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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
十四章 受付嬢、永遠なれ!

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134.受付嬢ちゃん、憧れられる

 ポニーに言われるがままに依頼を受けた桜は、すぐさま神秘術でニヒロのコクピットに跳ぶ。


 コクピット内には碧射手がおり、彼女が複座の前座席にいたために桜は後部席にワープアウトする。と、ポニーから通信が入る。


 ――ところで桜さん、白雪くんは一緒じゃないんですか?


「あいつは別行動だけど、俺と違って呼ばなくてもちゃんと戻ってこれるから心配いらないよ」


 白雪と桜は別々に帰路に就いた。

 これも嘗ての桜とエインフィレモスの策だ。

 合流すべき時には合流できるように仕組まれている。


(もっと人間性掠れちまった状態で戻るかもしれんと思ってたが……助けられたな)


 どうやら碧射手がABIEシステムを使ったらしい。元は平行世界の存在を確かめるための足掛かりになる筈だったABIEシステムが『横軸の壁』を超えることはなかったが、もしこれを使っていなければ桜はあとどれほどの精神時間を因果地平の彼方で過ごせば良かったのか、考えたくもなかった。


「ありがとな、碧射手。それと心配かけてごめん」

「……」

「……あれ? 碧射手……あれ? もしかして怒ってる!?」


 前部席から身を乗り出して無言で桜を睨む碧射手は、目一杯に涙を溜め、顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。感涙を堪えている顔ではなく、強い怒りと嫉妬心を感じる目をしていた。

 碧射手は暫く桜を睨んだあと、口を開く。


「……んだのに」

「えっ? なに?」

「私もいっぱい呼んだのに!! 生きててほしい、帰ってきてほしいと思ってこれ以上ないくらい心の限り叫んだのに!! 私の呼び声には返事しなかったのに、桜、ポニーが一回呼んだだけですぐ帰って来た!! わた、わたし、あんなに叫んだのにぃぃ……!!」

「え、えー……?」


 桜としては、言わんとすることは分かる。

 彼女は本気で真剣に桜のことを好きだ。なのに桜はポニーの呼びかけに答えた。彼女としては、ポニーへの敗北感と反応してくれなかった桜への怒りがないまぜになっているのだろう。そもそも居ないなら探そうと言い出したのもポニーらしい。


 しかし待ってほしい。

 あれは別に愛の生み出した奇跡ではない。


「違うって、違う! 前にぼーっとしててポニーにあのセリフ言われたあと、滅茶苦茶説教されたのが軽くトラウマなんだよ!! 年下の女の子にあんなに理路整然と糾弾されたあげく社会常識を問われて、情けなさで心が砕けるかと思ったくらいだ!!」

「……尻に敷かれる旦那の言い分みたいに聞こえるッ!!」

「違うからっ!! そりゃ確かにポニーは俺にとって特別な導き手かもしれんけど……愛とか恋とか、そういうんじゃないんだ」


 ――ちなみにニヒロはオートモードで巨大化を続ける終末巨人の頭部へ移動中なので、この世界終了間際の痴話喧嘩は一応無駄な時間のロスは起こしていない。目標とする座標に辿り着くまで痴話喧嘩は続行可能だ。


 桜は照れ臭そうに頬を掻く。


「俺さ……学校卒業して就職したとき、社会人になって仕事するってもっとキラキラしたことだと思ってたんだ。でも……俺の入った会社は前時代的で……やらされることは雑用の類、しかもシステム変えればもっと楽に出来るようなものばっかり。口出しした途端に年功序列の風吹かせて上司がパワハラしてきて……結局、圧に屈して仕事できなくなっちまったんだ」


 無駄な印鑑。無駄な紙書類。非効率極まりない役割分担。

 社会マナーという名の、上の人間を接待する下らないルール。

 上司の自己満足の飲み会に付き合わされる苦痛。

 上司の偏見に話を合わせなければいけない閉塞感。

 噛み合わない会話、押し付けられる仕事の数々。


 それらは、桜の心をボロボロにしていった。

 そしてトドメの苛めだ。

 上司が間違っている事は明白だったが、会社の空気を崩して嫌われたくない他の社員たちは誰一人として上司を咎めず、桜に味方せず、見て見ぬふりで放置した。親しいと感じていた人さえ、何もしてはくれなかった。


「俺、折れて負けて、尻尾撒いて逃げたんだ。社会から……だからポニーの仕事見たとき、すげぇって思った。俺が挫折して出来なかった仕事と真っ向から向き合って戦ってたから……」


 どんな理不尽な苦情を浴びても、同僚から時に心ない対応を取られても、ポニーは諦めて迎合することも逃げることもなかった。しかしそれより尚も羨ましかったのは、ポニーが立場上どうにもできずに追い詰められている時、彼女の周囲が彼女を助けていたこと。


 桜は仕事をしていた。ただ、誰と向き合うこともなく、上司の命令と書類相手に血の通わない仕事をしていただけだ。その仕事が誰の役に立ち、何を助けるのか何一つとして実感が湧かないまま、ただ働いていただけだった。  


「すごいイキイキ仕事してた。自分の仕事がどんな仕事かよく知ってたし、仕事にプライド持ってた。仕事の為には身を削るみたいな所があったのは正直どうかと思ったけどさ……俺はきっと、ポニーみたいに仕事したかったんだ。憧れだったんだ」


 憧れは、憧れのままでいい。

 ギルドの受付カウンターに座った時、だらしなかったら苦言を呈してくれるあの距離で、桜にとっては十分だった。そもそもポニーとは歳の差も結構あるし、恋愛するイメージは不思議と湧かない。


 これが桜の本心だったが、碧射手はまだ納得していないような、或いは自信がないようなふくれっ面のままだった。彼女自身が勝手にポニーに対して劣等感を募らせているように見えた。

 桜は仕方ない、と彼女を抱き寄せ、その鋭角的な耳を甘噛みした。


「ひゃうっ!? あ、桜……私の耳……」

「噛み返したら両想いなんだろ?」

「……うん。うんっ!」


 碧射手は、今までの不機嫌が嘘のようなあどけない笑みで桜の耳を噛み返してきた。甘噛みにしては少し強かったが、その痛みが彼女がそこにいる実感をくれる。


 別に、応える気がなかった訳ではない。

 ただ、色んな言い訳を頭の中で回し、勇気ある一歩を踏み出せなかっただけ。そしてそのことに自分で気付けなかっただけだ。自分のような人間の為に一生懸命になってくれる彼女を、桜のような『ちょろい』男が好きにならない訳はないのだから。


「俺、これから山ほど面倒事と迷惑抱えて生きてくから、覚悟してくれよ?」

「あら、私のワガママを前にその程度で対抗できるのかしら?」

「自信なくなってきた」


 ニヒロから通達。そろそろ目標地点に到達するとのことだった。桜と碧射手は少しだけ名残惜しそうに離れ、コクピットの位置を入れ替わる。


「さあ、さっそく難題だ!! 雪兎とアイドルを泣き止ませるぞ!!」

「了解!!」


 モニターには地表から約100kmを超えて尚も肥大化を続ける終末巨人の泣き笑い顔がある。ハイ・アイテールによる侵食は空間にも始まっているらしく、無防備に近づけばニヒロもあの巨人に取り込まれるだろう。


 感情の波が、計器を超えて空間から押し寄せてくる。


『 イ ラ ナイ 』


『 キ タナ イ 』


『 ムダ ダッタ 』


『 コ ワ イ 』


『 ツ ラ イ 』


『 ナラ イッソ 』


『 ダ ッ タラ 』


『 コワ レ チャ エ 』


 響く声は、二人の幼い声が混ざり合っている。

 桜はエインフィレモスから既に情報を受け取ってはいたが、実は少しだけ安堵していた。自分がいなくなったらアイドルは即座に自爆を敢行するのではないかという不安があったからだ。

 だが、これはある意味もっと酷い結果かもしれない。


「雪兎とアイドルが同調している……」

「同調? 取り込まれたんじゃなくて?」

「多分……アイドルにとって心に占める俺の割合が思った以上に大きくなってたんだ。管理装置エレミアは犠牲をそういうものと割り切ってきたが、精神は肉体に引っ張られる。限りなく人に近いアイドルの身体は、多分もともと天の川がアイドルにもいつか人のように歩んでほしいという願いを込めて作ったものだったんだ」

「……知らない人の名前が出て来てるけど、確かにアイドルちゃんは初めての経験に敏感に反応してた」

「そう、だから今の彼女にとって俺を守れなかったという喪失の経験も『初めて』。雪兎はそれを、自分と同じ心を持つ仲間だと感じた。同類相哀れむと呼ぶには少々一方的だが、一つの器で失意と害意が共存してしまっている」

『――それが相容れない筈の二人が共存する理由か』


 アルキミア駆るゴールドから通信。アルキミアは変形したまま味方随一の速度ですぐにニヒロに追い付く。側面のクローを展開したアルキミアはニヒロを掴み、更に加速する。


『味方の退避に手間取って遅れた。あと赤槍士が降りてくれなくてね』

「降ろせたか?」

『無理だったから連れて来た』

『女神様救出にステュアート抜きはおかしいでしょ!! 待っててください女神様っ!!』


 通信回線の先には、ゴールドの膝上にちょこんと座って鼻息荒く主張する赤槍士。彼女が小柄で運がよかった。それに、彼女がへファストの炎薪を持っているのも都合がいい。


「ここまで来たなら覚悟はいいな? 最後まで付き合ってもらうぞ」

『作戦は?』

「まず二人の居場所。二人ともハイ・アイテールと同化して意識だけの存在になってる訳じゃないらしい。居場所を特定する」


 ハイ・アイテールの侵蝕力の増加は強い意志に起因する。それは概念的、装置的な無機質な部分ではなく、生の人間の感情に宿るものだ。人としての形を喪うと逆にこの侵蝕力は発揮できないだろう。


 場所の特定方法はというと、実は簡単だ。


「ABIEシステム起動、ヘリオンの円環、拡大解釈エクステンデッド。領域を広げろ――!!」


 使いこなせず無用の長物と化しつつあったオリュペス十二神具、ヘリオンの円環がABIEシステムによってニヒロの纏う装備として拡大解釈される。ニヒロの周囲で円を囲う光輪を媒介して、索敵範囲を拡大する。

 ヘリオンの円環は、円、すなわち循環。

 あらゆる流れを感じ取る察知能力がその本質だ。


「――反応アリ!! よしよし、やっぱりまだデウスの心臓を持ったままだったか!!」

「アイドルちゃんが雪兎ちゃんへの対抗策として持ってた神具……!」

『成程、ハイ・アイテールにも壊されない最高級のビーコンだ!』

『共有データが……いるのは巨人頭頂部!?』


 本来なら人型の物体に力を行き渡らせるなら心臓辺りが最も効率的で辿り着きやすかったが、そうもいかないようだ。ただ、どちらにせよやることに変わりはない。


「二人を囲う全ての障害を突き破って、二人を抱きしめて愛を伝える。愛・セイブ・フューチャーって訳だ」

『きみ、そんなこと言うキャラだったっけ?』

「お前も子供が出来ればわかるさ」

『それ妻子持ちが自慢するときの台詞だろ。いや、別にいいんだけどさ』

「色々あったのさ。作戦とプログラム送るぞ」


 送られてきたデータに、ゴールドは感嘆の声を漏らす。


『きみ、これ自力で組んだのかい? 今?』

「子を愛する親に不可能はねぇ。それよりいいな? 一歩間違えばお前らもお陀仏のスペシャルコースだ」

『いいや問題はないね』

『ゴールド、お前さぁ……この内容で何でそう言い切れるの……?』

『桜は臆病者だから他人の命なんて預からない。でも途中で逃げてくれなんて言ったら、俺達は意固地になって着いていこうとするだろ? つまり、これでいいのさ』


 ゴールドという男は本当に、こういう時は特に他の誰よりも察しがいい。雪兎を助けることが自分の運命であることは誇っていいくらいだが、この星で友達になった第一号がゴールドだったのは偶然が生んだ奇跡だ。


 が、そんなゴールドは赤槍士に指で強めに胸をつんつん突きまわされていた。


『男同士勝手に通じ合ってる感じなんか腹立つ』

『いてっ、いててっ、や、やめないか! いいだろ別にそれくらい!?』


 そんな下らなくも愛おしいやり取りも、いよいよ終わる。

 ニヒロはアルキミアのクローから解放され、サーフボードのようにアルキミアの上へと乗る。そしてABIEシステムをフル稼働し、体の周囲に二本の巨大な炎槍と無数の矢を纏った。


 『へファストの炎薪』、『アルタシアの蒼弓』、『ヘリオンの円環』、その三つの神具の力をシステムで二機の周囲に纏わせたのだ。今、ニヒロは地球健在時代の大戦力にさえ比類する力を得ていた。


 オープン回線を開いた桜は、息を吸い込み、叫ぶ。


「じゃ、ちょっと娘たちを迎えに行ってくるわ!!」

『出力最大!! バルムンク・フリューゲル発動ッ!!』


 金色の翼が、巨人へと羽ばたく。 


 神話の終わり、人の時代を告げる英雄をその背に乗せて。

同じ頃、ポニーちゃんはレーダーが巨大な質量をもつ何かがここに接近していることを確認した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 碧さんおめでとう。そんなシチュエーションでもないけれど、すべてが円満に片付いたら存分に耳を噛み合えばいいと思いますた
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