12.受付嬢ちゃんと極南の娘
世界に存在する三つの大陸。
その中で最も小さく、最も過酷で、最も謎多き南の果ての大陸の「全土」を支配する超大国――それが氷国連合です。海流の激しさから外との交流は貿易船以外になく、空は過酷な寒波や雪風が荒れ狂い、退魔戦役では王族とその親衛隊のみの参加という通常の国とは真逆の立場の人間が参戦。彼の国の事を詳しく知らない者たちは驚愕したと言います。
通常、王は前線に立ちませんし親衛隊も最後の砦なので前線に積極的に出すものではありません。王族は君臨し統治するものである以上、死んでもらっては困ります。出てくるとしても現統治者が出てくることは稀で、精々王家の血を継ぐ人が箔付けと士気高揚の為にガチガチに固めた護衛と共に安全圏でお神輿になるのが関の山だというのがポニーちゃんの偏見、もといイメージです。
ところが氷国連合はその真逆で、王族が率先して前に出て敵を蹴散らします。その脇を親衛隊が固め、普通の戦いでは必須であろう「数」が足りません。魔将との戦いを除けば戦いの定石は数だというのが普通ですが、氷国連合だけは違ったようです。
氷国連合の王は、連合で最強の、何者を以てしても勝ちえぬ比類なき存在でなければなりません。
故に、彼の国では王家に連なる人間には生まれの順番も血筋も関係なく、唯一戦闘能力が求められるそうです。
「してその結果は、現女帝たる『白狼女帝』による単独での魔将二体撃破よ! 他の王族たちも圧巻の戦果であるが、白狼女帝は一味違ったのじゃー!!」
……と、延々とお国自慢をするのは自称氷国連合出身の軽業師ちゃんです。
氷国連合の主要種族である狼人らしいですが、氷国連合の実態は殆ど知られていないので本当かどうかは不明です。フェリム自体が寒い地域に強い種族という以外は実態が知られていないので、何も知らない人からはケレビムと見間違えることもあります。
ちなみに、ケレビムと間違えられると軽業師ちゃんは烈火のごとく怒り狂って騒ぎを起こします。自分の種族や民族を誇りに思っているが故でしょう。
白い毛に赤い瞳という典型的なイメージ通りの氷国人なので彼女を嘘つき呼ばわりする人はいませんが、見た目が可愛らしいので実力に関してはビッグマウスではないかと疑う人もいます。しかし軽業師ちゃんは若手最有力ぐらいの実力者だとポニーちゃんは見ています。
仕事の失敗は決して繰り返しませんし、最近は難度4も余裕を持って倒し、単独で難度5の魔物も撃破と、その実力は軽業師という名前に釣り合わないほど強いです。流石は超実力主義国家。民も実力主義のようです。
あと、喋り方が若干古風なのは、白狼女帝の喋り方を真似ているらしいです。そういう子供っぽさがまた可愛いのですが、他の冒険者たちからは少なからず「小娘」「あざとい」「お国自慢がうるさい」といった否定的な印象を抱かれているようです。
「おっと、喋りすぎたの! では妾はそろそろ依頼に向かうのじゃ! またな、ポニーよ!」
軽業師ちゃんはよくポニーちゃんに自慢げに話をするのですが、ポニーちゃん的には妹が大人ぶっているような感覚で微笑ましい気分になります。なお、意外と人見知りするのか他の受付嬢にはあまり近寄りません。
さて、元気にすったか走り出した軽業師ちゃんですが、彼女には一方的に敵視している人物がいます。
「………今、戻った………ん?」
「うぬっ……貴様、重戦士!!」
入口でばったり出くわしてしまったその宿命(一方的)の相手こそ、ここの所属ギルドで最強と名高い重戦士さんです。
「ギルドに何の用じゃ!!」
「……ギルドに依頼結果の報告を」
「ちっ、人の依頼を取っておいて偉そうに!」
なんという理不尽な濡れ衣なのでしょうか。このギルド内で彼に対してここまで強気に出られるのは彼女くらいのものです。正直ポニーちゃんとしては、いつか彼女が重戦士さんにぶん殴られるのではないかと密かにハラハラしています。
軽業師ちゃんは重戦士さんの事を一方的にライバル視しています。
普段から近くにいるので実感が湧きませんが、重戦士さんは現代最強冒険者の一角に数えられているらしいです。もちろんこのギルド内でも文句なしの最大戦力である彼は、寡黙で取っつきづらいことを差し引いても周囲から畏敬の念を抱かれています。いわば「認められた人」です。
しかし軽業師ちゃんは実力も実績もあるのに、取っつきづらさの方向性が違います。しかもうら若いという事や喧嘩っ早さから、実情以上に周囲に認められてはいません。若手からはその力を妬まれ、中級の層からは侮られ、ベテランからは精神的な未熟さから評価は低め。良くも悪くも目立つ彼女は、声の大きい人たちには嫌われがちです。
もちろんポニーちゃんをはじめ彼女を認めている人もいますが、悪い意味での古参と口先ばかり達者になる人たちは、良識者の100倍は騒ぐものです。世間的には悪い方の言葉ばかりが伝わるせいで、「認められていない人」になってしまっているのです。
軽業師ちゃんはこのことから重戦士さんを超えるべき目標、退けるべき障害としてとにかく彼に強く当たります。時には手を出すこともありますが、防御に定評のある重戦士さんはビクともしないのがことさら軽業師ちゃんの神経を逆なでするのでしょう。
「図体ばかり無駄にデカい独活の大木め、妾はギルドを出るのだからそこをどけ!!」
「……………」
「あーあー滅茶苦茶言いやがる。調子に乗りやがってよぉ」
「また犬が騒いでやがらぁ……」
「重戦士も一発殴って立場ってモン分からせてやりゃいいのに……」
小声で不穏当な野次を飛ばす周囲をよそに、喧嘩を売られた重戦士さんは理不尽な罵声を浴びせられたにも関わらず「そうか」と言うと、すっと道を開けました。ギルドにやってきてこの方、重戦士さんは人助けや仲裁以外で自ら波風を立てたことが一切ないことで有名です。
とても素直なのはいいことかもしれませんが、これがまた軽業師ちゃんには「相手にされていない」と感じさせて余計に神経を逆撫でされてしまいます。毛をフシャー!と猫のように逆立てた軽業師ちゃんはとうとう掴みかかりました。
「貴様ァ!! 妾を童扱いするのもいい加減にしろッ!! 妾を誰と心得るッ!!」
「………」
すると重戦士さんはスッと目を細め、ついに手をあげます。
まさか、遂に重戦士さんの逆鱗に触れたのでしょうか。ポニーちゃんは慌てて席から立ち上がって二人の間に走ります。しかし距離があって間に合いません。周囲が「遂に」とにわかに色めき立つなか、重戦士さんは軽業師ちゃんの頭に手を伸ばし――。
「……落ち着け」
なでなでと頭を撫でました。
ポニーちゃんはそのまま盛大にズッコケてカーペットの上をズサー! と滑ってしまいました。
軽業師ちゃんは言いたい言葉が出てこないように口をパクパクさせます。
「な、ななななななな……!!」
「………今ここで騒ぎを起こせば、お前の担当をするポニーの立場がよくない」
「んぐっ……!!」
言葉に詰まった軽業師ちゃんがチラっと転んでいるこちらを見て躊躇います。どうやら予想以上にポニーちゃんは軽業師ちゃんに懐かれていたようです。ちょっと嬉しい気分です。
「……お前はまだ大きな力を秘めている。今は焦らずとも、いずれこのギルドで一目置かれる存在になるだろう……お前は才能ある努力家だ。才に恵まれ、努力を重んじる精神を育み、今ここにいる」
「き、きき、貴様などに讃えられても気色の悪いだけであるぞッ!!」
「そうか、すまない。しかしだからこそ、怒る時を間違うな」
「何だと……どういう意味なのじゃッ!!」
話をはぐらかそうとしているかのようにも取れる言葉に軽業師ちゃんが詰め寄ろうとしますが、頭を押さえられて前へ進めず手が空ぶってシュールな様相です。羞恥と怒りで顔を真っ赤にする凶暴な軽業師ちゃんですが、重戦士さんにかかれば形無しのようです。
「守るべき存在は己か? 倒すべき存在は俺か?」
「………お前も倒す!」
「それは、最優先か?」
「くっ………いいだろう! 今回はこの辺にしておいてやる! しかし次はないぞ……度重なる無礼の報いはいずれ必ず受けてもらうのじゃからなぁぁぁ~~~ッ!!」
べしっ! と重戦士さんの手を払いのけた軽業師ちゃんは、ぐぬぬと悔しそうな顔をしながら凄いスピードでギルドを去っていきました。後に残ったのは、拍子抜けな決着に興を削がれたり苦笑いしながら散っていく野次馬冒険者たちでした。
と、重戦士さんが転んだままだったポニーちゃんに手を差し伸べてきたので、握って立ち上がります。剣を握っているからゴツゴツしていますが、驚くほど暖かな手に、ポニーちゃんはなんとなく父親を連想しました。
「……大丈夫か」
話しかけられて我に返り、頷くと同時にお礼を言います。
「……何がだ?」
暴力沙汰にせず、彼女を上手く丸め込んだことです。
「……そんなに口は、上手くない。もしかして……怒っていると、思ったか?」
普通はちょっとぐらい怒るでしょう。
「……そういう、ものか」
そういうものです。というか重戦士さんは怒らないのですか?
「………ごく、たまに」
ポニーちゃんは、この人は実は不満があってもあんまり口に出せないタイプの人なのではないかと心配になりました。
言いたいことは口に出さなくちゃ、ため込んでばかりいると辛いだけです。ポニーちゃんは重戦士さんにそう力説し、自分でよければいつでも力になると手を握って詰め寄りました。
普段役立てない分、こういう所でカバーしなければ仕事の帳尻が合いません。重戦士さんの今後も考えれば、意思疎通がしっかりできるようになるのは重要なことです。
「………わ、わかった」
多少どもりながら、重戦士さんは頷いてくれました。
こちらとしても言質が取れれば満足なので、自然と頬が緩みます。
なお、その光景からしばらくの間「ポニーは重戦士に気がある」という噂が実しやかに囁かれて大変居心地の悪い思いをする羽目になったポニーちゃんでした。
同僚に受付嬢としての仕事を逸脱したつもりはないと弁明すると、イイコちゃんに「これだからお前が嫌いなんだ」と言わんばかりの冷めた視線を一瞬浴びせられました。何が彼女の琴線に触れているのか理解できません。
受付嬢ちゃんの豆知識:南
氷国連合は世界で最も南極に近い大陸なのでかなり寒いです。大陸の南端になると年中雪らしく、他の大陸では南=寒いというイメージが強いようです。でも北極も寒いので北であろうと南であろうと行くところまで行けばどっちにしても寒いのですけどね。
軽業師ちゃんは大陸の夏の暑さに耐えられないのか、真夏の時期には避暑地に旅立ってしまいます。代わりに彼女は冬の寒さをものともしないので一長一短ですね。