109.ダイナミック不法入国
想定を遥かに超えた電撃奇襲によって事情が全く変わってしまった状況に、桜は焦る心を一度深呼吸で宥め、アイドルに指示を請う。
「どうすればいい?」
複座の後ろに座るアイドルは迷いなく全員に指令を出した。
「デルタ部隊を除く全戦力はこのまま歴王国の人造巨人と交戦開始!! 作戦に変更なし!! シールドを突破した戦力には既に迎撃を割きましたが、これ以上の突入を許してはなりませんッ!! 突入部隊は即座に作戦を開始!! デルタ部隊はその支援に!!」
「つまり、こっちはこっちの作戦を早めるだけってことだな」
「そういうことです。それに――あちらも急遽計画を前倒ししています。その綻びを含めて状況を見れば、特別こちらが不利になったとは言えません……イイコ、敵艦『オミテッド』の分析結果を」
『了解! ……現在のところ、第二射の兆候ありません!! また、敵の電子対抗手段越しですが、観測によると数か所のシステムにエネルギー漏れが発生している模様!』
「ほら、無理しています」
「流石はアイドル司令官、頼りになるな」
『オミテッド』という兵器はチャージ速度が非常に早いため、第一射と第二射のインターバルが僅か1分ほどしかないそうだ。ところが明日まで整備する時間があった筈のものを引っ張り出して無理やり撃ったせいか、既にガタが来ているらしい。
これから応急修理をして第二射を発射したとしても、第一射ほどの威力は出ない上に今度こそシステムにトドメを刺すことになる。敵側にとって非常によろしくない状況だ。
が、イイコから更に追加報告が入ってその目論見は崩れ去った。
『敵艦の砲身に地球スペクトルのアイテールが流入!! エネルギー漏出が停止しました!! 敵艦、チャージに入っています!!』
先ほどまでデータリンクで異常を示していた部位が瞬く間に正常値に戻り、内部エネルギーの値が上昇していく。あれだけの規模のシステムをナノマシン修復だけで瞬時に再生できる筈はない。
「おいおい、冗談だろ……ロボアニメのナントカ細胞じゃあるまいし!!」
「ハイ・アイテール特有の能力である侵蝕を応用して修繕したようですね」
「つまり、持久戦になったら俺らの負けってか……?」
たらり、と桜の顎を冷や汗が伝い、落ちた。
= =
アトス・ブリッジにて、歴王国の国王はほくそ笑んでいた。
「貴様らの焦る顔が目に浮かぶぞ、異端宗派の塵共が。女神の教えと嘯きながら正反対に事を為す猛々しくも小汚い盗人どもめ。女神は神の国への入国権を貴様らに与えない!!」
――実のところ、国王にとって実際に異端宗派が何者なのかという疑問はあったが、それは既にどうでもよい段階に入っていた。
女神の祝福を受けた兵士たちによる外と中からの襲撃。
女神の力による神の船の修復。
そして女神自身が持つ絶大な力。
その三つが揃う歴王国側ならば、例え異端宗派がアトスと同型の船を用意し、ゼオムを丸ごと味方に付けようがどうとでもなる。ゼオム対策の装備は突入部隊に装備させたし、こちらは数と再生能力でそれを上回る。
この力の庇護の下にいる限り、歴王国は決して敗北しない。
純真なる女神の求める忠実な家臣であり続ければいいだけ。
エレミア教の教えを受けて育った歴王国民には容易いことだ。
(しかし、女神が少女に扮して子供と遊ぶ趣味があるのは意外だったな)
アトスの全権を委任された国王は、彼女がここ数日、分身を作り出して歴王国の子どもたちと共にボール遊びをしていたのを監視網越に目撃している。身分を偽り、また遊ぼうと約束し、年相応の少女の如く実に嬉しそうな笑みを浮かべていた。
(それに――子や家族に虐待を行った連中を即刻祝福対象にもした)
罪人やその疑いがあるという情報を持つ人間全て、女神は殺人犯より優先して祝福を施した。祝福の力を浴びすぎたのか、彼らは元の人格の面影が霞むほどに善良な人間へと変貌したが、何がそれほど女神の琴線に触れたのかは憶測することしか出来ない。
それでも、女神の祝福と歴王国の利潤に反目はない。
流石に突然自分たちの居場所が宙に浮いた民たちは動揺を隠せなかったが、アトスは万一の際の緊急脱出設備を含めて準備は万全だ。唯一シルバーとプラチナがが異端宗派とすり替わっていた件と、脱走者の報告だけは心の隅に留めているが、問題はないだろう。
祝福でブーストした元冒険者・現冒険者による部隊に加え、慈母が白兵戦の戦力として加わっている。彼女の統率の下に動かされる兵たちは一人が万の戦力に匹敵する程の戦力と化すだろう。また、自律機械も多数展開したため、僅かな綻びもそれが埋めてくれる。
国王は背後に揺蕩うように浮かぶ白き女神に視線を送る。
「女神さまに勝利を献上するのも時間の問題ですな」
『任せましたよ、国王……人の戦を知る貴方には期待しています』
白き女神は、妖艶に微笑んだ。
= =
「しかし、雪兎が力を使い続けるならば、短期戦ではこちらが有利にもなり得ます」
一見して矛盾するアイドルの言葉。
桜は意味が分からず首を捻るが、ふと気付く。
「……幾ら雪兎が膨大なハイ・アイテールを有しているとは言っても、ここが地球でない以上は同時に行使できるエネルギーの総量は限られる。『オミテッド』に力を回すとその分だけ別の部分に回す力が足りなくなるってことか?」
「そうです。シールド補強に力を使えばそれだけ、損傷した味方を助ければそれだけ、限りある配分をそちらに割かねばなりません。雪兎は確かに途方もないスケールの存在ですが、万能ではないのです」
彼女は意思を持ったエネルギー生命体であり、地球製アイテールの全てを支配下に置ける。だが彼女はこの星では自己生成したアイテール分しか支配は出来ない。それでも瞬時に巨大戦艦の主砲を修理する出力を捻り出しているのは驚愕に値するが、そもそもだ。
もしも彼女の力が無制限であれば、その侵蝕能力で大陸全土を意のままに動かす程度の事は出来る筈。それが歴王国と万能艦アトスに収まっているのは、それが今の彼女の限界だからだ。
ならば、やることは決まっている。
「このまま抵抗して雪兎の力を別の場所に割かせ、その間に潜入組が上手く仕事をすれば勝ちの目はあるか」
「――桜、そろそろ接敵距離に入ります。準備はいいですね?」
「ああ。サポートしっかり頼むぜ!!」
ミサイルの斉射を終えて、夥しい数の人造巨人が編隊を組んで急速接近する。桜はそれに対抗するように、A.B.I.E.システムの出力を上げた。アイドルがデータを投影し、24機の実体幻想ガルディータスが一斉に砲を構える。
同時にその下方で、バースト部隊が敵主力迎撃のための陣形を整えていた。
『こちらバースト部隊!! 準備完了ですよぉ!!』
「アイドル!!」
「まだです……まだ……」
接近する敵の陣形が急速に距離を詰めてくるのをレーダーで見つめながら焦れったく感じる。だが、アイドルは瞬き一つせずにレーダーを見つめ、距離を測量し、やがて敵の編隊が射程レンジに入るか入らないかといったタイミングになった瞬間、声を張り上げた。
「全機、斉射ッ!!」
『ファイヤァァァーーーーーーーーッ!!』
瞬間、36機の人造巨人たちの砲が大気を震わせる轟音と共に一斉に瞬き、先ほどのミサイルの斉射が霞む程の弾幕が空を切り裂き、敵陣に降り注いだ。
敵の機体に弾丸やエネルギー弾、こちらの放った空対空ミサイルが命中して空が赤く染まっていく中――爆炎を突き抜けるように、前面に障壁を展開したガルディータスⅣたちが獲物を求める狼の如くアラミス陣営に喰らい付く。
「一機も落ちないか……!!」
「手を緩めず撃ち続けるのですッ!!」
『らじゃらじゃ!! アイドルちゃんも援護お願いねー!!』
「……小麦さんの底抜けの明るさが今だけは頼もしいな……っとぉ!!」
敵の砲撃が集中するのを察知した桜が手元のレバーを流れるような手捌きで引き、指でボタンをリズミカルに押す。すると桜たち駆るニヒロの前面が歪み、敵の砲撃が眼前で次々に逸れていく。A.B.I.E.システムの応用で前面に空間の捩じれを作り、砲撃を逸らしたのだ。
ただ、砲撃によって何機かの実体幻想ガルディータスが落とされた。桜はぺろりと舌なめずりし、更にボタンをタップする。するとニヒロの周囲に空間の歪みが生じ、突如として虚空から幻影のような弾丸が出現。敵ガルディータスⅣに直撃し、大きく弾かれる。
これもまたシステムの力。「放たれた弾丸」をシステムで再現することで、砲身もなしに弾丸の威力と破壊力だけを再現できる。システムが行き付くところまで行き付きすぎて、武器を持つ必要さえなくなってしまったのだ。
敵機はバランスを取り戻そうともがくが、システムが再現した弾丸が次々に命中して抵抗すらできず、後続のガルディータスがカバーの為に障壁を全開にするまで嬲られ続けた。この装備は効果範囲内ならば射角を完全に無視した射撃が可能なため、一度隙を突けば一方的だ。
桜が異世界に来て初めてかもしれない、爽快感を伴う攻撃だった。
「この機体強すぎないか? って言いたいとこだが……全く破損してやがらねぇな、ガルディータス」
視線の先には、ナガトなら装甲がベコベコに凹む程の射撃を受けてなお傷一つないガルディータスⅣの姿があった。あの機体に採用されている当時最新鋭の防御機構、『ディスパネ』に破壊力を潰されているのだ。
ただ、いくら強力な防御機構とはいえ機動兵器に搭載した機能である為、これも万能ではない。ディスパネの理論上の最大機能なら先ほどの衝撃ごと吸収して強引に接近することも可能だった筈だが、経年劣化の影響で推進力か重力制御が間に合っていないらしい。
幾ら歴王国と雪兎でもガルディータスの機能復活には限度があったのだ。
そして足りないものを、別の力で補って動かしている。
そこもまた、アイドルの狙いの一つだ。
ただし、そうと分かっていても攻撃が通用しない多数の敵と戦わなければいけない味方の心理的苦痛は余りにも大きい。ゴールドが生身と遜色ない剣技でガルディータスを斬りつけるが、斬撃が装甲を抜けることはない。
『クソ、斬っても斬れないぞこいつ!!』
『何発撃ち込めば落ちるんだよ……!!』
『こちら小麦!! 空間機雷で一機落としたんですけど復活しました! 損傷が修復されてますねー……』
辛うじて女神が味方におり、更にガゾム勢が全く敵の復活を気にしていないおかげで士気は持っているが、次の手を打たないことにはジリ貧であるのも事実。しかして、次の手札を切る準備は終了している。
『デルタ部隊、突入班の移送に随伴するぞ!! タレ耳、白雪。妾に続くがよい!!』
「頃合いですね……パイン!! トリシューラ起動!! デルタ部隊の通る道を空けますッ!!」
『了解!! 『トリシューラ』展開ッ!! 離元炉直結、エネルギー充填完了!! アイドル艦長、トリガーを!!』
アラミスの艦首に当たる部分に亀裂が入り、三叉の鉾のような形状に変形する。アトスに『オミテッド』があるように、アラミスにも主砲が存在する。超広域破壊兵器『トリシューラ』――その真価は破壊力ではない。
ブリッジに居るホログラフのような分身アイドルは、艦長席にせり上がったトリガーを手に取り、レティクルの向こうへ勇ましく叫ぶ。
『発射ッ!!』
瞬間、変形した艦首に収束した莫大なエネルギーが弾け、人造巨人たちが戦う空域そのものさえも丸ごと呑み込む極光が発射された。大気や雲、あらゆる物質を押しのける膨大な破壊エネルギーは、アトスの回避を許さずシールドに激突し、閃光で大地を照らし上げた。
= =
「いやー、女神様から事前に聞いてはいたけど実際に見るとトンでもないなぁ『トリシューラ』……天罰覿面って奴かな?」
周囲の光景を見ながら、銀刀が展開した風障壁の中から周囲を眺める赤槍士が呟く。彼女の視界には、味方や自分には一切影響を与えず敵だけがこの砲撃に弾き飛ばされていくという異様な光景が広がっていた。
敵味方識別型偏差広域殲滅兵器『トリシューラ』は、これだけ大規模な破壊であるにも関わらず、敵味方どころか非破壊対象まで、予め設定しておけば砲撃が勝手に避けてくれるという反則的機能を持っている。故に、どんなに戦場が乱戦になっても味方が攻撃範囲に入ることを一切気にする必要がない。正に殲滅兵器として理想的な性能である。
とはいえガルディータスのディスパネを突破するには至っていないようだが、少なくとも味方ガルディータスと共にアトスに接近する突入組を邪魔する敵はいない。
この場には銀刀、赤槍士、狐従者の他、本来同行する筈だった碧射手がアラミス防衛に残ったことで代わりに神腕が面子に加えられている。突入作戦は大幅に変更されており、今は銀刀たちが派手に突入劇を繰り広げ、その隙を突いて残りの面々が突入することになっている。
司令塔になった銀刀が刀に手をかけたまま全員を見渡す。
「俺たちの役割は、敵を引き付けて荒らしに荒らし回って囮の役をしつつ、敵艦動力炉を目指すことだ。本来は俺と赤槍士の突破力を残りの二人で底上げする筈だったが、神腕がいる以上は止むを得んので神腕の突破力を主軸に据える。という訳で絶対に一人で勝手に突っ走り過ぎるなよ、単細胞筋肉達磨」
じろりと険のある瞳を向けられた神腕は、別段気にした様子もなく耳を小指でほじる。
「わーっとるわい。小煩い所が数学賢者に似たか? 昔はお前こそワンマンプレーの権化だったろうになぁ?」
「黙れ単細胞……お前の放つ『オーラ』はこの星の生命にしか宿っていない力だ。意味が分かってるなら絶対に離元炉に到達しろ。遅れたら俺がお前を縊り殺してやる」
「暗殺者は私情で殺しをしちゃいかんのじゃないのか?」
「お前の為に廃業してやる。喜びに咽び泣け」
「わぁった、わぁったって。絶対間に合うように行けばいいんだろ?」
「……ふん」
面倒くさそうな神腕に、銀刀は愛想を尽かしたようにそっぽを向く。
とても仲が良くは見えないが、さりとて付き合いの薄さも感じない会話だ。
赤槍士としては少々先が不安になる会話だったが、狐従者が念話で心配ないと語る。
『アサシンギルドの長が廃業すると言ったのは、つまり離元炉破壊が為されなければ暗殺を続けられない世界になるという事です。神腕はその意を汲み取り、脱線したとしても絶対に間に合わせると告げ、銀刀はそれ信じた。今のはそういうやり取りです』
狐従者はこういう時、相手の意を汲み取る能力が高い。嘗ては従者だった頃に身に着けた能力だと本人は言っていたが、この意図の読み取りは敵との戦いでも的中する。
と、銀刀が刀を抜いた。
「……アトスのシールドに接触するぞ! 事前の準備通りにやれ!!」
「「「『『『了解 (なのじゃ)!!』』』」」」
アトスのシールドは現在も『トリシューラ』の砲撃に耐え続けている。
如何にアラミス最強の武器と言っても砲撃継続時間には限度がある。アトスへのシールド負荷継続時間はあと数十秒しかないだろう。
随伴していた三機のガルディータスが示し合わせて螺旋状の槍のような長い武器『ホールブレイカー』を取り出し、投擲する。槍とも柱とも言えない奇妙な形状のそれは回転と空間歪曲の二つの力を同時に発動させることで、接触した空間歪曲の力を強制的に拡散させる道具だという。
三つの槍が虚空を切り裂き、シールドと接触しキィィィィィ!! と甲高い異音を立てて回転。シールドの表面が揺らぎ始めた。
間髪入れず、銀刀の張った障壁の中から赤槍士が『ヘファストの炎薪』を構えた。
「おっしゃー、出番ッ!!」
『ヘファストの炎薪』の中心部に発生させた莫大な熱量が渦巻き、後方にジェット噴射の如く熱が噴出する。赤槍士はそれを投擲し、銀刀の調節で彼の張った障壁をすり抜けるように飛来。障壁に超熱量の飛翔体が衝突してシールドがキキキキキギギギ!! と異音を立てて振動する。空間歪曲が無効化され、内側の非実体障壁が悲鳴を上げているのだ。
その限界を迎えたシールドに――神の腕と銀の刀が迫る。
片や、全身から噴出する黄金のオーラを腕に纏わせ、まるで本物の巨人の如き存在感と威力を。
片や、もはや風というより閃光の如き速度で刀を振り翳し、放つ前から斬られるような鋭い殺意を込めて。
「ブッッチ抜けろやぁぁぁぁああああーーーーーーーッッ!!!」
「――砕けて散れ」
――鼓動のような音が戦場に、そして世界に響いた。
数瞬の後、そこには役割を終えて砕けた『ホールブレイカー』の残骸と、ひしゃげた大穴の空いたシールドだけが残されていた。
同刻、別働の侵入部隊が紫術士の手引きでアトス内部に潜入した。




