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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
十三章 受付業務休止中!?

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118.個別の総意

 死線。


 そう形容する他ない程に決殺の刃を撒き散らす乱闘は、熾烈を極めていた。


 無数の分身と無数の風の刃で容赦なく斬撃の嵐を浴びせる銀刀に対し、慈母は光の分身を無数に生み出すことで迎撃する。分身たちは剣を握り、虚空に無数の槍を展開して光と見紛う速度の刺突を放ち、虚空で無数に斬撃が衝突し、拮抗する。


『無駄です』

『貴方は確かに強い』

『ですが、今の私ならば貴方をこうして抑え込むことが出来る』

「ちぃ、地力と魔将、更に雪兎の力まで抱え込んだか……!!」


 銀刀が逆手に持った刀で攻撃をいなし、舌打ちする。

 人類最速クラスの銀刀が相手だろうと、剣速ならば慈母も引けは取らない。しかも手数も分身によってカバーしているばかりか、分身の強度は銀刀以上。銀刀の猛攻は完全に凌がれていた。


 その隙をついて赤槍士が炎の槍を展開、乱射するが、慈母の身体の周囲に展開された無数の光の神秘術がそれ以上の閃光を乱射し、一瞬で散らされる。


「なんてヤツ! 精度、速度、数、どれをとっても超一流ってこと……!!」

「そういう事だ。第二次の頃からこいつはそうだったのさッ!! ウォォォォォォォッ!!」

「当たりはしませんッ!!」


 神腕が両腕に光を纏って拳を乱打する。残像が見える程の速度で放たれる両腕に、慈母は顔色一つ変えず一本の剣でいなし、捌き、弾いてゆく。極めて堅実で派手さはなく、故にこそ容赦なく攻撃が無効化されていく。

 当然、幾重にも重ねた強化の術によってそれを実現させているのは確かだろうが、拳の乱打を見切り迎撃するのに必要な技量は彼女自身が鍛え上げてきたものだ。


「援護しますッ!! 秘儀、糸敷イトシキッ!!」 


 狐従者の『ヘイレスの雀扇』からいつの間にか垂れていた神秘の糸が、慈母の足元で陣を敷いて爆ぜる。遠隔した場所に自分の術を発生させるのは高等技術だが、慈母ほどの実力者相手に発動の瞬間を悟らせないのは絶技の域。慈母の目が微かに見開く。


「よくぞここまで……されどッ!!」


 術の衝撃が真上に突き抜けた時、慈母は既に攻撃範囲から外れていた。

 剣術に基礎を置きつつ、人外の身体能力で実現される足捌きは、瞬間移動に匹敵する速度で彼女の回避を実現させる。


「速い……しかしまだです! 合わせて、赤槍士!!」

「十二神具同士の連携見せたげるッ!!」


 狐従者は展開を読んでいたかの如く術を書き換え、上空に向けて噴き出した狐従者の術の神秘が花びらのように美しく舞い散る。その花弁の一枚一枚に今度は赤槍士の炎の神秘術が加算され、紅の羽となって次々に慈母に襲い掛かる。


 神速の突きで迎撃しようとする慈母だが、その速度もさることながら、今度は羽根の一枚一枚が意思を持つかのように有機的に軌道を変化させ、更に射程範囲に入る前に爆ぜて衝撃と熱波を直接浴びせてくる。


 狐従者の『ヘイレスの雀扇』は補助に特化する神具。

 しかし、術による補助とは補助する対象の状況を正確に把握する必要があるため、通常の攻撃神秘術より遥かに複雑な調整が必要になる。そういう意味で、彼女は術の緻密さで言えばステュアートでも最上位だ。そこに火力に特化した赤槍士の補助が入れば、その戦闘力は数十倍に跳ね上がる。


 夥しい爆炎と熱波が慈母に浴びせられる。

 今度こそ逃げ場はない。

 しかし、その爆炎が次の瞬間には両断され、中から美しい姿のままの慈母が姿を現す。その装束にさえ、焦げ跡の一つもない。


「――やりますね。これが神具の力……不覚を取ったのは久しぶりです」

「その割には、効果は出ていないようですが」

「体質……ですので」


 自嘲するように慈母は笑う。


 慈母には確かに攻撃が当たっていた。

 しかし、本来傷がある筈の断面は光を放っており、それも一秒とかからず皮膚に覆われて傷一つない姿へと戻る。まるで彼女の外面はそう見せているだけで、本質は光か何かの塊であるかのよう。全身が血のみで構成された重戦士にも似たその姿に、やはり、と銀刀は顔を顰める。


「老いぬ肉体の正体はそれ、という訳だな」


 彼女の身体が老いも朽ちもしない原因は、ステュアートも知っている。

 赤槍士が呻いた。


「そうか、魔将エルムガストの祝福……!!」

「ええ。おかげで随分と人間からかけ離れてしまいました」


 ――第二次退魔戦役時代、慈母に撃破された『実体なき魔将』。


 後にエインフィレモスにその性質やコンセプトが継承された彼の魔将には、物理攻撃も術も通用しなかったとされている。慈母はその性質を完全にではないが受け継いでしまっている。


「物質として希薄だが情報として密度が高いから、外見上の欠損は戦闘能力に影響しない。あれは慈母という戦士の文字通り外っ面だ……おい神腕、意味理解できてるか?」

「わからん」

「……9割ほど幽霊ってことだ。力のある幽霊」

「ああ! 成程!」

「ねぇ銀刀……その、一応聞くけどエルムガストやエインフィレモスと同じ弱点突けると思う?」

「同じ事をして慈母が物質寄りの存在になったとして、実力は変わらない。しかも地球アイテールが体を巡る今のあいつではどちらにしろダメージはあってないようなものだ」

「だよねー……」


 銀刀の言葉に肩を落とす赤槍士とは対極に、狐従者は思案を巡らせる。


「情報体としても倒せない。物質としても倒せない。ならば残された手段は――」


 慈母は、その言葉を遮る。


「どのような苦境でも勝機を見据える心。それは戦士としてかくあるべきもの……ですが、そもそもこの戦いの勝利とは何ですか。貴方方は今一度、それを考えるべきです」 


 今更何を、と誰かが口にせんとする刹那。






『――何故、汝らは我が世界を否定する?』






 唐突に。


 その声は、それを聞いた者たちの意識を瞬時に時間を超えた認識に弾き出した。



『死すことのない肉体はこの世界で不幸に、理不尽に、不意に死す人々の生きる権利を永久に保障する』


『人間の凶暴性や幼稚さの発露である感情の暴走は、家族という新たなる隣人の秩序によって統制され、社会から消え失せる』


『誰もが特別であり、誰もが平等に、穏やかな時を過ごす世界』


『お前は何故それを否定する?』



 気が付いた時、問いを投げかけられた戦士たちはばらばらの時代、ばらばらの場所に分断されていた。




 = =




 銀刀は、気が付けば今よりなお幼い姿になっていた。


 腫れた頬、体中の痣、肉刺が潰れた掌。

 忘れもしないそれは、自分の父親を名乗っていたディクロムの男から受けた暴行の痕。銀刀がまだ正義を持たず、真実を知らず、人類史上最悪の盗賊団の雑用係として奴隷同然の生活を送っていた頃のそれだった。


 項垂れながら半強制労働に従事する黒い翼の少年たち。

 アジトである洞穴のあちこちには鉄格子が嵌められ、その中で心身ともに暴行を受けた女性たちが泥のように濁った眼で格子の外を見つめる。


『お前は鬼を憎む。それは、鬼に大切なものを奪われたからだ』

「……そうだ。鬼は故郷を奪い、両親を奪い、果ては真実さえ奪おうとした。俺は、それを――」

『しかし、新たなる時代に鬼は存在しない。しなくなる。そうすれば、その女は死なずに済む』


 銀刀は操られるように振り返る。

 そこに、囚われの身であるにも関わらず銀刀に知識を惜しみなく与え、敬愛し、そしてほんの僅かな時間のせいで間に合わず目の前でこと切れた筈の女性がいた。無意識に自分の耳を触ると、そこに彼女から貰ったイヤリングがなかった。


「もういいのよ、■■■。もうあなたが手を血に染めなくても、新世界が訪れることで全ての悲劇が報われる。貴方の歩む未来には、もうなんの不安もないの」

「そうじゃぞ、坊」


 はっとして新たな声の先を見ると、そこに柔和な微笑みを称える老人がいた。


「数学……賢者」 

「はて、他の何かに見えるかの?」


 第二次退魔戦役では常に銀刀を子供扱いしたが、時間が空けばまるで孫に接するように様々な知識を与えてくれた、数学賢者。その英知は泉の如く湧き出て、幾度となく未熟だった銀刀を支えてくれた。


 数学賢者の皺だらけの優しい手がそっと銀刀を撫でる。

 戦役の最中、嫌がりながらも拒絶しきれなかった、優しい手が。


「いいのじゃ。恨みも憎しみも旧時代への置き土産にして、坊は光差す道を選んでいい。光を拒絶する黒衣と魔除けの銀も必要のない世界がそこにある」

「もう繰り返さなくていいの。可愛い可愛い、私の教え子……」

「俺、は……いや……僕……は……」


 優しい手が、銀刀を包む。

 胸の奥底から湧き上がる感情に、銀刀は身を委ね、そして――。




 = =




 神腕は、気付けば故郷である巨人の里の外れにいた。


 身体は既にマギムに比べて大きかったが、まだ子供だった頃の姿だった。

 神腕は世界でも恐らく一人しかいない、巨人ダラボム光人ウルティムのハーフだった。


 ウルティムは光を栄養素に生活することのできる種族であり、光を放つ種族でもある。その数はごくごく少数の種族であり、ギルドさえ未だに接触できていない世俗を嫌う一族だ。

 そんなウルティムが、見上げるように巨大なダラボムとどう交友を持って神腕を生んだのかは謎でしかない。そして親が誰だったのか、今では確認のしようもない。物心ついたころからダラボムの里にいた神腕は、巨人たちに鬱陶しがられながら生活していた。


 身体の巨大さと食糧なしでも栄養を獲得する体質は、マギムなどの種族とは相いれない。ウルティムにもなれないし、まして巨人という程の大きさもない。どこにも行けない狭間に生まれた神腕は、コミュニティの中でさえ狭間の存在だった。


『お前は世界に狭間が必要だという。しかし、新たな世界に狭間は必要ない。何故ならば、全て余すことなく包括するからだ』

「……鬱陶しいからと投げ飛ばされたり、はたき落とされたり、しないのか……戦いでしか生計を立てられない存在にならず、他の連中に混じれると?」

『そうだ。見よ、あれを』


 雪兎が指差す先には、子供の頃に神腕がいつも羨ましそうに遠くから見ていた子供たち。マギム、ナネム、ケレビム、様々な種族が和気あいあいとボール遊びをしてる様。


 気が付けばボールが神腕の足元に転がり、子供たちが駆け寄ってくる。


「なんだか寂しそうね。一緒に遊ばない?」

「すげーデカイ体だな! すっげー強そー!!」

「ねぇ、近くに住んでるの? どんなおうち?」

「いつでも来いよ、俺達のとこに! いつでも遊べるぜ!」

「お、俺は――」


 神腕は一度だけ、遊びに誘われて参加した。

 そして、常人を遥かに凌駕する力でボールを蹴り放ち、子供を死なせかけた。

 翌日からは遊びの誘いの代わりに泥や石、罵詈雑言が浴びせられた。


 ――神腕は、強すぎる子供だった。


 混ざりものだから、混ざり気のない世界で息ができない。

 狭間に堕ちた存在だから、光差す場所は眩しすぎる。

 だから、拳と強さの世界に進むしかなかった。


『――祝福されし子供たちにとって、お前のボールを受けることなど造作もない。力の差、種族の差さえ新世界は超越出来る。突出して強い者も突出して弱い者も、虐げられることなく同じラインへ並ぶことが出来る』


 雪兎は子供たちからボールを受け取り、神腕にボールを差し出した。


『共に遊ぼう。同じ体験をして、同じものを見よう。狭間はもう埋まるのだから』

「狭間は、埋まる。俺のような子供はもう……」


 神腕は、本能に従うように手を差し伸べ、ボールへと指を絡ませ、そして――。




 = =




 気が付けば、狐従者は海辺の港にいた。


 周囲からは貶し、蔑むような男たちの顔、顔、顔。

 嗚呼、忘れもしない運命の日。女神の救済が必要なまでにどうしようもなくなってしまった、後悔と決意の日。


 狐従者の住まう島国、オノクニは極端な男尊女卑の国家だった。

 女は男を立て、男を支え、男の一歩後ろに控える。

 言葉がなくとも男の要求に添えるのが理想の女性。

 そんな、外からすれば歪な社会構造だった。


 狐従者は惚れっぽい女だったが、惚れっぽいなりに一途な愛があった。

 その愛故に、彼女は他のどの女よりも努力し、主人に献身を捧げた。

 やがて努力は報われ、彼女は筆頭従者になった。


『狐従者! そなたは誠に好い女子じゃ! これからもその慈愛と英知を余の為に使うことを許す!』

『はい、我が主!!』


 しかし、その日は訪れた。


 仕え続けた愛しき主の為に努力し過ぎた狐従者は、主人の采配が必ず失敗することに気付いて彼の敵国への進軍計画を極秘裏に書き換えた。それは功を奏し、主は大恥をかくことなく計画を完遂出来た。

 しかしその過程で主は自らのものと違う采配に気付き、最終的にそれが狐従者の差し金であることに気付いた。


 主は顔を真っ赤に染めて激昂し、狐従者を罵詈雑言と共に暴行した。

 主の采配が間違っていて、狐従者の采配が正しかった。

 それはすなわち、女が男に恥をかかせたということ。

 オノクニは男尊女卑の国。男より女が優れていることはあってはならない。


『売女がッ!! 賢しい小娘がッ!! 余を愚弄するか、余を嘲笑うかッ!! 貴様のような女は最早要らぬッ!!』

『主……私は、貴方の為に……!』

『貴様如きに主と呼ばれる筋合いもなしッ!! 我が前から永遠に去るがいいッ!!』


 そう吐き捨てて去っていく主の隣には、筆頭補佐従者だった後輩がしずしずと付き添っていた。


 内々であればなかったことに処理することも可能だった。しかし、後で情報を整理した人々が男の采配と実際の進軍状況の違いに気付かない筈もない。既に主は「従者の女より状況が見えていない男」というオノクニでも最上級の屈辱を甘んじるしかない状況だった。


 更に悪いことに、主はオノクニでも十指に入る大物であった。

 そのような大人物に恥をかかせるのは前代未聞。

 僅か一日のうちに狐従者は秘密裁判にかけられ、殺人罪以外で下されたことのない島流しの刑を言い渡された。


 島流しとは船に乗せられ不可知海流ウィムジカルカレントに流されるだけではない。船の帆柱に縛り付けられ、食事も水も口に出来ずに海を彷徨い、飢餓の苦しみが限界を超えるか船が転覆して溺死するかでしか終わることのない残酷極まりない刑――それがオノクニの島流しだ。


 自分はどこで間違ったのだろう。

 自分の愛とは何だったのだろう。

 情報が歪曲して伝達され、阿婆擦れだ何だと石や残飯を投げつけられながら刑に処されるなかで、狐従者は延々とそればかりを考えていた。やがて狐従者は、自分如きが人を愛することこそが烏滸がましかったのだと勝手に結論付けた。


 ――結局、それが狭い世界の狭い考えであることは、後で洋上で干からびかけているところを女神に救われるまで気付くことはなかった。


 狐従者は目を覆い、人の顔を見るのをやめた。

 惚れっぽい自分がまた過ちを犯すのが怖かったから。

 狐従者は記憶を消さず、女神の従者となった。

 女神への献身だけを見ていれば間違えないから。


『現実からの逃避……それは罪ではない。理想との差が余りにも眩しすぎて、目を逸らしたくなるのはおかしなことではない。でも、もう目を逸らす必要もなくなる』


 景色が一変し、気が付けば従者は花嫁姿になっていた。

 今までの飢餓感もない健康な体で、笑顔で誰からも祝福されている。

 隣に並ぶのは嘗ての主。

 その口元には今までに見たどの笑顔とも違う優しさがあった。


「狐従者、余は真に小さき男であった。しかし、今は清々しい気分だ。男と女の価値の違いを論じていた時代には決して感じる事の出来なかった解放感に満ちておる」

「戦争は、どうなったのです……?」

「講和が成立した。オノクニとメノクニの不毛で滑稽な争いは終わった。もう一度……やり直そう。今度はしがらみから解き放たれた新たな世界で――」

「新たな、世界……」


 あれほど苛烈に責め立ててきた嘗ての主を見て、嗚呼やはり、と思う。

 布で隠された世界から解き放たれてしまえば、結局自分はこうも容易く恋に落ちる。今でも揺るぎなく、狐従者は主のことを女として好きだった。


 見惚れて立ち止まる狐従者に、主は手を差し伸べる。


『さぁ、狐従者。もう貴方を縛るものはない』

「狐従者、君が欲しい」


 狐従者は掌を胸の前でぎゅっと結び、ゆっくりと指をほどきながら手を差し伸べ――。




 = =




 赤槍士は気が付けば、かつての故郷にいた。

 そこにはまだ元気だったころの両親が――。


「はーん、夢ね。ただでさえ発育悪い身体がもっと小さくなってんのすごいムカツクんだけど。あとね、アタシの髪の色が赤じゃないからやり直し」


 赤槍士は何の迷いもなく、平和だった嘗ての村ごとヘファストの炎薪で世界を炎で焼き尽くした。


 陽炎のように揺れ、崩れる世界。

 再び目に映る世界――慈母との激戦にいち早く舞い戻った赤槍士は、他三人の動きが完全に停止している間に一気に決着を着けようと無数の数列と分身を展開する慈母に特大の火焔をお見舞いした。


 戦いの中で初めて、慈母が目を真ん丸に見開いていた。

 ザマァミロ、と舌をべぇ、と突き出した。


「――早すぎませんか、雪兎ちゃんの心理迷宮を突破するのが?」

「おあいにく様。アタシ、今の自分の姿と生き方が大好きなの。愛しき恋人のおかげでね」

「若さゆえの浅慮ですか……」

「恋したことないオバサンには一生理解できない境地よ。それに――」


 赤槍士の後ろで、茫然と虚空を見ていた三人が動き出す。




「――ほざけ。アンタ達は確かに俺の恩人だ。しかしこの戦いは――俺の戦いだッ!!」


 囲って何かの術を発動させようとしていた慈母の分身と数列が、銀刀の居合で微塵に切り裂かれる。




「ガキの喧嘩も悩みもねぇ世界なんて気持ち悪い。努力に見合った筋肉もない世界なんぞ今更馴染めるか。狭間者にゃ狭間者の世界があるわい」


 人体の複数個所の急所を刺し貫かんとする慈母の分身が、神腕の全身から放たれた強烈な光の波動に弾かれ、バラバラに砕け散る。




「主よ――多分同僚やら『やめとけそんなDV夫』と止められるので、貴方と結ばれる未来は結構です。私は……そう言ってくれる同志がいる今の環境、存外に嫌いではないので」


 狐従者からヘイレスの雀扇を奪取しようとした分身たちが、一瞬の合間に数列を崩壊させられ崩れ落ちる。狐従者は優美に扇で風を起こし、崩れ落ちた分身たちを吹き払った。


 その様子に、慈母は心底呆れたと言わんばかりにため息をつく。


「成程、精神的な動揺をもう少し誘えると読んで雪兎ちゃんに仕掛けて貰いましたが……心理迷宮はどうやら、自分勝手で協調性のない方々には効果が薄いようです。念のため聞いておきますが、皆さんは理想の平和な世界について思うことはないのですか?」


 ――それは、奇跡というべき出来事だったのかもしれない。


「「「「ない。未来は自分たちで作る」」」」


 洗脳されている訳でも強要されている訳でも画一化した思考を持っている訳でもなく、完全に、自然に、異口同音に――彼らは()()()()()を端的に叩きつけた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 慈母は本当にこの心理迷宮の中の世界が万人にとっての理想だと思ってるのか?かつての傷も罪も、自身を厭う者も傷つけるものも存在しない世界は、それを望む者も居るかもしれないけど。それらがかつて存在…
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