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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
十三章 受付業務休止中!?

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121.破魔呪殺の一矢

 慈母と一進一退の攻防を繰り広げる突入組の耳に、アラミスからの通信が入る。連絡を送ったのは最近すっかりポニーと仲睦まじくなったイイコだった。


『突然ですけど、この場は私ことイイコの仕切りになりました!』

「現場を仕切るのは現場指揮官だ」


 至極冷静な銀刀のツッコミがイイコの気概をバッサリ切る。

 しかし彼女もここでは引けないのか、抗議の声を上げる。


『うっ……いいじゃないですか! 英傑と異端宗派を導いて悪に魂を売った英傑を打倒する展開の一助を担えるという一大スペクタクルに気が高ぶってるんです!! 多少の無礼は勢いで流してください!!』


 特別な人間になれないという内的なコンプレックスを抱えて生きてきた彼女にとって、今こそまさに輝く時だ。故に普段なら口答えしない銀刀にも勢いで大分言ってしまっている。

 銀刀は若干面倒くさそうな顔をしたが、それ以上は何も言わずイイコに先を促した。彼は不愛想で言葉が冷たいが、割と根が優しい。


『おっほん! さて、慈母さ――慈母に解析をかけた結果、概ね皆さんの予想通りの数値が出ました。情報体としての側面が強いが故に物体的な破損が余り意味を為さず、ハイ・アイテールの流入で根本的な力も底上げされています。理想的なまでに弱点のない個体です』


 これによって慈母は魔将の特殊性、雪兎の使徒としての強固さ、更に戦士としての実力の三重の強みを全面的に押し出した戦法を可能にしている。元が魔将さえ打ち破る超実力者なのに、今では四人がかりでも手に余る有様だ。

 心理迷宮を打ち破るのが一秒でも遅ければ、ここにいる誰かは確実に脱落していただろう。今も尚互角どころか圧されてすらいる。


 まさに、今の歴王国で――否、この星で最強の騎士。


 彼女を倒さずして雪兎を止めることも、アトスの侵攻を止めることも叶わない。加えてこれ以上彼女との戦いを続ければ、勝敗以前に外での人造巨人たちの戦いに決着が着いてしまう。


『さて、問題です。ギルドの依頼で挑んだ魔物が予想以上に強くて負けそうになった際、冒険者がすべき模範的な行動はなんでしょーか?』


 その問いに対し、銀刀。


「実力に見合わない相手に挑んだ報いとして死ね」

『潔すぎですっ!! というか死()ッ!?』


 神腕の場合。


「拳で己の限界を超えるッ!!」

『貴方じゃなきゃ成り立たない問いなんて意味ないでしょー!』


 常識人の狐従者。


「逃げる……ですか?」

『方向性は近いけど点はあげられないなぁ』


 と言う訳で最後にお鉢が回ってきた現役冒険者の赤槍士。


「勝てない場合は速やかに撤退して情報をギルドに持ち帰った上で、勝てるメンツを揃えてから再度討伐に向かうべし。ゴールドから耳にタコが出来るほど聞かされたもんねぇ……」

『出ました模範解答っ!! ……いいですか皆さん、慈母は確かに三種の強力な力がありますが、だからって弱点がなくなった訳じゃありません』


 狐従者は、確かに、と思う。

 もし慈母がエルムガストの能力を完全に受け継いでいれば、彼女は分身を用いず剣の斬撃だけを空間に再現することも出来ただろう。しかし彼女は攻撃の際には術と分身を用いる。そして分身を破壊すれば攻撃は中断する。

 これは、物質としての彼女も確かに必要だということを意味する。


 慈母は確かに情報体としての側面が強いために物質面の欠損は効果が薄い。しかし物質として存在していなければ物質に今のような干渉は行えない。


 彼女の情報体としての強固さに干渉しても、今度はハイ・アイテールが情報体、物質面の両方を同時に補完。そしてハイ・アイテールと情報体としての部分の両方に干渉しようとすれば、彼女の英傑としての力が遺憾なく発揮されて干渉は破綻する。


 これが、これまで四人がかりでも慈母に圧された理由だ。


 だとすれば、解決方法は至ってシンプル、かつ人間的だ。


『四人がかりで弱点が突けないなら、情報を基に適した援軍を選出、派遣する! うちのギルドで手の付けられない相手への援軍といったら、いつも一人と決まっていますッ!!』


 瞬間――紅い閃光が、耳を劈く轟音と衝撃を撒き散らして銀刀たちが入って来た入り口付近にある何もかもを破壊し尽くした。その赤い閃光は勢いそのままに虚空で人間の形へと変貌し、音を切り裂きながら掲げた刃を慈母に振り下ろした。


「ぜやぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

「――!?」


 大気を強かに揺るがす衝撃波が無差別に空間を荒らし尽くす。

 その衝撃波の中心に、二人の剣士が鍔迫り合っていた。


「――アラミスに乗り込んできた連中は全員片付けた。これよりアトス攻略依頼に参加する」

「来て……しまったの、ですね……ッ!!」


 これまで四人の強敵を相手に立ち回っていた慈母の表情が歪む。

 それは、彼女にとってあらゆる意味で戦いたくなかった男――魔物でありギルド最強の冒険者にして嘗て轡を並べた戦友の力を受け継ぐ者。


「袂を分かった以上は容赦しませんよ、鉄血……いえ、重戦士ッ!!」


 戦局が、傾く。




 = =




 重戦士は、ここまで大変な無茶をしてきた。

 なにせ、銀刀の時でさえ突破が容易ではなかったアトスの障壁は、これ以上侵入者を許すまいと更に強固なハイ・アイテールの干渉を受けていた。空中戦が得意ではない重戦士としてはアトスでの戦いに参加したかったが、その頃には転送も出来なくなっていた。


 と、いうわけで。


「何ですかこれ……いや、本当に何ですかこれ」


 強烈な呪いでも込められていそうな真紅の槍のような物体を差し出され、碧射手は困惑を隠せない顔をする。槍を差し出す翠魔女は心外そうにそれを突き出す。


()()()()()()()()()()()矢よ。これを最大出力でアトスに発射するの!」

「正直ドン引きなんですけど」

『言うな』


 槍のように巨大な矢が喋った。

 否、それは矢ではない。重戦士を加工して作ったとは、そのまんま重戦士を変形させて構成した矢。つまりこの巨大な矢は重戦士そのものである。ちょっと前まで背中を預けられて勇ましく戦っていた碧射手の先輩は、大変な姿に変わり果てていた。


『俺だってまさか人生でこんな経験するとは思わなかった』

「当たり前ですよッ!! 世界のどこに矢に変形する人がいるんですかッ!!」

『もう人じゃないがな』

「おかげで加工はバッチリよ!!」

「そういう問題ですかーーーッ!?」


 矢に変形させられているのにいつものテンションな重戦士に、仮にも同じギルド支部所属の仲間を原型を留めないほど変形させておいて誇らしげに見せつけてくる翠魔女。

 碧射手の良識はブレイク寸前である。


 事の始まりは、最高戦力と思われた突入組の旗色が悪いことに気付いたイイコが「じゃあ援軍送ろう」と言い出したことに端を発する。

 これに対してポニーが「重戦士さんが適任では!」と言い出し、アイドルがそれを承認して具体的に重戦士をアトスに送り込む戦術を戦術コンピュータに入力して方法を算出した。


 その結果がこの有様である。


 鏃は重戦士の愛剣と化した呪剣イータを基礎に様々な術を重ね掛けしており、これをアルタシアの蒼弓で射出すればアトスのシールドや外殻を破壊出来るそうだ。

 しかし、これを使って射る碧射手からしたら爆弾を抱えた人を空中に射出特攻させるイメージしか湧いてこない。なにが悲しくて尊敬する先輩をお空にシュートしなければいけないのだろう。


『戦術コンピュータは割と無茶な作戦を算出するとは聞いていたが、まさか俺が人間でないのをいいことに俺自身を射出するという結論に至るとは思わなかった。根本的に人間とは思考の方法が違うな』

「違い過ぎてもはや狂気ですよッ!! それを基に特に躊躇いもなく重戦士さんを加工しちゃった翠魔女さんもだいぶ人でなしだと思いますけどッ!!」

「失礼ね。本人がいいって言ったんだから大丈夫よ。それに重戦士の頑丈さはよーく知ってるもの」


 翠魔女と重戦士はギルド戦力トップツー扱い故に、厄介ごとが起きると共に行動することも多かった。平均的な人間と隔絶した力を持つゼオムの翠魔女にとって重戦士は数少ない『遠慮しなくていい同僚』であり、小麦程ではないが信頼関係がある。


 と――矢になった重戦士を支える翠魔女の手が半透明に透けて、矢が零れ落ちた。矢そのものは自力でアルタシアの蒼弓に番えられるが、突然の異常に碧射手は驚愕する。


「え、翠魔女さん……手が……!!」

「あはは、ちょっと力使いすぎちゃったかな……ゼオムの身体って神秘の塊みたいなものだから、一度にたくさん神秘を使い過ぎると肉体が、ね……自然回復するから気にしないで」


 透ける手をぶんぶん振って気にするなとばかりに笑う翠魔女。

 彼女は今回、種族として致命的に相性の悪いABチャフという装備を敵が用いてくるために直接戦闘に参加できない。それ故に、やれるだけのことを矢に詰め込んだのだ。


「射出後の軌道計算数列、加減速数列、力場数列、変形数列、凝縮数列、姿勢制御、敵味方識別、プロテクト……考えられるものを全て詰めた、渾身の使い捨て数列よ。私の人生で一番複雑で力を込めた神秘術だから、遠慮なくぶちかましないさい」


 翠魔女は手が使えないからか碧射手の頬にキスをし、ついでとばかりに矢にもキスして激励する。同性からとはいえ、彼女ほど美しい存在からの激励は碧射手も少し力が湧く。何よりも文字通り身を削って用意した術式から、絶対に危機に陥った仲間たちに届けたいという執念を感じた。

 碧射手の心から、自然と迷いや戸惑いが消えていった。


「……信じます、翠魔女さん! 行きますよ、重戦士さん!!」

『発射すればあとは翠魔女の術が自動で俺を導く。景気よく放ってくれ』


 槍ほど巨大な矢を番えたアルタシアの蒼弓から感じる重みに、もう不安感は覚えない。碧射手は弓矢を空に向けて構えた。丹田に自然と力が集まり、両足をしっかり地につけ、神秘の弦を引き絞り、遥か遠くを浮遊するアトスを強くイメージする。


 呼吸で一拍。

 そして――。


「――ッ!!」


 大気を押しのける疾風と共に、紅き閃光が幾重もの衝撃波を置き去りに飛び立つ。


 矢となった重戦士は鉄風雷火の荒れ狂う戦場を堂々と縦断し、一撃の下にアトスの障壁を貫通。最も侵入が容易である突入組の通り過ぎた後をなぞり、一気に最前線に辿り着いたのであった。

「――という訳だ、慈母」

「重戦士!! そんな非道をサラっと許してはいけませんよ!? ちゃんと抗議なさい!! 貴方は昔からそういう不満をしっかり口にしないきらいがありますからッ!!」


 敵である慈母に同情や心配の入り混じった言葉を浴びせられ、前にポニーに似たようなことを言われた気がすると思った重戦士であった。自分の記憶と経験ではない筈だが、彼女にそう言われるのはひどく懐かしく感じた。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ…変形ロボットが武器として投擲されるような作品もあるし、武器に変形できるなら、こうやって前線に送り込むのも合理的では… 今まで砲弾として使われることがなかった、戦士として生きてきた人物…
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