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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
十四章 受付嬢、永遠なれ!

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130.壁を用意しろ

(――俺の思考とこっちの俺の思考を同時に走らせると、途中で混濁して逆に状況が読めなくなってくるな……もっと、ポップコーン片手に見物してるような感覚でいないと彼我の境ってのが見えなくなりそうだ)

(じゃあ、憑依先に移入し過ぎないようクリエイターにちょこちょこ質問とかしていくっきゅ)

(ああ、そうしてくれ――っと、俺が考え事し出したぞ)


 ハガキにあったのは、中学の同窓会の誘いだった。

 参加不参加に関わらず、必ず連絡が欲しいらしい。


 行きたくないし、電話もしたくない。

 ハガキを雑に折りたたんでポケットに放り込む。


(このときのクリエイターはなんか荒んでるっきゅね?)

(前に働いてた所でいっぱい嫌な思いしてな。最終的に仕事辞めさせられた頃だと思う。でも、なんか変だな……)

(なにがっきゅか? 髪色がピンクじゃないとか?)

(染めたのはロバリー来た後だっつの! そうじゃなくて時系列がおかしいっつーか。俺の記憶では地球からロバリーに跳ばされたのは仕事を辞めさせられて直ぐのことだった筈なんだけど、こっちの俺はそこから暫く経ってるっぽいんだよなぁ。まぁ、エインフィレモスは試練だって言ってたから、これも実際に起きたことじゃないのかもな)

(そうっきゅね。当人に確認しても『その質問に意味はないですよ』とか誤魔化すから三発程顔面蹴っておいたっきゅ)

(バイオレンス!!)


 漠然とコンビニで食事を購入し、スマホ決済の残高が少なくなってきたことにため息をつく。仕事を辞めたため、収入はない。将来の事を考えていかなければならないのに、仕事の事を考えたくないジレンマが身を焦がす。


 食べたサンドイッチの味も、昼に食べた肉うどんの味も曖昧なまま、ぶらぶらと歩きまわる。平日の昼間を成人男性がうろついているという世間体の悪さを自覚しているせいか、周囲でひそひそ話をする全員が自分を馬鹿にしている気分になった。


(この辺の小心者感、クリエイターって感じっきゅ)

(否定出来ないけどやめてくれ。直で言われるともっと傷つくから)


 やがて夕暮れが町の影を広げる頃、とうとう前も見なくなった俺は人にぶつかった。ぼうっとし過ぎた弊害か、相手が女性なのにこちらが転ぶという醜態を晒す。ついでにポケットからハガキとスマホが滑り落ち、画面は傷だらけになった。


 何もかも上手く行かないことで心が更に沈むが、ぶつかった女性は「ごめんなさい!」と謝りながら、落としたハガキを拾ってくれた。それは別に要らないのに、と内心で思いながらはがきを受け取ろうとして、女性を見る。


 綺麗な女性だ。年齢は自分とそう変わらないだろう。

 ただ、彼女の星の髪飾りと顔立ちにどこか既視感がある。


(……あれ、この子……えーと)

(知ってるニンゲンっきゅか?)

(たぶん。あとちょっとで頭から出てくる気がするんだけどなー……あーもどかしい!)


 女性から差し出されたはがきを受け取る。

 すると、女性はめくれたはがきの宛先に釘付けになり、おもむろに顔を上げた。


「桜くん……? 桜くんだよね、中学と高校が一緒だった!! はわぁ、すっご偶然!!」

「えっ……あっ!! その口調と髪飾りはもしかして――天の川!!」

「久しぶり、桜くんっ!! わぁ、あの頃より大人っぽくなったね~!! でも私だって負けてないですけど!?」

「何の対抗心!?」


 微笑ましくなるどや顔で自分のスタイルを見せつける天の川は、確かに記憶にある女の子から女性らしさを感じる大人へと変貌していた。童顔気味の顔も、化粧のせいもあってか大人びて見える。ただ、星のように輝く彼女の瞳だけはあの頃のままだった。


(そうだ、天の川!! 同級生だよ!! 滅茶苦茶頭が良くてさ、特に理科とか数学は百点以外取ったことないぐらい頭よかったの!! 機械いじりが凄くて、高校に上がった頃には未来を支える若者を紹介するテレビ番組で紹介されるくらい凄い奴だった!!)

(ははぁん、やるじゃないっきゅか。顔立ちもいいっきゅね。さては好きだったっきゅか?)

(……まぁ、ちょっとだけ、一方的にな。でも天の川は結構『不思議ちゃん』でさ、話や行動に着いていけなくて、だいたい相槌打つしか出来なかったな。関係も進展せず告白する勇気も出ず、それっきりさ)


 旧友との再会に少し心が躍るが、すぐに自分の現状を思い出して気落ちする。

 あれだけ才能のあった天の川だ、今はさぞ立派な役職に違いない。それを知ることで、自分との落差を感じたくなかった。


「ねぇ、同窓会行くの?」

「ああ、いや……ちょっと用事があるっつーか」

「ふぅん。そっか……じゃ、今日二人でしよっか?」

「へ?」


 思わず素っ頓狂な声を漏らす俺に、天の川は悪戯っぽく微笑む。


「大丈夫大丈夫、奢るから気にしないで!」

「いや、その……」

「あ、もしかして晩御飯なんか予定あるの? いいや、ない! 私の予測ではその顔はないって顔だ!! それ、ゴーゴー!」

「うわっ、待て引っ張るな!! 分かった行くって!」


 天の川は俺の腕を抱いて強引に飲み屋へ直行していく。

 学生の頃から天の川はこんな感じだった。それが原因で嫌われることもあった気がするが、俺は満更でもなかったのでいつも従っていた。今もまた、少し彼女に甘えている自分がいるかもしれない。


 飲み屋で軽く酒をひっかけ、料理を箸でつつきながら、俺は久々に煩雑な現実を忘れている自分に気付く。とめどなく新理論の話や同僚の愚痴を喋る天の川にただ相槌を打つ光景が、学生時代の未来を気にしていなかった頃と被る。


 天真爛漫な彼女の姿に、学生時代に彼女に伝えることなかった淡い恋心が燻り出す。今だけでいいので、俺はその恋心に浸ることで全てを忘れたかった。


 しかし、飲み始めて一時間くらい経過した頃――天の川の口数が減り、酔いが少し回り始めていた。俺もすこし、口が軽くなっていた。


「私ね……研究、行き詰ってるんだ。研究者として絶対に成功させる自信はあるのに、なんか……学会で嫌われちゃってビンボーなの。同窓会のハガキ見たとき、行きたくないなーなんて思っちゃって……だって、天才とかなんとか言われてたのに、今はビンボーで研究できてませんなんてカッコ悪過ぎるでしょ?」

「そんなこと、ねぇよ。夢に向かってるだけ立派だよ。失業中の俺に比べたらな」

「……お仕事、してないの?」

「してない。無職。会社で苛められたあげくゴミみたいに切り捨てられて傷心してるんだ。俺も同窓会行きたくねぇ」

「……ふふっ、仲間だぁ。ねえ、暇なら研究所でお手伝いしてよ。出世払いでがっぽり返すよ~?」

「はは、そりゃいい。天の川の可愛い顔を毎日見られるなんて役得な職場だぜ」

「やだ、桜くんったら~……イイノカナー。わたし冗談通じないタイプなんだけどナー」


 テーブルに頭を預けてとろんと蕩けた瞳で笑う天の川は、子供っぽかった中高生時代にない女性的な魅力を帯びていた。


 ――翌日、俺は天の川の家のベッドの上で、目を覚ました。


 隣で天の川がすうすうと寝息を立てているのに気付き、彼女の頬を優しく撫で、昨日の出来事が夢ではなかった事実を噛み締めた。


(なに意味ありげなこと考えてんだこいつ。添い寝しただけだろ。いや、行為に及ばれてもすげー気まずいけどさ)

(添い寝で十分なくらいピュアってことじゃないっきゅか? というわけで碧射手ごしゅじんにも添い寝してやるっきゅ。絶対耳をピコピコさせて喜ぶっきゅ)

(あーはいはい、生きて帰れた暁には添い寝でも耳ハムハムでもやってやらぁ)


 こうして、俺と天の川は不思議な共同生活を始めた。

 研究予算のない天の川の研究室は助手を雇うお金がなく、基本二人きり。研究に不慣れな俺はちょこちょこミスしたが、そのたびに天の川は他の教授のモノマネで叱ったりと茶化してくれて、こそばゆくもその優しさが心地よかった。


 天の川は大人になって、ほんの少し落ち着きを持った人間になっていた。やがて研究の為の気分転換と称して時折遊びに行ったり、デートしたり、関係が深まっていくにつれて俺も天の川に強く惹かれるようになっていった。この頃には、言葉にはせずとも相思相愛である確信があった。


 それでも、天の川は根っからの研究者だ。

 彼女の夢を、俺は何度も聞かされ、それを邪魔すまいと結婚の話はしなかった。研究者は結婚して姓が変わると面倒事が多いらしい。それに配慮してのことだった。彼女がどこまでそういった事情を察していたかは分からないが、夢に向かって目を輝かせる彼女が好きだった。


「あとちょっと予算があればなぁ……もう理論も実験設備の設計図もとっくに出来てるのにぃ~!」

「まぁこれ、規模が規模だもんなぁ」

「……でもこの数列は絶対に世界を幸せに出来る! 既存のエネルギーとは一線を画し、従来型の自然エネルギー発電を大幅に上回る電力量と安定性を両立させ、原子炉を遥かに凌ぐ新世代再生可能エネルギー……!! その生成理論!! 実現する頃には私はおばあちゃんかもしれないし、次の世代かもしれないけど……絶対諦められないね!」


 設計図をファイルに纏めた天の川の夢は壮大だった。

 人類史は資源の奪い合いの歴史だ。そして電気を中心とした生活様式が世界のスタンダードになりつつある今、もしも電気とそれを生成する為の燃料の奪い合いに終止符が打てるものがあるとすれば、これしかないのだと天の川は星のように眩しい目で語るのだ。


「世界はきっと、今よりも優しく輝く世界にできる!! その世界を、出来れば桜君と一緒に見たいなー……なんちゃって! やん、恥ずかしー!!」


 おどける彼女に近づいた俺は、その華奢な体を抱きしめた。

 驚いた天の川の手からファイルが落下してページがめくられるが、気に留めずに彼女の耳元に顔を近づける。


「出来ればじゃねぇ。ずっと一緒だろ?」

「……えへへ。えへへへへ……!」


 ただ笑うばかりの天の川だったが、その両手は強く俺を抱きしめ返して、顔は照れ隠しのように俺の胸に埋めていた。


 断言しよう。

 その頃が、俺達にとって一番幸せな時間だったと。


(すまん、頼むから壁を殴らせてくれ。なんか俺じゃない俺が幸せ過ぎて腹立ってきた)

(クリエイター……)

(いいだろ別に!! 俺だって嫉妬くらいするわっ!!)

(いや、そうじゃなくてクリエイター。今落としたファイルの中身見たっきゅか?)

(え? いや……)

(精神を同調させすぎて違和感持ってないっぽいっきゅけど、こっちは映像と音声しか感知できないからああいう細かいのよく見てるんきゅよ。で、クリエイター……この天の川って子が研究してるの、アイテールっきゅよ)

(……え?)

(間違いないっきゅ。アイテールの基礎理論と発生装置についてのページだったっきゅ。数列は嘘つかないっきゅ)

(じゃあ、天の川は――アイテール発見の母、最後の地球人?)

(わかんないっきゅ。でも、もしそうならこの記憶を辿っていけば雪兎の生誕とか、いろんな情報に辿り着く可能性があるんじゃないっきゅか? それを知ることは確かにクリエイターと戻る時代に強力な因果を生み出すことになるかもしれないっきゅ)


 ――この頃を境に、俺と天の川の運命は巨大なうねりに巻き込まれていく。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 怒涛の展開、楽しみです [一言] 相転移弾2発受けてるのね…桜さん
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