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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
十三章 受付業務休止中!?

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122.Only My…

 重戦士。


 彼はある意味で英傑である鉄血の子どもであり、女神が誕生に関わらない魔将という特殊な存在でもある。彼の容姿や知識、記憶は鉄血のものが多く取り込まれており、鉄血を知る当事者からは本人として扱われていたこともあるほどだ。


 そして重戦士は、その技能を超大型迷宮リメインズや数々の任務で鍛えあげてきた。唯でさえ失敗した依頼なしと謳われるその実力は、自らを魔将と認識しその力を鍛えあげたことで更に高まっている。


 しかも、彼の手に持つ呪剣イータは、数学賢者の知識の結晶であり、準神具という破格のポテンシャルを秘めた武器だ。


 つまり、実質的に英傑で、魔将で、神具使い。

 その実力に、全員が刮目した。


「ぬぅあああああああッ!!」

「ハァァァァァァァッ!!」


 重戦士と慈母の咆哮が重なり、剣戟の刃が荒れ狂う。


 剣士と剣士の衝突は先ほどもあった。神域に迫る銀刀と慈母の戦いだ。しかし、銀刀は分身まで出して対応したにも関わらず彼女を押し切ることは出来なかった。

 それは銀刀が暗殺者であり、慈母が騎士であるからだ。

 決して銀刀が弱い訳でも実戦経験不足な訳でもない。

 むしろ技量に差が殆どない為に、相性が物を言ってしまった。


 しかし、重戦士の剣は違う。


 慈母が目にも留まらぬ神速の突きを出せば、放つより前に動いて躱す。慈母が懐に一閃を放とうとすれば、先読みしたかのように薙ぎ払う。重戦士の剣速は慈母に比べても僅かに速度に劣るにも関わらず、その一撃一撃の的確さと重さが合わさり慈母は圧しきれない。


 逆に重戦士の斬撃も慈母に先読みされるが、重戦士はそれでも反撃を許さぬ巧みな立ち回りで今一歩のところを慈母に踏み込ませない。二人の動きはまるで、互いに互いの手の内を知り尽くした演武のようであった。


 慈母はその合間にも分身や魔法剣を放つが、重戦士は自らの身体から滴らせた血から次々に刃を放って牽制、撃墜し、一歩も退かない。質量保存の法則を無視するかのように砕いても砕いても噴出する刃の数々に慈母も苦戦している。


 先ほどまで四対一でも圧されていた戦局が、たった一人の援軍で拮抗状態まで持ち直していた。


「これが魔将の落とし子……! 本当に、まるで鉄血を目の前にしている気分です……!!」

「ああ。俺もあんたの繰り出す手が、自分の身体の奥に刻み込まれているかのようだ。一度しか手合わせしたことがないのに……なッ!!」

「くぅッ!!」


 慈母の表情に焦りが見える。

 重戦士の元となった鉄血は、彼女とは騎士団入団前からの善き戦友だった。二人で重ねた手合わせは数知れず、常に一進一退の攻防を繰り広げていた。そんな事実上の好敵手を相手しながら、更に只ならぬ実力者四人まで迎撃しなければならないという状況は、彼女の頭が処理できる許容量を超えようとしている。


「……諦めて降伏でもしたらどうだ?」


 戦いの最中、銀刀がそう囁く。


「気付いているんだろう? 神具の力を更に解放すればこの拮抗は完全に崩壊する。お前が幾ら孤児院の院長だからと言って、これ以上雪兎のワガママに付き合う義理があるか?」

「義理では、ない……そうするのですッ!!」


 断言する慈母に、重戦士は郷愁にも似た目をした。


「だろうな、慈母。お前はそういう所は曲げない。騎士だもの」


 重戦士の中の鉄血が、それをよく知っている。


「騎士の忠誠は絶対だ。君主が白といえば黒でも白。一度仕えれば例え職を辞すとも王に殉じる。王が民の事を想う限り、騎士とは須らく『そう』だ。何より……」

「それ以上言うなぁッ!!」


 怒るように、或いは恐れるように、慈母の剣が輝きを増す。

 騎士という道を選んだ彼女に、弱音も本音もない。

 そうすると選んだ道を突き通す、そういう生き方しか出来ない。

 それが騎士であり、慈母だ。


「我が名は慈母!! 元歴王国騎士団長の慈母!! 数多の英霊の無念を晴らし、未来を願う子供たちの為に戦う者ッ!! そこに思想も問答も入り込む余地なしッ!!」

「そういうことだ。決着を着けよう」


 その言葉と同時、今までのどの攻撃よりも深く重く踏み込んだ重戦士は、歯をぎりぎりと噛み締めて渾身の一撃を放つ。大地を揺るがし空に轟く一撃に、慈母も全力で迎撃。この瞬間、二人の全身全霊が剣に注がれた。


 それは同時に、重戦士以外の全員に行動の好機を生む。


「「最終決戦仕様、解放ッ!!」」


 赤槍士、狐従者が同時に光に包まれ、新たな戦装束を身に纏う。


 赤槍士は両手両足を真紅の鎧に身を包みながらも女性らしい露出を残した白い装いとなり、長い髪が炎と一体化したように光を発して風に吹かれるように棚引く。まるで彼女自身が炎の化身のようだ。


 狐従者は青、黒、金を基調とした布を幾重にも重ねてドレスにしたような装いとなり、三日月を思わせる髪飾りがおしとやかな彼女の美しさを際立たせる。赤槍士を太陽とするなら、彼女は妖艶に輝く月である。


 両者の身体から莫大な量の神秘が噴出し、膨張。

 強烈な神秘の力場を前に、二人の周囲に存在した慈母の分身及び術が全て砂のように崩れ、尚も拡大する力が光の柱となって慈母に照射される。


「アタシの炎で、アンタの中のハイ・アイテールを焼き尽くすッ!!」

「二人がかりの全力浄化ですッ!!」


 これによって送信される膨大なハイ・アイテールの流れが一時的ながら完全遮断される。更に銀刀の周囲を濃密な神秘が渦巻き、別の神秘術が発動する。


「こいつも取っておけ。エルムガストを強制実体化させた神秘数列式だッ!!」

「ぐ、う、あああああああッ!!」


 慈母の体内のハイ・アイテール量が急速に低下し、肉体の情報密度と質量密度が強制置換されていく。慈母の肉体を覆う不死性の鎧が剥がれ落ちる。


「ですが、これだけの術……発動中は無防備になるッ!!」


 慈母の身体の僅かな隙間から、ダガーのような小さい光の剣が大量に射出。更に、これまで存在するそぶりすら見せなかったアトス内部の防衛機構が発動し、天井や床がパージされて中から自律機械オプスマキーネが湧き出る。


 通常戦闘では物の役に立たない防衛機構も、今この状況下では有効な機能を果たす。その事を理解していたからこそ、彼女は今の今までこの機能を発動させなかった。


 それでも尚、無駄。


「この手の小細工は嫌いだが、四の五の言ってられんか……」


 突如、神腕の全身が輝き、巨大な彼の両手の間に光球が出現する。彼がそれを頭上に掲げて握り潰すと、その光が弾けて部屋の四方八方に無数の光線となって迸った。


 それらは意思を持つかのように虚空を泳ぎ、慈母の術と自律機械の全てを正確に、緻密に撃墜する。予想外の妨害に慈母は悲鳴をあげた。


「そのような隠し玉を持っているなど聞いていませんよ……!? 退魔戦役では使うそぶりもなかったではないですかッ!!」

光人ウルティムの血が混ざった俺にとっちゃ、こんなもんよりスプーンの扱いの方がよっぽど難しいわい」


 耳をほじりながら心底つまらなそうに言う神腕だが、そんな間にも彼の放つ光線はどんな高度な追跡数列より正確、無慈悲に全てを破壊していく。光という極めて操作の難しい術をこれほど精密に扱うのはゼオムでも難しいというのにだ。


 神腕にとってこんなものは操作と呼べるものではないし、実戦では強力な魔物を倒すには力不足。しかもこの術は余りにも呆気なさ過ぎて素手で戦う神腕には退屈極まりない技だった。


「でもなぁ、受付嬢の嬢ちゃんがやれやれって喧しいから……」

『出来ることを出来る人がするのが何か変ですか? 出来る人にはやってもらわなくちゃ損損!!』

「……とまぁ、俺が光人の血を継いでるから出来るだろって煩いのなんの。おかげで40年も忘れてた技ァ思い出しちまった」


 イイコは他人の力を利用して成り上がっていた受付嬢だ。

 故に、出来るのに手を抜いている人からは同類の臭いを感じるし、やれば出来る人間を本能で見分ける直感が鋭い。そのイイコが、コイツ実は隠し玉を持っているんじゃないかとしつこく詰問した結果出てきたのがこの光の攻撃だ。


 他人を使う事に慣れ、他人を頼る方法を知り尽くしたイイコならではの嗅覚が嗅ぎ当てた神腕の活用方法には、銀刀も内心驚いた。ここを仕切ると大口を叩くだけの能力が彼女にはあったのだ。


 ハイ・アイテールは抑えた。

 魔将の不死性も抑えた。

 それでも、慈母は倒れない。


「終わりません……終わらせませんッ!! 例え貴方を斬ることになっても、私はぁぁぁぁぁーーーーーッ!!!」


 慈母の剣筋は鋭さを増し、魔将となった重戦士の手数さえ押し返す暴風のような連撃が大気を揺るがす。鋼鉄より尚も堅い床が抉れ、剣を捌ききれない重戦士の身体のあちこちに刺突が命中しては鮮血が舞う。


 だが、重戦士は悲鳴どころか眉一つ動かさず突き進み、一歩、また一歩と慈母に迫る。その腕に握る呪剣イータを、呪怨のようなどす黒い神秘が渦巻いていた。


「慈母……お前は国に忠誠を誓った者だ。それは事実だろう。子供たちの未来の為に、雪兎から離反することのリスクを無視できず苦悩した結果でもあるのだろう」

「知ったような口をきくな、鉄血でもない貴方がッ!!」

「だが鉄血の意思を継ぐ最後の存在だ。いや……鉄血でないからこそ、俺にはなんとなくわかるのかもしれん」


 重戦士は、慈母の剣に自分の手を突き刺す。

 刃が肘を貫通し、慈母の神秘が腕を激しく破壊するが、重戦士はありったけの力を込めて腕に力を注ぎ、慈母の剣を強引に捩じり、折る。

 慈母は即座に剣を捨て、懐からスティレットを抜く。

 そのスティレットの柄を掴み取った重戦士は呪剣イータを翳し――慈母の胸に突き刺した。


 ずくっ、と、刃が肉に沈んだ。


「あっ……」

「怖かったな……寂しかったな、慈母。もう心配しなくていい」


 慈母の全身から力が抜け落ち、重戦士に凭れ掛かるように彼女は崩れ落ちた。




 = =




 慈母は子供が好きだ。

 我儘なところも、可愛いところも、食いしん坊なところも、よく寝るところも、悪戯をするところも、その無邪気さが好きだ。未来を感じさせる成長が好きだ。だから厳しくして、その倍は愛を注いで育てる。

 でも、孤児院で院長をすることの哀しさを運んできたのは、時間だった。


 終戦から三十年――自立した子供を見たとき、慈母は胸にナイフが突き刺さるような痛みを感じた。


 可愛かった子供は、慈母より老けていた。


 人間は必ず老いて死ぬ。

 それは自然の摂理。

 最初に面倒を見た子供たちも、三十年経てば慈母が成長を止めた肉体年齢を過ぎる。可愛かった子供が成人し、やがて肉体の全盛期を過ぎて老いが訪れるのは世の理だ。それだけなら慈母は驚くのみで受け入れることが出来た。慈母の心に罅を入れたのは、その子供が笑顔で放った言葉だ。


『先生は変わらず綺麗なままですね。なんだか嬉しいです』


 それは、思い出の中の人物が思い出のままに居ることへの喜びだったのだろう。

 しかし、その言葉は逆説的に、慈母という存在が時間に取り残されている事実を鋭く突きつけた。慈母は周囲にとっても子供にとっても、永遠の母だ。姉でもおばあさんでもない、母であり続けることを強いられる。それを、実感した。


 彼が次に孤児院に来たら、もっと老けているだろう。

 しかし、慈母の顔は変わらない。

 やがて彼は寿命を迎え、死ぬだろう。

 しかし、慈母は老いず、死なない。


 慈母は愛する子供と同じ時間に生きることが出来ない。


 不老長寿は人の夢。

 そんなことくらい知っている。

 それでも、実際に不老長寿になるのがこれほど辛いとは知らなかった。

 もしもやがて気の遠くなる時が流れ、自分が育てた子供が全員息絶えたとしても、慈母は母としてまた子供に愛を捧げ続け、そして愛を捧げた子供が息を引き取るのを見届けるのだ。


 母とは、子の為ならば命を懸ける。

 それは子供に未来があるからだ。

 しかし慈母の子どもには、慈母以上の未来はない。

 その苦しさが、子が先に老いることの理不尽さが分かるだろうか。


 エフェムは長寿だ。

 ゼオムはもっと長寿だ。

 でも、子は親より長い寿命が残っている。


 自分は?


 誰かを愛したとしても、結ばれる夫とさえ添い遂げることが出来ず取り残される自分に待つ世界とは、なんだ?


 怖かった。


 寂しかった。


 助けてと、叫びたかった。


 そして――。


『えいえんのなかで、かぞくと暮らそうよ』

『どうだろう、慈母よ。歴王国から始まる新時代に、力添えを願えないか?』

『――……仰せのままに』


 ――慈母は、確かに騎士としての忠誠を選んだ。


 この騎士道は本物だ。例え本物の女神に背くことになっても、その道にだけは一人の人間として背く訳にはいかなかった。嘗ての仲間を皆敵に回すとしても、背信という妥協は己の心が許さない。どちらにせよ、断った際に孤児院の子供たちが助かる保障が何もないために確率の高い方に着かざるを得なかった。


 ただ、その行動指針を決定する大きな因子と因子の間に、打ち捨てられた子猫のように弱々しく泣く臆病な心が『えいえんの世界』に救いを求めていたことを、慈母は自覚していた。生き方と役割に圧し潰されて動けない、彼女の人間性が、そこにあった。


 この想いは、ついでだ。

 もし都合がよければ程度の、些細な願望。

 でも、人間である慈母の唯一の悲鳴だった。


 慈母はこの悩みを誰にも言えなかった。

 もしこの世界に鉄血が生きていれば、きっと言えただろう。

 でも鉄血はいない。重戦士も鉄血ではなかった。


 止まった時を生きる銀刀は、自らの意思で時間を止めた。

 彼の道は彼だけの道で、誰かと共有できるものではない。


 それに、女神の加護は人々の希望だ。

 役割を自ら降りて自らが老いたとき、人々の落胆と絶望を無視できなかった。


 その果てに――今。


「怖かったな……寂しかったな、慈母。もう心配しなくていい」

「あっ……」


 慈母の全身から力が抜け落ち、重戦士に凭れ掛かるように身体が崩れ落ちる。

 胸に突き刺さった剣が引き抜かれるが、不思議と痛みも出血もない。

 ただ、眠気がじわじわと瞼を重くしていた。


「俺も……そうさ。魔将だなんて知らなかったから、いつか何もかもに置いていかれるんじゃないかって怖かった。今も本当は少し……だから、お前の気持ちは分かる。呪剣イータはお前の中のエルムガストの因子を喰らった。これからちゃんと年を取れる。奪ったのは魔将、しょうがないと民も諦める……だろ?」

「なんですか、それ……」


 唯一心の底から本音を言えた鉄血と、同じ顔と記憶を持つ魔物。

 そんな男に、こんな風に優しく、自分の人間としての唯一の苦しみを見抜かれ、解決される。それはまるで夢のような、慈母には眩しすぎる心の救済。


「ずるい、ですよ。貴方は……ずるい。好きだった男と、同じ顔で……優しく……しないで……」


 その言葉を喉から絞り出すのが精一杯だった。

 慈母はそれ以上睡魔に抵抗できず、重戦士の胸で眠りについた。

 三十年の間、眠ることができなかった身体を満たす心地よさだった。

「……時間が戻って来た反動で眠ったか」


 あどけない顔ですうすうと寝息を立てる慈母を転送術式で安全な場所に送り、一同はアトスの離元炉を目指す。その後ろの方でヒソヒソ話をする赤槍士、狐従者、通信のイイコたちの緊張感のない会話には気付かずに。


「恋の匂いしなかった?」

「しました。好きになった男の辺り、特に」

『一番言ってほしい台詞を一番弱っている時に言うとは……天然女キラー……!』


 その一方、慈母の奥にあった扉をこじ開けた神腕は眉を顰める。


「ん、ここもハズレか。わざわざアイツが守ってたから期待できると思ったんだがな?」

「自分が門番として立っていれば、そう思わせられる。あいつはそう考えたんだろう」

「となると離元炉の位置は最後の一か所……聖騎士と銛漁師の向かっている最後のポイントと見ていいだろうな」


 不確定要素を潰した先に浮かび上がるのは、一つの運命の集約点。

 されど、そこに至るに必要な時間は余りにも逼迫していた。

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