26.受付嬢ちゃんは過去を知る
王都という場所は上流階級や金持ちの住まう上層街、その下の中流階級が住まう中層街、そしてそれ以下の存在である下層街によって構成されているそうです。貧富の差はそれなりにあるようですが、貧困層に補助金を出し教育を行う制度まで存在するらしく、自ら望まない限りは貧民になることもないそうです。
歴王国は他国を利用し自国を得させる国。
他国からの評判が悪いのに大きな国力を維持し続けられる理由の一つに、国民への手厚い補助と先進的な法制度がある、とはゴールドさんの言。世界的にどうであれ、歴王国の民はこの国の民であることを誇りに思っているのでしょう。
雪兎ちゃんと一緒に周囲の活気あふれる光景を見渡す桜術士さんが、さほど驚いていなそうな顔で呟きます。
「この栄えようを見ると……平原国の首都の100倍くらい規模あるんじゃないか? 経済も人口も」
「あるだろうね。ちなみに住宅には全てクリスタル・インフラによる冷暖房、水道、光源が提供される。流石に使用料はタダじゃないけど」
出ました、歴王国自慢のクリスタル・インフラシステムです。歴王国にしか存在しない特殊な術によって神秘道具に加工されたクリスタルは、そのクリスタル精製も採掘ではない別の方法で作られているそうです。
原理はよく知りませんが、クリスタルの力で井戸から直接水を転送したり、薪もなしに暖気を生み出したりと凄い技術で、このシステムの恩恵を受けてしまうと国の外に出たくなくなるとも言われてします。過去に多くの国がこのシステムを模倣・再現しようとしましたが、未だ歴王国ほどの精度には至っていないのが現実です。
ちなみに平原国は元属国なだけあってクリスタル・インフラが多少は普及しており、ギルドも恩恵を受けています。
一通り観光を楽しんだのち、解散して自由行動の流れになりました。
「じゃ、俺は予定通りちょっと一人でぶらつくよ。この町の構造は結構分かりやすいから迷子はないと思うけど、困ったら大通りに出ればなんとかなるから」
ゴールドさんは一人に、桜術士さんは雪兎ちゃんと二人で……と思いきや驚異的な割込みを見せた碧射手ちゃんが割り込んで三人で屋台周りです。まるで今ドロドロした小説で流行りのネトリテンカイのような光景に見えなくもないです。
「ねぇ、いいでしょ? 一人でいるのも寂しいし。いいよね、雪兎ちゃん?」
「ダイキンはワリカン」
「雪兎!? どこでそんな言葉覚えた!? いや、さては斧戦士だな!?」
軽業師ちゃんは翠魔女さんのショッピングの荷物持ちに付き合うそうです。
「別にいいのよ? こう見えて荷物くらい自力で持てるし」
「いいや……名を隠してるとはいえ翠魔女ははぐれ薬師、妙なちょっかいがないとも限らん」
「軽業師ちゃん……」
「ち、力ある者が力なき者を気遣うのは強者の余裕なのじゃっ!!」
かわいい。もはやそれ以上の言葉は不要です。
ポニーちゃんもそれに付いていくことになりました。
なお、鉄血疑惑の重戦士さんはこれから慈母さんと会う約束をしているそうです。少しでも彼の過去を知る手掛かりが得られればいいのですが……後で何の話をしたかはちゃんと教えてください、と言うと、頷いて応えてくれました。
そしてその光景を翠魔女さんと軽業師ちゃんに思いっきり誤解されました。
「……ポニーちゃん。本当に付き合ってないのよね?」
「ぽにぃ……よりにもよってあの男と……!?」
ち、違います。違いますから。
あれはあくまでギルド職員的な意味ですから。だから翠魔女さん、そんなニヨニヨした顔で見ないでください。軽業師ちゃんはそんなショックな顔しないで。そういう関係じゃないから。
= =
王都ショッピングは控えめに言って素晴らしかったです。
綺麗な服も可愛い服もより取り見取り。『歴王国は嫌いだが歴王国産品は信用できる』という有名な言葉がある通り、比較的格安な品であっても良品質ばかりでした。使うタイミングの少ないお給料がだいぶ消費されましたが、とっても満足です。
ついでに普段からローブばかりの翠魔女さんが高級ドレスを着たことで「美しすぎるゼオムが来ている!」と騒ぎが起こったり、軽業師ちゃんに色んな服を着せて楽しんだり、そんな軽業師ちゃんが「アイドル目指さない?」と怪しげな男に誘われたり大変でした。
思えばちょっとポニーちゃんが振り回し気味だった気もしますが、多分二人とも気を遣ってくれたのでしょう。誘拐事件による心の傷はまだ少し残っているのを、敏感に気取られてしまったのかもしれません。
しかし、敏感なのはそれだけではありませんでした。
「やはり、尾けられておるの」
すんすん、と鼻を鳴らした軽業師ちゃんが小さな声で呟きました。
軽業師ちゃんの匂い嗅ぎ分け能力は、条件が揃えば500マトレ(※)先の魔物の種類も判別できる優れもの。ポニーちゃんには全く気付けなかったらしい尾行に前々から気付いていたようです。
(※500マトレはだいたい480メートルくらい by桜術士)
「どこから?」
「神殿を出る前から、時々人を替えながら監視しておる。敵意は今のところ感じぬが、王国側の人間で間違いなかろう。この人混みを器用に掻い潜りよるわ」
密かな護衛係、兼何かあったときにギルドに恩を売る係、兼監視係といったところでしょうか。
決して善意ではないでしょう。現に無断で尾行してきています。ギルドとは水面下での睨み合いが激しい歴王国としては、話がどう転ぶにしてもチャンスは逃したくないといったところでしょうか。
「まぁ、あちらとてこのタイミングでギルドへの直接的なちょっかいは仕掛けてこないでしょうね。流石に今は体裁が悪いわ」
「タダで後方を護衛してくれるというのだ。放置しておいて問題あるまい」
翠魔女さんは勿論、普段はあんなに可愛い軽業師ちゃんも仕事へのプロ意識からか冷静な判断を下します。二人の判断に従ってそのままショッピングを満喫しました。
その、帰り。夕食前の小腹満たしに立ち寄った屋台で歴王国パイを買った際のこと。お店の店主が突然こんなことを言いだしました。
「アンタら、若様と一緒に歴王国まで来た人たちだろ?」
若様、若様……いったい誰の事かと一瞬首を傾げます。ポニーちゃんの周囲でその若様と呼ばれそうな人と言えば……。考えているうちに軽業師ちゃんが先に当てます。
「ゴールドのことかえ?」
「そうだよ、ゴールド様だ。わしらはみな若様と呼んどる」
焼きたてパリパリで薄くて小さい食べきりサイズの歴王国パイを梱包しながら、店主のおじさんは懐かしそうな顔をします。
「懐かしいのぉ、若様が家から追放されてもう4、5年になるか……子供の頃はそりゃ元気で弟様を引き連れ回しちゃおやつにここのパイを買っていったものだ。身分に関係なく年上には敬意を払い、年下には面倒見がいいまさに快男児だったよ」
「そういえばその辺は知らないわね。どうして追放なんてされたの? 彼、長男でしょ?」
「御当主様と折り合いが悪く、弟君との望まぬ決闘に敗れて勘当されたと風の噂に聞いているがね。ただ、若様が当主になっていればシルバー様も気苦労せずに済んだろうなぁ」
「そうなの? まぁ確かにゴールド君、結構気楽に生きてるみたいだけど」
翠魔女さんの言う通り、ゴールドさんは実に冒険者人生を楽しんでいるように見えます。逆にシルバーさんは接した時間こそ少ないものの、立派に役目を果たしているようでした。
しかし店主さんは、そういうことではないと首を横に振りました。
「シルバー様は勿論素晴らしい方さ。俺たち身分が高いとは言えない人間の言葉も真摯に聞いてくれる。しかしな、そんなシルバー様も頼り切るほど若様の人望と才能は高かった。そんな人間を追い出した御当主様も病気に臥せり、シルバー様は随分とご苦労を為されたと聞いているよ……『若様が継いでいれば』と陰口をたたかれたりね」
「それは……シルバー君としては、キツイわよね」
それは遠回しに「あの人では駄目だ」と名指しで失望されているようなものです。受付嬢なりたての頃に書類処理が遅くて心ない上司に「ポニーじゃ駄目だな」と言われた日の悔しさを思い出したポニーちゃんですが、シルバーさんの辛さはそれ以上のものでしょう。
慕っていた兄が去り、周囲に陰口を叩かれながら病に臥せった父の代わりに家を切り盛りする。どうりでゴールドさんが歴王国を大手を振って歩きたがらない訳です。ゴールドさんの存在は歓迎されても、滅竜家にとっては終わった話を蒸し返しかねないのですから。
滅竜家お家騒動の陰に隠れた、兄と弟の物語。
店主さんに「若様への奢りだ」と一つ追加されたパイを受け取りながら、ポニーちゃんはゴールドさんに抱いていた「恵まれた人」という評価が一面的なものでしかなかったことを思い知る事になったのでした。
桜術士くんの豆知識:単位
この世界の単位は俺の住んでた世界の単位と似ているようでちょっと違うんだよな。
長さの単位…1マトレ=ほぼ1メートル。若干短い。
重量の単位…1ケイグ=約2キログラム。
お金の単位…1ロバル=日本円換算で10円程度。統一通貨。
どうでもいいけど、惑星の形が丸いって認識されてるほど広い世界で統一通貨あるって何気に便利だよな。ゲームだとサラっと出てくるけど現実にこれで経済回ってるのを見ると変な感動覚えるよ。




