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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
十三章 受付業務休止中!?

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125.この星の全ての人の魂を賭けて

 破滅、滅亡、消失。

 存在を否定する力。

 限りなく、夥しく。

 雨のように、時のように。


 ヘイムダール、ショゴウス、慈母――どの敵も、一瞬の油断も許されない相手だった。コンマ一秒以下の判断ミスが生死を分かつ、死闘であったことは間違いない。


 しかし、女神雪兎のそれは、死闘すら生温い蹂躙だった。


 神腕が押し寄せる弾丸、斬撃、拳を目にも留まらぬ連拳で防ぐが、女神雪兎の放つ波動のような攻撃に対応しきれず弾き飛ばされる。


 銀刀は迎撃が間に合わず、何処までも追い縋ってくる光線やミサイルを四方八方に飛び回りながら躱して女神へ絶え間なく風の術を叩き込むが、全て弾かれるばかりか跳ね返され、更なる窮地に立たされる。


 聖騎士が鉄壁の防御力でヘイムダールと殴り合う。その趨勢は、聖騎士が吹き飛ばされることで容易に決した。追撃させないために銛漁師や狐従者が援護射撃を行うが、ヘイムダールはまるで攻撃を当たった傍から無効化するように直進する。


 重戦士は全身から血を噴出させて魔将の力を極限まで研ぎ澄ませ、大質量の攻撃を放つ。それすら、複数の巨人の手が組み合わさって形成された光の盾に阻まれ、盾はそのまま武器ともなって重戦士を追い回す。


 赤槍士と白狼女帝は強引に猛攻を突破して離元炉への直接攻撃に移る。赤槍士の紅蓮の炎と白狼女帝の絶氷の刃が装置に飛来する――が、防壁に阻まれる。更に、ショゴウスとの戦闘の際に手こずらされた防衛機構が生きており、二人に連撃をさせない嵐のような反撃を放つ。


 それら全てに対してフォローしつつ立ち回り、せめて巨人腕の破壊を目論む遷音速流だが、巨人腕の一つ一つにハイ・アイテールの濃密な加護が施され、破壊しても再生していく。


 無慈悲にして絶対。

 潜入した戦力の全てを注いでいるにも関わらず、既に全員の肉体に生傷が刻まれている。身体の時間を停止させている銀刀すら、時間に干渉する術式を受けたのか血を滴らせている。例外は不定形存在である重戦士だが、重戦士の武器である血もまた猛攻によって蒸発させられるため、無限ではない。

 遷音速流の脳裏に、非情な現実の認識が過る。


(これでは、時間稼ぎどころか……ッ)

『汝らの先に希望なし。希望を否定する者は、希望に否定される――これは応報である』


 冷酷な女神雪兎の言葉が、心に重みを持たせた。

 それすらミーム汚染の神秘術と併用だ。


 戦う者達の戦意は衰えず、不退転の決意が金剛石のように輝いている。

 しかし、心だけではどうにもできない現実という壁が、厳然と立ち塞がる。


 彼らが女神雪兎の領域を突破する可能性は――ない。







 一方の、外。


『オラオラオラオラオラオラオラァァァァァッ!!』


 荒々しい雄叫びと共に空を漆黒の影が奔り、その腕部に展開された爪を振り翳す。唯でさえ巨大なヘイムダールの爪はエネルギーの収束によって生み出された光の刃で更にリーチが増し、触れるものを皆切り刻み、握り潰す暴君の手となる。


 手の伸びる先は黄金の人造巨人アルキミア。ゴールドは多目的ブレード『クルシオン』を引き抜き、出鱈目な軌道で迫るヘイムダールを迎撃する。


 剣と爪が激突し、激しい火花が空を彩る。

 その衝撃と出力に、アルキミア駆るゴールドが唸る。


「ぐぅッ!!」

『自慢の刃、潰してやるよぉッ!!』


 ヘイムダールの爪で強引にアルキミアの刃をへし折ろうとするバカ息子に、ゴールドは正しく彼が敵であることを認識し、即座に剣と体捌きでヘイムダールを弾く。


「易々とさせるものかよッ!!」 

『ちっ、無駄な抵抗してんじゃ……ねぇよぉおおおおおおッ!!』


 ヘイムダールは全身から真紅の力を放出し、慣性の法則を捨て去ったような出鱈目な軌道を描いてアルキミアに迫る。対し、ゴールドは自らのオーラを放ち、そのオーラを拡大させて纏ったアルキミアは更にまばゆい金色となる。


 二つの光は乱戦続く戦場を駆け巡りながら幾度となく衝突し、衝突の度に大気が震える。そうして幾度目かの衝突が拮抗したとき、ゴールドは再びバカ息子に問うた。


「戦っているのは俺のせいと言ったな!! どういう意味だッ!!」

『どういう!? どういうだと!? こういう意味以外にあるかぁッ!?』


 ヘイムダールの内蔵武装が輝き、無数の弾丸と閃光が弧を描いてアルキミアに襲い掛かる。自らも巻き添えを受ける射角だが、損傷しない機体故のものだ。ゴールドは手足のエネルギーシールド発生機構『セントエイジス』に手を伸ばし、エネルギーの放出によって後方に加速しつつヘイムダールを弾き飛ばす。


「少なくとも俺には、君と戦う理由も心当たりもないッ!!」

『それだよ、ゴールドぉ……心当たりがないんじゃねえッ!! 俺のことを眼中にねえんだよお前はぁぁあぁああああああッ!!』


 咆哮と共にヘイムダールの全身が輝き、真紅の閃光が砲撃となって放たれる。避けては後方に巻き添えが出る程の巨大な力に、ゴールドも止む無く重力波砲『ヨルムガルド』を最大出力で発射。

 二機の間で二つのエネルギーが衝突し、拮抗する。


『お前はムカツク奴だよなぁッ!! 初めて会ったパーティの頃からそうだった!! 場の誰よりも輝いてて、俺は逆に誰にも相手されなかったッ!! 屋敷では誰もが俺に頭を下げたのに、誰もぉッ!!』

「俺だって別に頭を下げられてはない筈だッ!!」

『そうじゃねえよ……無視されるだけでも屈辱だったのに、テメェだけは俺に話しかけてきたッ!! 周囲が何でそいつに絡むんだってツラしてる中、お前だけは何も気にせずに……それが、それがどんなに屈辱的なことか分かるかよお前にぃッ!!』

「何を――!!」


 確かにそれは彼との出会いの話だった。

 しかし、ゴールドには話が見えない。

 放っておいて欲しかったのなら分かるが、ゴールドには彼が寂しそうに見えたのだ。しかし自ら周りに歩み寄る勇気を出せない、そんな人物に見えた。

 『分からないなら教えてやる』とバカ息子が恨みがましい声で叫ぶ。


『屈辱だったぜぇ……俺はお前に声をかけられた時、思い知らされたッ!! もし俺とゴールドの立場が逆だったとして、俺は絶対にお前になんか話しかけねぇ!! 周りの女どものおべっかだけ聞いて楽しみてぇッ!! だがお前は俺に声をかけた。そしてそれが気遣いであることに周囲は気付き、お前を囲う人間は増えたッ!! 俺は、俺の卑小さと醜さをお前に思い知らされたんだッ!!』


 それは、逆恨みとしか言えない感情。

 人間は、自分の醜さを認識することを嫌う生き物だ。

 だから正義を探し、それを振り翳すことで醜さを隠そうとする。


 しかし、ゴールドは気付く。

 バカ息子はまだ、正義を翳していない。


『オヤジが余計なこと言って滅竜家でダイエットしたことがあったよなぁッ!! あの時だってずっと屈辱だった!! 俺は肥満でひぃひぃ泣いてもう逃げ出してぇって思ってるのに、俺がどんなに遅かろうがお前は絶対に俺を見捨てなかったッ!! 下手な慰めじゃねぇ応援の言葉かけてよう!!』

「……友達だと、思ってたから」

『俺は思ってなかった!! より一層屈辱だったッ!! 俺なら絶対あんな優しい言葉なんてかけねぇし、面倒も見ねぇよッ!! のろまなグズだって笑ってた筈だッ!! なのにお前は優しくて、その優しさで心が倒れる寸前で踏ん張っちまうッ!! お前には人を動かす力があったよッ!! 俺には、なかったのによぉぉぉぉッ!!』


 ヘイムダールの周囲に機影が数機。パトリヴァスとガルディータスがヘイムダールとの根競べで動けないアルキミアに銃口を向ける。


 だが、寸での所で遠距離から小麦操るトロイメライの援護狙撃が入り、敵機の半分が吹き飛ばされた。更にドラグノフや味方のガルディータスからも援護が入り、バカ息子の取り巻きはあっという間に散り散りになる。

 ヘイムダールの肩が操縦者の感情を反映するように小刻みに震える。


『こういう所なんだよなぁ……お前と俺の差はッ!! ただ上司だから付き従う有象無象と違って、お前はいつも打算もなく場面の中心に躍り出てみんなの目を釘付けにするッ!! 頼んでもねぇのに、お前の周りはみんなお前を意識するッ!! 金ばら撒いて護衛引き連れないと冒険者として羨望の眼差しを浴びられない俺とは、根っこから違うッ!!』


 通信から、受付嬢ズが異口同音に「自覚あったんだ……」と漏らすのが聞こえる。特にイイコは、何故か少し苦々しい声だった。まるで昔の自分を他人に投影してしまったようだ。


『あぁ……やっぱりそうなんだよな。受付嬢たちもお前の味方なんだろ? 知ってるんだよ……ポニーたちが俺に向ける笑みとお前に向ける笑みが別物だってことくらい、俺も知ってるんだよッ!! でもあと少し押して心を揺らせたならと思うと挑むだろッ!! それを……お前は偶然通りかかって俺に話しかけただけで、全部曲げちまう!! 俺がちまちま動かそうとしていたものをッ!!』

「バカ息子、それは違う……!」


 世界を巻き込んだ壮絶な戦いの始まりは、一人の男と一人の少女の出会い。

 ゴールドはそれに偶然居合わせ、結果的に巻き込まれたおまけでしかない。


「俺がこちら側になったのは成り行きでしかない!! お前と俺の立場が逆な未来だってあったのが、たまたまこうなった!! 彼女たちがお前に向ける笑顔が変わった未来だって……!!」


 もしも桜が出会ったのがゴールドではなくバカ息子だったら――そんな偶然があったなら、ゴールドはきっと歴王国の為に最後には桜たち相手に戦っただろう。

 そして桜は、きっとバカ息子の事を変えた筈だ。


 ゴールドにはなんとなく分かるのだ。

 桜とバカ息子は、きっと根っこでは気が合う。

 桜もまた、選ばれし者ではないのだから。


 きっとその世界では雪兎はバカ息子の腹をぽよぽよと触って遊び、バカ息子はこのために痩せる訳にはいかないなどと主張し、周囲が苦笑いする。そんな光景が広がっていた筈だ。

 だが、ゴールドの言葉はバカ息子の思惑とすれ違う。

 ゴールドとバカ息子は、同じ光景に生きていないから。


『違わねぇんだよッ!! その指揮官専用の黄金の機体が全部物語ってんだろうが!! 言われたろう、周りに!! その機体がゴールドに似合うってさぁッ!! 俺のヘイムダールも指揮官機だが、それでも量産品だッ!! 何人かは必ず選ばれる枠の一つでしかねぇッ!! 俺は日の目を浴びても、お前みたいに周りを魅了する輝きを放つことは出来ねぇんだッ!!』

「……」


 言い返すことが、出来なかった。

 シルバーにも昔から、似たようなことを言われていた。

 ゴールド兄さんには他の人にない輝きが、カリスマがあると。

 

「……それが、俺と戦う理由か」

『違うね。関係はあるが、違うッ!!』


 ヘイムダールの砲撃とアルキミアの砲撃が同時に限界を迎えて収束する中、ヘイムダールが再び急加速でアルキミアに肉薄する。肘、膝、足先に真紅のエネルギーブレードを纏って乱舞するヘイムダールに、アルキミアも剣を二本抜き、『セントエイジス』を併用して迎撃する。

 

『これから女神による永遠で平等な世界が訪れるッ!! 俺とお前に差異はなく、心の醜さも浄化される世界がッ!!』

「そんな世界、歪んでるよ……お前はそれでいいのか!?」

『いいとか悪いとかじゃねえッ!!』


 ヘイムダールの膝がアルキミアの身体を揺るがす。

 ダメージコントロールはするが、バカ息子の出鱈目故に読みづらい体術にゴールドは内心唸る。今のバカ息子からは強烈な執念を感じた。


『永遠の世界になっちまったら……永遠にお前に勝てねぇじゃねえか!! 永遠に負け犬じゃねえか!! 永遠に負け犬を受け入れる世界じゃねえかッ!! そんなの認められねぇ……俺はお前に勝ちてぇッ!! 勝つためには、これしかねえじゃねえかああああああああああああッッ!!!』

「……ッ!! そうか、君は……!!」


 単純な、話だった。

 バカ息子は、勝てる可能性のある道に賭けただけだ。

 主義でも主張でも、過去でも未来でもない。

 ただ、ゴールドに勝ちたかっただけ。


 バカ息子の実力ではゴールドと対等に戦って倒すことなど不可能に近い。勝てる可能性があったとして、それを実現できるのは何十年も血の滲むような不断の努力が必要――そこまでしても、勝率の高い戦いにはならない。そういった差だ。

 

 もしバカ息子が永遠の世界の話を放置したら、全ての決着は蚊帳の外。

 アイドルの側についたとして、秀でた能力のない彼が任されるのは裏方仕事。

 だが、女神雪兎に付けば勝ち馬に乗れ、更にはゴールドと戦って勝てる可能性が出てくる。滅竜家にゴールドが戻ってきていないことくらいは確認できていた筈だ。それでも、実際にぶつかれるかは賭けで、故にこそバカ息子は自分が嫉妬したゴールドを信じた。


 ヘイムダールがアルキミアに組み付き、頭突きする。

 頭部すらエネルギーの収束で武装と化したヘイムダールの攻撃を受け、アルキミアの頭部装甲に亀裂が入った。バカ息子はそのまま決してアルキミアを放そうとせず、攻撃を続ける。お世辞にも的確な攻撃とは呼べないが、振りほどかれない為のポイントだけは手放していない。戦い方が下手な彼なりの作戦だった。


 ヘイムダールから伝わる動作の一つ一つに、本気で勝ちたいという感情が見え隠れする。彼は正義に胡坐をかいているのではない、必死なのだ。それを感じたゴールドは息を吐き、決意する。


「分かった。なら……俺も全力で君を討つッ!!」

『……ッ!!』


 アルキミアから爆発的なオーラが放たれ、ヘイムダールに生まれた一瞬の隙に乗じたアルキミアは拘束から脱する。黄金の装甲はあちこちに亀裂が入り、美しいとは呼べない形になっていた。


 それでも構わない。

 これは、男と男の戦いだ。

 今だけは、何もかもを忘れてバカ息子だけを考える。


 それを許可するかのように、通信が入った。


『アイドルより全ての戦力に通達します。これより作戦を最終フェーズに移行します。私も、貴方も、そうでない皆も……これより先に余力を残す必要も意味もありません。これは女神として最初で最後のワガママです。全員、()()()()()()()()()()()()()()ッ!!』

 同刻――地上の避難を完全に終了させた全ての魔物が同じ場所に集っていた。


 同刻――鉄鉱国の全戦力が、空中要塞と化したアトスを射程圏内に入れようとしていた。


 同刻――すべてのゼオムがアラミスの一室に集い、史上最大の術を用意していた。


 全ての運命は交錯し、人類最後の一手へと雪崩れ込む。

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[一言] コンプレックスを抱きつづけた男と、そんな男に真摯に向かいつづけたはずがコンプレックスを与えつづけることになってしまった男…熱い戦闘のはずなんだけど、名前がそのまま特徴になっている本作の性質か…
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