133.受付嬢ちゃん、弱点を突く
――白雪と桜のバイタル消失後、アラミスのブリッジにて。
ポニーちゃんは何度か二人のバイタルデータを再スキャンしてみました。機械は誤作動を起こすものですし。でも、再度チェックしても二人のバイタルは消失したままです。
二人のデータ登録が解除されていないか、適用されているか確認しています。
……駄目です、やっぱり出てきません。
メガネちゃんが顔面蒼白です。
「ポニーちゃん。相転移弾頭が使われたのであれば――二人は、もう」
データ的に、二人に相転移弾頭が使用された確率はほぼ確実。
でもポニーちゃん的には相転移というのがさっぱりわかりません。
転移というからには、どこか別の場所に移動させられたのでしょうか。
「いや、あのですねポニーちゃん。相転移というのは……」
いえ、結構です。メガネちゃんの解説だと時間が足りません。
ええと……マニュアルマニュアル……。
ホロモニタで確認していると、横の席から先にページを見つけたイイコちゃんがホロモニタを飛ばしてきたので、お礼を言いながら受け取って確かめます。
ふんふんなるほど。
突然味方がロストした際は不測の事態、例えば空間的トラップに閉じ込められたり、電子対抗手段や量子ウィルスによる妨害の可能性がある為、あらゆる情報取得手段を用いるべし。
ふんわりとしか理解できない部分もありますが、そういうことらしいです。
「いや、だから、真空の相転移を兵器に応用したもので、真空の相転移と言うのはですね……」
「メガネ。明日の飯賭けてもいいけど、それ説明したところでウチら理解できないと思うわ」
「右に同意ですねぇ。全通信回線アクティブ! 観測機器フル使用!! どうせアラミスじゃあの巨人はどうにもできませんし、アイドル司令官とも連絡取れませんし、やれることをやるしかないんですよねー!!」
ギャルちゃん、イイコちゃんは手早く情報を処理していきます。
ポニーちゃんに呼び掛けの回線が回ってきます。
まぁ正直、メガネちゃんの言わんとすることは何となく理解できます。
生存は絶望的、ということなのでしょう。
しかし残念ながら、ポニーには生きた人間がいきなり消滅して、それが死ぬということだというのは信用が出来ないのです。
それに、桜さんはあんなにも雪兎ちゃんの事を必死に助けようとしていたのです。二度か三度程度なら生き返ってもおかしくありません!!
「滅茶苦茶なこと言ってますよ!?」
「ポニー、貴方もしかしてあのハッピー頭にも気が……!」
パインお姉ちゃんが何やら大失礼な事を言っている気がしますが、ポニーちゃんとて子供を守る為であれば二度か三度は生き返れる気がします。もちろんそれは単なる根性論ですが、桜さんも冒険者のはしくれ。根性に物を言わせる瞬間がある筈です。
生き残ることが出来なかった冒険者をポニーちゃんは沢山知っています。しかし、生存が絶望視された死地から這い上がり、一流に上り詰めた冒険者も、ポニーちゃんは知っています。
一種の引きの強さ。
凶地における剛運。
運命をねじ伏せる、強い意志。
桜さんはきっと、愛娘の為ならば輝く星を掴める人です。
冒険者が諦めていないなら、受付嬢が諦める道理もなし。
それにケチをつけるならば、桜さんが死んだという動かぬ証拠を持ってこいという話です。ギルドは物証を重視します。失踪してひと時も経っていない桜さんを見捨てることは出来ません。
「……っ、分かりました!! ドローン射出、中継しますっ!! もぉぉ、何でそんなに人を信じられるんですかねポニーちゃんって!!」
「何も信じられなくなるよりゃいーんじゃね? システムリアルタイムチェックかけるよー!!」
「通信及び領域をギリギリまで拡大!! 巨人の話は他のスタッフに任せて私たちギルド組は行方不明者の捜索に専念します!!」
何度も何度も呼びかけを行います。
アトスだった巨人から脱出した皆さんの無事は次々確認されますが、桜さんと白雪くんの無事は確認されません。何度も根気よく呼びますが、応答も反応もありません。
そうしているうちにも、終末巨人は肥大化を続けています。
あの中で、二人の最強可愛い女神が泣いているそうです。
桜さんがこの世界から姿を消した事への嘆きが、それを形作ったのかもしれません。
父親を二度失った嘆き――子供にとって親は世界です。
崩壊した世界の中で、破滅を願ってしまったのか。
それとも、もう自分でも何をしているのか分かっていないのでしょうか。
既に巨人は大地さえ同化して自分の体積に変え、巨人の足元の大地は凄まじい勢いで地割れと陥没を繰り返しながら巨人の『根』に侵蝕、吸収されています。さながら、この世の終わりのような光景です。
魔物達が物理的に破壊しようと試みていますが、ハイ・アイテールがロータ・ロバリーのアイテールさえ強引に取り込み始め、質量の膨大さも相まって焼け石に水のようです。人間でいうオーラに該当する感情の爆発が、雪兎ちゃんの限界を超えさせてしまったのかもしれません。計算ではあと20分でこの天変地異は避難所に到達しますが、それよりも早く彼女の腕が月型衛星を捕『蝕』範囲に捕らえます。
月型衛星はもうすぐ近くです。
もし衛星が折悪く星の裏側にあったなら、終末巨人はそこにたどり着くまでに惑星地表で破壊と侵蝕の限りを尽くしたでしょう。もしそうであったら一体どれほどの命が失われたであろうか、想像もつきません。幸いと言っていいのか、ポニーちゃんには判別がつきません。
客観的に見て、もう巨人を止める手段はありません。
世界最期の日――人類滅亡のカウントダウン。
或いは、この星の全てはハイ・アイテールに取り込まれて一つとなり、新たな星が生まれるのかもしれません。文字通り全てがリセットされた世界は、綺麗なのでしょうか。綺麗だとしても、きっと寂しくて残酷な世界です。
でも、今、あの二人はまだ誰も殺していません。
バカ息子さんや歴王国の国王たちは、オートモードで起動したニヒロが全員救出しました。アトスの乗組員の脱出そのものは間に合っています。今この瞬間であれば、まだ世界は残酷な答えを導き出していない。
全ての可能性は、桜さんという鍵に収束しています。
と――通信。発信源は無人操作に切り替わっていたニヒロに入り込んだ碧射手さんからです。
『ちょっといい!? ニヒロのABIEシステムにも遠くに呼び掛ける機能があるみたいなんだけど、起動方法が分からないの!! 誰か手伝ってくれない!?』
その話は初耳ですが、今、受付嬢ズは全員手一杯で――。
「私がやります」
彼女の申し出を受けたのは、翠魔女さんです。
重戦士さんを送り出して以来力を使い過ぎて休憩していた筈ですが、緊急事態を受けて出て来たようです。本調子には見えませんが、「数列を使わないなら問題ないわ」と冷静に機器を操作しています。
「……これね。ABIEシステム、OGモード。時空間の継ぎ目に直接神秘数列を描き込んで時空に無理やり穴を空けて、その奥への通信を可能にする機能……これ、数列は組まれてるけど一度も起動されたことがないわ! 何が起こるか分からないって意味だけど、覚悟はいいわね!?」
『桜と白雪が戻ってこれるなら命くらい懸けますッ!! まだ返事を聞いてないんだからぁッ!!』
理性を保つのでやっととばかりに声を荒げながら、碧射手さんは必死にニヒロの後部座席で操作を行っています。相方と、もう一人の相方の二人が生死不明になって、彼女の心はいま最も不安な筈ですが、それでも可能性を模索しています。
システムが遠隔起動を開始。ニヒロの全身が発光し、その前面の虚空が円形に歪んでいきます。手から粒子のように細かい数列たちが放出され、円形に歪んだ時空の歪みを囲うように張り付き、空間がたわみました。
翠魔女さんが、その光景に魅了された様に呆然と呟きます。
「これが、ABIEシステムの本来の使い方……」
その向こうにはマーブル模様が入り混じったような、人を不安にさせる異常な空間が広がっています。先ほどからその空間内にあらゆるデータ収集が行われますが、その殆どが解析不能の値を弾き出していきます。
つまり、未知。
可能性はあります。
『お願い、答えて桜!! 白雪!! 生きてるなら返事してッ!!』
開いた空間の作用なのか、碧射手さんの声が距離や設備を超えて皆の耳に届きます。終末巨人にさえ聞こえているのか、僅かに動きが鈍りました。それでも、侵蝕と成長は続いています。
皆からも次々に通信が入り、もう誰が何を言っているのか判別できません。
『桜ぁ!! 俺の親友はこんなところで消えるような往生際の良い奴じゃない筈だッ!!』
『アンタ、この忙しい時に勝手にサボってんじゃないわよ!! 特別にマッチ売ってあげるから!!』
『売るんですか!? あげるんじゃなく!?』
『時空の果てまでこの声が届くと信じてッ!! 正義ぃぃぃぃぃーーーーーッ!!』
『うっさ……えーと、アイドル様助ける為に必要だからとっとと戻ってこい地球人。以上』
『限界を超えて……叫べぇぇぇぇーーーーーーッ!!』
『いや名前とか呼べよ』
『今なら氷国連合にオヌシの好きな役職を作ってやるぞ! そうさな、神話に登場した幻の役職ジタック・ケーヴィンを復活させてみるか?』
『桜、白雪。二人の復帰を強く希望する』
『うむ! 白雪とはもっと話したいことが沢山ある!! ついでに桜も戻ってこい!! ポニーに余計な気を遣わせるでないわ!!』
『白雪の毛並みまだモフモフさせて貰っていません!!』
皆本当に好き勝手に桜さんと白雪くんを呼んでいます。
と、イイコちゃんがメッセージの乗った小さなホロモニタを飛ばしてきます。
曰く、アンタも何か言いなさい……だそうです。
そういえば、散々呼びかけていたせいでポニーちゃんはすっかり叫んだ気になっていましたが、ABIEシステムで時空に穴を空けて以降は呼びかけをしていませんでした。
しばし考え、ポニーちゃんは個人的な記憶の中で一番桜さんを焦らせる言葉を思い出します。最初の頃に時間にルーズすぎる桜さんを声を大にして叱ったのが未だに響いているのか、彼はカウンター受付の締め切りを仄めかすとすぐにやってくるのです。
……と自慢げに言うと、胡乱気な視線を受けました。
まぁ見ててくださいって。あの人はそういうところありますって。
行きますよ……せーのっ!!
= =
……桜さんっ!! いい加減に返事しないと午前のカウンター業務終わりますよ!!
ひどく聞き覚えのある声が、脳裏に鮮明に響く。
その瞬間、俺の頭は何一つ迷いなく一つの結論を弾き出した。
「えっ、あ、ちょ、待って!! タンマタンマ、今行くからッ!!」
ギルドの受付嬢、あの子の言葉を無碍にすると自分の為にならない。
前にちょっとぼうっとしていてカウンター業務まで間に合わず、受ける筈の仕事を取られてあの子に後で「娘さんのためにもっとしっかりしてください!!」とぷんすか怒られ、へこへこ謝ったのだ。
そう、彼女に――!!
「勘弁してくれよ、ポニーっ!!」
俺の身体はマーブル模様の世界を貫いて、一気に光に浮上した。
「――あでぇッ!?」
直後、腰を強打してどこかから転げ落ちる。久々の痛みに悶えながらなんとか体を起こし、目の前の台座のようなものに手をかけて立ち上がる。周囲から奇異の視線や驚愕の視線が浴びせられる中、顔を上げた先には、桜の記憶のままのポニーテールの可愛らしい女性がいた。
何事にもへこたれない明るさと優しさを持つ彼女は、オペレータ用のインカムを装着したままいつもの笑顔で――いや、心なしかいつもより感極まった笑顔で出迎えてくれた。
「いつつ……お待たせ、ポニー。まだ受付セーフ?」
――お帰りなさい、桜さん。早速ですが緊急依頼です!!
――今すぐニヒロに乗って二人の女神様を慰めてあげてください!!
――依頼報酬は、この星の未来です!!
「ああ……ああ!!」
頭に電流のような衝撃が奔り、意識が鮮明になっていく。
何度も世話になり、何度も力強く、時に優しい言葉をかけてくれた彼女の声は、何一つ時の壁を隔てることなく俺に現状を教えてくれる。
俺はこのとき、嘗てロータ・ロバリーで過ごした自分と今の自分が、受付業務によって繋げられた気がした。
エインフィレモスの言う『貴方を呼ぶ声』は、確かにこの世界で一番の導き手だ。
ポニーちゃんの豆知識:ジタック・ケーヴィン
ジタック・ケーヴィンは古代の言葉で「究極の守護」を意味するものと考えられ、守護霊や守護神、あるいはその遣いとして祈祷によって国家を守る神聖な役職だとされれています。抑止力に近い考え方で、そこに存在するだけで守護の役割を担っている、他者を寄せ付けない強さを持った人が代々ジタック・ケーヴィンを務めたとされています。
銀刀くんに「やってることは引きこもりだろ、それ」と夢のないことを言われてしまいましたが、学説上は凄く名誉のある職業なのです。




