19.受付嬢ちゃんが調査開始
ギルド内で調べられる冒険者の事柄はそこそこあります。
まず、ギルドに登録される関係でその人物の国籍、種族、経歴、家族構成等々。
所持している資産も国の税務署から情報を得られます。この部分については持ちつ持たれつです。どちらかのチェックで不審な金の動きがあると相互に情報を出し合い、不正を暴きます。治安維持部隊――この国では内察とか呼ばれていますが、そことも連携を取ることはあります。
ただし、そのすべてをチェックするのは難しいです。相手は国家、個人的に怪しいからではデータを提示することは出来ません。何か欠片でも不審点を指摘しなければならないのです。あの日は酒の勢いもあって成程と思いましたが、もとより簡単な事ではないのは冷静に考えて気付いたことです。
かといって、このまま引き下がりたくはありません。やるだけやってみます。
ギルドから支払われた報酬は、表向き問題はありません。しかし受け取り側の口裏合わせや行方不明冒険者の事を考えれば、決定的な証拠はないものの不審点が多いもの事実です。だからこそギルドは警戒してチェックをしているのです。それでも時折不審な点が散見されています。
であるならばチェックの及ばない場所、自宅内か町の外。そこで何やら秘め事をされればギルドは流石に目が及びません。彼の取り巻き冒険者から突き崩すという作戦は今まで幾度か行われたようですが、トカゲのしっぽ切りに終わってます。切り離された後のしっぽを辿っても、追いきれないし大したものは出てきませんでした。
……………。
視点を変えてみましょう。
紫術士さんは確かに冒険者としての実績がありますが、チームで事に当たれば必然的にチームで取り分が分かれます。そのためチームでのクエスト受注時には取り分の最低割振額が指定され、現場で何が起きようがそこだけは絶対に揺るぎません。
紫術士さんはチームリーダーということもあって他の取り巻きより取り分は多めですが、それでも分割されているので額としてはそこまでではありません。ところが紫術士さんは小さな屋敷とまで呼べる立派な一軒家を持ち、そして取り巻きも含め整った装備品を維持しています。
彼らの装備を思い出し、その概算額を算出。そして彼らの収入と税収を含めて維持費等釣り合いが取れるか計算します。釣り合いは……取れると言えば取れていますが、それはその他の傷薬をはじめとした冒険に必須の消耗品や生活費を差っ引いた概算です。また、メンテナンス費用も一応計算に入れてみましたが、彼らが装備品を汚して戻ってくることは少ないためここにも誤差があります。
修理費――ある種、チーム冒険者の利点の一つです。集団で行動することで安全性が増し、装備の損耗度が下がるというのは一般的な考えです。そして装備修繕費は、商業団体との提携によってギルド登録店のみ少額ながらギルドより修繕費補助が出ている筈です。ちなみに修繕補助は前年度のデータを基に今年分を試算し、年度の初めに支給する形です。
補助金のデータを頼み込んで見せてもらい、その中から紫術士さんとその周辺の修繕費を漁ってみます。すると眉を顰める点が出てきました。任務毎に軽度の修繕が発生しているのです。メンテナンスをまめにすることは冒険者の心得ですが、彼らの修繕費は装備や鎧など多岐にわたり、明らかに多すぎます。その分だけ余分に支出が発生している筈なのに、何故このような真似をしているのでしょう。
しかし、こんなことをしても得するのは修繕する側の店です。補助金があるからと言ってお金を払うのはあくまで紫術士さん側ですから、総合的にはマイナスになる筈です。補助金の資料を管理していた職員ともども首を傾げるしかありませんでした。
ちなみに、ここに至るまでに要した時間はなんと三日です。
通常業務の合間は難しいので休み時間と勤務外時間を使っていましたが、労働時間と給金が釣り合わなくなると上司からお小言を言われてしまいました。ギルドの労働は、働きすぎも働かなすぎもないピッタリのバランスが理想ですから、致し方ないでしょう。
……………。
脱税疑惑の路線を攻めてみます。
税金の滞納などの問題があればギルドにも情報が入りますが、そのような情報が入っていない以上は今の所問題なく払っているのでしょう。土地関係も調べてみますが、冒険者名義での土地は自分の家しか所有していないようです。
次は何を調べようかと思案していると、休み時間中に眺めている書類を横からひったくってきたギャルちゃんが面白い情報をくれました。紫術士さんたちが装備品メンテを行っているお店についてです。
「ここ知ってるわ。完全予約制で使い勝手が悪いってんであんまり客が入ってないのに、何故か潰れないヘンな店。紫術士の一派がちまちま出入りしてるけど、本当は仕事してねぇんじゃないかって話だぞ?」
どうしてか聞くと、ギャルちゃんはあっけらかんと答えます。
「剣だ鎧だと金物持ち込んでんのに、金槌の音が碌に聞こえないんだとよ」
なるほど、怪しいです。金属装備のメンテナンスは、場合にもよりますが形状の修正などに金槌でカンカン叩く作業があるものです。叩かないものというのは極端に損傷が激しいか、叩いた程度ではもう元に戻らない廃棄品でしょう。どうも紫術士さんより、そのメンテをしているお店が不審に思えてきました。寄り道がてら、一度お店の方を洗ってみます。ギルドの商工業部門に資料がある筈です。
お店が開業したのは約50年前。戦争時に店の経営者が前線へ手伝いに動員されて還らぬ人となってから10年前後の空白の後に別の人が果物店として利用。しかし経営が上手く軌道に乗らなかったのか5年前に廃業し、今のお店の主人はその後に入った人物のようです。
経営者は元冒険者、いわゆる抜け冒です。一定の実績を重ねて商人証を手に入れて開業しています。出費と収入のバランスは僅かに黒字。あまり余裕があるお店ではないものの、とりたてて問題もないように見えます。しかし書類をよく見てみると、開業時の資金の出どころに不透明な部分がある旨が書き込まれていました。それが何を意味しているのかは不明ですが、違法であると断言できるものではなかったようです。
お店の運用にあたって年度毎の帳簿がありますが、データ上は普通の小規模鍛冶屋程度のものを仕入れています。仕入れ先は隣町の商人ですが、何故かこの町で買うのに不便な物品が見当たらないのが不思議です。
調べれば調べるほどに、このお店はちぐはぐです。修繕記録と物品記録はある程度釣り合っているようにも見えますが、紫術士さんたちの装備の損耗度を考えると取りすぎな気もします。本当にこのお店はメンテナンスを行っているのでしょうか。紫術士さんと間接的な関係がありそうに思えます。
余分に仕入れをして無駄な出費を出すのはお店側です。しかも客から余分にお金を取っている可能性があるお店に、どうして紫術士さんはわざわざ通い続けるのでしょうか。訳が分かりません。首を傾げながら書類をぱらぱらとめくっているうちに、一つの個所に視線が落ちました。
お店の経営者のほかに、経営アドバイザーというあまり見慣れない職務を与えられた従業員がいました。その人物の名は――紫術士さんです。
ポニーちゃんの頭の中で、何かがカチリと繋がった気がしました。
受付嬢ちゃん豆知識:抜け冒
冒険者としての実績を残して十分に稼いだ後に別の職種に転職した人の事を、俗に抜け冒と言います。注釈するとすれば抜け冒は「冒険者を辞めたのちに一定の成功を収めた人」に使われるもので、ドロップアウトや引退とは違った意味合いを持っているということです。アイテム雑貨や鍛冶屋への転職はその典型とも言われており、自分が冒険者だっただけあってニーズに沿った品ぞろえや意表を突く新アイデアで町を盛り上げます。
ただ、中には事業を立ち上げたのに失敗してお金が底を尽き、また冒険者に戻ってきてを繰り返し悪循環に嵌る人もおり、ギルドはそんな人たちの相談にも乗っていたりします。この辺りもまた、雇われ冒険者=収入が安定しないという負のイメージを助長しているのかもしれません。




