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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
十三章 受付業務休止中!?

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フタリノ ムスメ

 作戦開始より数日前――オーラを実戦段階で使える神腕とゴールドは、アイドルからとある話を聞かされた。


『オーラという力は、嘗ての地球にはなく、そしてマスターユーザーも一切出現を予測していなかった力です。類似する力が提唱されたことはありますが、それらは空想の産物として扱われ、実在はデータから確認できませんでした』


 オーラの開祖は神腕であり、彼はその理屈の分からない技術をロータ・ロバリーのあちこちで教えて回った。神腕以前にも恐らくオーラと同じ力を使った者はいたであろうから、その力がいつ、どのように人に発現したのかは謎でしかない。


 ただ、神腕が知る限り、オーラを全く扱えない人とは出会ったことがない。魔物を打倒するほどの力であれ、小指ほどの力であれ、誰しも可能性はあったという。


『オーラは生命力と関係があると推測されますが、それそのものではない。当然神秘とも違います。地球の観測器具では完全にその存在を立証できないのが、オーラという力です。そして……ユーザーはこのオーラを扱う素養が完全にありませんでした。このことから、オーラはロータ・ロバリーの環境に適合した人類が得た進化の力と推測されます』


 そう語るアイドルは一瞬だけ嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 まるで子供の成長を喜ぶ親のような顔だった。


『オーラは予測不能、理屈不明の力です。物理的な影響力の側面が強く思えますが、実際にはこれは()()()()()()()()()()()……神秘数列による現実改変とは違う影響力を持っていることが確認されました。簡単に言えば――』


 神腕が明らかに眠気に誘われつつあることに気付いたアイドルは、語気を強めてまとめに入る。神腕が目を見開いたのを確認したアイドルは、まるで世話好きなお姉さんのような笑みを零した。


『貴方たちのオーラは、ハイ・アイテールそのものに攻撃が可能です。いつ、どのようにオーラを使うか……考えて使った方がいいでしょう』


 ――神腕は記憶力が悪い訳ではないが、考えるのが面倒で思考を放り投げがちな男だ。しかし、このことだけは常に頭に留めてアトスに突入した。銀刀にもそのことについては釘を刺されていた。


『……お前の放つ『オーラ』はこの星の生命にしか宿っていない力だ。意味が分かってるなら絶対に離元炉に到達しろ。遅れたら俺がお前を縊り殺してやる』

『暗殺者は私情で殺しをしちゃいかんのじゃないのか?』

『お前の為に廃業してやる。喜びに咽び泣け』


 アサシンギルドの頭領が廃業してでも私的な殺しをするというのは、失敗した先にアサシンギルドの意義や理想が存在しないからだ。何を言いたかったのかくらい、神腕も理解していた。


 だから、本気も全力も出していたが、味方を巻き込まない範囲で我慢した。もっと捨て身で戦えば突破できる瞬間もあったのを、ずっと黙していた。銀刀もそれを黙認した。


 全てはこの一瞬に、最高を更新する一撃を放つために。


 作戦によって雪兎の抵抗が弱まるその瞬間に、ありったけを捧げる。神腕の流儀であれば最初からそれを放つ所だったが、早期にそれを見せてしまえば雪兎は神腕を意地でもアトスの外に追い出そうとしただろう。


 雪兎のディストピアに抗うあらゆる人々の願いを無碍にするほど神腕は非情ではない。未来を欲する者の希望、期待、祈願――それら全てを捧げるに足る器となるからこそ、その腕は神腕と呼ばれる。


 神腕を中心に爆発的なオーラが噴出し、捩じれ狂った輝きが渦を巻くように彼の両腕部へと収束していく。


「神の腕、見せてやるよ」


 状況は整えられた。

 神具使いも戦友も、実にさりげなく、神腕と離元炉の直線上から退避するよう受付嬢たちが誘導した。あの乱戦の中で余分な思考をする余裕のなかった皆を気取られずに誘導できたのは、土壇場でも心を乱さなかった受付嬢たちの功だろう。


 限界まで引き絞った筋肉を、更なる限界へ。

 極限まで高めたオーラを、更なる極限へ。


 全身の血液が気合で沸騰し、熱血が骨の髄まで白熱させる。

 指先の毛細血管から脳の最奥まで、全ての肉体情報が直結する。


 加減という名のリミッターは擦り切れて破損し、心臓は暴走したように全身に血流を巡らせる。このまま立っているだけで死へと向かう程の死力――それが、ただ一点へと向けられる。


「今こそ神を穿つ時ッ!! 吼えろや俺の魂ぃぃぃぃぃぃッ!!!」

「――や め ろ ッ!!」


 我に返ったような雪兎の手が神腕へ向き、虚空に無数に浮かぶ巨人の腕たちが一斉に砲と刃を神腕に殺到させるが、全ては手遅れだった。この瞬間を予見していたように呆れたような笑みを浮かべた銀刀が、満身創痍で折れた翼を垂らしながら呟く。


「俺達をアトスの中に入れた時点で手遅れだ、バァカ」


 神腕は己の拳のみであらゆる限界を超えてきた、天の光のような男だ。

 それは、人がそうあれかしと望み続けたもの。

 どんな困難をも蹴散らし、あの男ならばと心の支えにできるもの。


 彼は神腕。

 彼は、絶対にやる男だ。


「双腕ッ!! 撃神掌破ァァァァァァアアアアアアアアッ!!!」


 それはまず、空間を貫いた。

 飛来する巨人の手の全てをあらぬ方向へと捩じり切り、放たれた砲撃は千々に霧散し、雪兎の放った神秘の波動を紙屑同然に破り捨てた。雪兎の身体でどうにか出来る段階をとうに超えた威力は、それでも防ごうとした彼女を奥へと弾き飛ばす。


 拳の威力は全く減退することなく、離元炉との間に割って入ろうと試みたヘイムダールは余波だけで機体が半壊して吹き飛ばされ、神の拳は呆気ないまでに離元炉に到達した。


 拳の威力とハイ・アイテールの加護が接触する。

 果たしてその均衡は数秒だったのか、或いは目の錯覚で最初から起きてはいなかったのか。ハイ・アイテールを押しのけた撃神の拳は、アトスを動かす中枢部分、離元炉を一瞬で貫いた。


 まるで飴細工のように巨大な機械の集合体の中心に穴が空き、衝撃で穴を中心に接続された全ての機械が粉々になる。内部にあった光とも闇とも知れぬ何かはたちまち存在が霧散し、それでも尚減退しない威力は――アトスの内部から外壁までを貫いた。


 ただ一点のみに集中させた拳は余計な破壊――例えば歴王国民の避難ポットなど――を完全に避け、その日に放たれたどんな砲撃よりも天高く空を貫いた。


 奥義を放った神腕は、まるで両腕が爛れ落ちたかのような激痛を完全に無視し、自分がこじ開けた穴の先に見える空を眺める。


「――おう、お前そっちから来るのか」


 オーラの力が直撃して身動きが取れなかった雪兎がいつもの子どもの姿に戻るのと、神腕がこじ開けた穴を黄金の翼とそれ続く人造巨人――アルキミアとニヒロが強引に突破して突入してきたのは、ほぼ同時だった。

 ゴールドの絞り出すような声が通信に響く。


『はぁ……はぁ……世界が永遠にならなければ、また挑むことも出来るだろ……? 何度でもぶつかって来いよ。なぁ、バカ息子……』


 アルキミアの先端には、重力波の応用で重力の檻に囚われ、コクピットしか残っていないヘイムダールがあった。突入の衝撃でその辺りに放り出されたが、生体反応に異常は起きていなかった。




 = =




 一度も経験したことのない衝撃が全身を突き抜け、暫く、体がまともに動かなかった。


 オーラについて、情報分析をしていない訳ではなかった。

 しかし、ゴールドを始めとする人々の中からオーラ使いのデータを出したとき、雪兎は「脅威度は低い」と判断していた。


 確かに膨大なオーラは理論上ハイ・アイテールの法則塗り替えを上回る。しかし、アイテールの出力転送と生成が出来るようになった雪兎の力を突き破る程の出力を出すには、ゴールドが百人いても足りない計算であった。神腕のデータは多く取れなかったが、多めに見積もっても、仮に雪兎が弱体化していたとしても決定的な攻撃にはならないと計算していた。


 その弱体化を狙われた上に、神腕は計算を大きく上回る出力を発揮した。雪兎は女神であることを喧伝する為の成長した姿を維持できなくなり、本来の幼い姿にまで落ち込んでいた。


 アトスの高度が次第に下がっていくのを感じ、姿勢制御の為に代価エネルギーとしてハイ・アイテールを送り込む。しかし離元炉が補っていたエネルギーは膨大であり、せめて中の家族の安全を図るために軟着陸させるしかない。


 アトスを中心とした世界の浄化は、破綻した。


 身体がまともに動くようになった頃には、雪兎は遠巻きに囲まれていた。

 瓦礫に凭れ掛かって睥睨する者。

 警戒の色を隠さない者。

 しゃがんで心配する者。


「なんで……なんでじゃまするの? なんで……いじめるの?」


 人間は自分や仲間に危機が迫ることを嫌う。

 人間は目まぐるしい環境の変化より、安定を願う。

 人間は死と死別を最も嫌う。

 人間は、誰かに脅かされたくない。

 人間は、愛を尊ぶ。


 雪兎の知っている愛は家族の愛だけだ。他者と他者が愛によって交わることも、家族になることだと考えた。地球で両親を自分から引き裂いた醜く汚い人間を、その在り方を永劫に消し去り、あの苦しみを二度と味わわない世界が欲しかった。


 そうすれば、心にぽっかりと空いた穴は埋まる。


 瞳から、熱い液体が溢れる。

 涙と呼ばれるそれは、雪兎の肉体には本来必要ない筈のもの。

 雪兎がこれから作る世界から排除される筈のもの。


 初めてこれを流したのはいつだっただろう。

 あれは、そう――ポニーを守るためにステュアートを倒すついでに生体情報を収集したとき。万魔襲来の後に、桜に怒られたときのこと。


「ふっ、うぇ……くっ、うぐぅぅ……えぇぇ……!」 


 何でこんなものが出るのか、考えないようにしていた。

 しかし、何度考え直しても同じだった。

 雪兎は涙を流す程、桜に嫌われたくなかったのだ。


 なのに、幼稚で無自覚な雪兎の手は彼の腹部を貫いた。

 

 雪兎は、この世界で誰よりも「おとうさん」だった人と家族になる権利を失った。


 神腕は雪兎が何かすればすぐにでもオーラを放てる準備をしている。両腕からは出血が起きているが、気にも留めず雪兎を見ている。雪兎の周囲はハイ・アイテールを浄化する神具たちの結界が幾重にも張り巡らされ、力づくで覆せる状況ではなくなっている。

 逃げることの出来ない恐怖が近づいてくる。


「やだぁ! やだやだやだやだやだぁ!! 見ないで……忘れて!! 忘れてよう、許してよう!!」


 喚く口から洩れるのは、幼稚な駄々。

 涙がとめどなく溢れ、前も見えなくなる。


「あとちょっとで幸せな世界になったのに!! あとちょっとで許して貰える世界になれたのに!!」


 言葉なく近づいてくる足音を追い払うようにみっともなく手足をばたばたさせるが、力が弱められて子供相応の力しか出せない。心が乱れ、力を振るう意識を集中させることも出来ない。


「桜なんて……桜なんてどうせわたしのことキライになったんだぁッ!!」


 上から聞こえるのは、小さなため息。

 失望された――そう思った。


 しかし、いつも大好きだった温かい手はいつものように雪兎の背中を持ち上げる。この世界で一番会いたくなかったひと――桜の手だ。


「喧嘩したり悪いことしたらどうすればいいか、教えただろ?」

「知らないもん!! 許して貰えないもん!! わたし知ってるんだもん、ギルドでもそうだったもん!! 自分勝手な理由で乱暴する人は誰にも愛されなくなるんだもんっ!!」

「そうだな。雪兎、悪い子だ。たくさん悪いことをしてる。みんな一言謝ったくらいじゃ許してくれないかもしれない」

「ほら、そうだ!! わたしの言う通りだ、思った通りだ!!」

「でも雪兎は許して欲しいんじゃないのか?」

「世界が変われば……関係ないもんっ!!」

「許して欲しかったから、よけいに幸せな世界を求めたんだろ?」


 何を言い返しても、柔らかく耳をなぜるような言葉が返ってくる。

 震える手で、雪兎は桜を押しのけようとした。

 背後で忌々しい女神エレミアが動く気配がしたが、その動きは桜が手で制したことで止まる。雪兎の手は弱々しく、はたくと呼べるほどの威力もなかった。


「自分がやってしまったことが怖くて、でも誰にも相談できなかったんだろ?」

「ち、ちが……ひっく、最初からわたしは……しあわせなっ、世界がっ……」

「でもさ、雪兎……辛いとき、苦しいとき、間違ったとき、誰にも何も言えないとき……そんなときに一番必要なのが、家族じゃないのか? 雪兎、俺は家族になれないのか?」

「だって、桜はもう私の事なんてきらいなんだ!!」

「そんな筈ないよ。ほら、目をこすって俺を見てごらん」


 雪兎は嫌だと首を横に振った。

 すると、桜の指が雪兎の涙をぬぐい、その顔が見えた。


「あ……」


 悲しそうな、顔だった。

 桜は泣いていた。


「好きな人に嫌いだって言われると、泣く程悲しいんだ。どうしてかわかるか?」

「……どう、して?」

「今までその人と築いてきた幸せな思い出が、みんな悲しくなるからさ」


 桜は、雪兎の顔を自分の胸に押し当てるように抱きしめた。


「俺、いやだよ。このまま雪兎が女神になって世界が平和になっても、この寂しさと悲しさは消えない。俺のこの心の穴を埋められるのは、雪兎しかいないんだよ?」


 雪兎は、悟った。

 自分はよりよい道を選択したつもりで、本当は――世界と桜を比べ、桜を切り捨てようとしていたことを。自分が一番望んでいない結末を誤って選んでいたことを。


「悪いことも分からないことも、誰にだってあるさ。だから間違えたとき、家族や友達が正してくれるんだ。なぁ、雪兎……ポニーもタレ耳もゴールドも、みんな雪兎に教えたいことが沢山あるんだ。戻っておいで……?」


 桜は抱擁していた手をほどき、雪兎を優しく立たせて、数歩離れたところで手を広げた。最後は自分の足で戻るかどうかを選ばせたいという意志表示だろう。

 更に、二次元の画面が虚空に投影され、ポニーの顔が写る。


 ――雪兎ちゃん。


 受付嬢の中でも一番雪兎を可愛がってくれた、特別な力など何もない女性。無意識に、『おかあさん』の姿を重ねていたかもしれない優しさは、今も変わりない。


 ――反省というのは、ただ許されればいいだけじゃないんです。


 ――許して貰えるかじゃなくて、許して貰える自分になれるか。


 ――今の雪兎ちゃんならきっとわかると思います。


 ――分からなかったら、分かるまで付き合いますとも!


 その笑顔は、いつものポニーの偽りない顔だった。

 その奥で待つ桜の顔も笑顔だが、まだ悲しみを押し殺しているのが分かる。

 その原因が自分にあることを自覚した雪兎の心が、じくりと痛んだ。


 胸を締め付ける苦しさなのに。

 前に進んでもこの苦しみが消える訳ではないのに。

 なのに、桜のあの顔を和らげたいと感じる自分がいる。


 躊躇う背中に、タレ耳が声をかけた。


「雪兎……私は、雪兎の代わりにはなれない。私はタレ耳だ。タレ耳の役割しか出来ないけど、きっとそれでいいと考えている」

「わたしは――桜を、でも、苦しめるだけで……」


 タレ耳は首を横に振る。遠心力でぱたりと動いた耳が揺れる。


「桜の心を救えるのは雪兎しかいない。雪兎、お前の代わりになるという依頼は拒否する。何が起きようと、何をしようと、お前は桜にとっても私にとっても、代価不能な存在だ」


 雪兎は、初めてタレ耳に積極的な意思を感じた。

 タレ耳がこんな助言めいた言葉を送るのは初めてだった。

 恐怖は消えなかったが、代わりに立ち向かう勇気が湧いた。


「桜……」

「うん」

「さくら、わたしっ」


 ――パリン、と。


 世界の割れる音がした。





 ほんの一秒前――全員が雪兎に注目する中、銀刀はその微細な変化に気付いて反応していた。銀刀の反応によって異常を認識した白雪が、急加速して桜の下に向かった。同時期、同じく以上に気付いたアイドルが防御術式を即時展開した。


 しかし、それらの全ては、因果を覆すことはなかった。


 突如として虚空から現れた銀色の小さな弾丸は、雪兎にとっての視覚と意識の外から桜に飛来し、桜と接触する寸前――白雪が間に割って入るのとほぼ同じタイミングで割れ、爆ぜ、弾丸を中心に音もなく直径約2メートルの黒い球体を出現させた。


 球体が割れると、そこには何も――何もなかった。

 いる筈の人物が、いなかった。

 衣服のひとかけら、毛髪の一本、血の一滴。

 それどころか、床や空気さえも、そこからは消失していた。


 何が起きたのか、理解できたのはこの場に二人だけ。


 アイドルと雪兎だけは、桜と白雪がどうなったのかを正確に把握していた。


「極所――」

「――相転移、弾」


 遅れて、声。


『歴王国の長として、信仰し勝利を約束する女神を奪われることはあってはならない。いやはや、よかったですよ……女神の為にこのアトスを調べ尽くし、対象を確実に消失させられる兵器を見つけておいて。空間連結には少々手こずりましたがね』


 淡々と告げられる言葉に、オペレータの一人として参加していたシルバーの震える声が全員に届いた。


『歴王国、国王……なぜ……』

『何が起きたんですか!? 桜さんと白雪さんのバイタルが消失しています!!』

『なんか警告出てんぞ!! 空間歪曲……極小相転移反応……??』

『ま、待ってください。相転移弾って確か、雪兎ちゃんのお父さんを殺すときに使われたものと同じ名前では――!?』


 雪兎にはそれらの騒ぎがとても遠くに感じる。

 通信から聞こえた国王は、女神の姿をしていたときと何ら変わらない態度と声色で、雪兎に声をかける。


『いけませんよ、女神様。我々をお導き下さるという約束があったから我等は貴方の家族となった。貴方が約束を違えない為に、私は撃ったのです。無論罰されるべき悪行と罵るならば甘んじて受けましょう……それで歴王国が永遠になるのであれば』


 彼の言葉には、一片の殺意も苛立ちも嘘もなかった。

 彼は心の底から本気で雪兎に忠誠を誓い、そしてそれ以上に、歴王国の存続と発展を期待し、国を愛していた。その愛の為に、自分はそうするべきだと微塵も疑わず、それに躊躇いも持っていなかった。


 それは、単なる滅私奉仕だった。


 桜は、雪兎の家族によって、永遠に手が届かない場所へ旅立った。


 雪兎の中で、何か、大切な何かが割れた。


「あ。あ? さ、く……ら。なんで、えっ、さくらが……あ、あ……ッ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!」


 雪兎の身体から解けるように幾重にも枝分かれしたハイ・アイテールの根が伸びる。それは雪兎の足元を、空間そのものを犯すように伝播していく。ハイ・アイテールが触れた壁や瓦礫が有機物のように変形し、原型を破壊されていくことに気付いたパインが「緊急退避ッ!! 急いでッ!!」と金切り声を上げ、全員がその場から離脱した。


 その、最中。赤槍士はゴールドに手を引かれながら、気付く。


「ねぇゴールド!! 女神様がッ、アイドル様が残って――!!」

「もう間に合わないし俺達じゃどうしようもないッ!! 急げ、雪兎に俺達を殺させる訳にもいかないだろッ!!」


 二人は他の大勢の人間と共に、人造巨人に乗り込んで退避する他なかった。






 アイドルは、問う。

 自分は何をしているのか、何をしていたのかと。


 ユーザーだけは何があろうと助ける筈だった。

 人間を愛し、進化を信じる筈だった。

 刺し違えてでも、こんな事が起きる前に雪兎を滅ぼす筈だった。


 なのに、障壁と同時に桜を転移させようとした際、その射線上にはアイドルがいた。その事に気付いた桜は、アイドルを巻き添えにすまいと術でアイドルを妨害した。桜はアイドルを守るために、相転移という観測できない世界への旅へと――或いは無に帰した。


 自分には何の存在意義があったのだろう。


 こんな残酷な出来事を起こさない為に歴王国を傷つけず散らせて、人間の可能性を信じていた筈なのに、実際には人間は嘗ての地球人と同じ過ちを犯した。それも、アイドルの目の前で。一体自分は何のために、これまで使命に従ってきたのだろう。


 今、殆ど無意識的に張り巡らせた障壁を侵食して雪兎から伸びた光の根がアイドルに襲い掛かろうとしている。アイドルは今、自らを犠牲に雪兎の意識を消失させるべき瞬間だ。


 なのにアイドルは、動けなかった。


 自らの役割の消失に、喪失を覚える。

 成長しない人類に、失望を覚える。

 桜がいなくなった現実に、覚えが追い付かない。


 根の一つがアイドルを貫き、ハイ・アイテールと暴走する意識が流れ込んでくる。今、自爆術式を使わなければ、理性を失った雪兎はアイドルからこの星の全てのコードを強奪し、星にとって致命的なまでの覇権を得る。アイドルは今ならば、人間を超越した思考処理能力で自爆を間に合わせることが出来た。


 しかし、流れ込むハイ・アイテールが映し出した光景が、アイドルの思考を一瞬――致命的なまでに一瞬、停滞させた。


 それは、桜と過ごした雪兎の、幸せを感じた記憶。

 その一つ一つが、アイドルが桜と過ごした記憶を呼び起こす。


『雪兎が戻ってきたらお前と雪兎は姉妹になるんだから、そうツンケンするな』


『まだこの世界にはアイドルが体験していないことが山ほどある』


『せっかく人に近い体を得たんだから人みたいにもっといろんな経験しろ。マスターユーザーだってその為にここまで体を人に寄せたんじゃないのか?』


 風景の記録、味覚の記録、会話の記録。

 この体で、初めて体感した『生きる』記録。

 桜という、もう二度と現れることのないユーザーとの記憶。


 それが自爆によって全て消失すること。

 その事に気付いたアイドルの心が覚えた恐怖と拒否反応が、運命を決した。


『あなたはわたしだったんだ。アイドル』

『ち、ちが……う……』

『桜に愛された。桜を失うことを恐れた。貴方はこの世界で唯一人しかいない――あなただけが、わたしの、理解者……』

『私たちが……姉妹……ユーザーの、望んだ……』


 思考が侵されて、同化してゆく。

 どうしようもないまでに、二人。

 この世界で桜の娘と呼ばれた二人の心の最奥の悲しみが結びついた。


 姉妹は手を取り合い、同じ絶望に堕ちていく。






 暴走するハイ・アイテールは人を守るという意志すら失ってアトスの全身に張り巡らされ、アトスが変形してゆく。全身から脱出ポットが作動して民や怪我人が逃げていく中、それは次第にしなやかで女性的形状に変形していく。


 それは神々しくて、なのに何故か禍々しい巨人。

 大地すらも自らを構成する肉体として吸い上げたそれは――世界を滅ぼす終末の巨人。




『 コ ワ レ チ ャ エ 』




 嗤うように、泣くように。


 巨人は空に向けて巨大化と肥大化を続けていく。


 その手が向かう先に何かあるのか気付いたパインが悲鳴を上げた。


「あの子、月のガナンを奪う気だわッ!!」


 循環型外宇宙航行移民艦『ガナン』。マスターユーザーがこの星に辿り着いた際に乗艦していた船であり、直径一〇〇km、重量は二〇〇億t以上を誇る超巨大万能艦。そしてこの艦は地上に降り立ったアトス・ポルトス・アラミスの三艦の母艦とも呼べる存在である。


 この母艦は地球で言う月を模した――しかし月ほど離れてはおらず、大きさも及ばない大型人工衛星の中で不要の長物として静かに眠っている。


 もし万が一、ガナンが破壊者の手に渡ったならば、ロータ・ロバリーという惑星の全土が攻撃範囲に収まる。いや、それどころかあの巨人がガナンごと人工衛星を星に振り下ろした時点で、星そのものが終わる。


 運命の歯車は、狂ったように滅亡の針を廻し続ける。


























『しかし、物語はここでは終わらないのです』

「……は?」

「……きゅ?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 物語はここで終わりではない、なにかしらのどんでん返しは期待したいけれど。 桜と白雪が死んだという事実がある以上、アイドルと雪兎の勢いは止まらない感じはあるけれど、どうなるのか。 最終戦ら…
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