123.陰に立つひと
今回の連続更新はここまでです。
もっと進めたかったのですが、半端で申し訳ありません。
そろそろ戦線を維持するのも限界が近い。
敵機を次々に切り伏せながら、アルキミア駆るゴールドはそれを肌で感じていた。
こちらの主力であるナガト九六式は装甲がボロボロで、それをサポートする機体たちが無事でも彼らが崩れれば数の不利は致命的になる。味方ガルディータス三機とニヒロは果敢に攻めているが、どう足掻いても敵の頭数を減らせないのが致命的なまでに堪える。
それでも、戦線を維持しなければ勝利はない。
誰一人、欠けてはならない。
「どけぇぇぇぇぇッ!!」
射線確保、照準をマニュアルに。
アルキミアの両肩の装甲が展開し、内部のレンズのようなパーツに空間の歪みと漆黒の塊が球体となって出現し、次の瞬間、重力波が砲撃となって空を貫いた。
光さえ吸収する強烈な重力波は左から右へと横薙ぎに振るわれ、砲撃が僅かでも命中した敵機が次々に吹き飛ばされていく。本来であれば吹き飛ぶどころか内側からひしゃげて大破しても可笑しくない威力だが、敵は当然の如く数秒後にはまた動き出して態勢を立て直す。
と、立て直そうとした機体に空色の閃光が次々に降り注ぎ、更に弾き飛ばされた。アルタシアの蒼弓を携えて空中を飛行する碧射手の援護だ。彼女は移動しながら敵の迎撃、味方の援護、敵の追撃をこなしながら戦場を飛び交っている。
更に別方向から接近したパトリヴァスの群れが桜とアイドル操るニヒロの『銃身のない弾丸』によって一斉に弾かれ、互いが互いに衝突する。バランスを崩したパトリヴァスの翼を今度はタレ耳の駆るガルディータスが掴み、彼女に追い縋る敵に向けて投擲した。
パトリヴァスが態勢を立て直して加速した先と避けたガルディータスの機動が重なり、躱した筈なのに二者は空中で衝突事故を起こした。
『援護、感謝する』
『心配すんな!! ここが正念場だ、保たせるぞ!!』
『離元炉に到達したら作戦を最終段階に移します!! 総員、奮起せよッ!!』
幼い筈のアイドルの声が、力強く、頼もしく通信越しに響き渡り、味方陣営が呼応するように気迫の雄叫びを上げる。別に彼女がそうなるよう術を施している訳でもない筈だが、声に籠る力強い意志と必死さが皆をそうさせた。
雪兎は圧倒的な力によって道を示し、信奉者を得た。
しかしそれは、全てを雪兎に頼り切る、よりかかりの正義だ。
対して今のアイドルには、彼女を支えたいと願う者たち、彼女の行き先に自分たちの未来があると信じる者たち、目的は違えど進む道が一致している者たちなど、様々な意識が絡み合って一つの集団と化している。
本来それは非常時においては特に脆くなる構造である筈。
しかし、アイドルは通信機と言う文明の利器を通し、味方の一人一人に呼び掛けている。本来、集団におけるトップの指示とは、遠く高い場所にいる人間から様々な人を通して言葉だけが末端に伝わるもの。しかし通信機という文明の利器はそれを取り払い、ダイレクトに意志を個別に伝えることが出来る。
その繋がりが力となり、団結という結果を導き出す。
「雪兎……君は誰かと繋がっているかい?」
敵を剣で切り伏せながら、ゴールドは今更ながら桜の気持ちを少しだけ理解した。
巨大な船で沢山の人間に囲まれても、雪兎はきっと心細い。
彼女は家族を作る手段を致命的に間違えている。あのやり方では、彼女は周囲を家族と思っても、周囲は雪兎を特別な存在としか認識できない。『してやれない』。
と――接近警告。
『まったく、しつこいな。しつこすぎる。羽虫の分際でいつまで我らの王道を邪魔する気か? 羽虫に王を止める力などない、ただ不快なだけだ』
その通信を送る相手は、ずっと戦線の奥に籠って参加していなかった機体にして指揮官専用機――ヘイムダール。そのパイロットが満を持して前線に姿を見せて、わざわざ回線を開いてこちらに話しかけてきたのだ。
「……何者だ」
『貴様……その声!! その姿!! そうか、貴様……ッ!!』
ゴールドの声を聞いた瞬間、相手の声色が変わる。
それは警戒や驚愕というより、歓喜の感じられるもの。
それでいて純粋な喜びとは程遠い、攻撃的な意思がある。
『待っていた待っていた待っていた!! この瞬間を心の奥で待ち望んでいたッ!! そうか、やはりか!! 忌々しく気に入らないのに、世界征服より前に出て来てくれるとはッ!!』
既視感。
ゴールドは、その声を記憶の片隅にいる誰かと重ねる。
こちらを声で判断したということは、最近遭遇した人物。この盛り上がりようからして逆恨みというより一定の何かの付き合いがあった存在。声は恐らく自分とそう変わらない若さだ。
だが、記憶が答えに到達するより前に、ヘイムダールの全身が赤熱し、両腕のクローが急加速と同時にアルキミアに突き出される。即座に思考を中断したゴールドはマニピュレーターを操って剣を握り、姿勢制御で機体を回転させながら剣でクローを弾いて受け流した。
その動きに、ゴールドはまた既視感を覚えた。
滅竜家の武術の流れを感じながらもアレンジが加えられ、ほとんど突進と呼べるもの。それは嘗てゴールドがとある人物の頼みで共に訓練した人物がやけっぱち気味によく放っていたもの。
武術の加速と彼の『脂肪だらけの重い体躯』が重なり、偶然にも彼にとってまともな攻撃技となったそれに、よく似ている。
そう、確かに彼とは少し前に再会していた。あのギルドのカウンターで。彼はポニーを口説いていたと後から聞いて、それ以降姿を見せなくなったという平原国の地方領主の息子。
「まさか、そんな……何故君がここに居てそれに乗っているんだ――バカ息子ッ!!」
『決まってんだろうが……お前のせいだッ!! お前の為だッ!! 力を得て強くなった俺にひれ伏せよ、ゴールドォォォォォォォッッ!!』
その男はゴールドとは真逆、質の悪いボンボン冒険者。
しかしゴールドにとっては一時期苦楽を共にした、友達。
バカ息子駆るヘイムダールの凶刃と凶弾が、空間に吹き荒れる。
= =
奇しくも、真っ先に離元炉があると予測されるポイントに辿り着いたのは最も遅れていた筈の聖騎士と銛漁師だった。二人は途中で幾度かの襲撃を受けてはそれを退けている。
そんな彼らは、思わぬ障害に苦戦を強いられていた。
「正義の鉄拳んんんんーーーーーッ!!」
聖騎士の拳が隔壁を殴り、地の神秘術が物質を変形させる為に放出される。しかし、隔壁に接触した瞬間にそれらが全て掻き消える。銛漁師も水の術を放つが、壁に接触した瞬間に水となってばちゃばちゃと床に落ちた。
この隔壁の向こうが目的地であり、他の突破口が見つからないことから二人は強行突破を試みていた。しかし、この壁は神具の攻撃でさえ傷一つつかずに堅牢さを保ったままだ。
その重厚感に二人は息苦しささえ覚えていた。
「せ、正義の敗北……!! などと言っている場合ではないな!」
聖騎士は壁から距離を取り、途中で倒した自律機械の破片をボールのように握りしめ、ありったけの力を込めて投擲する。空気を引き裂くような音を立てて白熱しながら壁に接近した破片は、壁に衝突する寸前に虚空で停止する。
かつん、と音を立てて摩擦熱で高熱を纏った破片が落下するのを見て、二人は顔を見合わせた。
「どう見る、銛漁師?」
「どうったって……こういう時は受付嬢の知恵でも借りたら?」
「それもそうだな。一人で作った正義より三人で作った正義の方が強固な正義になることもある!!」
(わたしを勝手にカウントに入れないでほしい)
切なる願いを口に出さなかったために勝手に正義にカウントされてしまった銛漁師だが、それはさておき二人をモニタしていたギャルが返答する。
『わり、全然わからん。メガネ……はいまナビ中か。ポニー分かるー? ……ほんほん、ふむふむ。えーとな、ABチャフの原料になるアイテール吸着素材を大量に使って作られた対神秘防壁じゃねーかって!』
ABチャフとは、地球文明で開発された『神秘を吸着する金属素材』を用いた装備のことだ。空中にばら撒けばあっという間に空間の神秘を吸着してしまうため、神秘依存の術は即座に数列が崩壊してしまう。
なお、神秘が消滅するわけではないので本来なら許容量がある筈だが、内部にある別の装置に貯まった神秘が吸い上げられているらしく蓄積は確認できない。
『ハイ・アイテール対策に作られたモンかもな。効果ねーけど。瓦礫が途中で止まったのはチキューの科学技術による防御機構、空間に関わるものじゃないかってよ!』
「つまり?」
『壁の強度自体は特別高くはないけど、物理で攻めると防御機構に阻まれる、かぁ……防御機構を貫通する威力の物理でぶん殴ればいいんでね?』
「ぬぅ……! 正義は限界を超えると言いたいところだが、場所が悪いな……」
ここがアラミス内部でなければ聖騎士は得意の地を用いて物質を変形させ、物量と質量で攻めることも出来た。しかしアラミス内部は変形を阻害する要素も多く、特に彼等のいる付近は明らかにハイ・アイテールの濃度が高い。雪兎の妨害と見ていいだろう。
銛漁師が顎に指を当てて唸る。
「逆にこれだけ厳重なら大本命の可能性がかなり高い訳だけど……」
「隔壁そのものはハイ・アイテールによって強化されている訳ではなし。故に神具の浄化が通用せんとは……これは、あの御仁に託すしかないか?」
この重要局面で足止めを強いられることに焦りはあるが、既にほかの侵入者たちもこの扉に向かっている筈だ。到着までここで待つしかない。
そして――敵が大人しく待たせてくれることもまた、ない。
「気付いてるか、聖騎士」
「囲まれているな。正義を持つ者よ、姿を現し名を名乗れ!!」
聖騎士の声に返ってきたのは、無慈悲で無機質なまでの弾丸と炸薬の嵐だった。正々堂々、戦士の誇り、一切無用の問答無用。おまけに煙幕まで混ぜ込んで視界を塞ぎ、その上から更に射撃攻撃を叩き込んでくる。
その全てが急所、ないし急所を炙り出す為の無慈悲な照準。
殺人という行為を一切厭わない者の攻撃であるのは明確だった。
当然、その程度の不意打ちで崩れる二人ではない。
聖騎士は光の障壁で、銛漁師は水のヴェールで防ぎきる。
「手荒な挨拶だな。我が正義に対する強い反抗心だけはしかと受け取った!」
「これだから野蛮人は……文化が発達しても心が蛮族なのよ、あんたら」
煙幕の煙を吹き飛ばし、全ての攻撃を防ぎきった二人が姿を現す。しかし、敵は未だに姿を見せない。それどころかアラミス内部を照らしていた照明が次々に灯りを消し、二人のいる空間は僅かな壁の機器の光しかない暗闇に包まれる。
こちらの装備とアトスのバックアップのおかげで、暗闇でも敵の数は確認できる。28人――に偽装しているが、実際には術を用いた変わり身と人間によく似た形状の自律機械を使役しているだけで、人数は8人だ。
歴王国に於いてこれほど苛烈で現代的な戦法を取る存在。
銛漁師はそれに心当たりがあった。
「こいつら、八部衆……!!」
「耳にしたことがあるな。歴王国が侵略を繰り返していた時代に使役し猛威を振るった『顔のない八人の何でも屋』。暗殺、破壊工作、拉致、脅迫、潜入、偽装工作、ありとあらゆる不徳を生業とすることから『歴王国の足裏』と呼ばれた存在だったか?」
「アサシンギルド誕生以降ぱったり噂は聞かなくなったけど……」
「どういう訳かここにいると。彼等は一体何の正義の下に集っているのやら……来るぞッ!!」
その声を呼び水に、八人の暗殺者達と彼らの使役するすべての兵器が一斉砲撃を開始した。
ポニーちゃんの豆知識:『歴王国の足裏』
八部衆は都市伝説のように語られる闇社会の存在で、実在しているという証拠が一切ない存在……でした。裏社会では実在していると扱われていたようで、所属がどことはっきりはせずとも状況的に歴王国以外ないだろうとされています。アサシンギルドが正式に認められたことで彼らは突如として活動を確認できなくなったことから実はアサシンギルドの存在なのでは、ともささやかれていますが、銀刀くん曰くガセだそうです。
足裏は立っている間は見えない。
そして常に何かを踏みにじっている。
だから歴王国の綺麗な外面を皮肉る意味もあって、足裏なのだそうです。




