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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
十三章 受付業務休止中!?

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113.無断改変

 ナネムの民は約束事を守らず、図々しく、教養がなく、そしてすぐ犯罪を犯す。


 これは、歴王国を中心とした文化圏で盛んに口にされる差別の言葉だ。


 差別が生まれた理由は単純で、歴王国の文化とナネムの文化が徹底的にそりが合わないからだ。時間厳守の歴王国と、時間にルーズなナネム。強力なリーダーシップを取る主導者の下に集う全体主義と、なんとなくで儲け話や流行に合わせつつ個別に行動する個人主義。使命感が強い人間が多い歴王国民と、面倒になったら別の楽な道をすぐに探すナネムはとにかく相性が悪かった。


 それでいて、ナネムは商人としては才能があるために歴王国にも相応に入り込み、文化性の違いで歴王国の伝統を重んじるマギムと険悪な空気になることもある。


 確かにナネムは義理難いとは言い辛い。

 図々しいし、歴王国の常識に疎い。

 貧困な者は罪を犯すこともある。


 しかし、歴王国文化圏は自分優位のアンフェアな契約が大好きだ。

 他国でも自国のルールを持ち出して我が物顔をする。

 そして、貧困な者は罪を犯すこともある。


 早い話が、目糞と鼻糞の罵り合いだ。


 されど、ナネムが歴王国文化圏に入って間もない頃に起きた幾つかの凶悪事件の経験から、歴王国文化圏の人々は『ナネムは野蛮な犯罪種族』というイメージを強く脳裏に刻み、それを後裔に律義に語り継いできた。問題が解決してナネムの犯罪率が落ちた後も、延々と。


 そこに現実を直視するという発想はない。

 幼少期の経験こそ世界の永遠の常識だと錯覚してしまう人間は世の中には多く存在するし、ナネム絶対悪論を語る人々もその一部に過ぎない。それはよくあることだ。その思想を根拠にナネムに対して一方的に罵詈雑言を浴びせる人間が育つのも、よくある。そして時にそれが私刑という形で爆発することも――。


「祖父母は、とある村の井戸に毒を流したという噂が流布された際、マギムに無理やり捕らえられて縄で縛られ、井戸に落とされたそうだ。当然無実を訴えたが、聞く耳を持ってくれずに溺れて死んだ。実際には全く関係のない流行り病だったのだが……この際にリンチに遭いながら生き延びた私の父は、それはもう村のマギムを恨んだそうだ」

『ゴミが死んでもっとゴミな奴が生まれて、害悪になっただけだろうが!!』


 聖騎士が喋っている間にもヘイムダールからはずっと聞き苦しい罵詈雑言が響いていたが、聖騎士は動じない。


「父は復讐の為にさる盗賊団と杯を交わし、略奪をしたそうだ。女子供は攫って闇の商売道具にするか自分でいたぶり、それ以外は体を縄で縛って川べりにひたすら立たせたそうだ。全員が縄で繋がっているから一人でも力尽きて膝を突けば全員道連れで川に落ち、溺死する。人の残虐性とは限りがないものだ。親の復讐が済んでも骨髄に達した憎悪は消えることなく次々に虐殺と略奪を繰り返し、最後には第二次退魔戦役で魔物に襲撃を受けて弱っているところをアサシンギルドに襲撃され、全滅した」

『文化を持たねぇ原始生物ゴキブリナネムの群れに相応しい最期だなッ!!』

「構成人員はディクロム、ナネム、マギムなど様々だったそうだが、主犯が父なのは否定すまい」

『嘘だ、全員ゴキブリナネムだッ!! ナネムは口を開ければ嘘しか言わねぇッ!!』

「そんな父にも愛する人はいた。略奪を行った村に住んでいたナネムの女性で、村から迫害を受けていた。悪鬼と化した心にもひとかけらの人情は残っていたのか、二人は愛し合い、俺が生まれた。壊滅する直前に我は難民に紛れて逃がされたため、俺は死すことなく終戦を迎えた」

『ゴキブリ同士の交尾だッ!! 卵から生まれたんだろッ!!』

(こ……いつ……!!)


 銛漁師は、他者に無関心だと思っていた自分がこれほどの激情を胸中に秘めていたことに驚いた。彼女は今、余りにも人間として醜く下劣な男の発言に明瞭な怒りを覚えていた。このような雑言を呼吸するように吐き出せる存在が自分と同じ人間で、女神の下に生きる存在として許されていることを信じたくなかった。


 しかし、何を言われても聖騎士は言い返すことも、青筋を立てることもない。

 その態度が銛漁師を冷静にさせると同時、どうしてそこまで冷静でいられるのか疑問を抱かせた。

 腹は立たないのか。

 悔しくないのか。

 そこにある心が、理解できなかった。


「俺を保護していたのもナネムの民だった。犯罪に手を汚したことはあったが、決して残虐な人間ではなかったらしい。ただ、どこから情報を得たのか前科を知ったマギムの反応は迅速だった。言葉、文化、肉体、あらゆる角度からの差別と暴力……赤子を守る為に逃げることも出来ず、やがてその者も衰弱死した。三つにもならない年だった当時の記憶は全くないが、俺はマギムに抱え上げられ、この世に存在する価値のない罪人の子として崖下に投げ落とされたらしい」


 残虐な集団心理の下に正当化された殺人。

 人間という種族の残虐性は、子供にさえ容赦なかったらしい。

 話をする間にもヘイムダールからは反論とも呼べない汚い言葉が吐き出され続け、火器を使用している。時折殴りかかったり蹴りを放っては弾かれている様は、いっそ無様だった。ヘイムダールの操縦者に正義だの説得だのを考慮する余地がないのは明白だ。なのに聖騎士は、まるで、ここで手を出せば相手と同じ道に堕ちるとでも言うように対話を諦めない。


「物心つかぬ幼子が抵抗すら許されず殺害されることを良しとしなかったエレミア様に助けられた俺は、家族のことなど何も知らずに育った。そしてある日に、家族の事を知らされた。一族が理不尽な目に遭い続けたこと。そして親が大悪党であることを」


 聖騎士は目を閉じ、また開く。


「俺は、それを上手く消化できずに知恵熱が出るほど思い悩んだ。そして思った……その場に正義を体現する存在がいれば、祖父母は殺されずに済んだのでは、と。狂気に陥り妄信的になる集団心理の中にあっても決して歪むことのない、一筋の正義があれば、少なくとも親の悲劇の連鎖は防ぐことが出来たのではないか……と」


 女神への信仰は正義にはならなかった。

 暴走する集団心理は大いなる意思を都合よく解釈する。

 故にこそ、生の正義の声が世界には必要――それが、聖騎士の出した答え。


『意味分かんね!! ゴキブリに正義なんかある訳ねぇよ!!』

「祖父母を殺したマギムもきっと汝のように語ったのだろう。俺を守って死んだ乳母もきっとそうだったのだろう。そんな残酷な過去は認めたくなかったし、忘れてしまおうかとも思った。しかし……残酷な現実を前に目と耳を閉ざし顔を背ければ、またいつかどこかで連鎖するかもしれない。それはきっと、もっと辛いことだ」

『女神はお前もお前の正義も認めねぇから心配せずに居なくなれよ! ゴキブリゴキブリ、喋るゴキブリッ!!』

(――無理でしょ、これ。議論も思考もハナからする気がない相手よ……)


 銛漁師は思わず首を横に振った。オペレータのギャルも『ムリくね?』と身も蓋もない言葉を漏らした。ヘイムダールの搭乗者は恐らく危険な薬を常用している訳でも精神的に不安定なのでもなく、素面であれを言える精神性なのだ。


 理性とかプライドとか文化を通り越して、ただ、そうして特定の存在の全てを否定することで受け入れられない感情を処理する脳回路が出来ている。理想も目的も現実も、何事にも到達することのない虚無の暴言だ。親にナネムでも殺されたのだと言われればまだ理解できなくはないが、聞いたところであの調子ではまともな返答はないだろう。


 現実が見えず、考えることも出来ない虚ろな存在。

 そうでありながら容易に他者を傷つけ、迷惑を押し付ける。

 守るものなど何もなく、向かう場所などどこにもない。

 それは――その在り方を一言で言えば――。


『気持ち悪い……』

『あそこまで言い続けられる体力どこから出て来てんだろ。あ、祝福受けて体力無限か。なんつーもん祝福してんだ雪兎……帰ってきたらちゃんとドートク教えてあげねぇと……』


 受付嬢時代に雪兎の遊び相手になってあげたこともあるギャルがそう省みる程度に、酷い。この世の人の全てに一度は見放された聖騎士と相対するのが、この世の誰もが不快に感じるであろう男だという皮肉がこの光景の異様さを際立たせる。


「お前がナネムを恨む気持ちは痛いほど伝わってくる。ナネムがみな善良な種族だとは我も思わない。同じ種族の間でさえ争いは起きる。異種を受け入れるとは容易でありながら、些細なことで破綻する困難な道だ。排斥した方が楽なのは、そうなのだろう」

『ゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリぃッ! はぁっ、はぁっ、こいつ……何で何も言い返さねぇ。何で……』

「しかし、俺は諦めたくない。決して世の役に立たぬと皆から存在を否定されたこの身でさえ、手の届く場所にいる人を救うことは出来た。呪われずして産まれた人々にとって、きっとそれはもっと容易に出来ることなのだ」


 生きる事さえ、生まれた事さえ否定された人間。

 本当ならば、それすら忘れて何の罪もないナネムとして生きることも出来た。しかし聖騎士は数々の残酷な事実を前にして、己ではなく誰かを救うことを選んだ。銛漁師にとってそれは、きっと人として高潔なものだと思う。


 向かうべき目的も、そのために何をすべきかも明瞭だ。

 多少奇妙な所もあるが、彼は彼なりに常に正義を考えている。

 凝り固まった排他的な大多数の正義ではない、弱き者の為の正義。

 それに共感を覚えはしないが、どこか――彼らしいとすんなり受け入れられる。


「これが、俺が聖騎士として戦う事になった理由だ。さあ、聞かせてくれ汝よ。汝は何故そうまでしてナネムを憎み、蔑むのかを。正義とは無数に存在する……正義を語るには相手の正義も知るべきだ。そうして初めて真に戦うべきか答えが出る」


 聖騎士は優しい微笑みと共に、ヘイムダールに手を伸ばす。

 すると、ヘイムダールの様子が変わった。

 火器は停止し、その首が痙攣するようにかたかたと震える。


『お、お前……何でだよ。何でそんなに……』


 上ずった声が漏れ、ヘイムダールの手がゆっくり持ち上がる。

 そして、その爪に収束した力が聖騎士の額に突き立てられた。

 一点に集中した力が障壁を突き破り、聖騎士の額を覆う兜に衝突して激しい火花が飛び散った。


『……どんな神経してたら聞いてもねえのにそんなに反吐が出るスカスカな言葉ペラペラ喋れるんだよぉぉぉぉッ!! あー気色悪い気色悪い、鳥肌立ったわッ!! 何、急にマジトーンでなっげぇ自分語りされて悪寒が止まらねーよッ!! それとも何? お前ら異端宗派って皆正義正義って叫んでんの!? 頭おかしい奴の集団だわ~洗脳しようとしてるわ~!!』


 男が聖騎士の言葉に心を動かされることはない。

 何故なら、叩いて響く人の心がないからだ。

 男はまるで、喋るうろだった。


 ヘイムダールのマニュピレータは、エネルギーの収束した爪で聖騎士の頭蓋を圧し潰そうとする。聖騎士は両手で爪を受け止めるが、重量が違い過ぎて足が陥没し、頭部を切ったのか流血が彼の身体伝った。


『おら、いつまで立ってんだ木偶の棒!! 女神様の世界の為にくたばれッ! くたば……れ?』


 しかし、腕が何度派手な駆動音を立てても、上位魔物の身体を容易に引き裂く凶悪な爪はそれ以上寸毫たりとも奥に進まなくなる。激しく散る火花の下、バイザーで覆われた奥にある聖騎士の目が、ヘイムダールを見上げた。


「どうしても、語ってはくれぬか?」

『喋るなって言ってんだろゴキブリがッ!! 何で……何で潰れねぇんだよッ!!』

「それは、我が闇にも差し込む光であらねばならないからだ。全てを染めるものではなく、決して途絶えることのない希望。それが、我がこの残酷な世界に見出した正義だからだ」

『く、ぅうぅぅぅうううううッ!! 潰れろッ!! 潰れろやッ!! ゴキブリ、ゴキブリッ!! ――死ねやッ!!』


 空っぽな心では、殺意が籠る筈の言葉さえ幼稚に聞こえる。

 聖騎士は一瞬だけ悲しそうな顔をして――頭突きで額に衝突する爪を弾いた。

 その衝撃でヘイムダールの巨体がまるごと傾き、今度はバランスを取れず転倒する。


 ヘイムダールは後ずさりするように足をばたつかせる。

 既にその姿に当初の威容は感じられない。

 どれほど外面が巨大化しても、中にいる人間の卑小さは隠せなかった。


『あ、あああああああ……!!』

「これが、正義だ。正義は他者を染め、排斥することはしない。しかし決して潰えることは――」

『あああ、いやだ、あああああ!! 違う!! 今のは違うッ!!』

「決してないッ!! 正義ぃぃぃぃぃーーーーーーーッ!!!」


 ガタガタと目に見えて震え始めるヘイムダールを前に、聖騎士は今日一番のキレで決めポーズと共に雄叫びを上げた。


 ヘイムダールに搭乗した男は自分の優位性が崩されたせいかひたすらに怯え――。


『違うんだッ!! 今のはたまたま口をついて出ただけなんだ!! 死ねなんて家族には相応しくないって分かってるし、故意に殺意なん――《対象に著しい適性の欠如を確認。修正開始》――あ゛ぁあぁぁぁぁぁぁあッ!! フザけんなやめ――やめてくれ女神様ッ!! これからもっと忠実に仕事するから、もう二度と言わな――《対象のデータを検索した結果、虚言癖の可能性大》――違う違う違うッ!! 何でだよ、俺のこと理解してくれたから乗せたんじゃねえのかッ!! ああ、こんなことなら関わるんじゃなかった!! 『死ね』くらい誰だって言うだろ融通利かせろやクソクソクソやめろやめろやめ――《対象のメンタルバランスに過剰な数値を確認。ヘイムダール操縦者として不要部を消去。新人格によるアップデートを》――俺の頭に触るなッ!! 弄るなッ!! テメェ、何が家族だ脅迫してる癖に!! 馬鹿じゃねえのいい加減にしろイカレクソガ――《貴方の人格は家族には相応しくない》――ああああああががががががぎぎぎぎぎぎぎたたたたすすけっ……』


 明らかに異常だと分かる程激しく痙攣しのたうち回るヘイムダールの動きが、不意にぴたりと止まる。そしてやけにスムーズで非人間的な挙動で立ち上がったヘイムダールは腕を構え、先ほどまで罵詈雑言を吐いていた男と同じ声で叫ぶ。


『――……改めまして、聖騎士!! 私は女神さまの下で心を入れ替え善行に励む当たり屋と申します!! 貴方も引けない理由がありましょうが、私も女神さまの為に退けません!! お覚悟を!!』


 聖騎士も、銛漁師も、ギャルも、その光景を見た全員が絶句した。

 何が起きたのか、暫く理解が及ばなかった。

 ただ、最初に事態に気付けたのは、ギャルだった。


『女神の祝福は地球製アイテールの注入。そして地球製アイテールに雪兎の意識は偏在出来る。雪兎が、書き換えたのか……人間の人格を!?』

「なっ……おい、待て!! 話は終わってないぞ、先ほどまでの君を出せ!!」

『出せと言われましても、これが今の私ですよ? ああ、しかし、以前の私は貴方方に聞くも悍ましい罵詈雑言を吐いて不快な思いをさせてしまったようですね。敵とはいえそこだけは謝罪させて頂きます』


 記憶は残っている。しかし、記憶を基に構築された筈の人格は、もはや原型を留めていない。これは洗脳ではなく、『改造』だ。彼という人格は既に器から零れ、別の人格が記憶を操るものとして彼の頭に新生した。


 ナネムに虚ろな憎しみをぶつけ続けた当たり屋という男は、消されたのだ。


 それを悟った瞬間――今までどれほど罵倒されても怒りの一片さえ見せなかった聖騎士の身体がわななき、荒ぶる怒りの神秘が爆ぜた。


「――そんな、ことが……巫山戯るなぁッッ!!!」


 それは、銛漁師が初めて聞く――聖騎士の本気の怒声だった。

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[一言] ...禁止ワードに対する検閲、エログロナンセンス、誹謗中傷罵倒の類いは引っ掛かります。...掲示板の管理人かな? うーん、しかし死ね以外にも引っ掛かりそうなことたくさん言っていたような気も…
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