126.輝け、星の如く
桜とアイドルの操るニヒロのコクピット内。
最後の勝負の直前、二人は会話をした。
「ユーザー、間もなく準備が整います。ここまでナガト含む全機が撃墜されずに戦線を維持していることは、人間の尺度で言えば奇跡と呼ばれる部類です。ですが、整うまで持ちこたえられました。ここからは一発勝負です」
「ああ」
桜は、自然と操縦桿を握る手に力が籠るのを感じた。
雪兎が居なくなって以来、不眠症患者が睡眠薬を服用するように、桜は自分の心を無理やり抑制し続けてきた。全てはこの時の為に。雪兎を連れ帰るまでは、自分は正気でいなければいけなかった。
それでも食は細くなり、数キロ痩せた。
アイドルの面倒を見ることで、余計なことを考えないようにしていた。
本音を言えば、タレ耳の世話焼きも迷惑には感じなかった。
この日まで体が保てばいいからだ。
不意に、アイドルが口を開く。
「ユーザー……ユーザーにだけは言っておきます。当該機には、ハイ・アイテールの生成実験に於いて行使された技術が神秘数列として組み込まれています。当該機はユーザーが説得に失敗したと判断される場合、この数列を応用した決戦術式を起動します……それは端的に言えば、ハイ・アイテールを破壊して無に帰すことを意味します」
「……自分諸共か?」
やや間を置いて、アイドルは神妙に頷いた。
「……はい。後の事は……全てではありませんが、ロータ・ロバリー管理終了までの行程とそれに必要な権限のバックアップを用意しました。最大の脅威であるハイ・アイテールが去った後の世界ですから、それで十分でしょう」
「十分なものかよ……」
ここまで、アイドルは本当に献身的に星を管理し、桜を支えてきた。その最後に用意された運命が、事実上の自爆――己全てを犠牲にした献身など、献身と呼べるのか、桜には納得できなかった。
納得できないからこそ、説得すると名乗り出たのだ。
今もアトス内部で仲間たちに熾烈な猛攻を繰り広げる雪兎を、また叱ってやらなければならない。彼女にこれ以上、罪を重ねさせたくない。もう何もかもは元に戻らないかもしれないけれど……彼女まで切り捨てたら、桜という人間が生きた意味まで消えてしまう気がした。
桜は、人生で運命というものを信じたことはない。
しかし、もし雪兎を助けることが己の運命であるならば――。
「始めてくれ、アイドル」
「はい。終わらせましょう、女神大戦を……アイドルより全ての戦力に通達します。これより作戦を最終フェーズに移行します」
運命の引き金は、絞られた。
= =
同刻――地上、魔物集結点。
「我らの存亡、存在を賭けた最後の戦いだ。女神様は望まぬだろうが、俺は全ての命を絞り出す気でやる」
全ての魔物の前に立つのは、魔将『シフタロト』。
彼は魔将の長でも何でもない。しかし彼の力は彼等の要だった。
人型に近い彼の腹部には孔があり、その孔で吸い込んだものを別の場所に放出する能力を持っている。孔の吸い込み範囲は拡大可能で、言うならば転送機能。自分自身の転送や、物、攻撃だけの転送など、その応用範囲は多岐に亘る。
そんな彼の腹部の孔が、これまでになく拡張していた。
孔からは深淵から覗き返す目のような文様が浮かび上がる。
彼の孔の出力が最大になった際に浮かび上がるものだ。
そして、それを見つめる他の魔将たちと、彼等の従える魔物たちが扇状に構えている。魔物に造詣のある人がそれを見れば、魔物達の全てが遠距離数列を用いる存在であることに気付いただろう。
全ては、シフタロトの孔を用いてありったけの攻撃をアトスに撃ち込むため。アトス内部には障壁とジャミングが邪魔をして届かないが、障壁そのものに対する攻撃は可能なのだ。
「いいんだね、シフタロト」
近隣の人間を避難に追い込んだ竜の魔物、ガズラの問いに、もはやシフタロトは言葉もなく頷くだけだった。本来は魔将だけを連れてくればいいとアイドルに命じられていたのを、余計な魔物も大量に連れて来ての砲撃だ。幾らシフタロトの転送能力が高くとも、明らかにキャパシティを超えている。
シフタロトは、分かっていて提案したのだ。
遠距離攻撃の出来る魔物は温存しよう、と。
ガズラはその巨体故、何かとシフタロトと付き合いがあった。
他の魔将たちも世話になったことは一度や二度ではない。
それでもガズラ以外誰もシフタロトに言葉をかけないのは、シフタロトの考えていることが痛いほど理解できるからだ。
「アラミスに集う神秘の星が弾けると同時に、一斉に叩き込めッ!!」
シフタロトが指し示す指の先には、最後の砲撃を始めんとするアラミス主砲『トリシューラ』が星の如く輝いていた。
= =
同刻――アラミス内部、主砲『トリシューラ』発射室。
「女神様から通達が来たッ!! いいか、砲身が壊れても構わん! 次の一撃がゼオムが女神に捧げる最後にして最大の一矢であるッ!! 今こそ我らが使命を果たす時ッ!!」
戦いで限界を迎えていた主砲トリシューラは今、かりそめの砲身を得て最後の砲撃を行おうとしていた。アラミス内部のあらゆるゼオムたちがそれを数列で手伝い、本来なら計算に百年はかかる代物を今という時間に間に合わせている。
「砲身固定術式よし!!」
「強度保全、最大!!」
「射角、仰角よし!! 誤差修正術式起動!!」
「神秘変換開始!! 僅かたりとも無駄にするな!!」
アラミスに住まう全てのゼオムたちの祈りと神秘が、トリシューラに収束する。動力炉から送られるエネルギーを遥かに超えた莫大な神秘――それこそ国一つが滅んでも余りある程の、それは地上に顕現する星。
= =
同刻――トリシューラの着弾地点、魔将の一斉攻撃地点、そしてもう一つの砲撃ポイントは、ほぼ三角形を描いている。そのポイントを射程圏内に収めるは、このために国を空にしてやってきた英傑――大砲王の地上戦艦である。
ブリッジのガゾムたちが一斉に報告やらなにやらする。
「艦長ー、射程圏内ですぅー!」
「国王ー、変形準備完了ですぅー!」
「親方ぁ! 空飛ぶ船かっけぇっすねぇ!!」
全く呼び方が統一されていないが、それら全てが戦艦のブリッジの最も高い位置に座する男に向けられている。少年としか言い表しようのない容姿の彼は、カールした髭を撫でながら笑う。付け髭ですか? と初対面の人には必ず聞かれるほど似合わない髭を。
「どの砲撃使うんすかぁ? ドゴスティックドメスティック・パイルパイルジェネレーションブラスター撃ちたいっすよ!!」
「バッカお前!! スパーダ・ジ・エッジ・キャリパー・エアリアルメーザー五連装斬光砲が先だろッ!!」
「おこちゃまだねぇ諸君。こういう場面ではコンパクトに破壊する鉱製四十七式複合螺旋徹甲炸裂砲『紅蓮芍薬・千両』の……出番でしょうがバカチンがぁ!!」
この星の運命が掛かった戦に参加している癖に、「とりあえずぶっ放したい」以外全く意思統一が出来てないガゾムたち。好き放題使いたい大砲を喚き散らす。その全てが彼等の乗る世界唯一のソルトクレイジス級万能陸上殲滅母艦『パワー・ドレッド』には搭載されているのだから頭痛のする話だ。
大砲王は全ての意見を聞き入れた上で、一つ咳払いをする。
彼らは一斉に口を閉ざし、王の言葉を待った。
大砲王お得意の「よし、全部撃とう」という豪快極まりない一言を。
しかし大砲王は、予想外の言葉を放つ。
「実はその全砲撃に使うエネルギーを収束させて初めて使えるパワー・ドレッド最後の切り札があるんだけど、試射していい?」
「「「「「ええええええええええッ!!!」」」」」
「いやぁ、ポルトスだっけ? アレ見てたら何だか燃えちゃって、みんなに内緒でパワー・ドレッドが変形して一つの砲台になる機能組みこんじゃってさー! 試射しようにも威力がヤバ過ぎて反動で艦ごと分解しちゃうから使えなかったんだよねー!」
「「「「「えええええええええええええッ!!!」」」」」
「撃ってみたくないかね、諸君?」
「「「「「撃ちてぇーーーーーーーーッ!!!」」」」」
ご覧の有様である。
惑星一のイロモノ種族はこんな時まで平常運航だった。
もうすぐ、アトスを洒落にならない悪ふざけが襲う。
= =
そして、現在――バースト部隊隊長にして人造巨人トロイメライの操縦者である小麦もまた、不敵な笑みを浮かべていた。
「皆さん、お達しが出ましたッ!! 全機――リミッター解除ッ!! 全身全霊全力全壊で暴れ狂って弾丸ブチまけましょうッ!!!」
『待ってたぜ……この瞬間をなぁッ!!』
『こっから俺らはノンストップだぜぇぇぇぇッ!!』
『ふふ、ナガトが保つかどうか……お前を棺桶に眠るのも悪くねぇが、棺桶で相手をぶん殴るのも悪かねぇッ!!』
それは、今の今まで温存に温存を続け、相手に一切悟らせなかった最後の切り札。
ナガト九十六式は地球で見れば時代遅れの旧式機だ。時代遅れの実弾装備に、装甲もディスパネ非採用の鈍重な複合合金製。ナノマシン機能も最低限しか備わっておらず、図体も大きい。
故に、ナガト九十六式には『旧世代機の集大成』という設計思想が与えられた。
リミッター解除と同時に、これまで必死に逃げ回りながら砲撃していたナガトたちに異変が訪れる。
――時代遅れのアーマーパージによる推力の上昇。
――時代遅れの物理障壁発生装置。
――時代遅れの出力調整解放による飛躍的な機能向上。
一回りスマートに、しかし発するエネルギーは何倍にも跳ね上がったナガトたちが、一斉に攻勢に転じた。矢継ぎ早、遠慮なしに砲撃が放たれ、突然動きの変わった彼らに歴王国の戦線が動揺し、食い破られてゆく。
『はははははは!! 無残なり歴王国ぅッ!! エクスタシィィィ~~~!!』
『これでタレ耳だの軽業師だの、年下の小娘に助けられずに済むわいッ!!』
『まーアタシら外見年齢あんまし変わんないけどねー!!』
全ては時代遅れの装備、時代遅れの機能。
採用した理由など膨れ上がった軍事費の遣い途か、或いは技術者たちの浪漫なのかもしれない。しかし、ナガトの機能は――時代遅れ故に他の人造巨人たちよりも修理が容易で、用意不能な部品が殆んどなかったのだ。
今、この戦いの中でだけは、旧式で時代遅れのナガトこそが本来の機能を高く発揮できる条件が揃っている。
そして小麦の駆るトロイメライもまた、最後の最後に温存した機能を解放する。小麦は待ってましたと言わんばかりにぺろりと舌なめずりし、機器を操作する。
「残弾の関係で温存してた残り50%の火器、アンロックっと♪」
トロイメライが動き出した一瞬。
その一瞬で、レーダー上にあった歴王国の陣形が完全崩壊した。
= =
ゴールドもまた、最後の機能に手をかけていた。
アルキミア最大にして最強の切り札。
但し、この戦いで一度しか使えず、使った後はアルキミアはまともに戦えなくなるために今の今まで使用を禁じられていた。その機能が今、ゴールドの指一つで起動できる。
「……一つ確認するぞ、バカ息子」
『あぁッ!? まだ下らねぇ問答でもする気かよッ!!?』
「ヘイムダールのコクピットは、安全か?」
『……はっ、こんな時までお前はマジで……安全だよすこぶるなッ!! 女神様は家族になった人間を意地でも見捨てないッ!! 爆散を許す訳ねぇだろッ!! ヘイムダール自身ももちろん、コクピットは猶更、絶対!! 安全なんだよッ!!!』
「そうか……分かった。その優しさを信じよう」
雪兎は嘘をついたことはない。
無関心な存在には時として残酷だったが、身近になった人にはよく甘え、よく懐き、そして何かあれば心配していた。
ゴールドは今の雪兎と過去の雪兎のどちらを信じるか、本当は少しだけ迷ったが、親友の顔が脳裏を過り、迷いを切り捨てた。
「全力でぶちのめすから、全力で生き残ってみせろッ!! コード入力、リミット解除ッ!!」
それは、一瞬の出来事だった。
アルキミアのあらゆる装甲とパーツがスライドし、組み変わり、曲がり、手にした武器も含めて一つの構造として絡み合う。目を剥いたバカ息子の眼前に出現したそれは――神話を彷彿とさせる、黄金の翼を携えた『鳥』だった。
「俺の全力だッ!! 羽ばたけ滅竜の翼――バルムンク・フリューゲルッッ!!!」
バカ息子のヘイムダールはその威容を前に僅かに足が下がる。しかし、その恐怖を飲み込むように足を殴ったヘイムダールは、禍々しい光を纏って逆に黄金の鳥へ矢の如く加速してゆく。
「させっかよッ!! 出力全開放ッ!! テメェを仕留める為のとっておきだ――ファフニル・ファングゥゥゥッ!!」
全身を真紅の力に包んだヘイムダールが血より尚も紅き爪を振り抜くのと、黄金の躯体に黄金のオーラを纏ったアルキミアが全身を刃として加速するのは、ほぼ同時だった。




