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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
三章 受付嬢ちゃんが!

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20.受付嬢ちゃんがピンチ

 ポニーちゃんは、出張を利用して隣町に向かいました。

 隣町には別のギルド支部が存在し、そこでもやはり自分の職場のそれと同程度の情報を取り扱っています。今回ポニーちゃんが知りたいのは隣町から紫術士さんのお店に物品を卸している商社についてです。情報を求めると本来業務から外れていると嫌な顔をされましたが、頼み込んで特別に見せてもらえることになりました。


 その商社のアドバイザーに、紫術士さんの名があります。


 やはり、とポニーちゃんは唸りました。商社が例のお店に回している物品について出どころを探ってみると、近隣の別の町からやってきています。恐らくはその場所を調べると更に別の場所が、といった具合に延々と回った末、どこかで追えなくなってしまうのでしょう。

 実際にその商社に行ってみましたが、小規模な商社で輸送専門のため中身については知らないようでした。紫術士さんについては、起業時に資金提供をしてくれたのでそれ以来繋がっていると言います。

 確認を終えたポニーちゃんは、頭の中で情報を組み立てていきます。


 ポニーちゃんの推測はこうです。

 まず、紫術士さんが出入りしているあのお店は、登記の上では店主のものですが実質的な経営は紫術士さんが行っているのでしょう。そしてあのお店は、恐らくお店でなく個人的に所有する工房であると考えられます。仕入れはデータ上で疑われないためのダミーで、実際には物資の購入など殆どしていないか、或いはデータに書かれた品とは違う何かしらを仕入れて帳尻を合わせているのでしょう。


 実は、土地にかかる税金は冒険者個人の土地よりお店の土地として登録されている方が安くなるのがこの国の税制です。本来お店でない場所をお店と偽っていると罰則があるのですが、表向きデータが揃っていて所得税も納めているので書類の上では何も問題がないように見えてしまいます。


 いわば紙の上にしかないダミーのお店です。武具防具のメンテナンスに必要な道具は置いてあるのでしょうが、査察の日以外では中では書類通りの仕事は行われていないのでしょう。更に、紫術士さんが実質的な支配人であるならば売り上げは全て紫術士さんの懐に入るので損などありえません。

 今まで何故自ら損をするのか理解できなかったメンテナンス費も、今なら理由が推測できます。


 それは、補助金目的です。


 ダミーの依頼を大量に発生させればシステム上補助金の額はどんどん膨れます。特に冒険者の町といってもいいこの町では、メンテは町の工房など各店で毎日のように行われているため、彼らの補助金もデータだけ一見するとこれも問題がないように見えるのです。


 脱税を探すつもりが不正受給を発見してしまったとは、行動の結果とは常に見えないものです。

 無論、現状では何の証明にもならない状況証拠だらけの推測です。

 しかし、手口さえ判れば行政による確認や強制捜査を視野に入れることが出来ます。


 未だ庶民の移動手段としてはポピュラーである馬車から降りて町に戻ったポニーちゃんは、この情報をギルドだけではなく姉にも流そうと思いました。これだけ狡猾な立ち回り、もしかしたら組織的な犯行の可能性もあります。

 歩きながらそこまで考えて、ふと思います。


 もし組織的犯行であるのなら、ポニーちゃんが色々と嗅ぎまわっていたことは前の町で商社に行った時点でバレてしまったのでは?


支配オクトの奔流よ、眠りに誘え』


 物陰から聞いたことのある何者かの声がして、眠気に体が傾いていくのを自覚しながら、ポニーちゃんは己の迂闊さを呪いました。












「あちらの町に長居してくれれば向こうで処理出来たものを、行動が早いのが忌々しい……」

「どうするんで?」

「売ってしまうか脅すかとも考えたが、こいつは確か身内に審査会の人間がいる。あそこはギルドほどなまっちょろい連中じゃない」

「へぇ、勿体ねぇ。こんだけの別嬪、味見したかったんだけどなぁ」

「かといって殺すのもまずい。鬼儺おにやらいの狂人共の眼に留まるかもしれん」

「放置しておく……のは愚策ですわね。この地で活動し辛くなる。面倒ですが、アロディータの宝帯を使いましょう」


 何やら、男や女の話し声が聞こえます。

 そこで自分に意識があることに気付いたポニーちゃんは目を開きますが、なにやら麻袋のようなものを顔にかぶせられているのか前が全く見えません。手足を動かそうと身を軽くよじってみると、まったく動きません。椅子に縛り付けられているようです。

 両手の親指が紐で交差するように結ばれ、動かすとかなり痛いです。


「オリュペス十二神具ですか! 使用するのを見るのは初めてですぞ?」

「制限はあるが、逆にいい機会だ。ギルドの情報を筒抜けに出来る。『洗脳後』に『合法的』にいろいろと要求することも出来るぞ」

「そいつはいいねぇ。なにせ本人がいいと言うものな? というかそれなら洗脳する前に味見しても……」

「駄目だ、洗脳の精度が下がる」

「ちっ」


 とても、恐ろしい会話だけが聞こえてきます。

 ポニーちゃんは自分の体が恐怖に震えるのを自覚しました。

 想像するのも悍ましい未来、迂闊な自分が呼び込んだ最悪の未来。

 どういう方法を使ってかは知りませんが、彼らはポニーちゃんを自分たちの言いなりにする気です。


「あら、目が覚めてるみたいね」

「お前らのせいで長話し過ぎた。急ぐぞ、どっちにしろこのアジトはそう長くはない」


 麻袋を脱がされ、目の前にいる男の存在を視認します。


 ――やはり、というべきなのでしょう。


「碧射手に絆されて随分嗅ぎまわってくれたようだが、満足いく答えは出たかね? ギルドの人間ならこちらは手を出せないとでも? せめて集団で計画的に探っていたのなら対応も違ったが、君は単独行動だったのでね。手っ取り早くいかせて貰った」


 普段の気取った善人のふりとは違い、恐ろしく無感動な目をした紫術士さん――いえ、紫術士の顔が、そこにありました。紫術士を囲うように四人の人物もいます。顔は見えませんが、彼の同志という奴なのでしょう。


「恨むなら己を恨め、ポニーくん。君にとっては善意の行動だったのだろうが、動きすぎたのだよ。まあこれからは我々に心の底から賛同し、協力してくれるのだからある意味では幸運なことだ。ポジティブに考えよう、ポジティブに」


 そう述べながら、紫術士がいつも愛用している杖を床にかつん、と叩きつけました。

 瞬間、杖の先端が『ほどけ』、杖だったものが一枚の螺旋を描いた帯に変わりました。見たこともない、美しい帯です。これが『アロディータの宝帯』と呼んでいた代物なのでしょうか。


 ああ、魅せられている。

 あの帯に惹かれている。


 あの帯の艶めかしいまでの美しさを直視していると、ポニーちゃんのこれまでの善意、碧射手ちゃんのこと、敵意や恐怖、自己という存在が塗り替えられることへの絶叫したくなる忌避感までもが薄れていきます。薄れていくという事実がどうしようもなく怖い筈なのに、その意志すら捻じ曲げてどうしようもなく魅了されていきます。


 ああ、駄目です。このままでは、このままでは――。


 脳裏に今まで世話になったあらゆる人々の顔が過っていきます。

 親代わりとしてもずっと面倒を見てくれたお姉ちゃん。ギルドの先輩たち、同僚たち。担当した冒険者さんたち――桜さん、軽業師ちゃん、重戦士さん――。


「それ以上、何もさせん」


 ズバァァァァァンッ!! と、凄まじい音を立てて、彼らの背後にあったドアが破壊されました。破壊されたドアはその勢いのまま紫術士の取り巻きの人に直撃し、取り巻き4人のうち2人が床まで吹き飛ばされます。ポニーちゃんの魅了も吹き飛んだのか、冷静に思考できます。


 破壊された扉の先にいたのは――ギルド最強、重戦士さんです!


「な――なにがッ」

「問答無用」


 その鋭い眼光は、ポニーちゃんが初めて見る重戦士さんの怒りを湛えていました。

 次の瞬間、まだ立っていた紫術士と取り巻きの女性に重戦士さんの剣の腹が迫ります。紫術士は咄嗟に帯を構えて術を使用し障壁を展開しますが、重戦士さんの剣は障壁ごと紫術士を弾き飛ばし、紫術士の飛ばされた方向にいた取り巻きが壁と障壁の間に挟まれ哀れな悲鳴を上げました。


「ガハァッ!? クッ……人形ッ!!」

「……邪魔者、排除」


 その隙を縫って、取り巻き四人のうち難を逃れた最後の一人、小柄でローブを着込んだ人物が滑るような速度で重戦士に肉薄します。接近と同時に小柄な人物の腕からジャキン、と細い刃が突き出ます。相手を不意打ちで刺殺する為だけに設計されたような武器は眼にも止まらぬ速度で重戦士さんの鎧の隙間に迫り――。


「遅い」

「ッ!?」


 その鎧姿からは想像もつかない程の速度で振り下ろされた剣の腹がローブの人物に直撃し、まるではたき落とされたように垂直に叩きつけられます。一瞬立ち上がろうと腕を地面につけましたが、やがて力なく崩れ落ちます。


「任務、失……敗……?」


 ローブの人物はそのまま意識を失ったようですが、そこに間髪入れず紫術士が放った光弾が降り注ぎます。重戦士さんはそれを一瞥するや否や剣を振り抜き、風圧で全ての光を明後日の方向へ逸らしました。

 苦々し気な舌打ちをする紫術士。先ほど弾き飛ばされた衝撃は唯では済まなかったのか、体を震わせ苦しげに息を吐き出します。


「貴様、この……化け物め!! どうやってここを嗅ぎつけた!!」

「教える道理もなし。ここに沈め、外道」

「誰がッ!! 主よ、慈悲トレデキムの下に跳躍の奇跡をッ!!」


 全く躊躇のない大剣の一閃が紫術士さんに命中するか否か――そのタイミングで、突然紫術士の姿が掻き消えました。重戦士さんの剣が石の壁を砂を崩すように破壊し、暫く停止し、剣を仕舞いました。代わりに短剣を取り出し、ポニーちゃんの背後に回ってロープを切っていきます。


「……奴はどうやってか逃げ出したようだ。体に傷はないか? 何かされなかったか?」


 大丈夫です、と震える声で返します。それが精一杯でした。


「……匿名の通報で、ギルド職員が何者かに攫われたとあった。ギルドの外に出ているのはお前だけ。そして、ギャルが『ポニーはこの店について調べていた』と言っていた」


 それで、飛んで駆け付けて……来てくれたんですか。


「……ちょうど、時間が空いていた。ゴールドと桜も手伝って、奴らは紫術士の家へ、俺はこちらへ。他にも何人か動いたが、最悪の事態は……免れた、か?」


 親指の紐が切れ、完全に体が解き放たれます。

 眠っていたせいか体がふらついたのを重戦士さんが受け止めてくれました。

 鎧に覆われた硬い体がポニーちゃんにぶつかります。

 それでも我慢できず、ポニーちゃんはそれに抱き着いて泣きました。

 重戦士さんはそれを受け止め、優しくポニーちゃんの背中を擦ってくれます。


「……よく、いままで我慢したな」


 怖かったのです。

 少しだけ粗相もしてしまいました。

 もう、こんな思いは二度としたくありません。 

受付嬢ちゃんの豆知識:支配オクト

支配オクトとは、神秘術の属性の一つです。厳密にはオクトは古代文字で「Ⅷ」と表記されるそうです。その最たる特徴は、相手に対するバッドステータスの付与です。相手を混乱させる、眠らせる、金縛りにするなどの術はこのオクトを基本法則として術式化されます。

ただ、オクトの術は相手の精神力、抵抗力、体力、保有神秘量の影響を強く受けやすく、格上相手には気休め程度の効果しかなかったり継続時間が極めて限られていたりします。一方で、手加減の為にも用いられるなど覚えていると意外な所で役立つものです。


本来、この術で他者を長期的に魅了し操るのは不可能に近い筈なのですが……。

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