11.受付嬢ちゃんとカタい人
受付嬢をやっていると、ルールにルーズで「そんなカタいこと言うなよ~」とか「それぐらいそっちで何とかしろよ~」とか言ってくるお客さんがいます。今までよっぽど甘やかされてきたのかなと思わないでもないですが、正規の組織で正規の手続きを経ずに話を進めることなど不可能に決まっています。
必須書類を用意せずにやってくる。
前に必須だと説明したのをすっかり忘れてやってくる。
そんな書類偽装できるんだから重要じゃないと主張しはじめる。
全部駄目です。いや、当たり前です。ルールに則らず仕事をしていたら最終的に出来上がるのはただの無法者集団であって、むしろ逆に何故それでいけると思ったのか聞きたいくらいです。
逆に、ルールに厳格すぎる人も困ることがあります。これは客ではなく上司の場合なのですが、様々な仕事をこなす中で発生する細かなミスや手続きの間違い、既定の仕事ルールから外れた行動を逐一咎められるのです。
すごく真面目で厳格に思えますが、そこは別にいいのでは? という合理性を通り過ぎたルールを指摘してきたり、ミスを探して糾弾することを前提にして仕事をしているのではと思うほど執拗にミスを目ざとく見つけてきます。ポニーちゃんの上司の更に上司がそのタイプで、周囲からは煙たがられています。しかしその人はミスをしませんし、大ごとをやらかすこともありません。
出来る人だなぁ、とは思いますが、自分がそうなるのは嫌だなぁとも思います。
このように真面目なのならばいいのですが、時たま粗探しを生き甲斐にしているタイプが出現するのが厄介です。ギルド内でもそうですが、このタイプは冒険者にも定期的に出現します。
やれ私は気にしてないけどら抜き言葉は言葉の乱れだの、やれ私は気にしないが昔の書類はもっと簡単だったからお前らもそうしろだの、やれ私は怒っていないがいつまで待たせるんだだの、社会ルールというよりは自分ルールに極めて厳格です。
受付嬢はルール守れる人しかなれないので、それ以外の所でなんとか相手を糾弾できるポイントを探そうとしてきます。
暇なのでしょうか。極めて暇すぎるのでしょうか。
根拠を他人に求める割には自慢げに朗々と語るのは何故でしょう。
どうして見え透いた嘘を念押しするように何度も何度も並べるのでしょう。
疲れます。非常に疲れます。イイコちゃんの場合は彼女のファンたちが対象の人物をどこかに連れて行ってしまいますが、メガネちゃんだとだいたい涙目になって謝り続けます。ポニーちゃんは気が済むまで構ってあげるようにしています。
ちなみに、これで対応したのがギャルちゃんなら真っ向勝負です。相手がどんなに怒ろうとギャルちゃんも天井知らずに怒りながら正当性を主張し、最終的にはけちょんけちょんにやっつけます。彼女のそれは討論や議論ではなく、自分が正しいという結論に至る意見以外を一切無視するガン攻めスタイルです。これをされると相手がギルドの偉い人でもないかぎり絶対負けません。
ただしギャルちゃんが間違っていてもギャルちゃんが勝ちます。
あと普通に冒険者に喧嘩を売るなと怒られ、ときどき減給されます。
何事にも適度な柔軟性が欲しいなどと思う今日この頃です。
しかし、本日のお客さんはそのようなカタさとはまた違ったカタさを持っています。
「という訳で、今日からこの町で活動しまーす! ヨロシクっ!!」
元気一杯の花丸笑顔、といった具合に向日葵のような明るい笑みを浮かべる冒険者の少女は、他所からここに本拠を移す冒険者さんです。
冒険者は、ギルド管轄の町に自分の家や土地を持つ場合、その土地の役所以外に管轄内ギルドにも書類を提出する必要があります。なお、定住していない場合――例えば居候や宿屋暮らしの場合はこれは必要ありません。
書類不備なし。彼女はしっかり者で身分の確かな冒険者さんです。
こういったそつのない人がギルドにとっては一番助かります。
「じゃあこれから分からないことがあったらキミに聞きに来ていいかな?」
そういいながら少女は低身長の人用の台に乗ったままこちらに手を伸ばします。シェイクハンド、すなわち握手の構えです。ポニーちゃんも断る理由はなく、その手を握り返しました。途端、少女の手がギュっと強く結ばれ――ポニーちゃんの手にメリメリめりこみます。悲鳴を上げなかった自分を褒めたいです。
「あ、ごめん。どうも同族以外の人との握手って加減が難しくて……てへっ☆」
すぐに手を緩めて絵に描いたようなてへペロを披露するお茶目な冒険者さん。彼女は悪意や害意があってポニーちゃんの手にダメージを与えた訳ではなく、強いて言うならばポニーちゃんの手が彼女にとって柔らかすぎたのです。
その小さな体と小麦色の肌、そして『触ると石のように冷たくて硬い身体』。
油断したポニーちゃんが迂闊でした。
既に書類に書いてあったのだから警戒すべきだったのです。
彼女は『鉄鉱国』出身の由緒正しき石人なのです。
ガゾムの特徴は体が子供で、肌が小麦色で、そして全身が石のようにカタい! このカタさは俊敏性や関節稼働には影響を及ぼしません。ついでに長生きです。目の前の少女に見える人も既に70歳。ガゾム族の寿命は平均300歳以上と言われていますので、まだガゾム的にはピッチピチです。
まさかここに来て物理的にカタい人が現れるとは、ポニーちゃんの慧眼を以てしても読めませんでした。既に地肌が簡易鎧という耐久力はこれからの冒険に役立つことでしょう。ちなみにガゾムは子供の体躯故にリーチが短いため戦いに不向きとされ、その多くは商人と職人だったりします。彼女のようにガゾムで冒険者をする人はとても珍しいです。
鉄鉱国の民族衣装であるオーヴァル(足から胸元までを覆い二本の肩紐で固定する、作業着のような服)は今ではファッションとしてもひそかな人気を呼んでいますが、それはさておき。彼女がどういう戦闘スタイルなのか、何に詳しいのかを聞いてみます。その返答如何でこれからの案内もより有意義なものになるでしょう。
「戦い方ですか? うーん、真っすぐ突っ込んで全てを粉々に吹っ飛ばす感じです!!」
なるほど、彼女は大砲の弾のような御仁のようです。
早速アクの強い感じが滲み出てきています。続いて武器を訪ねます。
「愛用の携行数砲、パンナ&コッタちゃんです!!」
なるほど、彼女は砲弾ではなく大砲をぶっ放す側の人間だったようです。
流石あの「大砲王」を生んだ国の出身者。
ポニーちゃんは段々と気疲れしてきました。
この世界には数銃なる遠距離武器が存在します。
これはここ十数年で開発、発展したもので、術の力や属性を込めてエネルギー弾として発射するのが主な使い方です。中には特殊な火薬と弾丸を組み合わせることで術なしでも鉄の塊を発射できるものもあるそうですが、冒険者でこれを使う人はいません。火薬も弾も高価ですし装填の手間があるので、少数行動が基本の冒険者には威力があっても使い辛いのでしょう。
対し、彼女の持っているのは「数砲」。
聞いたことのない武器ですが既にどんな武器なのかありありと想像できます。念のためにどんな武器か見せてもらうと、カウンターにゴトン!とドデカイ代物が転がりました。
大きさは一般的な数銃の5倍はあるでしょうか。
なるほどこのサイズになると「砲」というのが理解できます。
どこで買ったのか聞いたら、自作だそうです。
大抵は銃身が前に突き出ているのですが、彼女のこれは後ろ向きに銃身が伸び、取り回しやすい代わりに照準が少し難しい仕様になっているようです。しかも上のバレルだけでなく下にもバレルがあるダブルバレルという見たこともない構造です。下部バレルは上部バレルより太くて短めに見えます。
そしてグリップの前には手の甲や指先を守るようにゴツイ金属のガードが取り付けられており、既にこれを握って魔物をぶん殴っても十分武器として使えそうです。
「よくぞ気付きましたね! 接近戦を想定して殴りやすい形にしてるんですよ!」
殴る用だったようです。ポニーちゃんはだんだん眩暈がしてきました。なお、試しにちょっと持ってみようと思ったのですが、重戦士さんの大剣ぐらいあるのではないかという重量にすぐ音を上げました。
こんなもの実戦で取り回せるのでしょうか。
「できますよー! ホラ、両手に構えてこんな感じで!!」
同じ数砲がもう一個出てきました。二丁一対の武器だったようです。そういえば名前が「パンナ&コッタ」だったので予想して然るべきでした。ポニーちゃんが触っていたのはパンナの方だったようです。彼女は体躯に不釣り合いなまでに重く大きな数砲を抱えてシュッシュッと拳をリズミカルに振っています。かなり使い慣れているようです。言わずもがな、あれで殴られたら無事では済まないほど鋭いフックやストレートを繰り出しています。
もはや乾いた笑いしか出てこなくなったポニーちゃんは、最後に数砲の威力を確認してみました。
「最大出力ならこのギルドくらいの建物は余裕で爆散できますよ!! スゴイでしょ!?」
ポニーちゃんは張り付けた笑顔のまま、彼女――小麦ちゃんの備考欄に「過剰火力注意」と書き込みました。とんだボンバーガールの登場に、果たして自分はどこまで対応できるのか。ギルドに自覚なき問題児がやってきたことに対する不安から目を逸らすように、ポニーちゃんは今晩のおかずはなにかなぁ、と遠い目で思うのでした。
受付嬢ちゃんのメモ:ガゾム
ガゾムの人たちは大地や物質を変形、変容させる術の適性が飛びぬけて高い傾向にあります。また、おフロに入らなくてもタオルで体を軽く磨くだけで体を清潔に保てるという羨ましい特徴も。代わりにガゾム族は雨やお風呂、水浴びが苦手な傾向にあるらしいです。
なお、噂によるとガゾムは住まう土地の地質によって肌の色が変わってしまうらしく、鉄鉱国のガゾムの肌はもっと赤みがかっているそうです。他にも氷国連合に移住したガゾム族は深褐色の肌に、海辺に移住したガゾム族の肌は白磁の色に変わってしまうのだとか。個人差や過ごした時間にもよるそうですが、なんとも摩訶不思議な種族ですね。




