隊は全員気付いてたってのにな。だから俺は親父にこう言ったんだ」


 ――ありがとうございます、父上。これで憂いなく旅立てます。


「あの時の親父は、傑作だったな。今となって思えば悪趣味でしかないが、だんだん言わんとすることに気付いて歪んでいく親父の顔は今も忘れられないよ。あの時は最高に愉快だったけど、今はどうかな……」


 弟に家のすべてを押し付けて一人気ままな旅に出たその代償を、これから払うのは当たり前。ゴールドさんが言いたいのはつまり、なるべくしてなった結末であるという事なのでしょう。

 全て吐き出して満足したようにふっと頬が緩んだゴールドさんは、ポニーちゃんに頭を下げました。


「短い間でしたが、お世話になりました。俺の事をボンボンだ何だと嘲らずに接してくれた君のこと、結構好きだったよ。シルバーへの返事は俺が明日直接伝えに行く」

「……キモッ」


 いままで黙って聞いていたマッチ女さんが唐突に暴言を吐きます。

 今このタイミングで言うの!? と若干彼女の空気の読めなさに驚きます。


「あーキモいキモい。こーいう自己満足系の男ってそういう判断してる自分に酔ってる感じがしてマジでキモイわー」

「そうだよ。金持ちで権力持ってる家なんて、一枚皮をめくればこんなにも気持ち悪いものさ。よかったね、金持ちの家に生まれなくて……俺は見ての通りさ」

「……そういうことじゃねーし。馬鹿」


 マッチ女さんはそれだけ言うと、ゴールドさんから顔を背けてベッドに寝転びました。ゴールドさんは少し困ったように頭を掻き、女って難しいとぼやきました。


「ああ……その、桜術士と雪兎には黙っといてくれる?」


 何故、でしょう。一番話さないといけない人でしょうに。


「余計なしがらみに関わらせたくない。家の事にまで二人を巻き込みたくないから……ってことじゃ、駄目かい?」


 決してそれだけの理由ではない気のする、ふわりとした言葉でした。

 もやもやする気持ちを誤魔化すように、冒険者がチームを無断で抜けることは推奨しないとだけは伝えて、部屋を後にしました。


 シルバーさんが望み、ゴールドさんが承ったこの話。

 滞りなく事は進んだというのに、ポニーちゃんの心のもやもやは晴れませんでした。

演劇:鉄血の物語

退魔戦役の最終決戦直前、鉄血の婚約者が住んでいた方角に魔将が向かったと報告が入る。居ても立っても居られなくなった鉄血は共に戦ってくれる部下たちと一緒に、主戦場を仲間に任せて婚約者を守るために馬を奔らせるが……時は既に遅く、婚約者は既に魔将の手に掛かってしまっていた。

婚約者を失った怒りは鉄血の血を沸き立たせ、部下と共々三日三晩の死闘が始まった。次々に倒れていく鉄血の部下たち。それでも止まらなかった鉄血の刃は三日目の夜の日にとうとう魔将を貫いた。

しかし鉄血の心に喜びはない。喜びを分かち合いたい最愛の人はとうに事切れている。自分自身も限界を迎えていた鉄血は、せめて愛する人の横で眠る事を選び――二度と目を覚ますことはなかった。


なお、これは大衆向けに脚色されたもので、真実は少し異なるようである。

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