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25.受付嬢ちゃんは王都に着く

 あれから――目が覚めると慈母さんに看病されていました。


 あれは危険です。慈母さんの包容力に理性が蕩けてエンドレスに甘えてしまいそうになりました。憧れの人に看病してもらってるという激レア体験に対する感動もあり、気が付けば昨日の気まずい空気は自分で払拭してしまっていました。

 サインも貰いホクホクです……が、昨日の話は忘れていません。


 重戦士さん、鉄血説。

 これが真実であるならば、古傷さんは公文書だけでなく軍役時代の虚偽報告疑惑まで浮上します。慈母さんはただ真実が知れればそれでよいそうですし、重戦士さんも同じ思いだそうですが、未だに情報が錯綜している感があります。


 そもそも、慈母さんはどうして死んだと言われた鉄血さんが重戦士さんだと思ったのでしょうか。


「一つはもちろん外見が記憶と一致していることです。最期に顔を合わせたあの時と全く変わらないのですから、見たときは動揺を抑えるので精一杯でした」


 最初は流石に本人だと確信していなかったようです。しかし、その行動の癖や姿勢、また疑惑を確信に変えるための簡単な模擬戦で、その太刀筋までもが鉄血のものであると感じ、おまけに重戦士さんが記憶喪失であることを知って確信したそうです。


「私は年を重ねなくなりました。であるならば、鉄血が年を重ねないまま生きていてもおかしくはありません」


 自分がその奇跡の証明者になっているからこその発想なのでしょう。

 確かに、ここまで情報が出そろうと、非科学的ですが絶対あり得ないとはポニーちゃんも言えません。この数奇な運命の結末が語られるのはもう少し先になるでしょう。

 ところで、小麦さんは重戦士さんの過去を知ってるんでしょうか。


「………俺の知る限りのことは、知ってる。そもそも俺は自分の正体を知る為にあのギルドに移って情報収集をしていたんだ。小麦もそれを違う筋も辿って手伝ってくれていたが、慈母が年を取らないとは聞いていたからいずれ会う気ではあった」


 小麦さんとは前の職場でのパートナーで、小麦さんもまた別の何かを追っているそうです。思わぬ二人の闇に触れてしまったポニーちゃんはしかし、一つの事に気付きます。

 すなわち、前に何かあったら相談するように言ったのに、してないじゃないかと。


「……いや、別に。手伝ってくれているのは小麦だけではないし。自分探しなど、受付嬢の仕事ではないだろう」


 確かに、自分探しは受付嬢の仕事ではありません。痛いところを突かれました。

 しかし、自分の担当冒険者の経歴に偽装疑惑があることは関係なくありません。


「それは、そうだが……」


 なので、その辺に悪意や犯罪があったかどうか、その辺の真相が明らかになるまでは、それは唯の自分探しではなく受付嬢の仕事でしょう。もちろん越権行為は無理ですが、少しくらいは頼ってくれてもいいと思います。


「……わ、分かった」

「ふふっ、逆らえないんだポニーちゃんに」

「……逆らう理由もない」

「鉄血の婚約者の妹さんと、昔に似たようなやり取りして圧し負けてたわね。貴方がポニーちゃんを気に掛ける本当の理由って……いえ、こんな物言いは今の貴方には困るだけかしら?」


 可笑しそうに微笑む慈母さん。その発言も気になりますが、ポニーちゃんとしては自分が婚約者の妹クラスに重戦士さんと距離感が近くなっていたことの方がショックです。これでは重戦士さんにホレてると周囲にからかわれても文句が言えないと、恥ずかしい気分になりました。


 それから少しして、突発的な魔物の襲来以外にこれといった戦闘もなく、超大型移動陸船は歴王国の王都前まで到着しました。




 世界に名だたる三大国ビッグスリーの一角にして最古の国、歴王国の首都は、圧巻でした。


 丘の頂上に聳える城を中心に円形に広がる町並みは平原国の自分が過ごす町が10個以上あっても足りない程の建物に埋め尽くされ、その統一された景観と通りの縁に高く立ち並ぶ細長い柱の先端には煌びやかなクリスタルが輝いています。

 ギルドメンバーの殆どがその光景に見惚れ、軽業師ちゃんは「氷国連合の皇都だって負けてないんじゃもん……」と体操座りでいじけていました。可愛すぎたので抱きしめてあげました。もう本当に、どうしてこんなに愛しいのでしょうか。


 今回の目的は重要なアイテムの移送という事で通りは護衛に固められてはいるのですが、音楽隊が楽器を鳴らして着いて来たり花火が上がったり、完全に歓迎式典にしか見えないことになっています。

 ゴールドさんは苦笑いしながら説明します。


「一見すると無駄に見えるけど、あの音楽隊の持ってる楽器は全部神秘道具なんだ。複数の楽器をかき鳴らして結界を張ってるのさ。王侯貴族や国宝級の大事な物、エレミア教の教皇が出入りする時も使われるね」

「実益と見栄えを兼ねてるって訳か。伊達に文明大国なんて肩書き持ってる訳じゃねえのな」


 桜術士さんが煙管片手にぼやくように呟きます。確かにこれは色んな意味でスケールの違う光景です。あのアイテムを全て揃えるのにどれほどの技術者とお金がかかり、一糸乱れぬ演奏をしながら術を行使する人々の訓練と選定にどれほどの時間を費やしているというのでしょうか。そしてそれを惜しげもなく使う所に、歴王国という国の底知れなさがあります。


「……まぁ、正直に言えば異端宗派の再襲撃をものすごく警戒してるのもあるんだろうね。1年前に異端宗派に大通りが破壊されてから、色々厳しくなってるのさ」

「え?そんな話は聞いたことがないけど……」


 首を傾げる碧射手ちゃんが翠魔女さんなどに視線を送りますが、全員心当たりがないようです。ポニーちゃんはと言えば、一年前にクリスタル・インフラの事故があったとか噂で聞いた気がする程度です。ギャルちゃんは歴王国の情報操作に違いない、裏に何かあると得意気に言っていました。


「流石ポニーちゃんにギャルちゃん、それで合ってるよ。表向きは事故で処理されたんだ。俺はたまたま当事者だったけど、異端宗派にお膝元まで侵入を許して最悪の場合は大量の死者が出るかもしれない所だったんだから。素直に真実を発表するのは『歴王国は異端宗派に負けました』って認めることになると上は考えたんだ」

「国民は真実も知らされず置いてけぼりかよ。ひでぇ国だ」

「嘘でも民が不安な夜を過ごすよりはいいという考え方もある。そういう政治的な考えを否定するのは、俺には出来ないな」


 流石、偉い家の教養ある人物。歴王国の政治的思惑をちゃんと把握しています。

 本当に何故彼が家督を相続しなかったのかが不思議です。ド天然な所はあるゴールドさんですが、彼には女性以外をも引き付けるカリスマのような魅力があります。桜術士さんはそんなゴールドさんの話を聞くと、いつものパイプからぽう、と丸い煙を吐き出して、ゴールドさんの隣に並んで窓の外を眺めます。


「……まぁいいさ。後は宝帯をタンダリオン神殿に納品すりゃお仕事終了。俺らは王都観光した後にギルドの公用車で旅費をケチって帰れるって訳だ。お前はどうする?」

「ちょっとばかりうろついたら帰るよ。俺が大手を振って歩いてるとシルバーに迷惑だから」

「迷惑ねぇ……シルバーはまだ待ってんじゃねえの? お前が帰ってくるのをさ」

「話、したの?」

「陸船の中でちょっとな。貴方に嫉妬します、だってよ」

「……………」

「顔出さなくとも手紙ぐらい送ってやれ。疎遠にし過ぎると死に目にも会えなくなっちまうぞ。言っとくが、いざ起こるとめっちゃキツイからな」

「……覚えとく」


 なぜだか、普段世間知らずに聞こえる桜術士さんは時折ものすごく重い言葉を口にします。まるで失敗した大人が子供に言い聞かせるような、諦観めいた言葉に周囲もなんとなく自分の親兄弟を思い出しているようでした。


 同僚にも先輩にも相談事を持っていくことはあるポニーちゃんですが、必要以上に踏み込まないのに通じ合っている雰囲気になれる友達というのはいません。ポニーちゃんは不思議と、桜術士さんとゴールドさんのオトナな距離感が羨ましくなりました。

 しかし、そんな二人の間に漂う空気を堂々と突っ切る猛者が一人。


「王都案内、一緒にしてくれないの?」


 雪兎ちゃんです。特に躊躇いもなく間に入っていきました。二人はというと、この子には敵わないと言わんばかりに苦笑いして頭を撫でていました。


「ちょっと一人で行きたい所があるんだ。最初は一緒に回るから、それで勘弁してくれないか? 帰ったら美味しいもの奢るから」

「ゴールド、お前食い物関連の話ならなんでも雪兎が食いつくと思ってんだろ」

「ローストビーフとバターポテト10個、生ハムメロンとウナジュウ、トクジョウズシで手を打つ」

「まぁ実際こうして食いつくけどさ。なんだこれ、俺が間違ってんの? 教育指針どこで間違えたの? あと特上は高いからせめて上にしなさい」

「はーい」

「そういえば聞いたことがあるな。並・上・特上の三ランクがあると最終的には真ん中のランクが一番売り上げが伸びるって」

「うるせー! 並じゃ物足りないけど特上は流石に気が引けるという庶民の心理を冷静に分析すな!!」


 周囲は三人の掛け合いの可笑しさに笑いが零れ、和やかな雰囲気のままタンダリオン神殿へ辿り着きました。ギルドも歴王国も神殿入り口までが任務だったので、無事任務完了です。


 さぁ、ここからが本番です。

 今回の遠征の集大成、移動費宿泊費タダの王都観光の始まりです。ギルドは中立公正を重んじますが、これはそう、帰るまでの準備の間に行われる効率的な時間の消費であって、決して不正の入る余地などないのです。


 断じて、断じて人生初の王都観光に浮かれ舞い上がっている訳ではありませんとも。

軽業師ちゃんのここが凄い氷国連合:皇都

ポニーたちは王都の栄えように驚いていたようじゃが、我が故郷の皇都も負けてはおらぬのじゃ。

皇都は超巨大迷宮リメインズから吸い出した最新最古の技術によって大雪の中でも全く問題なく国民が生活できる独自のインフラを整えておる。暮らしやすさと技術の高度さで言えばむしろこちらが上よ。景観もよいぞ。皇都の外れには嘗て白狼女帝様が氷漬けにした巨人が観光名所として保存されており、その偉業がいつでも拝見出来るようになっておるのじゃ。

世界では三大国などと言われておるが、氷国連合は今や四つ目の大国……いや、ゆくゆくは最高の一大国となる国! おぬしら、忘れるでないぞ!

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