22.受付嬢ちゃんは護衛される
その日もポニーちゃんは日が昇り始めた頃に目を覚ましました。
ポニーちゃんは一度大きく伸びをして、はふぅ、とため息をつき、ベッドを降りて顔を洗い、身だしなみを整えます。栗色の長い髪を櫛でしっかり梳き、いつものようにポニーテールに纏めました。
しかし、ここはいつもの職員寮の一室ではありません。ポニーちゃんの私物はちらほらありますが、部屋は少し広く家具やインテリアもちょっと小洒落ています。ベッドも心なしかすこしフカフカです。
はて、ここはどこだろう? 一瞬そうとぼけたことを考えたポニーちゃんの耳に、部屋の扉が開く音と聞き慣れた声が届きました。
「あら、目を覚ましたみたいね。そろそろご飯だから食堂に行きましょ?」
そこに居たのは、私服姿の翠魔女さん。それを見てポニーちゃんはやっと自分がどこにいるのか思い出しました。ここは町の中心部に近い冒険者御用達の宿屋、『泡沫の枕』。そしてここは、以前の事件で異端宗派に誘拐されたポニーちゃんを保護するために宛がわれた部屋でした。
そう、現在ポニーちゃんはここで何人かの冒険者たちや宿の人たちと、不思議な共同生活を送っているのです。
着替えて廊下を出ると、ちょうど近くの部屋に泊まっているゴールドさん、そして雪兎ちゃんが並んで歩いていました。桜術士さんは見当たりません。こちらに気付いて朝のご挨拶を交わします。
「おはよう! 今日も互いに頑張ろう」
「おはよう、ポニー」
雪兎ちゃんは最近名前を呼んでくれるようになりました。
ちょっと眠たげな顔がまた可愛らしいのでなでなでしました。
「桜術士は今日もお寝坊さ。ま、起きてる方が珍しいしね」
ポニーちゃんが攫われた際に獅子奮迅の活躍をした桜術士さんは、騒ぎが終わると相変わらずローペースの生活に戻ってしまいました。術が使えるという事で助っ人に呼ばれることも増え、本業じゃないと文句を言っていました。
もちろん助っ人を拒否する権利はある筈ですが、文句を言う割にあまり断らない辺りに彼の人間性が見える気がします。寝坊はするのに仕事には遅刻しませんし、不思議な人です。
『泡沫の枕』の朝食は食堂で全員分振舞われます。料理の評判は中々で、宿泊客以外もちょくちょく食事目当てにやってきます。今日も料理を配膳する従業員、一角娘ちゃんが元気な笑顔で迎えてくれました。
「おはよう、みんな! さぁさぁ、一日の始まりは食事にあり! たーとおたべ?」
額から一本の角がそびえたつ紫髪の少女、有角族の一角娘ちゃんは年下ながら非常にしっかりした少女です。宿屋従業員なので家事洗料理どれもばっちり。どこにお嫁さんに出しても恥ずかしくないでしょう。夫婦喧嘩で頭突きすれば相手はイチコロです。
正直、寮の食事よりランクが上なので嬉しい反面食べ過ぎて太ったらどうしようと怖かったりもしますが、朝食は元気の源です。疎かにせずしっかり食べます。向こうの席には重戦士さんと小麦さん。二人とも自炊は出来るそうなのですが、ポニーちゃんを職場に送る係として最近はここで食べています。二人ともお金には困っていないでしょうし、確かにあの二人が護衛に付けば他の人たちには手出しが難しいでしょう。
ふと外を見ると、巡回する衛兵の姿がみえました。全身鎧までは着ていませんが、武装した人間が固まって歩いている光景は冒険者の街には少し不吊り合いです。
「あの異端宗派騒ぎ以来、ちょっと物々しくなっちゃいましたね」
一角娘ちゃんが困った顔をします。世界的な中立組織であるギルドに手を出した件は既に世界中に伝わっており、治安維持のために平原国は紫術士の活動範囲だった箇所を中心に衛兵を増員し、見回りの強化を行っているのです。
もともと異端宗派は、死人こそ多くは出さずとも現代社会で唯一完全無秩序に活動して回る集団です。各国からその動向を注視されていましたが、とうとう世界的な中立機関であるギルドにまで手を出したということで動揺は思いのほか大きかったようです。ポニーちゃんが過剰な警護を受けるのもその辺に理由があります。
「警戒しているのもあるでしょうけど、やっぱり『アロディータの宝帯』の移送が近いのもあるんじゃないですかね」
ゴールドさんの推察に、翠魔女さんがため息をつく。
「オリュペス十二神具の一つ……興味深い研究対象だけど、同時にゾッとするわ。ちらりと見たけど、恐ろしく緻密で高度な式で構成されている。天空都市で解析かけて数式の映しを作るだけでも私にひ孫が出来てるってレベルよ?」
世界有数の長寿族であるゼオムの民にひ孫ができるとなると、結婚適齢期から逆算して単純計算で3000年はカタいでしょう。ゼオムの民は子供を授かって生まれるまでに10年必要らしいので、もし今すぐ翠魔女さんが誰かと結婚して子作りしても、赤ちゃんが生まれた頃にはポニーちゃんはアラサーです。ゼオム族は時間のスケールが違います。
そんなゼオムをもってして解析だけでも一生かかると言わしめるオリュペス十二神具はどれだけ危険なのでしょう。流石は世界最大宗教に『人類が持つべきではない十二の災い』と言わしめる禁忌の古代災厄兵器です。
そんな大事なもの盗まれてるんならちゃんと教えてほしいものですが、公表したら公表したで大騒ぎになるのも目に見えているのであまり強く言えません。むしろゴールドさんが例外中の例外なのでしょう。普通タンダリオン神殿の危険物を封じた場所など入れてもらうどころか存在すら教えてもらえない筈です。彼の家はエレミア教と密接な関りがあるのかもしれません。
今日より数日後、アロディータの宝帯はギルドが選出した冒険者とエレミア教より派遣される十戒騎士団の手で護衛され、平原国と歴王国の戦力もこれの輸送のための護衛に着きます。更に念には念を入れて、なんと第二次退魔戦役の英傑の一人、『慈母』まで来るそうです。
『慈母』と言えば、女に生まれた戦士ならば絶対に憧れる伝説の女騎士です。元は歴王国の騎士で、戦役では兵を率いて常に最前線を切り抜けて味方を鼓舞し、歴王国の国力を惜しみなく他の勢力の補助に充て、共に戦った盟友『鉄血』を失いながらも魔将を一騎打ちで打ち取るという凄まじい活躍を見せました。その感動のストーリーは本となって世界的な人気を誇ります。
しかもこの戦いを見届けた女神からの祝福を受けたのか、それ以来彼女は年を取らず、その実力は以前にも増して強まっているといいます。それでいて終戦後は身寄りのない子供たちを集めて孤児院を開き、聖母のように人の行く末を見守り続けているなど、とにかく全てが伝説なのです。
「というか、よく考えたらここにいるメンツの半分以上が同行組だったわね」
発言の主のである翠魔女さんと、ギルド最強の重戦士さんは早々に同行組確定。その他のメンバーとしてオリュペス十二神具の知識があり歴王国の事情も知るゴールドさん、性能を引き出せていなかったとはいえアロディータの宝帯を防いだ桜術士さん、あとはこの場にはいないが碧射手ちゃんもメンバーに入っていた筈です。
ちなみに小麦さんは防衛に向いていないのとギルドの予備戦力ということで、お留守番です。
そして、もう一つ。
実をいうと、ポニーちゃんもギルド代表として護衛に同行することになっていたりします。
今、世界は「中立のギルドにまで異端宗派は手を出すのか」と脅威に怯えています。だからこそ、ギルドには今、力強い行動が必要になります。テロリズムにも脅しにもギルドは屈しない。人類の為に職務を全うする。そんな強い決意を見せつける必要があるのです。
ポニーちゃんは、自分がそれに名乗りを上げて参加することで一種の話題作りが出来ると考え、自ら志願しました。ポニーちゃんのせいで傾いたともいえる状況、自分で戻して見せます、と。最初は周囲が渋りましたが、護衛をガチガチに固めることで何とか参加が許されました。
と、事情を知る小麦さんと重戦士さんが何やら話しています。
「強かだよねぇポニーちゃんは。休めるときぐらい休んじゃえばいいのに。ね、重戦士さんもそう思いません?」
「……人のことを言えんだろう。暇さえあれば機械弄り、試射、調整、実戦投入。ポニーよりそそっかしい」
「失礼な。機械弄りはガゾムにとっては呼吸や歩行と同義です!!」
……小麦さんを重戦士さんから引き剥がした人選の是非が急に心配になってきたポニーちゃんでした。
ゴールドさんの小話:アロディータの宝帯
アロディータの宝帯はエレミア教に伝わる古い話の一つなんだ。
曰く、アロディータの宝帯は嘗て人魚アロディータの装飾だったんだけど、ある時欲深な人間がこの美しい帯を狙うためにアロディータの飼っている牛を人質に宝帯を奪った。ところがその帯の美しさに魅せられた人間たちは帯の奪い合いを始め、それは大勢の人間の殺し合いに発展してしまった。
そして最後に帯を手にした人間が高笑いをしたそのとき、彼をアロディータの牛が襲い、海に落として溺れ死なせたんだ。結局アロディータの宝帯は海に住むアロディータ自身の手に戻ってきたという訳だね。
オリュペス十二神具は、こういった十二の話に、人に災厄を齎す物として登場する。それだけ昔の人もこれを恐れたんだろうね。




