108.棘血の王
※ちょっとミスがあったので修正しました。
けたたましいサイレンが鳴り響く中、ポニーちゃんの姉、パインお姉ちゃんが叫びます。
「アトスと周辺の人造巨人群から多数の熱源!! クラスター弾頭と思われます!! また、熱源に混ざって人造巨人と同系統の熱源が10接近中!! 移動速度からしてパトリヴァスの可能性が大なり!!」
「ちょ、宣戦布告もなしに先制攻撃とかアリ!? そりゃこっちは国家じゃねーけどさ!!」
「迎撃システムを立ち上げます!! 稼働率……82%!! 残りはまだ修理が……!!」
メガネちゃんが涙目で叫ぶ通り、アラミスの迎撃システムはまだ稼働していない部分がありました。しかし、明日までには修理が間に合う筈だったのです。ホログラムとなって艦長席に出現したアイドルちゃんが指示を飛ばします。
『シールドを攻性に、出力最大!! 地上の人間を急いで避難させてください!! 迎撃システムは現時点を以て修理箇所の作業命令を破棄!! 作業員は通常の持ち場に戻りなさい!! バースト部隊は前に!! 敵の弾頭を一発でも多く破壊してください!! 但し敵が間髪入れず攻めてくる可能性があるため、隊列を動かしてはなりません!!』
「アイアイマム!! 皆さん、敵の攻撃が着弾するまであと30秒です!!」
敵が発射した弾頭は音速を超える速度で次々に飛来し、レーダーにその姿を映していきます。バースト部隊は陣形を整えてからでは遅いと判断したのか、陣を組みながら既に火器の発砲を開始しています。
『とにかく弾幕ッ!! 発射に時間のかかる武器と反動のきつい武器は使わず手数を最優先ですよッ!!』
そう言いながら、小麦ちゃん駆るトロイメライの全身から重火器やミサイルが装甲の合間から次々に展開され、膨大な量の弾丸やエネルギー弾が発射されます。ナガト九六式の八八装備も次々に火を噴き、空の青さと対照的な橙色の弾丸たちが空の彼方へと殺到します。
Bi、Bi、Bi!! と音を立ててレーダーに映った小型熱源が、砂を息で吹き飛ばすように減っていきますが、撃墜出来たのはおおよそ五割。パインお姉ちゃんの言った通りクラスター弾頭に似た飛翔体たちが次々にバースト部隊を通り抜けていきます。
他の全部隊も通り抜けていく飛翔体を撃墜しますが、なにせ総量が違い過ぎて焼け石に水です。接近する飛翔体の半数がこの時点で外殻をパージして内部にある無数の小型ミサイルを射出し、夥しい熱源がレーダーに表示されます。
「CIWS掃射開始ッ!!」
アラミスの外壁が纏わりついた瓦礫を弾き飛ばし、無数の光の矢を発射します。まるで生物のように軌道を変える矢の数々は雨の如く放出されて敵を次々に破壊しますが、その光を弾いて迫る機械の鳥にポニーちゃんは叫びます。
――パトリヴァス10機、力場でCIWSを弾いています!!
『この速度、まさか特攻仕様……!!』
あっという間に接近したパトリヴァスたちが、アラミスの外部を覆うように展開したシールドと激突し、ギギギギ、と空間が捻じ曲がるような嫌な音が響きます。バリアの出力が100%ならば押し返せますが、現在のバリア稼働率は72%。敵機の突破力と辛うじて拮抗している程度です。これも明日ならば整備は完了していました。
同時に、今度はアトスから高熱源反応のアラート。
その意味に気付いたイイコちゃんの顔がさぁっと青ざめました。
「艦砲射撃ッ!? 『オミテッド』が発射態勢に入ってますッ!!」
アトスが誇るメインキャノン、『オミテッド』。
その本懐は威力ではなく射角だとデータにありました。
『オミテッド』による砲撃は――空間を超えて届くのです。
『空間歪曲率は!?』
「主砲前方に9,99!! アラミス直上に同数値の空間歪曲を確認!!」
『総員、対衝撃防御ッ!!』
瞬間、アトスでチャージされていたエネルギーが、まるで天罰を下すかのように真上から降り注ぎます。空間を捻じ曲げて砲撃を上から発射したのです。この空間歪曲は万能ではなく、同性質の技術に干渉されると上手く作用しないという欠点があるのでいきなり機関部やブリッジが吹き飛ばされることはありませんが、容赦ない砲撃にブリッジ内に複数名の悲鳴が響きます。
強烈な揺れに歯を食いしばりながら死の物狂いでモニターに齧りついていたポニーちゃんは、更に加速する状況を報告するために叫びました。
――シールドの強度が低下!! このままではパトリヴァスがバリア内部に侵入しますッ!!
= =
同刻、アラミス内部。
「しっかりしろ、流体!!」
『おにぃ……ごめん、なさい。もう、体が崩壊……する……』
重戦士は流体の念話を拾うや否や、すぐに彼女の予備の身体を置いてある場所に急いだ。果たしてそこにあったのは、もはや人の形すら保てない程に衰弱した流体の姿だった。
浸食によって存在としての根幹を冒され、肉体機能を再構成することさえ出来なくなっているのだ。重戦士はそんな流体の辛うじて体と呼べる部分を手で掬い上げ、自分の胸に押し当てた。
すると、彼女はずぶずぶと重戦士の身体に取り込まれる。
『あ……』
「ポニーを守る時に使った俺の体内の守護空間だ。ここならおまえも回復に専念できるだろう」
嘗て重戦士の自我が崩壊したとき、ポニーを守るという一心のみで構成された守護空間。ここは内部に入った人間を生かすためのあらゆる環境が揃っている。しかも重戦士の原型となったネイアンの力は流体と相性がいい。重戦士は自分の中で流体の崩壊が停止するのを感じた。
『わ、わたし……嫌だ。自分だけこんな安全な場所に居たくない……!』
「我儘を言うな、死ぬぞ」
喋りながら剣を握って通路を移動する重戦士に、流体は絞り出すような声をあげる。
『雪兎に侵蝕されたとき、命懸けで念話すればもっと早く伝えられたのに……私、ポニーのこと思い出して、迷って……全部台無しに……』
「先のことなど誰にも分からない。お前が生きることで開く活路もあるかもしれない。少なくともポニーはそれを聞いたら喜んでくれるさ。後悔は終わってからだ。いいから言う事を聞け……妹なんだろ、俺の?」
『……納得できない。そんな風に割り切れない。なのに……なんでおにぃの中、こんなにあったかいんだろ……』
流体はそれっきり何も言わなくなった。欠損した情報を修復するために思考回路を休止したのだろう。そうこうしている今も、重戦士には神秘術でブリッジで観測された情報が伝えられる。オペレータではなくアイドル当人からの直接指令だ。
『重戦士!! 呪剣イータを持ってアラミス上部に向かってください!! 敵が乗り込んできますッ!! 碧射手も向かわせていますので、二人で迎撃をッ!!』
「突入部隊はどうする?」
『二人を抜いて敢行します!!』
乗り込んでくる敵とやらの事はまだ分からないが、重戦士と今やオリュペス十二神具の適合者となった碧射手を向かわせるという事は、それ相応の敵が来るということだ。とうとう重戦士も、魔将としての本領を発揮して戦う必要が出てきた。
転送移動陣に入ると、瞬時に重戦士は地上に出た。
どうしてか懐かしく感じる鉄火場の気配が空間を満たし、アラミスのシールドを強引にねじ切るように吶喊する10機のパトリヴァスが視界に入る。よく見ればその腹部には本体と同程度のサイズのコンテナが装着されている。
単純に考えれば爆弾を持たせた特攻。
しかしアラミスの外壁は当時の地球人が用いる最強の防御技術で固められている。となれば、単純に破壊するのではなく、あの中にこそ敵兵が潜んでいると考えられる。いつぞやの巨亀の魔物アクーパルスが用いた戦術と同じだ。あのパトリヴァスは中身を敵地に送り込むための運搬道具に過ぎない。
「――シールド突破と同時に狙撃しますね」
背後から、凛とした声。
そこに、アルタシアの蒼弓を携えた碧射手が立っていた。
「お前に背中を任せる日が来るとはな。リメインズで重傷を負っても折れなかったその意志を買った俺の目は、節穴にならずに済んだらしい」
「当時は私も仲間も身の程知らずでした。貴方がいなければ足が千切られるか、魔物の餌でしたね……」
「だがお前は立ち上がった。リメインズの挫折を糧にここまで来た」
嘗て――重戦士は四人の日雇い冒険者パーティの指導を任された。
リメインズを探索するマーセナリーには日雇いから成り上がりたい者も相応数おり、そして彼らはリメインズの過酷な環境を甘く認識するため指導がいなければすぐにでも死ぬ。指導を無視しても死に、無視せずとも覚悟が決まっていなければ死ぬ。四人のパーティは模範的な戦士たちだったが、多くの人間がそうなるようにリメインズの危険に呑まれ、最終的には重戦士の手助けなくば全滅する憂き目に遭った。
全員が日雇い冒険者と上位冒険者の生きる世界の違いに絶望する中で、最も重傷を負ったエフェムの少女だけが、前に進もうとしていた。今となっては懐かしい、たった一度の出会いで終わる筈だった話だ。
だが運命は絡み合い、彼女はここにいる。
いい仲間も見つけ、修練を重ね、高みへと上り詰めた。
「あの日は言えなかったが、今は言える……背中は任せたぞ」
「光栄です、大先輩!!」
パトリヴァスがシールドを突き破ってアラミスに迫ったその瞬間、数千に及ぶ空色の風の刃が弓から発射され、パトリヴァスをコンテナごと微塵切りにする。風すら置き去りにする瞬撃に現実世界さえ反応が一瞬遅れ、やっと時間が追い付いたように10の爆発が空を彩った。
碧射手は遠見の術とはまた違った神秘術の光を瞳から燐光のように漏らしつつ、淡々と告げる。
「敵の半数は今ので仕留めましたが、全く攻撃の通らなかった者も半数います。数にして100。恐らくアイドルちゃんが事前に説明してくれた『エインソフ・オヴル』の術を纏った存在です」
「無限数。刻の停止した者たち……か」
「ですが、魔剣イータとアルタシアの蒼弓ならば。空の敵は引き受けるので、着陸した連中をお願いします」
「了解」
空に広がる爆炎を突き抜け、風とも違う加速によって飛来する無数の人影。彼らは一様にアイドルの身に着ける服装と少し意匠の似た全身を包むような奇怪な生地を纏い、原理の不明な数銃や剣らしき武器を携える。
未知の敵を前に、重戦士は――全身から血を噴出させた。
攻撃を受けた訳ではない。ただ、重戦士が魔将としての力を発動させつつ戦うには、内部に溜め込んだ血を解き放った方がやりやすい。
碧射手はそれに何も言わずに空を凝縮したような神秘の矢を次々に放ってアラミスに取り付こうとする敵たちを攻撃し、彼らの着地場所を天空都市の平地部分に強引に誘導する。抵抗した者には矢継ぎ早に攻撃を仕掛けて無理やり移動させ。彼らは重戦士が広げた血の上に落ちる。
瞬間、重戦士は拳を振り上げ、自らの足元に広がる血に叩きつけた。
ぶわっ、と、衝撃が波打つように蠢き、血の中から夥しい量の剣、槍、刃のあるありとあらゆる血みどろの武器が次々にせり上がる。それらは意思があるかのように的確に侵入者たちを斬り上げ、叩き、囲った。
まるで悪夢とでもいうべき、血と鉄に彩られた悍ましい世界。侵入者たちの顔はヘルメットに隠れて見えないが、その手足は誤魔化しようもない動揺に震えている。
その程度の覚悟で敵地に乗り込んでくるとは、浅はかなり。
「攻めたつもりか……笑止、貴様らはただ怪物の口に自ら飛び込んだだけのこと。逃げ場など与えんぞ、操り人形と化した者どもよ」
鮮血の茨に塗れた禍々しい道の最奥に佇む血の主――重戦士は、血よりなお赤く煌めく呪剣イータを片手に、侵入者たちに手招きした。




