137.受付嬢ちゃん、運命を変えていた
――因果地平にて、桜が出発した後。
「エインフィレモス……あんたもしかして死ぬ気っきゅか?」
「ええ、もちろん。稀人殿も恐らくそれを予測はしていたでしょうがね」
エインフィレモスは、その質問に微笑んで肯定した。
「言ったでしょう? 因果地平の彼方は存在しているだけで存在そのものが薄れていくのです。最初から薄れている存在は影響を多少誤魔化せますが、私はここに相応に入り浸りましたからね」
魔将は死を恐れず、ただ何を成したによって存在を確立する。
ここがエインフィレモスが自分で選んだ終の地。
白雪は、わざとらしいまでに眉に皺を寄せてため息をつく。
「ぜーんぶ知ってた上で待ってる神経がよく理解できないっきゅ」
「知っていたからこそですよ」
「未然に極所相転移弾頭防ぐ方に頭回せなかったっきゅか?」
「無理ではありませんでしたよ? しかし、この世界にはどうやら運命を変える力が個々人によって違うようでして……歴王国の王はそれがとびきりに強かった。何度演算をやり直しても必ず彼の王は女神の為に誰かを犠牲にしました。それによって雪兎が暴走したり、或いは稀人たちとエレミア様の対立構造が決定的になったり、どうしてもエレミア様が幸せになる道がこれ以外見つかりませんでした」
白雪には最初から、この魔将がクリエイターたる桜を意図的に巻き込んだことに対する不快感があった。それは言い換えれば自らの運命を弄ばれることに対する不快感だ。この男はそれも知った上で笑っているのだと思うと、反抗するメリットがないだけに余計に苛立つ。
「実質的に死人二人出しておいてよくそんな顔出来るっきゅね」
「本当は死人がもう一人増える筈だったのですが、その予測は思わぬ所で覆りました。私の想像より少しだけ良い結果です」
「……誰っきゅか、もう一人出る筈だった死人って」
「桜ですよ」
あっけらかんと、エインフィレモスは言い放った。
「因果地平の彼方から現代まで戻る旅路で、タイムスリップした二人目の桜の精神は擦り切れてしまうんです。バックアップで記憶を取り戻すと言っても、元が完全に消えた後の上書きとなれば、それは複製と同意義。桜は人の形を保てなくなる前に自らを人外に作り替え、三人目の桜となる。これがどうにも……他に道がないとはいえ、気に入らない結末でした」
「はん、愛しの女神さまは幸せになる道だったのに何故?」
「笑顔が少ないんですよ。桜自身も自分が三人目だと自覚していますからね。そんなもの、周囲は素直に喜べますまい。エレミア様とてそうです」
この男にそんなロマンティシズムがあったとは、と白雪は意外そうな顔をする。エインフィレモスはそれを知ってか知らずか、嬉しそうに笑う。
「あちらの世界で一秒でも早く『桜を探す』という選択肢を選び、A.B.I.E.システムで通信するという方法を導き出す手助けをし、なおかつ桜の時間と現実の時間を連続させる因果を言葉で紡ぎ出せる存在。その存在によって、桜が現実の時間に戻るまでの損耗が劇的に減少しました。彼女……受付嬢のポニーによって」
白雪はそれほど面識が多くないが、空いた時間に頭を撫でたり何かとよくしてくれた受付嬢。ギルドで人気の受付嬢だが、彼女は特別な存在には思えなかった。ただ度を越した子供好きで、ちょっとお茶目な仕事人間だ。
「彼女は特別な能力も大きな運命決定能力も持っていません。ただ、偶然にも世界の大きな因果を持つ人々の接点となっただけの、探せば類似した人間を発見できる唯の少女です。故に、彼女を女神大戦に巻き込むメリットが一切なかった。演算から外れていました」
「……まぁ、そうっきゅよね」
彼女たちでなければ絶対に解決しなかった問題というものは、恐らくはない。もっと悲しみが多くもっと時間がかかった出来事はあったかもしれないが、逆を言えばそれは時間が解決してくれる類のものだ。
アラミスのブリッジで彼女たちが活躍したのも、別に事前に外の人員を用意すれば十分に補えた穴であったはずだ。
「いつ目を付けたっきゅか? お前にとっちゃアリの群体から特定の働きアリを見つけるようなもんっきゅよね?」
「紫術士くんがやらかした時に偶然。演算に登場した名ではありましたが、その時点では偶然そうなった真面目で憐れなギルド受付嬢Aとしか。しかし、戯れに調べてみると彼女は実に多くの因果が交わる存在でした。ギルド上層部に干渉して彼女を歴王国行きの面子に加えた未来を予測すると、少しだけ良い結果になる事実が判明したのもその時です。以降、彼女は本来もっと深刻化する筈だった問題を少しずつ、少しずつ、よりよい方向へ曲げていきました」
ゴールドと実家の確執は、もっと後ろ暗いものになる筈だった。
万魔襲来の際、雪兎はハロルドを二名殺害する筈だった。
重戦士は魔将化した後、原型を取り戻すまで更に時間がかかる筈だった。
「そんなに……」
「彼女は未来など意識していない。ただ現状でベストを尽くそうと必死に動いた結果、巻き込まれただけに過ぎません。しかし、そんな少女だからこそ運命に予想もつかない小さな変化を生み出す。私にとってこの世の全ては決定事項ですが――ポニーに出会えたことだけは、喜び誇っています。彼女にはナイショですよ? 旅に出たと伝えてください」
「そこまで好きな癖に、本人にはそこまで近づいてなかったのは何故っきゅか?」
「だって、私と親しくなった後で私に会えなくなったら、落ち込むとは言わないまでも寂寥感のようなものを彼女の胸に抱かせるでしょう? 私は見るだけで満足な草食系男子なのです」
「発つオバケ後を濁さずっきゅか……まぁ、その意見くらいは覚えておいてやるっきゅ」
「では、好い旅を。君たちの未来に一つでも多くの笑顔あれ!」
エインフィレモスは神秘術の全てを注ぎ、白雪を世界に送り出した。
それが、彼が彼として行える限界の力の行使だった。
魔将エインフィレモスは、どこまでも満足そうに、誰にも看取られることなく、神秘の粒子となって消えた。
――十数年前、エフェムの里の近く。
碧色の髪の少女が、真っ白な髪の男の手元を凝視する。
男は水晶の玉に煌めく神秘の光を観察し、唸った。
「ムムム……碧射手。君は背負いこみ過ぎるから、自分よりもっと背負い過ぎる人を好きになるだろう! なかなか難儀な運命だが、きっとそれだけ素敵な人だと思うよ?」
「ふーん、そうなんだ……ありがと、占いのおじさん!! いつか私が素敵なお嫁さんになったら結婚式に招待したげるね!!」
「楽しみに待っておくよ。転ばないように気を付けて帰るんだよー!」
碧髪の少女は屈託のない笑みを浮かべて男に手を振りながら、走ってエフェムの里へと戻っていった。男はそれを手を振って見送り、完全に彼女が見えなくなった頃になって占い道具をテレポットに仕舞い込む。
「……子供の頃のマスターに出会うっていうのもフシギな気分っきゅね。ま、ちょっとズルかもしれないけど、これが僕に出来る最大限のお膳立てということで!」
ロータ・ロバリーの過去のガナンに転移した白雪は、そこで『クロノスタシス』のオートメンテ環境を整え、地上に降り立った頃だった。白雪はそこで幼少期の碧射手を発見し、彼女が桜を一途に想い続ける切っ掛けの一つになった占い師の正体を暴いてやろうと暫く粘った。
ところが、周囲をどんなに調査しても、待てど暮らせどそんな存在は現れない。白雪はここになって、占い師のフェリムとやらの正体を察してしまった。つまり、碧射手が出会ったのは白雪だったのだ。
「さて、あとはダルタニアンに向かうのみっきゅか……僕がこの世界に生まれるまでに準備が終わるといいっきゅけど」
目的地は、二つの国が一つの島に存在する場所。
国の名は男尊女卑国家オノクニと、女尊男卑国家メノクニ。
この国の中間に、丁度ダルタニアンが眠っている。
「キャプテンと仲良くやれるといいっきゅけど……」
キャプテンが死んだときのみ起動条件を満たす、キャプテンの若かりし頃を模したアンドロイドがどんな人物か、この時の白雪には想像するしかなかった。
――ポニーちゃんがアラミス入りする、少し前。
「――この島では少し前に流行り病があって死者が結構出たらしいが、ギルドがこの島への航路を確立させたことで薬が出回って終息したらしいム」
事前に情報を仕入れていたポム斥候の言葉に、斧戦士は「へー」と生返事を返す。
斧戦士、ポム斥候、微臭、新人調教師、大剣士、黒術士の六人は、突然舞い込んできた大きな依頼を受けてギルド船で見知らぬ島までやってきた。
今回の依頼主は相当な金持ちであり、所謂開拓冒険の足掛かりとして彼らに大きな依頼料と引き換えにとある山の調査を依頼してきた。日雇い冒険者である彼等は見たことがない額の依頼料に数名がコロっと釣られ、それに付き合わされる形で数名が集まり、六人のパーティが完成したのである。
――無論彼らは、その依頼主の正体がエインフィレモスの協力者であったことを知らない。その協力者もステュアートではなくあくまでエインフィレモスが個人的に擁立した男だが、これは情報漏洩を恐れてのことである。
新人調教師が手懐けたユニヴァーンの毛の手入れをする中、船で話を聞いてきた大剣士が全員に伝える。
「明日の朝に船を出すから今日一日はここで泊まりだってよ」
「オッケー。ちなみに皆、行き先のことはちゃんとわかってるわよね?」
「ああ。つい最近ギルド加盟になってずっと続いてた戦争が和解したっていうオノクニとメノクニ、その二国の中間にある謎の遺跡の調査だよな?」
「ふん……俺は嫌な予感がしなくもないがな」
「じゃあなんで着いてきたムか微臭。降りてくれたら取り分増えるから嬉しいムよ?」
「馬鹿やめろ! 遺跡調査にこいつの罠知識と慎重さがいるって言い出したのお前だったろが!!」
「そうだったムか?」
「そうだよ!!」
斧戦士とポム斥候は、最初からずっとこの調子で漫才を繰り広げている。
と、世話をされていたユニヴァーンが海岸で座り込む一人の少女の方を向いた。それは踊り子の衣装に身を包んだ可愛らしい少女だった。
少女は、何か大切な事を思い出そうとするように暫く夕日を眺めた後、町の方へと戻っていく。港で仕事する男性が通りかかり、少女について教えてくれた。
「彼女はこの島一番の踊り子だよ。ハキハキした子でさ、海の外と繋がりを持つことになった時にはルール作りから施設作りまで熱心に関わってたよ。おまけに踊りも一級品でな! 気になるなら町の広場に行ってみな! 飯も食えるし踊りも見られるぜ? 彼氏がいないもんで告白する男も後を絶たないが……ま、俺の見立てでは彼女は初恋に敗れて傷心が癒えてないな! でなきゃあんなに物憂げな顔で夕日なんか見つめないよ」
――その晩、彼等は全員で踊り子の踊りを見に行った。
情熱的でしなかやか、それでいて情に訴える力を持った踊りは、全員を満足させるだけの素晴らしい踊りだった。
そして、遺跡に到着した彼らは遺跡の謎解きを突破し、キャプテンの待つブリッジに辿り着き、万一依頼遂行で行き詰った時のためと渡された袋の中から「実はキャプテンを手伝ってほしくてここまで導きました! お金は本当に出るので手伝ってね? ちなみに遺跡最深部に到達するまでにあったしつこいくらいの謎解きは乗員訓練の一環でーす!」と書かれた手紙が入っており、その場の全員がブチギレしたという事件もあったのであった。
なお、この際にキャプテンは圧倒的な実力で六人を蹴散らしたため、逆らうに逆らえずやり取りをしているうちになんやかんやで友達になってしまったようである。
ちなみに、十年前には既にこの遺跡に辿り着いていた白雪はというと、キャプテンと協力してダルタニアンの整備をし終えたのち、桜が白雪をこの世に生み出すタイミングで動力源の離元炉内部に侵入。
離元炉内部は因果地平の彼方と似た環境であるため、自らを個を保てるギリギリまで分解して隠れることで「同一時間軸に二人の同一存在」という矛盾を隠しおおせたのであった。
かくして、時代は漸く現在――世界の危機が去ってやっと話す機会の出来た、桜と二人の娘へと移ってゆく。
ギルド最新資料:男尊女卑国家『オノクニ』と女尊男卑国家『メノクニ』について
彼等は非常に高度な文明と、非常に極端な男女格差を持ち、中央を山脈で隔てられた一つの島に同時に存在する国家である。種族は狐族で、大陸では非常に少数派種族である。
彼らはつい最近まで、機動骨格という謎の機械に身を包み、互いに相手が男、女であることを知らず戦争を続けていたらしい。互いの機械が高度過ぎて犠牲者も捕虜も発生しないため、オノクニでは身分の低い女性兵士が、メノクニでは身分の低い男性兵士が、本来は相手を敬うべしと教えられた性別同士で戦い続けてきた。これは世界的に見ても極めて歪な関係性である。
更に二つの国は間を挟む山から発掘した機械を解析していたため、常に技術レベルは拮抗していたという。数奇な事に、二つの国の境には巨大な船が埋まっており、二国ともこの全容が掴めないほど巨大な船を最終決戦兵器と見做して発掘、修理を進めていたそうだ。船の反対側面で敵国が全く同じことをしていることに気付かずに。
しかし、あるときに前線兵士の男と女が不慮の事故で戦線を離脱し、互いの正体を認識。更に両国が同一の船を最終兵器と呼称していることや、島の外に大きな国が存在することを知り、両国に和解を呼び掛けたことで戦争はやっと集結したそうだ。まだ多くの文化的わだかまりはあるが、少しずつでも両国の関係がより良いものへと変わることを筆者は願う。
なお、内部情報を齎し両国を和解に導いた男女は、互いに互いを最大限に気遣い尊重する――と言えば聞こえはいいが、果てしなく初々しいバカップルにしか見えない。くそう、俺もオノクニで嫁さん探したい……でもメノクニの男ほどのイケメンムーブが出来ない……くやしい……!




