112.それは悪ですらなく
『コイツ、あれだ。主義者って呼ばれてるめんどくせータイプだ』
(主義者? 何某かの第一主義でも掲げてるの?)
念話を繋げて質問する銛漁師に、ギャルは心底面倒くさいとばかりに嫌そうに説明する。それは聞かれたことが嫌なのではなく、主義者という存在そのものの面倒くささに起因するものだった。
『ナネムは害悪だとか、自分の環境が悪いのは社会が悪いからだとか、そういうのってマギムの間ではまともに仕事してねぇ飲んだくれとかが言いがちな二元論的偏見なのよ。で、全部自分のことや現実を棚に上げてありがちな話の中から都合のいい『主義』だけ選んで、それを信じて生きていく拗らせた思考停止野郎……それが主義者。割と近年に現れたタイプらしーけどねー』
つまり、偏見を常識と思って生きていく差別主義者と違い、この主義者というのは自ら偏見を掻き集めることで自分が悩んだり考える余地を消しているらしい。だから何を言っても通じないし、主義的に相反するものには唾を撒き散らして反論する。
『ナネムの凶悪事件ってのも多分世間では数ある事件の一つだけど、あいつにだけにとっては大事件なんだろうな。ぶっちゃけナネムもマギムも数字にしたら犯罪率あんまり変わんねーらしーけど、主義を根拠にすれば自分は正しいって延々と言い続けられるって発想らしいよ』
(……理解に苦しむわ)
『ま、自分の信じたいものだけ信じるのも楽な生き方かもな。アタシにとっては逆にめんどくせー生き方だけど。何より主義者は喋るのがめんどくせー。会話になんねーもん』
(それは同感)
『ついでにポン。あいつの言動を基にアリナシサで解析かけた結果。合ってるかは知らんけどさ。受付嬢の経験則からして想像ついちゃうよなー』
そう言ったギャルから送られてきたヘイムダールの主の人物予想は、こうだ。
特定の食材のおかわりが自由な店があると、その店でおかわり自由の食材のみをひたすら食べ続ける。
一度ゴネて優遇を受けた店には何度でも類似した理由でゴネて優遇を受けようとする。
自分の主義主張以外の思想を受け入れず、一方的に自分の理想を押し付け、自分の望む環境を得ようとする。
幼稚で自己中心的な性格上、平均的な職務への適性が低い。
予測される職業――無職、ないし軽犯罪行為で生計を立てる詐欺師。
銛漁師は眉間を押さえて唸った。
確かに彼の普段の素行に想像がついてしまう。
「……で、プライドを満足させてくれる女神に下ったって訳ね」
思わず口に出してしまったその言葉にも、男は律義に反応する。
『は? 意味分かんね。話の文脈理解してねぇのかよブス魚。俺が、世界の、スタンダードなんだよ。女神に選ばれた、俺が! どうせお前ら女神に逆らってんのはこれまでの生き方を女神に否定されてヒステリー起こしてるだけだろ? 被害妄想じゃね? つかさ……そもそも女神に逆らおうとかお前ら頭おかしいんじゃねえの?』
ヘイムダールはとうとう攻撃を放棄して、指先で人間ならこめかみに当たる部分をコンコンと小突く。
『女神の言う事聞いてりゃこんな立派な兵器に乗って無双できる上に、存在も認められて、千年王国に住めるんだぜ? 国王も一応他の種族も受け入れるって言ってるんだから、例え俺より下級の扱いになったとしても常識的に考えたら反抗しねーだろ。見てわからねぇの、俺達の優位? あっ、分かんねぇ馬鹿でちたか~。ごめんなちゃいね~~?』
どこまでも人を見下し自分の立場を固持する態度。
白狼女帝は呆れ、紫術士は直視できずに顔を反らし、遷音速流は首を横に振り、銛漁師は悟る。
この男は、ただ単に共感性や社会性が著しく低いだけで、悪と呼ぶ程の存在でもない。
ただ単に――或いは極端に、卑小なのだ。
『ったくよぉ。女神も敵を殺すなとか家族がどうとか下らねぇこと言ってないで手っ取り早い手段取ればいいのにな。特にナネムとか『家族』に受け入れる価値あるか?』
「言われてるわよ、聖騎士……聖騎士?」
そこに至って、銛漁師は初めて聖騎士の様子がおかしいことに気付いた。
聖騎士は普段の喧しさからは想像もつかないほど静かに天井を見上げ、誰に言うでもなくごちる。
「これは、俺に対する試練なのかもしれんな……」
「アンタ、何を言って……」
「今こそ正義が試される時。俺は、この時の為に正義を追い求めてきた……皆、聞いて欲しい」
決意を秘めた目で仲間たちを見渡した聖騎士は、握った拳を前に突き出す。
「この相手、俺一人にやらせてくれ。『アーテンの聖鎧』、最終決戦仕様を解放し、奴に正義の道を示すッ!!」
その表情に普段の鬱陶しい笑顔はなく、ただ瞳だけが爛々と決意と正義の炎を燃やしていた。突如として一騎打ちを所望した聖騎士に――しかし銛漁師以外の全員は異論を示さなかった。
「どう思うかね、紫術士くん。私はありだと思う」
「はい、聖騎士に任せるのが賢明でしょう。ヘイムダール自体が女神の祝福を受けているのであれば、無力化には相応の時間がかかりますし、こちらも消耗します。いつまでもヘイムダール一機に構っていては外の戦線も崩壊しかねない。逆にヘイムダールを無視して強引に進めば、このヘイムダールが先の空間に転送されたり外に回される可能性もあります」
「妾も異存はない。足止めしつつあわよくば撃破を狙うと。こちらの割ける最小の戦力であるし、他の神具の最終決戦仕様を温存出来る。理のある策じゃ」
「……あたしは」
別にそれでいい。
銛漁師は何故か、その言葉を出すことに抵抗を覚えた。
聖騎士とは何だかんだ、誰かと共に行動する仕事ではよく行動を共にした方だ。だから彼が正義正義と煩いのも、どこか間違った正義を掲げている気がするのも知っている。彼は理解不能な正義を基準に常に事を為す。
そんな彼が、今回は「やらせてくれ」と言った。
普段なら、「それも正義」と言うにも関わらず。
その理由が分からない。彼とは付き合いがないからどういった心境の変化なのか見当もつかない。そして何故か、その微細な変化が、銛漁師に「この男はこの戦いで死ぬつもりなのではないか」という漠然とした予感を抱かせた。
死ねば、彼が何を想ったか二度と確認できないかもしれない。
ステュアートは危険な場に赴くことも多く、死ぬこともなくはない。故に死別を経験したことも当然ある。ただ、元々周囲と疎遠だった銛漁師にとって、それらは常に他人事だった。
分からないまま終わる関係――。
気が付けば、銛漁師は異を唱えていた。
「あたしも残る。聖騎士がヘイムダールを仕留め切れるって断言できないし、倒せるなら倒した方がいいんでしょ? 神具適合者二人なら万一足止めも厳しい場合にカバーできるし、時間がないなら二手に分かれるのも手じゃない?」
「駄目だ」
異を唱えたのは聖騎士その人だった。
しかし、銛漁師はそれにむっとして、即座に却下した。
「あんたの意見は聞いてない。合理的かどうかの話」
「ふむ、意見が割れたのぅ。オペレーターのギャル子よ、アイドルの指示を仰いでくれぬか?」
『りょーかーい! ……えーと、ヘイムダールのスペックデータを観測して残りのヘイムダール対策にしたいから、二人で挑んでデータ収集して、データが集まっても決着が着かなかったら交戦を諦めて離元炉捜索にもどるべし!! だってさ』
「ということじゃ。こういった時、最高指揮者がおると便利だのう」
ころころと笑った白狼女帝は、「退魔戦役でその役をしておったのが慈母なのじゃが」と付け加えた。
聖騎士はそれに一瞬考えるそぶりを見せ、銛漁師に向く。
「俺が攻めるから、銛漁師は最終決戦仕様は温存して見守っていてくれぬか?」
「どうしても自分でやりたい訳?」
「うむ。我が正義が……俺の生きる意味が試されている」
「……いいわ。じゃあとっとと最終決戦仕様を発動させてヘイムダールをぶちのめしなさい。でないと他の面子が先に進めないわ」
ヘイムダールの奥には本来通り抜ける予定だった扉が存在する。どうやら先に進ませない為に相当強固なシステムで耐久力を高めているようだが、扉を隔てた向こうの空間に神秘術で転移することは可能だ。
ただ、扉のシステムが神秘術にも影響を及ぼしている為、転移するには扉にぎりぎりまで接近しなければ通り抜けられない。転移以外の方法で突破するのは時間がかかる以上、それを実行するにはヘイムダールを一時的にでも扉に近づけないようにしなければならない。
「うむ……我、力に溺れる者を律する為、更なる力を求める業をその身に宿さんッ!! 最終決戦仕様……解放ォッ!!」
『何をごちゃごちゃと――何ッ!?』
ヘイムダールの操縦者が自らの優位に胡坐を掻いて悠長に構えていたおかげで、それは誰にも邪魔されることなく発動する。発動の瞬間になってやっと動き出したヘイムダールだったが、残る面々が一斉に真空の刃、氷、水を発射し、更にアロディータの宝帯が伸びて鞭のようにヘイムダールに打撃を浴びせたことで、動きが鈍る。
最終決戦仕様――それはオリュペス十二神具に搭載された機能。
オリュペス十二神具にはそもそも数多のリミッターが仕掛けられている。適合者と呼ばれた人々もこのリミッターのおかげで武器を扱えており、本来の出力を扱うにはひたすらに鍛錬や術の高度化を行い、少しずつ自分の出せる上限に合わせてリミッターを解放しなければならない。
最終決戦仕様は、このような状況を見越して前々からアイドルが用意していた最新制御術式だ。これまで適合者の力量に極端に頼っていた力のコントロールを地球の情報処理技術を応用して自動化し、より直感的、大出力のコントロールを可能とする。
術が適合者の負担を肩代わりすることで、リミッターを無視できるのだ。
全身に膨大な無色の神秘が収束した聖騎士が掲げた腕の鎧が、足が、胴が、顔が次々に光に包まれていく。そして光を突き破るように聖騎士が手を高く掲げて雄叫びを上げると同時に、纏った光が弾けた。
そこにいたのは、全身を純白と金、そして藍色に染めた全身鎧の姿。
口元は生身部分が露出しているが、これまでに存在しなかった兜から突き出た二つの突起がナネムの耳を象徴するように反り立っている。片や腰の装飾がより逞しく力を感じさせる造形となり、背からは半透明な真紅のマントが棚引いている。
それまで無駄な仰々しさのあった部分は逆にシンプルで直線的に、さりとて騎士らしい造形は更に騎士らしく、見違えるほどに雄々しく光を放つ鎧をまとった聖騎士は、いつものように叫ぶ。
「正義顕現ッ!! 我、あまねく世を照らす一筋の希望の光と化さんッ!! 正義ぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーッ!!」
――そこから、ヘイムダールに搭乗していた男は数秒意識を失った。
気が付いた時にはヘイムダールは天地さかしまの状態で壁に激突しており、聖騎士は拳を振り抜いた状態で停止しており、侵入者のうち三名は自分が通さじと立ち回ってきた扉の前で姿を消失させた。
数秒間、現状を飲み込めず男は茫然とした。
そして数秒後、現実は想像を絶する屈辱と恥辱になってその身に降り注いだ。
「俺は失敗してねぇし。俺は間違ってねぇし。俺は正しいし。大体あいつらが進んだところで防衛機構あるからどうせ無駄だし今のはシステムが相手の動きに対応できなかっただけだしあいつらどうせ最後には女神に屈するから最後は俺の勝ちだから俺は悪くねぇし失敗もしてねぇ。してねぇ。してねぇ」
あらゆる情報が男の失態を指摘し、あらゆる感情がそれを拒絶する。
せめぎ合いで行き場を失った言い逃れがとめどなく口から溢れる様を、ゆっくりとヘイムダールに近づく光の鎧は蔑むことも憐れむこともしなかった。
「正義を語り合おう。俺は聖騎士……汝の名前を教えてくれ」
それは、自らの名を名乗った上で相手にも名乗って欲しい旨を伝える言葉。
しかし、男にとっては全く別の意味。
「お前が誰かとか知らねぇし、なに上から目線で命令してんだ害悪クソナネムがぁぁぁぁぁぁーーーーーーッッ!!!」
態勢を立て直し、おおよそ理性の感じられない絶叫と共に爪を剥き出しにした拳を振り翳したヘイムダールに、聖騎士は普段の喧しさからは想像もできない静かな動作で拳を作り、それに抗った。
結果は――ヘイムダールの巨体が轟音を立てて弾き飛ばされるという呆気ないものだった。巨体がみっともなくバランスを崩しては、足が勝手にバランスを取って転倒を防ぐ。ヘイムダールの目が自らの振りかぶった拳を見て、理解できないように喚き散らす。
『は、あ? 意味分かんねぇよ!! なんのイカサマだ!! テメェそうか、ヘイムダールに細工しやがったな!! でないと俺が負ける訳がねぇ!! 押される訳がねぇ!!』
今度は腕部、肩部、腰部などの射撃武器を一斉に開放して砲撃を浴びせかける。全て一撃でも命中すれば死は免れない代物だ。優越感に浸るように男は嘲笑う。
『おらどうだ!! 駆動系がどうだろうと射撃武器をこんだけぶっ放せば、余波で必ず死ぬんだよ!! ざまぁ見ろクソナネムが!! ゴミが!! お前らみんなゴキブリなんだよッ!!』
「それは違う。ナネムはお前たちと祖先を同じくする人間だ」
砲撃の中から、聖騎士が傷一つない姿で出現する。
砲撃を虚空に展開する正六角形を集合させたような障壁で弾きながら、何も動揺することなく、淡々と。
「なぁ、聞かせてくれ。お前は何故そこまでナネムを恨んでいるんだ? 何か理由があるんだろ?」
『ナネムはゴミ!! ナネムはゴキブリ!! ゴキブリを自分と同類に見る奴はいねぇ!!』
「そうか、では俺の人生を少し説明しよう。ゴキブリとは少し違った人生だと理解してもらうために……」
正騎士は、先ほどから反撃出来るにも関わらず、未だに浴びせ続けられる弾丸や光を全て受けた上で障壁で逸らし、語り続ける。正義を掲げて拳で相手を殴りつけた時とは別人のように。
その言葉は、聖騎士がこの場で一人で戦おうとした意味。
そして恐らく、彼の後方で同行を見守る銛漁師求める答え。
「生まれながらにして罪人……我は、そのように扱われる人間であった。ナネムは害悪という言葉を浴びせられて我は育ったのだよ」




