24.受付嬢ちゃんは眠れなくなる
あの後――見てはいけないものを見た気がしたポニーちゃんはダッシュで逃げました。
色紙とペンを回収する事さえ完全に忘れていました。ベッドに入って目を瞑りましたが、全く眠れません。自分でも何がショックなのか分からないので、ポニーちゃんは毎日のルーチンワークことノートを取り出し、とりとめもなく思いの内を白紙にぶつけることにしました。
まず第一に、憧れだった慈母さんに男がいたこと。
書いて、いやいやと訂正します。まだ重戦士さんがそういう関係だとは確定していません。だいぶ動揺している事を改めて自覚しました。ともかくファン的にはショックです。
第二に、慈母さんが重戦士さんと知り合いだったこと。
口ぶりからして慈母さんは重戦士さんを死んだものと思っていたようです。いやしかし、とポニーちゃんは思います。冒険者界では名の通った重戦士さんが生きている事を長らく知らなかったというのは、果たしてあり得るのでしょうか。
第三に……と書こうとしますが、思いつきません。しかし上記二つでは足りないショックを感じたからには何かある筈です。暫くあれでもない、これでもないと紙に数文字書いては消してを繰り返していると、部屋のドアがノックされます。びっくりし過ぎて変な悲鳴が出ましたが、急いでノートを鞄に仕舞ってのぞき窓を見ます。
「……ポニー、少しいいだろうか」
そこには重戦士さんがいました。手には色紙とペンを持っている辺り、落とし物を届けに来たようです。何故ポニーちゃんのものだと分かったのか、と疑問に思いましたが、そういえばあのペンはギルド支給で他では出回っていませんし、サインを貰おうとするほど慈母さんファンを公言していたポニーちゃんの存在に辿り着くのは、当然のような気もします。
しかし、ポニーちゃんはすぐに返事が返せませんでした。さっきの光景がフラッシュバックして何を言えばいいか混乱し、つい口をついて慈母さんはどうしたのか、なんて聞いてしまいました。
「隣にいる。サインがてら、尋ねたい事があるそうだ」
さっそくサインを欲しがっていたことがばれた恥ずかしさに思わずがっくり肩を落としそうになります。憧れの人に直に会える嬉しさがある筈なのに、今このタイミングでは会いたくない……そんな矛盾を抱えつつ、でも断る合理的理由を思いつかなかったポニーちゃんは部屋のドアを開けました。
見慣れた――少し困っている気もする重戦士さんの横に、慈母さんがいます。
「一度自己紹介はしましたが改めて……慈母と申します。孤児院『慈母の院』の院長、兼、戦士です。気軽に呼んでね?」
ご丁寧に頭を下げて挨拶され、ポニーちゃんは恐縮するばかりです。
こうしてポニーちゃんは憧れの人と同時に、初めて男性を自室に迎え入れました。いや、借り物の部屋でしかないのですが、もうどっちの人をどう意識すればいいのかしっちゃかめっちゃかです。
お似合いですね、とか言えばいいんでしょうか。
失望しましたファン辞めます……これもぜんぜん違う気がします。
色々考えた末、ポニーちゃんは「自分は今、正常な判断を下せない」という結論に行きつき、ひとまず話を聞くことにしました。
そう、落とし物を届けるだけなら部屋の中にまで入る必要がありません。
いえ、まさか目撃者に対する口封じ……と再び妄想力が暴走する前に、あちらから声をかけられました。声の主は慈母さんです。
「確認なのですが……あらかじめ言っておきますと、当人にそれを知る許諾は得ています」
「……ああ」
「実のところ、主に用があるのはわたくしなのです。ポニーさん、ギルドで重戦士さんを担当する受付嬢としての貴方にお聞きします。『彼は本当に重戦士という名の、情報通りの人間なのでしょうか』?」
……意味が分かりません。重戦士さんが横から口を挟みます。
「慈母曰く、俺は第二次退魔戦役で戦友だった『鉄血』なんだそうだ」
……それも意味が分かりません。鉄血と言えば、大戦の英傑の一人であり慈母に並び立った仲間、そして大戦末期に魔将と相打ちになって惜しまれつつ亡くなった存在。すなわち、20年以上前に既に死亡している筈です。
そりゃあ、血縁がある可能性はあります。遠縁なり直系なり。
それこそ戦時中に誰かが彼の子供を身籠ったかもしれないです。
「いえ、彼の血族という可能性はほぼあり得ません。戦時中既に英傑として頭角を現していた彼には、恋人以外に誰かと肉体関係を持つタイミングがありませんでした。その恋人も大戦末期に……ほかの血縁者は全員が歴王国の手厚い保障を受けていますし、逆に、もしいるのなら歴王国が黙っていません」
出ました、歴王国の囲い込み戦法です。他の国よりも英傑の血を引く人間が多い事を大々的に喧伝する歴王国は、その血筋から第二、第三の英傑が生まれる事を期待して有能な戦士の血筋を囲い込もうとするのです。
それはそれとして――話の流れからして、重戦士さんはこの話を否定する根拠としてポニーちゃんを頼ったということでしょうか。少し冷静さを取り戻したポニーちゃんは、事実だけ述べていきます。
データ上、重戦士さんの両親は不明。戦災に巻き込まれて亡くなった可能性が高いようです。そして孤児として生きてきた重戦士さんをある時に『古傷』という鍛冶屋の男が拾い、後見人になることで公の立場を取得。その後の職歴はずっと冒険者です。
冒険者としての活動は、途中からしか知りません。と言うのも、開拓冒険者と日雇い冒険者の仕事歴は別々に保管されているので、開拓冒険者時代の彼の仕事歴は部署が違います。ですが、冒険者として活動していたことだけは間違いありません。
つまり、公的書類によると鉄血=重戦士さんはあり得ないのです。
だいたい、その説が通るなら、時系列的には鉄血さんは死んだ後に子供に戻ってやり直したことになります。それこそあり得ない話です。
自信をもって発言しましたが、慈母さんは難しい顔をします。
何かおかしいことがあったのでしょうか。
この上なく理に適っていると思うのですが。
「鉄血は……戦後の混乱と、彼が死んだ恋人の傍で事切れたことから、本国に遺体を送って派手な葬儀に付き合わせず恋人と眠らせてあげたいという要望で彼の死亡した村に埋葬され、後に墓が立てられました」
その話なら聞いたことがあります。
今でも悲劇のストーリーとして演劇の題材にされがちです。
「ですが、鉄血の遺体を確認した人間は一人しかいません。当時の彼の直属の部下だけです。鉄血の部隊の最後の生き残りですから、その報告を誰も疑いませんでした」
それは、初めて聞きました。物語では部下は全滅しています。
ということは、あの物語は誰かが実際に見聞きした話が元だったのでしょうか。
「そうです、彼の報告がどこからか洩れ、演劇になりました。戦後冒険者をし、今は現役を退いていると耳にしている――『古傷』くんと名乗る人の報告です」
えっ、古傷さんって確か――。
「俺の後見人だ……」
重戦士さんが陰のある顔で呟き、項垂れます。
その姿はまるで、こうなることを予見していたかのようでした。
「俺には……古傷に拾われるより以前の記憶が殆どない。拾われてから今まで、外見年齢も変わらない。髪も爪も伸びないんだ」
「そして、大戦以来年齢を取らず髪も爪も伸びていない女が、ここにいます」
はっとします。そう、慈母さんは女神の祝福によって年を取らなくなったというのは余りにも有名な話であり、現に彼女はもう50歳近い筈なのに、その姿は受付嬢をやれそうなほど若々しいのです。同じく英傑となった鉄血が何かしらの祝福を受けているのはあり得ないとは言い切れません。
「この任務が終わったら、古傷に真を問いたださなければならない」
余りにも衝撃的な鉄血=重戦士さん説に、そろそろ限界だったポニーちゃんの脳はオーバーヒートし、そのまま沈むように気を失いました。最近なんだか、衝撃的なことばかりです。
重戦士(あの厳つい面の古傷をくん付け……)
慈母「?」(←アラフィフの女)
重戦士(いや、俺もタメ口で接していたな。俺の方が、年上の可能性もあるのか……友人のように思ってはいたが、それはそれで複雑な心境だ……)




