116.攻性防御機構
銀刀率いる部隊と歴王国最強の戦士が衝突していた頃――先行していた白狼女帝、遷音速流、紫術士の三名は離元炉があると推定されていたエリアの一つで、巨大な敵と交戦していた。
部屋と一体化したようなボディ。
機械を無理やり生物の形に捻じ曲げたような歪で植物的なシルエット。
鋼鉄の部品の寄せ集めに蒸気、電気、ライトの光などが無節操に纏わりついて構成された異形は、冷却音とも駆動音とも判別できない咆哮を上げて全身から重火器や光学兵器を乱射する。
「GOAAAAAAAAAAAAAAA!!」
白狼女帝は紫術士の力で強化した氷で防ぐが、僅か数秒で氷が融解、破損してゆく。二人はそれを気にすることなく目にも留まらぬ速度で移動し、白狼女帝の手が扇子で虚空を切り裂く。
「華真射断、裂けよッ!!」
国潰しの常識外れな膂力と神秘術の相乗効果が生み出す『飛ぶ斬撃』は、部屋ごと両断する程の特大の斬撃となって怪物に命中し、夥しい金属片が巻き散らかされる。しかし、そこから一秒以下の速度で金属片は時間が巻き戻されるように元の位置へ回帰してゆき、万全の状態に戻った怪物が振り下ろした拳が爆撃のように飛来する。
足先に氷の刃を装着して踊るように滑り躱す白狼女帝は、不満そうに唸る。
「ふむ。これは芳しくないのう。敵意がなくただそうするだけの存在……屈服も打倒も出来ぬとは、世界は広いな」
「間違いなく地球製アイテールの影響ですが、これは総量が多すぎます! 神具二つがかりでも浄化が追い付かない! 浄化しても新たにアイテールが侵蝕してキリがない!! 遷音速流さん、このままでは!」
「埒が明かない……ねッ!!」
別方向に逃げていた遷音速流が空中で踊るように足を振り回し、その足先から強烈な力場が空間に蓄積される。遷音速流はその力場を爪先で蹴り、瞬間、『ルーメスの隠靴』による術で空間に蓄えられた運動エネルギーが一つの塊として射出。怪物の身体に直撃し、怪物は派手に仰け反る。
「GOAAAAAAAAAAAA!?」
破壊は無駄でも質量がない訳ではない。
壊すより態勢を崩す方がまだ有効だった。
しかし、戦闘開始から既にそれなりの攻撃を叩き込んだが、機械で構成された怪樹は全く動作を停止するそぶりは見せない。常に地球製アイテールが注ぎこまれている上に、離元炉でもないそれに、三人は閉じ込められていた。
「分断された戦力を確実に潰す為の罠なのでしょうか!!」
「どうかのう。妾を警戒するのは分かるが……時に、こやつの形状にはどこか既視感があるのが気になる」
「ワガハイには心当たりないが、どの辺がだね!?」
「身体のあちこちにモニタがあるであろう。どうも記憶に引っかかる……」
言われてみれば、と遷音速流は速度で相手を撹乱しながら気付く。
完全に戦闘用の存在かと思っていたが、それにしては巨体のあちこちにモニタが組み込まれている。一見して何の役割も果たしていないそれに、不思議と遷音速流も既視感を覚える。同じものを、どこかで――。
しかし、思考する時間すら猛攻に削られていくのが口惜しい。
仮称として『ショゴウス』と名付けた怪物は、機械的な攻撃手段に加えて空間歪曲まで極所的に発生させており、一発のレーザーが虚空で無数に分裂、歪曲して襲い来たかと思えば、虚空に突如として斥力の障壁を生み出して移動を制限したり、僅かでも同じ空間に留まればあっという間に防戦に追い込まれてしまう。
実弾も空間の歪みを利用してか突如として軌道や速度が変化し、弾丸そのものも異常なまでの破壊力だった。
「撤退を視野に入れるにしても、隙を生み出さねば二進も三進も行かんな!」
そう叫ぶ遷音速流を光速に近しいレーザーの嵐が襲うが、遷音速流はそれを剣と神具である靴を用いた超人的な体捌きで弾き飛ばす。更に全身に風を纏わせて飛来した弾丸をギリギリで逸らす芸当までやってのける。
『ルーメスの隠靴』は全神具の中でも速度という恩恵が最大限に発揮される神具だ。それをフル活用する事は極めて難しく、遷音速流以外にまともに戦闘に応用出来た人間は過去にいない。
もし彼と同じ芸当が出来る存在がいるとすれば、準神具クラスの術媒体である銀色の剣を持つ銀刀だけだろう。逆を言えば銀刀は、神具なしに自前の能力でそこまでの高みに行き付いているということだ。
ところが、その驚異的な能力で隙を縫って反撃しても、攻撃は緩まれどダメージが回復するので意味がない。壁まで侵蝕されたこの空間を脱出するには付け入る隙が少なすぎる。
戦闘能力は、部屋と一体化したことで完全に失われた機動力を除けばヘイムダールを遥かに上回っていた。これほどの猛攻を相手に躱し続けられる者は女神陣営でも数える程しかいないだろう。
氷を用いて六角形の柱を連続発射しショゴウスに攻撃した白狼女帝が、ぽん、と手を鳴らした。
「そうじゃ、思い出した。こやつ……形状がどことなく『ハイメレ』に似ておるぞ!」
「ハイメレ!? つまり、アイドル様の姿になる前のエレミア様か!?」
「そんな馬鹿な……いやしかし、言われてみれば……!!」
紫術士も敵をよく見て気付く。
ショゴウスは樹木にどこか似た形状をしているが、ハイメレ本体も形状はどことなく樹木を想起させるものだった。数多あるモニターも丁度ハイメレに付属されていたものとサイズが似ているし、鎮座する場所も部屋の丁度中心地。
ということは――。
「もしやアトス中枢コンピュータの成れの果てか!!」
「成程、納得した!! 過剰な火器も空間干渉も全部防衛機構を取り込んだものか!!」
今まで気付かないとは迂闊だった。
突入したメンバーの第二目標である中枢が目の前にいたとは予測がつかなかった。既に一度詳細分析をかけたのだが、地球アイテールの侵食が激しいために完全に機能を分析しきれなかったのだ。
問題は、このショゴウスが未だにアトスの中枢として機能しているかどうか。もし中枢としての機能を終えて単なる防御機構と化しているのなら、本格的にここでの戦闘が無意味だ。詳細に分析をかけるには一瞬でも地球アイテールの濃度を薄くする必要がある。
索敵担当であった紫術士は即座に判断する。
「白狼女帝さん!! 一度でいいので全力でショゴウスを破壊してください!! その隙にアラミスのサポートを受けて再度分析を行います!!」
「という訳じゃ、遷音速流! 死にたくなくば上手く躱せよッ!?」
「え、ちょ待って! ワガハイ味方からの攻撃も回避せねばならんのかね!?」
「絶氷の調べ、覇道を示せ――!!」
「ああ、凄く嫌な言葉の響き!! 退魔戦役でも一回こんなことあった気が――!」
喚く遷音速流を無視し、嗜虐的な笑みを浮かべた白狼女帝の眼前に莫大な神秘が収束し、空気がバリン、と音を立てる。空気中の水分が一切の例外なく結晶化する中で、逆巻く風を纏った白狼女帝が両腕を交差させながら掌をショゴウスに向けた。
「平伏せよ、刮目せよ!! 我が前にこそ道は成る!! 帝道――御神渡ッッ!!」
神秘が弾け、力が一直線にショゴウスに奔る。例えショゴウスが動けたとしても回避の敵わない圧倒的な速度と範囲で空間を分断した力は、瞬きより速く白狼女帝の眼前全てを氷結と静止の世界へ誘った。
「――散華せよ、妾が通る道である」
その絶対の命令を遵守するかのように、ショゴウスの全身を覆った氷が強引に抉じ開けるように美しく両断され、そこに白狼女帝が通る為だけの美しい氷の道が完成していた。ショゴウスの火器も巨体も氷の中で引き裂きながら。
絶技を通り越した究極の氷技は、雪兎の供給する星の力を一瞬ながら確実に停止させた。それに見惚れることも畏怖を抱くことも今は出来ない。
「解析を!!」
『――解析完了ッ!!』
聞こえるのはデータ処理に秀でた受付嬢にしてオペレータメガネであるメガネの声。解析結果は、ある意味で予想通りだが驚くべきものだった。
『結論から言えば、アトス中枢としての機能はショゴウスにはありません!! ショゴウスの直下にある格納空間に存在するユニットが中枢です!! あれはそれを防衛するための番人と考えるべきでしょう!!』
「床の下に……いやしかし、剥き出しの部分だけが中枢とは限らないか! 中枢の情報は!?」
『三マトレ前後の長さの筐体!! 地球アイテールの濃度は低く、極めて高度な情報処理能力を持つことが予想されます!! このユニットがアトスの情報処理の中核を担っている可能性、極めて大!!』
報告をする間にもショゴウスは氷を振動や熱で破砕し再生していくが、白狼女帝が通した道はショゴウスの直下を通り抜けたため、その氷の道の下に明らかに円形のハッチらしきものがあるのが確認できる。
恐らくだが――中枢ユニットを完全に侵蝕してもその機能自体は雪兎が力を割いて運用せねばならない。だから敢えて侵蝕度を抑えた中枢を残し、その中枢に指示を出して情報処理を肩代わりさせているのだ。
不幸中の幸いか、或いは好機か。
道草を食わされていたことは無駄ではなかったと紫術士は女神に感謝する。
「ユニットを破壊すればアトスの処理能力は落ちるし、それをカバーする雪兎の負担も大幅に増える!! 離元炉破壊のサポートにも繋がる筈です!!」
「いやそれはそれとして白狼女帝、君ヒドくない!? 本気でワガハイの事考えずに術撃ったよね!? しかも魔将も死ぬかもしれない特大火力で!! だいたい君は戦時中もどうせ避けるからってワガハイがいる場所に平気で術ぶっ放す割には銀刀くんとかには気を回してるしさ!!」
「坊は妾のお気に入りだから当たり前。お主は裏切り者だし、裏切ってなくてもまぁどうせ避けるじゃろ。古代語でモーマンタイという奴じゃ」
「グッサー!! 裏切り者の部分もだけど裏切ってなくても気を遣わない宣言にワガハイの脆いオジサンハートが真っ二つ!! こんな扱い受けたの30年ぶりィ!!」
「相も変わらずピーチクパーチクよくさえずる男よのう。これを末期のじゃれ合いにしとうなければもそっと気張らんか、根性なしめ」
「おごぁッ、言葉のボディブロー!!」
呆れているようで実は遷音速流を弄っているだけの白狼女帝と、弄られて涙目になる遷音速流。実は戦時中は割とよく見た光景であることを知っている紫術士は、不謹慎にも退魔戦役の激戦を思い出していた。
皆、いつも絶望的な戦力差を前に燃えていた。
異端宗派に所属していなかった当時は、自分も。
しかし、真相を知ってからは命を散らしていく仲間たちをよそに自分は生き延びて仕事を遂行しなければならないという非情な自分に嫌悪を抱いたことも少なくはない。紫術士は本当はきっと古傷に近く、自罰的な心をどこかに抱えている。
でも、今は違う。
予定調和の筋書きでなく、本当に自分の命を懸けて戦える。
嘗て使命に燃え、弄られながらも周囲への気遣いを忘れなかった遷音速流に憧れていたあの頃と同じように。
(嗚呼――とても、悪くない気分だ)
= =
「国王、敵がユニット中枢に……!」
「ほう、敵も足掻くものよ。しかし、ふふ……氷国連合の白狼女帝でも破壊出来ぬ巨人とは、女神の力は素晴らしいな」
アトスブリッジで報告を受けた国王は足を組みながら映像を眺める。
全能なる女神は別段あの中枢ユニットを破壊されたとて困ることはない筈であるが、それでも番人を用意しているという事は、簡単に失いたい類のものではないのだろう。
しかし、傍受した音声データを解析すると、どうやらユニットの隠し場所を探り当てたようだ。反逆者側にも優秀な目と耳がついているらしい。少し考えた国王は、背後に揺蕩う女神へと振り返る。
「全能なる導きの女神よ、我が言葉をその耳に向ける無礼を許したまえ」
『――申してみなさい』
「ユニットを床に固定したままでは隔壁もろとも破壊されてしまう恐れがあります。なればいっそ、あの防衛巨人の中に組み込んでしまわれてはどうか?」
国王は最も安全な場所に座り戦況を眺めるお飾りだ。
しかし、お飾りであっても思案は常に巡らせている。
全能なる女神は全能に過ぎ、能力を持たぬ人間の心理に疎いことを、国王は既に悟っていた。故にその隙を埋めることが出来るのは自分であることもまた然りだった。国王の思考を読み取った女神は、一度頷き、侵入者と戦闘を繰り広げるショゴウスに指を向け、横に線を引くように動かした。
全ては女神の為に。
そして、女神が守護する歴王国民の為に。
「外の戦線を瓦解させるまで、そう時間はかからない。精々残された時間の中で、儚い希望を追いかけるがよい。なに、終われば君たちも歴王国の民として受け入れようではないか……」
歴王国が永遠となるまで、あと僅か。
= =
正体が知れたのならば、後はハッチごと中枢を破壊するだけ――そう考えた矢先、ハッチが突如として開き、中からアトス中枢の筐体が射出される。それは遷音速流が咄嗟に放った斬撃や白狼女帝が放った氷柱、紫術士が発生させた空間干渉、それら全てを地球アイテールの発するエネルギーで弾き、ショゴウスの胸部付近にずぶずぶと取り込まれていく。
怪訝そうな白狼女帝は顎に指を当てる。
「一体何のつもりだ……いや、待て。アレが守護対象であるからショゴウスはあの場を動かなんだ。その守護対象を自らが取り込んだとなると……まさか」
金属で構成された大樹のような姿をしていたショゴウスは痙攣し、全身の形状が瞬時に組み変わる。そしてそれは、三人が攻撃するより前に脚らしきものを構築する。本数は四本。その先端から発される光の環が接地面と平行に出現し、ショゴウスの身体が浮上した。
「移動砲台の完成じゃ……来るぞ、備えよッ!!」
質量はそのまま、先ほどまでの攻撃当て放題だった鈍さが嘘のようにショゴウスが虚空を滑る。強烈な濃度の地球アイテールを余すことなく攻撃に転用したショゴウスの体当たりは直撃すれば無事では済まない。
白狼女帝はその手に氷の鉄槌を形成し、迫るショゴウスに拳を振り抜いた。
「GOAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「なんとぉッ!?」
が、ふわり、と舞い上がる葉のように躱したショゴウスはそのまま天井に張り付き、また滑るように高速移動しながら射撃を雨霰と浴びせる。それまで固定砲台だった砲撃は急速にその軌道を読みづらくなり、対応するために三人も更に激しく行動せざるを得ない。
「器用な奴じゃ!! しかし……氷国連合皇帝の覇道を阻む者には敗北あるのみよ!!」
「この機は出来れば逃がしたくないネ!! 最終決戦仕様の発動も視野に入れるぞ、紫術士クン!!」
「了解です!! 虚ろな機械の怪物よ……何としてでも貴様をここで仕留めるッ!!」
この戦いは退魔戦役とは違う。倒すことは解決ではなく、可能性の穴を僅かに広げるだけに過ぎない。それでもこの場にいる全員に負ける気も退く気もない。掲げる理想も胸中もバラバラだが、彼らが示す雪兎の理想郷への否定意志だけは揺らぐことはなかった。




