15.受付嬢ちゃんが出張
冒険者ギルドの存在意義は何か、と問われれば、実務的には様々な活動をしているものの根底にあるのは一つしかありません。
すなわち、第三次退魔戦役への備えです。
これは第一次退魔戦役終結後の超国家条約締結時から、一切揺らいだことはありません。
ギルドは素人目には分からないでしょうが、その設置場所を世界地図で見れば各国の中継地や重要拠点を余すことなく活動範囲に収めています。つまり、魔物との戦争が起きればすぐさまギルドを中心に防衛網、物資や人員の流通、情報の伝達が行われるネットワークを構築しています。また、そのいくつかが機能不全に陥ったとしても近隣ギルドが手を結ぶことでカバーできるよう、第二次退魔戦役後に更にギルド設置場所の効率化が図られました。
今現在、魔物の大量発生メカニズムは解明されていません。どうやら第一次退魔戦役より以前の文明でも大量発生が幾度となく発生していたようなのですが、当時の記録の大部分がその戦禍によって失われています。
どこから地を埋め尽くすほどの魔物が湧いて出るのかはある程度解明されていますが、その場所――巨大迷宮の調査はまるで果てしない深淵を進むように僅かずつしか解明されていません。巨大迷宮の調査には審査会直属の探索傭兵――広義では冒険者の扱いとなる――が当たっていますが、その損耗率が減ることはありません。
つまり、第三次退魔戦役は今日に起きてもおかしくはないのです。
そういう訳で、各地に散らばったギルドは半年に一度報告会を開き、発生の前兆やギルド活動の妨げや非効率の発生の有無など、様々な事を報告し合っています。本日はまさにその日であり、ポニーちゃんはその会議の場所に上司や先輩と共に出張中です。
「ポニーちゃんは定例会議、初めてだったわね?」
共に目的地に向かう機械車の中で揺られながら、ポニーちゃんはベテランさんの確認に首肯します。
定例会議はギルド長、秘書、その他数名の補佐が参加するのが通例です。今回はその補佐の役目が偶然ポニーちゃんに回ってきました。
「難しい事は殆ど秘書が処理するから、とりあえず自分がどの資料を管理しているかだけしっかり覚えてね?それさえ出来ていれば後はどうとでもフォローできるから」
アドバイスに素直に頷きます。もちろん既にチェック済みですが、後でもう一度くらいはチェックしておきましょう。
それにしても、この機械車はどうやって動いているのでしょうか。古代技術を基に鉄鉱国が開発したこの機械車は第二次退魔戦役頃に実戦投入され、今では裕福な国家や組織は当たり前のように使っています。特殊な術を組み込んだ動力を使っているらしいのですが、ポニーちゃんとしては馬に引かれてもいないのにすごいスピードで走っているのは何度見ても違和感がぬぐえません。小麦さん辺りなら理解したうえで整備とかできそうですけど。
「機械の技術が使えるようになるのはいいことだけれども、正直ついていけないわよね。知ってる? 本部では既に距離の離れすぎた支部と連絡を取るために、距離を無視して会話できる装置を試験投入してるんですって。私にはちょっと想像できない世界ね」
困ったように笑うベテランさんですが、ちょっとどころか全く想像できないポニーちゃんは苦笑いしか出来ません。実際、文明は加速度的に発展しています。
歴王国のクリスタル・インフラに代表される神秘道具技術、鉄鉱国が日夜世界に送り出す機械技術、そして術そのものの発展。第一次退魔戦役以降の世界の発展速度は異常と言って過言ではありません。事実、この発展によって人類は第二次退魔戦役を乗り切り、今もまさに破壊されずに文明を保ち続けています。
しかし、どんなに人類が強く高く発展しても魔物の脅威は全く止まることを知らず、今も人類に牙を剥き、多くの血と命が犠牲になっています。
終わりの見えない、果てしない戦いの連鎖。
女神教の神官が、以前に説法で「武力を求め過ぎた人類はいずれ自らをも滅ぼす力を得るのではないか」と現状に危惧を抱いていました。戦う人からすればそれどころではないのでしょうが、ポニーちゃんにはそれが絵空事とは思えません。
そんな分不相応な難しい事を柄にもなく考えているうちに、車の窓越しに目的地が見えてきました。そこは超国家条約を執行する審査会が所有する大きな建造物、「審査会支部」。ギルドの定例報告会はこの場所で毎回行われるそうです。
審査会支部は複数ありますが、毎年違う場所で開催され、ギルドは移動ネットワークの構築が上手くいっているかどうかをその身で確かめながら集合します。
果たしてここで、どんな報告が飛び交うのか。ごくりと唾を呑み込む受付嬢ちゃんに、ベテランさんは「驚くわよ?」と悪戯っぽく微笑みました。
「極南大陸中央支部より報告! 今年も氷国連合は例年並みの積雪であります! 現在の活動は主に連合に依頼を受けての農業の手伝いと雪掻き! 魔物討伐は相変わらず親衛隊が全て片すため冒険者登録希望も未だ零であります!!」
「東大陸東南東第三支部より報告! 相変わらず巨人族は機械や文字を覚えるのを面倒くさがっていますが、背中掻きや加工技術の伝授によって段々距離が縮まってきている気がします! なお、今回は支部長が巨人のくしゃみに吹き飛ばされて足を負傷したため、代理で副長報告となった事をお許しください!!」
「西大陸歴王国担当支部より報告。異端宗派による破壊活動が発生。死者は出ませんでしたが、歴王国親衛隊が調査の名目で支部に土足で入り込もうとしてきたので隠密室に叩き出してもらいました。ざまぁミソ漬けです。最古の文明だか何だか知らないけど図々しいったらありゃしない。ドサマギでギルドの中立に穴空けようって魂胆に決まっています」
「中央海列島第14支部より報告~。地殻変動でこれまで通れなかった海域に行けるようになったってことで、また未確認文明と種族を発見~。現在はその国から偶然外に出てきた人たちに内情を聞きつつコンタクトを取れないか模索中~~……ふわぁ、時差ボケきっつ……」
驚きました。もはや驚きすぎて逆に冷静になっています、
各地、地方や統治能力の高い場所ではいわゆるウチのような形態をそもそも取っていないようです。活動も思想も目的もてんでバラバラ。逆にウチものすごく浮いてない?ってな感じです。ギルドは各地に散らばる以上、ある程度は郷に従って地域に馴染む必要があるというのは分かりますが、巨人の背中掻きが仕事になるってどうなんでしょう。
テロも起きてるし、未発見文明見つかってるし、もぉ滅茶苦茶です。世界はハチャメチャに満ち溢れているのだということをポニーちゃんは今日知りました。
人類のつながり、相互理解。それは極めて重要な事です。
30年前の第二次退魔戦役では、超国家条約未加盟国である国家とも根強く交渉したことで、のちに「神腕」と呼ばれる男が戦場に助太刀に入ってくれました。「神腕」は、その名の如く神の如き腕で敵をなぎ倒し、最終防衛線を押し戻すという力業で人類を救いました。
ピンチの人類の前に颯爽と現れ、武器も持たずに素手で魔将と渡り合った彼の英雄は、今では世界中の男の子の憧れの的です。当人は世界を旅して回っているそうですが、そんな彼もギルドの異種文明交渉がなければ出てこず、もしかすればそのせいでポニーちゃんが生まれてこなかった可能性まであるのです。
……と、そんなことに思いを馳せているうちにウチの支部の番が回ってきました。
「西大陸中央第17支部より報告。冒険者登録は平均1年30名前後を維持。移転等を差し引いても緩やかな増加傾向にあります。魔物の討伐に問題は起きていませんが、ここ最近で危険度の高い魔物の出現が増加中です。対策として重戦士からの紹介で腕利きを数名、探索傭兵からこちらへ移籍させることで対応しています」
周囲から「相変わらずあそこはスゲェ冒険者ギルドっぽいこと言うなぁ」とか「あそこは相変わらず受付嬢のレベルたけーな」とか「いーなー俺らもそういう報告したい。漁獲量の報告と新型船の紹介はこりごりだよ~」などといった声が聞こえてきます。
やっぱりこの支部は周囲からしても浮いているようです。立地的に強力な防衛力や組織力を持った組織が全然いない上に巨大迷宮二つの丁度中間という絶妙にデンジャーな立地がそうさせてしまうのでしょう。
つまるところ、これからも頑張らねばということか、と一人納得したポニーちゃんは使われた資料を仕舞い、途中でふと重戦士さんの資料を見つけます。
そこに書かれているのは衝撃の情報――なんと、重戦士さんの同居人の欄に小麦さんの名前が書かれているではありませんか。これはその、あれでしょうか。そういう関係だと言うのでしょうか。予想外過ぎる情報にフリーズしていると、ベテランさんが小声で諫めます。
(こら、報告の番が終わったからってプライベートな情報の覗き見は感心しないわ……あの二人、元はコンビ組んでたみたいよ?私の見立てでは『そういう』関係ではないと思うわ。だから気落ちしないの)
いえ、気落ちしているわけではないのですが。というか重戦士さんに気があるというのは噂であって事実誤認です。ただ単に全く結びつかない二人だったのが驚きだっただけです、とポニーちゃんは小声で口早に主張しますが、その態度が余計に怪しいのかベテランさんは「不文律も絶対ダメとは言わないわ。ツリ目ちゃんも自己責任でやってる訳だし」と妥協するようなことを言います。ひどく釈然としません。
(まぁ、惹かれるのも分かるわ。孤独そうに見えるから不安で一緒にいてあげたくなるし、顔もいいし、あそこまでべらぼうに強い人なんてそうそういないもの。貴方に対してもなんだか優しいしね)
最後の情報は初耳ですが、ともかく、孤独そうというイメージが払拭されたのはポニーちゃん的にはよいことであるのは分かっていただきたい所です。
ちなみに、頭の片隅の更に際辺りに、小麦さんと『そういう』関係なら実は女性趣味もアレなのではという邪な考えを抱いてしまったことは……重戦士さんには秘密です。
受付嬢ちゃんの豆知識:エレミア教
エレミア教は、ロータ・ロバリーを見守る女神エレミアへの信仰によって成り立つ宗教です。特徴としては女神の後姿が彫られたメダルが象徴的に扱われていることでしょうか。信心深い人は常にメダルを持ち歩き、食事の際などこのメダルを取り出してお祈りするそうです。私もそこまで熱心ではありませんが信者なので小さなメダルは持ち歩いています。歴王国よりは歴史が浅いようですが、それでも歴王国がエラそうな態度を取れないのだからスゴイ影響力だと思います。