表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
三章 受付嬢ちゃんが!

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/144

18.受付嬢ちゃんが相談する

 いつものように働き、いつものように寝る。

 いつものポニーちゃんの生活です。

 しかし今、その生活にもやもやが付きまとっています。


 そう、碧射手ちゃんの話を聞いて以来、ポニーちゃんは自分に対するもやもやを上手く消化できずにいました。


 これまでさまざまに悩んだ夜がありましたが、今回のこれは理屈と感情のぶつかり合いが今までにないくらいに激しく、自分でもどう処理すればいいのか分かりません。こういったときはやはり、人生の先達たちに相談して何かしらの答えを見つけるしかないな、とポニーちゃんは思いました。


 相手として適切なのは、やはりベテランさんでしょう。受付嬢経験が長く面倒見もよいので、こういった相談にも慣れている筈です。しかし残念なことにそれを決心したのは既に仕事が終わった後で、ベテランさんが自分の家に帰ってしまってからでした。これから押しかけて相談を、というのは流石に図々しすぎると思ったポニーちゃんは、相談の頼みは明日にしようと決めます。


 しかしそうなると、現在胸にかかるもやもやをどう振り払えばいいのやら。少し悩んだポニーちゃんは、お酒でも飲みたい気分になりました。少しばかりアルコールが頭に入れば気分転換にもなるかもしれません。明日に響くといけないですし、ポニーちゃん自身普段はあまりお酒を飲まないので、軽く飲めて常連の椀々軒にでも行ってみましょう。


 夜の一人歩きは危ないし帰りはどうしようか、などと思いながらもフラフラと行き付け店の椀々軒に入ります。最悪泊めてもらいましょう。以前に別の受付嬢が一人で町を歩いた結果、一生消えない傷の代わりに数名の冒険者を牢獄に叩き込む悲しい事件がありました。ポニーちゃんはその二の舞にはなりたくありません。


 疲れていたのでしょう。看板娘ちゃんの挨拶に返事をしながら特に何も考えずにカウンター席に座ります。隣に誰がいるのかも確認しなかったのは、失敗だったと言わざるを得ません。


「ぐすっ……ひっく……味噌汁美味ぇよぉ……コメにはやっぱり海苔だよぉ……ダシ巻き卵ってこんなにしょっぺえ味だったかなぁ……」


 突然の鳴き声にぎょっとして横を見ます。泣きながら出された食事を食べ続けているのは、なんと桜さんではないですか。珍しくゴールドさんも雪兎ちゃんも一緒におらず、一人で食事をしているようです。涙と鼻水を垂らしながら取り憑かれたように食事を続けています。


 前々から変な人だと思っていましたが、ここまで奇怪だとは予想だにしませんでした。後ろからこっそり近づいてきた看板娘ちゃんが耳元で囁きます。


(ちょっと前にお店に来たんですけど、料理を出して以来ずっとあんな感じで泣きながら食べてるんです。しかも朝定食を。ちなみに食べてるのはお代わりです。ナットウないのかって言われたんですけど、何のことか分からなくて困ったからイタズラにトゥナオ出してみたら感動で号泣しながらかき混ぜて食べてました)


 トゥナオとは通称「腐った豆」と呼ばれる非常に臭いケレビムの郷土料理です。ねばねばと糸を引く柔らかい豆は確かに美味しいのですが、受付嬢ちゃんはどうしても臭いが我慢できずリタイアした苦い思い出があります。ときどき店主さんがサービスと称して迷惑客にくれてやることで有名なのですが、どうやら桜さんには逆効果だったようです。


(ケレビム以外であんなにトゥナオを美味しいって言う人初めて見ましたよ……しかもそのあと、刻みネギと生卵を要求してご飯と一緒にかき混ぜて、ちょろっと醤油をかけて食べたんです。現地人しかしない食べ方ですよ……)


 彼が口にする料理名は全てケレビムの郷土料理を微妙に間違えて覚えているものの、食べ方は完全に現地人のそれらしいです。よっぽど好きか、すごく久しぶりなのでしょうか、ケレビムの郷土料理。

 困惑しかありませんが、とにかくあまり長居すべきではないと思った受付嬢ちゃんは簡単なおツマミとお酒を頼みます。さっさと飲んで帰りましょう。間違っても今の桜さんに絡まれたくありません。


「……あれ、ポニーちゃん? 意外だな、夜のお店でお酒とか飲むんだ」


 話しかけられてしまいました。まぁ冷静に考えれば何も考えずに隣に座ったポニーちゃん自身の失態です。ここは素直に普通に接しましょう。幸いにして桜さんは不審な言動もありますが基本的には普通の人です。逆に貴方こそ珍しいと聞き返してみます。


「いや、昼にこの店通りかかったらすごいノスタルジックな気分になって……夜来てみたらもっとノスタルジーを感じてしまったと言いますか。あ、俺もくださいお酒。ツマミは枝豆で」


 やけにお酒の席に慣れている感じです。さっきまでの号泣ぶりも布巾ですべて拭き取り、いつものけだるげな顔に少しハリと瞼の腫れがあります。あれほど号泣するとは、無神経そうな彼にも心に溜まるものがあるのでしょう。


「で、ポニーちゃんはどしたん? こんな夜に一人でお酒なんてさ」


 注文されたお酒をちびちび飲みながら桜さんが話を振ってきます。どうやら一通り泣いて心は安定を取り戻したようです。普段は若干人と距離を取っている節のある彼が自分から話を振ってきたことは意外ですが、人間お酒の席になると少しばかり人が変わってしまうものです。

 自分の悩みについて余りにも馬鹿正直に話す気にはなれないので、こちらもちびちびお酒を飲みながら迷惑冒険者の愚痴を申し訳程度にしてみます。


「あー、コヴォルスレイヤーさんね」


 言ってません。確かに迷惑ですが。

 というかそっちの名前で呼んでるんですか。


「雪兎がさ、『あのおじさん、すごいくちゃい』って指差して言うもんで、流石にショックだったのかその日の夜に銭湯で体洗ってたよ。ちょっとかわいそうだったから呼ばれたい方の名前で呼んでんの」

 

 セントー。有料湯浴み場の事でしょうか。相変わらず謎ワードを使う人です。何にせよ臭いが軽減されるならいいことです。雪兎ちゃんには今度アメちゃんを贈呈してあげましょう。

 それにしても、雪兎ちゃんは本当に言葉を覚えるのが早いです。まだ舌足らずで幼さを残す口調ではあるものの、最初にギルドに来た日には殆ど喋れなかったのが嘘のようです。


「いや、マジメにうちの子って天才なんじゃないかと思う」


 子持ちの親バカがよく言うセリフを大真面目に言う血の繋がらない父親。子育てが順調そうで何よりです。結局あれから彼女の親は見つかっていないのが現状ですし、親を名乗る不審者は全て審査中に人身売買関係者の疑いが出てトンズラしたり逮捕されたりしました。彼女の目を引く容姿はよくないものも呼び寄せているようです。


「話が逸れたね。で、実際どうなの? 同僚にも言えないことなの?」


 別にそういう訳ではありません。

 しかしそういえば、桜さんはイジメとか受けてないのでしょうか。


「イジメぇ? 今はないな……多分。多少陰口叩かれることはあるけど、実害はないし」


 今は……以前は何か、いじめられていたのでしょうか。


「まぁ、子供の頃はドン臭かったせいで周りから謂れのない責任押し付けられたりしたな。でも大人になってからのイジメの方が辛かった。いい大人が私情丸出しでたった一人の人間を責め立てるの。どいつもこいつもそれが間違いだって知ってるくせに、助けちゃくれないんだわ。わが身は誰でも可愛いものな……」


 あまり、聞いてはいけない話を聞いてしまったようです。

 その話を語る桜さんの表情は、怒りではなく悲しみでした。

 ギルド内でも稀にいじめが発生することがある以上、いじめは決して誰もが無関係でもなければ、程度の軽さ重さも当事者には関係のない話なのでしょう。

 

 話をさせてしまったお詫びという訳ではありませんが、ポニーちゃんは個人情報と詳しい状況は伏せ、迷惑行為の元締めとみられる冒険者のしっぽを掴めないといった感じの話をしました。概ね間違いではありませんが、話せるのはここいらが限界です。


「組織的いじめってのも性質は悪いけど、冒険者間のいじめって訳か……そりゃ確かにややこしい問題だ」


 そう、ややこしい話です。しかしポニーちゃんはそのしっぽを掴む係ではないので、何も出来ることはありません。それがどうにも、もやもやして、お酒を飲んでしまったわけです。


「関係なくはないでしょ」


 でも、受付嬢はそういうのが担当では……。


「その人に追い出されたかもしれない冒険者の中に、ポニーちゃんが担当だった人は何人いたの?」


 正確な数は不明ですが、今になって思えばいたと思います。


「じゃあどれだけ被害が出たのか、今の所不明ってことだよね。関係のあるなし以前の段階だよ。そのいじめの犯人は、このギルドの公益性侵害や将来有望な冒険者の行動の妨害、同行者の行方不明とかやらかしまくってんだろ? これアレだよ? 業務妨害ってやつだよ?」


 いつになく饒舌な桜さんの話は続きます。


「そのいじめの犯人は人を使ってギルドの将来的な利益を不当に奪っている。他の冒険者から金を横領してる可能性もあるな。後は、税金逃れとかもしてるかも。そういう奴は小さな罪を認めて大きな罪を隠そうとするからな……決定的な証拠で、一撃で仕留める必要があると思うよ」


 ポニーちゃんは強い衝撃を受けました。

 もしもですが、紫術士さんが後半二つほどの罪を本当に冒しているならば、彼はれっきとした犯罪者であり、その犯罪者を冒険者登録しているというのは公的機関であるギルドが犯罪の資金源と化しているということです。

 そうであるならば、それはギルド全体の大問題に他なりません。


 無論、お酒の入っている桜さんがオーバーな事を言っているだけとも受け取れます。しかし彼の言葉には妙な説得力を感じます。もう加害者側で確定した前提で言えば、あれほど狡猾な人間が『嫌がらせ以外の違法行為をしていない』などという事は考えにくいです。


「まずはカネの流れを徹底的に洗う必要がある。カネをくすねてるならどこかに必ず帳尻の合わないところ、データと食い違う事が起きている筈だ。後は……公式の場で『秘密の暴露』をしてもらうとか」


 秘密の暴露?


「犯人じゃないと絶対に知りえない情報のこと。その情報を知っていること自体、それが犯行に関わった揺るぎない証拠になる」


 正直、驚きました。桜さんの口にすることは、極めて論理的かつ今の法律にはない考え方です。また、組織に対して害を為す存在を追い詰めるために間接的な罪から突き崩そうと働きかけるのは、少々狡い気もしますが有効な方法に思えます。問題は、どちらにしてもはっきりさせなければいけない事がある、ということ。


 第一に、彼が何をしているのかハッキリと実態を把握すること。


 第二に、彼を追い詰めるに足る相当な事由と証拠、そして筋書きを用意すること。


 ポニーちゃんはこの二つを行う権限がないように自分では思っていました。しかし、碧射手ちゃんはポニーちゃんの担当であり、なおかつ彼女以外にも自分の担当した冒険者がこれの被害に遭っているというのなら、遡った調査と対策が必要になります。


 ポニーちゃんは、暗澹とした胸中に一筋の光が差した気がしました。お酒を飲み終え、相談に乗ってくれた桜さんにお礼を言ったポニーちゃんは、そのまま一直線に店を飛び出しました。明日から自分が何をすべきか決めた今、日常へと戻っていくのです。


 が、すぐに店に引き返しました。


「あ、帰ってきた。どしたの?」


 個人的に、女として寮まで護衛お願いしていいですか?

受付嬢ちゃんの豆知識:逮捕権

公的な組織として大きな権限を持ちギルドですが、犯罪者の逮捕権は持っていません。現行犯或いは疑うに足る相当な事由がある場合には一時的な容疑者の身柄拘束は認められますが、あくまで逮捕は地元の治安維持組織によってしてしか認められません。これを破ることは立派な越権行為、国家に対する侵害なのです。ままなりませんね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ