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13.受付嬢ちゃんと報酬の意味

今回の連続更新はここまで。

 ギルドに無償労働は存在しません。


 ギルド職員の労働は勿論、契約を履行した冒険者には必ず報酬が支払われます。これは労働の基本であり、これをおろそかにする社会は健全とは言えませんし、必ずどこかに無理が生じます。労働に見合った対価を支払うのは当然のことです。


 報酬があるから冒険者は危険を冒す。

 報酬があるから迷惑冒険者相手でも仕事を続けられる。

 仕事において最も健全な関係は、互いに得をする関係なのです。


 と、いう話を何故しているのかというと、一人の問題児冒険者への説教ついでです。


「……つまりアレですか。もっと依頼を受けろと」


 分かってるんじゃないですか、とポニーちゃんは憮然とします。問題児冒険者こと桜さんはいつも通りパイプを咥えたまま実にやる気のなさそうな顔を顰めました。


 冒険者はその身分悪用を防ぐため、一定の実績を重ねていかなければ評価が下がっていき、最終的に積み重ねがないと除名になる仕組みになっています。どんな木端依頼でも定期的にこなしていれば評価が下がることはないので、よほど怠け三昧していないかぎり評価は下がらないのです。


 しかし、桜さんは冒険者になって以降、あまり多くの依頼をこなしていません。ちょくちょくゴールドさんの依頼に同伴することはありますが、依頼貢献度が低くて評価が芳しくないのです。なにせ桜さんは術を少々使える以外は丸腰で、当人曰くそもそも戦闘スキルなど持ち合わせていないとのことでした。


 ならもっと向いている依頼を、とも思うのですが、桜さんが何のスキルを持っているのかさっぱり分かりません。本人も特段これが得意だとは言いません。一部ではゴールドさんの金魚のフンとまで言われています。このままだと彼はじわじわ評価が落ちて冒険者でいられなくなるでしょう。


 ポニーちゃんとしては個人が努力を怠った結果についてどうこう言う気はありませんが、彼とゴールドさんの後ろをちょこちょこ付いて回る雪兎ちゃんの将来を考えると、もう少し頑張ってください!と叱咤したくなるのが本音です。

 なのでまんま本音を言うと、痛いところを突かれたように桜さんのパイプが居心地が悪そうに揺れます。


「……まぁ、冒険者の基本レクチャーはゴールドの奴から一通り習ったし、いつまでも現状に甘んじてる訳にもいかんか。このままだと本当にプータロウだ。今朝宿から出たら近所の子供から無職仮面って言われたんだ。仮面のワードがどっから出てきたのか知らないけど、ガラスのハートにまた一つ罅が増えたよ」


 どうやら本人にも多少はやる気があるようで少し安心です。なに、ゴールドさんは桜さんのことを評価しているようなので、何か一つくらいは秀でたことが出来る筈です。

 桜さんは猫背気味の体をクエストボードに向け、端にあるいくつかの不人気依頼の紙を取って戻ってきました。

 内容を検めてみると、薬草採集などの依頼です。


 採集依頼は定期的に出る依頼ですが、薬草を見分ける知識、根気が必要なので学のない冒険者には出来ないものです。慣れた人であればいくつか掛け持ちしてもあっさり依頼達成してお金を稼いでいるのですが、慣れない人はだいたい3回も達成すると手を付けなくなります。


 受付嬢ちゃんは改めて桜さんを見ます。

 薬草を見分ける知識と根気はあるか。


 ないっ!


 ……と雰囲気で断言しそうになりましたが、主観的な観察はいけません。

 冷静に考えると桜さんがパイプでくゆらせているのはハーブ、つまり薬草の一種です。ハーブは特別高くはないですが、定期購入するとなると次第に出費がかさむもの。そして彼が豪遊したり薬を買っているという話は聞いたことがありません。つまり、あのハーブは自分で摘んで加工している可能性が高いということです。


「……このハーブ? 禁煙代わりに調合してる合成ハーブだよ。うん? いや、合成ハーブってなんか言い方危険ドラッグみたいだけど、危ないものは入れてないからセーフセーフ……いやいや、そういうこと言ってハーブ勧めてくる奴こそ売人じゃねえか!! 駄目だ、自分の怪しさを擁護できなかった……!!」


 何やら勝手に落ち込んでいる桜さん。

 ちょっと情緒が不安定な人なのかもしれません。

 キケンドラッグというのは麻薬の一種なのでしょうか。

 それならば確かに怪しい人みたいな気もします。

 そうでなくてもちょっと怪しい人ですし。


 ともかく、自分で薬草を合成することが出来ているのなら薬草採集もすぐ慣れるかもしれません。それに薬草採集は歴王国の医療独占が響くこの地域では非常に重要な依頼でもあります。それをこなせる人数が増えれば町としてもギルドとしても助かりますし、冒険者評価も間違いなく上がるでしょう。


 と――突然ギルド内に人が走り込んできます。

 あの人は確か、町医者さんです。この町の数少ない医療関係者であり、薬草の依頼も殆ど彼の出してるものです。そんな彼は血相を変えて飛び込んできたということは、かなりの非常事態です。

 すぐさまメガネちゃんが対応に出ます。隣のカウンターなので否応なしに話の内容が聞こえてきますが、その間自分が仕事の手を止めるわけにもいかないのでそのまま仕事は続けます。


「令嬢さんの病気の発作を抑えるための薬草が切れそうなんだ!今すぐ依頼で出せないか!?」

「えっ!? 令嬢さんに使っている薬草って、あの貴重な赤篭草ですか!? しかしあれはまだ備蓄があった筈では!?」

「……風邪と重なって容体が予想以上に悪化して、消費量がどんどん多くなっているんだ。この山を越えなければ彼女は……!!」

「す、すぐに準備に入ります!!」


 メガネちゃんがどたばたと急いで書類を用意するなか、桜さんの書類発行が終了しました。桜さんは、気のないような顔をしながらもチラチラ横を見ています。


「令嬢さんって俺は知らないんだけど、何かの病気なの?」


 令嬢さんはこの町の一番のお金持ちさんの家の子で、年齢的にはそろそろ15歳になるマギムです。しかし幼い頃から病弱で、未だ根治の方法が分からない気管支の病気にかかっており、以前から町医者さんに定期的に診て貰っていました。

 ポニーちゃんが知りうるのは、それぐらいです。


「赤篭草って、今から依頼出してすぐ見つかるものなの?」


 赤篭草は普段は赤い以外は特徴のない草で、夜だけその草が篭のように開くという奇妙な薬草です。採集の仕方と保存方法も少し厄介で、群生地域は狭く、栽培も難しく、しかも赤い薬草の中には毒草も多いのでちょっと薬草に詳しい程度の人がそうそう見分けられる代物ではありません。


 歴王国系列の薬剤店であればお金さえ払えばすぐにでも数が揃えられますが、数ある薬草の中でもかなり稀少な部類なので、買って補おうとすれば令嬢さんの家は今後医療費を払うのも苦しくなるほどのお金を手放さなければいけなくなります。

 令嬢さんのお父さんならば断腸の思いで実行するかもしれませんが、そうなれば最悪の場合、令嬢さんの家は借金まみれです。


 周囲の野次馬の喧騒が次第に広まる中、桜さんは町医者さんを横目で見ます。ここまで一分一秒でも時間が惜しかったのか全力疾走したであろう町医者さんは、ぜえぜえと肩で息をしています。もしかしたら桜さんはその依頼を自分が受けようと思っているのかもしれません。

 しかし、赤篭草の見分けがつかないであろう彼にその依頼はこなせないでしょう。失敗して無駄にお金を取られる未来が目に見えています。残酷ですが、その事実を告げるべきか――そう思っていると、桜さんは無言で席を立ってギルドの出入り口に歩いていきました。


 翠魔女さんがいればすぐにでも採集してくれたでしょうが、彼女は別の薬に困った人たちの為に入れ替わりで数日かかる依頼に旅立ってしまいました。残りの薬草に強い冒険者たちのなかに、赤篭草を正確に採集できる人が何人いるか――残酷な方程式を思い浮かべてしまうポニーちゃんには、精々令嬢さんの体力が保つよう願うことぐらいしか出来ませんでした。



 それから1日経過して――かなり時間ギリギリで桜さんは依頼を全部達成し、ギルドへ戻ってきました。見込み違いだったかなとも思いましたが、採集された薬草はとても綺麗に保存されています。これは今後にも期待できるかもしれません。

 慣れない作業の疲れかそれとも寝不足なのか、桜さんは依頼料金を受け取るなり大あくびをして「帰って寝る」と言い残してフラフラとギルドを後にしました。


 もしかしたら彼なりに、赤篭草を見つけられないか探していたのかもしれません。

 しかし、仮にそうならばその成果は芳しいものではなかったのでしょう。

 ポニーちゃんが無意識に視線を向けた先には、昨日から手つかずのまま放置されている赤篭草の採集依頼がかかったままでした。


 ここで依頼分の薬草を持ってきて「これでその依頼は終わりだ」なんて格好いいことを出来たらスゴイし格好いいことです。しかし、そんな理想は現実には実現しにくい事であり、出来ないことは何の恥でもありません。

 せめて今日こそあの依頼を受ける人が来ますように。そう願っていると、町医者さんが今日もギルドにやってきました。依頼はまだ達成されないのか確認しに来たのでしょう。


「すみません。赤篭草の依頼ですが、達成期間を長めに変更してください」

「……もしや、買ったのですか?歴王国の薬草を!?」


 どうやら、全ては遅きに失したようです。


「いえ、昨日ですね。突然令嬢さんの部屋に薬師を名乗る謎の男性が現れて、見たこともない調合の薬を無理やり飲ませて去っていったそうなんです。その薬がなんと病気の特効薬だったらしく、すっかり令嬢さんは健康になって……ああ、それと依頼を追加で。令嬢さんが『薬が死ぬほど苦かったので文句と、あとお礼を言わせてほしい』ということで、その謎の薬師さんの捜索依頼を。というか私もその薬師さんからぜひ薬の詳細を聞きたいのですが……手がかりですか? ハーブの香りを身に纏っていたそうですが……」


 ポニーちゃんは、たまには神様にも祈りが通じるものだなと思いつつ、先ほどの桜さんの事を思い出し、まさかね、と首を横に振りました。確かに煙草代わりにハーブをくゆらせていますが、彼がそんな天才的薬師なら、ギルドで冒険なんてせずとも調合師など生計を立てる手段がいくらでもある筈なのですから。

受付嬢ちゃんの豆知識:薬師

歴王国の医療独占が始まって以来、正式な薬師というのは歴王国の独占状態にあります。何故かというと歴王国でしか薬師資格が得られないからです。より正確には、歴王国は薬学の知識さえ事実上独占しています。しかし世の中には薬師と同等の知識を持ちながら、資格を持たず活動している薬師もいます。こういった人を俗にはぐれ薬師と世間は呼んでいます。

これにはまっとうな知識を持つ翠魔女さんのようなタイプと、詐欺師紛いの犯罪者タイプの二種類がいまして、これを巡って更に歴王国が厄介ごとを引き起こすのですから手が付けられません。誰かどうにかして欲しいものです。

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