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受付嬢のテッソクっ! ~ポニテ真面目受付嬢の奮闘業務記録~  作者: 空戦型
十二章 受付嬢ちゃんよ!

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107-2.ユートピアにおいでよ

 時は遡り――数時間前、歴王国。

 

 流体は、分割した三つの肉体の一つを用いて歴王国内を見回っていた。

 デナトレス・フロイドという魔物は分裂できる。分裂した存在は全てが偽物であり本物。バラバラに別の思考を持って行動しているように見えても、深層部分ではひとつの意識によって動かされている。万一の時の為に自分の欠片をアラミスに残して行動しているため、歴王国全ての流体が消されたとしても生き残ることが出来る。


 ただ、それをせずともデナトレス・フロイドという存在は生存能力の一点に於いて極めて強力だし、死んだところで死の間際に情報を女神かあさんに送ることは出来る。ハイ・アイテールとの戦いで散ることは別に流体にとって恐怖ではない。むしろ自分が抵抗することでハイ・アイテールの世界への侵蝕を食い止められるなら、そこを散りぬべき場所と定めてもよいくらいだ。


 それでも申し訳程度の本当に些細な保険を残したのは、ポニーとの会話を思い出してしまったからだ。別に特別ではない、普通の人が言いそうな言葉なのに、どうしてか思い出してしまった。


 まぁ、結果としてはこちらで敗北してもあちらで復活すればまた女神の役に立てると思えば、悪いことではない。唯一の懸念は、ハイ・アイテールの侵蝕・変化能力のことのみだ。


 それにしても――と、椀々軒の看板娘の姿と思考を借りて町を歩く流体は周囲の活気に内心眉を顰める。


 ここ数日、国内には国王が大いなる記念を祝してパレードが行われるという情報が流布され、国内はお祭り騒ぎだ。大通りからは続々と海外から帰省した人々が家族との再会を喜び、歌い、飲み、食べ、来るべき未来を語らっている。


 一見すればただのお祭り騒ぎ。

 されど、彼らの語らう未来とやらを聞くとその光景は一変する。


「不老不死かぁ……どんな感じなんだろうな!」

「若返らせて貰えるって話よ? お腹も減らないから食べたいときだけご飯を食べられるわ!」

「ママぁ、しゅくふくってなぁに?」

「女神様が私たちを永遠の楽園へ導く為の儀式よ? そんな儀式を優先して受けられるなんて、歴王国民で良かったわね!! 王様に感謝しなさい? 今まで女神に認められる程正しい行いを続けてきた王様に!!」

「うーん……わかった!!」


 彼らは笑い、飲み、食べている。

 歴王国に運び込まれる飲食物の量を度外視した騒ぎで。


 祝福を受ければお金も不要とロバルをばらまいて遊び、子供たちはそれを拾って束ねて積み木ごっこ。普段なら公序良俗の面から顔を顰められるような奇抜な恰好で踊っている者もいれば、完全に仕事を放棄している会社員らしき人物も見受けられる。


(コピーした人間の感性で言うなら……狂気、って言うのかな……)


 彼らは、これから先の生活がどうでもいいのだ。

 実際に彼らに先んじて女神の祝福を受けた人物たちの姿を見て、その話を聞いて、特に中流から下流の階級の人々は女神の祝福なるものを信じ切っている。


(慈母という前例があったのも要因の一つかもね……老いぬ体、陰りのない若さかぁ。人は当然憧れるよねぇ)


 祝福を信じれば、これからの生活に食も職もお金さえも必要ない。

 商人はまだそこまで祝福を信じ切れていないのかまともに商売しているが、既に買う側がまともではない。明日からの生活に困窮する程の金を出して豪遊し、「こんなにお金を使うのは初めてだ」と無邪気に笑っているのだ。


 今まで自らの行動と文化性にあれほど誇りを持っていた歴王国民のお祭り騒ぎは誰もが笑顔で、誰もが盲目で、抑制されていたあらゆる人間性で溢れ返っている。

 民衆の誰かが声高らかに叫んだ。

 我々はあらゆるしがらみから解き放たれ、自由になったと。


(そんなの自由じゃない。絶対的な存在に縋って生きて……みんな自分たちで考えることを放棄しようとしてる)


 自らの信愛なる女神が望むそれと正反対の世界。

 それに向けて邁進する人々の一人が、看板娘の姿をした流体に声をかける。


「ケレビムかい? そうかそうか、君もか!! ようこそ歴王国へ!! 選定は王城でやってるよ!! 共に新たな時代の先駆けとなろうじゃないか!!」

「そうですよ!! ケレビムと我々は今まで良好な関係とは言えませんでしたが、これからは和解と平等の時代です!!」

「……皆さん、ご親切にありがとうございます。流石は先んじて女神さまに選ばれし民……こんな田舎娘の私を気にかけてくださり、ありがとうございます!」


 内心全てを覆い隠した演技で微笑むと、周囲の歴王国民も満足したように頷く。


 現在、歴王国の王城では選定の儀とやらが執り行われている。

 実際にはそれは、国籍変更の手続きを簡素化したものだ。


 歴王国はマギムの国だが、実はこの国は二重国籍を認めている。簡単に言うと、歴王国に住んでいないし愛着もないしマギムですらない人の中に、書類上歴王国の民になる資格を持つ人間がいるということだ。


 その二重国籍者の中に、時折完全に歴王国に国籍を移したい人間が出てくる。歴王国はそれを審査の末にそれを受け入れ、その人物の国籍を自国民に一本化することで国民として受け入れてきた。

 そして今、そんな二重国籍者が王城に集められているのだ。歴王国が神の国になるという噂を聞きつけ、勝ち馬に乗ろうと故郷に見切りをつけた人々が。


(普通の噂ならここまで広がらないし、人数も……でもこの噂は短期間で王城に行列が出来るほど広がってる。それは――噂を運ぶ言葉にハイ・アイテールが神秘を混入させたから。絡繰りが知れれば防げるけど、それに気付いてるのって多分、女神かあさま側だけよね)


 歴王国が神の国になり、国籍を持つ者は先んじてその住民となる。

 その意味を持つ言葉に、歴王国内部から発される異質なアイテールが結合し、伝えた相手の心に沁み込むように認識させる。文章の場合もインクか何かにアイテールが結び付き、読んだ対象の脳にダイレクトに強いイメージを与えているのだろう。


 つまり――噂を伝染させ、信じさせる神秘術。


 それを実現するには途方もない数列処理と神秘量が必要になる筈だが、ハイ・アイテールの通常アイテールと違う性質を以てすれば容易な事なのだろう。情報戦に於いてこれほど恐ろしく効果的な神秘術はない。神秘に造詣のある人物すらこの事実に気付いていないというのが真に恐ろしい所だ。


(唯一の救いは、その術が人を殺める方向性には進んでいないことかな……『理想の家族』の思想を定着させる足掛かりにもなってるんだ。アレにとって暴力や謀略、虐殺は『理想の家族』から程遠いってことかな)


 そして、選定という特例的な儀式を経て二重国籍者は祝福を受ける。

 何らかの基準で優先的に祝福を受けている人々と同じように。


 祝福の正体。それは、高度な加護と洗脳だ。

 先日のうちに祝福を受けた人間を調べて、流体はそう結論付けた。


 一つ、家族には優しくする。

 一つ、家族に暴力は振るわない。

 一つ、家族とは助け合う。

 一つ、家族は別れてはならない。

 一つ、家族に隠し事はしない。

 一つ、家族は多い方が良い。


 一見してそこまで異常には思えない絶対原則を脳にインプットされ、慈母や銀刀のように体の時間を停止させられることで老いも空腹も感じなくなる。その応用で若返えりまでしているそうだが、それはより深くハイ・アイテールの侵食を許すことでもある。


 洗脳された人間は、女神を家族とし、その原則に従うこと以外の幸福感を抑制され、逆に暴力的で排他的な考えを忌避するようになる。ただし、女神がいいと言えば彼らは納得し、やがてそれに不満を持っていたことさえ思い出せなくなるだろう。


 ハイ・アイテールを頂点とした、限りなく平等な社会だ。

 彼女は人種も年齢も考慮しない。

 牢獄の罪人すら祝福しようとしている。


 ただ例外的に――家族に暴力を振るった罪人は、女神の代行者の手に寄って例外なく全員が特殊刑罰として何処かに連れていかれた。その隙を縫って紫術士は牢を脱出している。


(シルバーとプラチナに変化して情報を探ってるけど、正体がバレる訳にもいかないから思う程深く入り込めない……それにアトスの重要施設は自己保全のための防衛機構が厳しくて入り込めない。どんな作戦で来るかだけでも読めればいいんだけど……ここにいる私に出来るのは、民の様子の確認ともう一つ――)


 流体が訪れたのは、王都で最も大きな孤児院。

 その孤児院から、子供たちを連れた一人の優美な女性が現れる。


「ねーせんせー、どこいくのー? 遠足ー?」

「せんせーと一緒に出掛けるの久しぶりだねっ!」

「ねむーい……ねぇ、いつ帰れるのー?」


 それぞれが鞄に荷物を詰めた子供たちの問いに、その女性――慈母は微笑む。


「お泊り会ですよ? 王国の中にある不思議な遺跡を巡ります。夜は王国の方々が好意でホテルを貸してくださっているので、粗相のないよういい子にしているのよ?」

「あれ? せんせぇ、一緒にいてくれないの?」

「……ごめんなさいね。先生また頼まれごとをしちゃって」

「「「えぇーーー!!」」」


 子供たちが如何にも残念そうにしている顔に、慈母は少しだけ寂しそうな顔をした。そんな彼女は布にくるまれた棒のようなものを背負っている。その意味を敏い子供たちは知っているのだろう。


「今回は暫くかかります。他の先生たちも一緒にいるから寂しくないと思うけど、先生も出来る限り早く終わらせて皆と一緒に遺跡を巡りたいわ」

「せんせー……」


 子供の中の一人、前歯の欠けた男の子が慈母の服を握った。


「帰ってくるよね……」

「当然です。私は強くて優しいみんなの先生ですから」


 屈託のない笑みに、男の子は引き下がるように頷いた。


 慈母は時折、王都周辺に危険な魔物が出ると政府の頼みで狩りに向かったり、新兵の養成に顔を出して元騎士として心構えを説いたりしている。頻繁ではないが、同じことが何度もあったからこそ子供たちも納得している。

 ただ、きっと、男の子は今回のこれが今までとは違うことを肌で感じたのだろう。


(やっぱりこうなっちゃうよね……慈母は孤児院の子どもを守るため、歴王国側に着かざるを得ない。ごめんね、戦いにくいよね……)


 慈母とは数度、魔将のつながりで連絡を取ったことがあるため、彼女はこちらの事情は知らずとも魔将の正体とそれに指示する存在――それが女神とまでは知らないが――については知っている。

 まず間違いなく今の歴王国の異常性を理解しているし、戦の気配にも勘付いている。


 だが、彼女はこちら側には着けない。

 この国には彼女の多くの知人、友人、そして孤児院で育った子供たちがいる。彼らを裏切ることは彼女には出来ないし、子供たちを置いて去ることも出来ない。彼女は合理主義の戦士ではなく、清廉で慈悲深い騎士だ。騎士を辞めた今も国には忠誠を誓っている。


 ポイントは子供たちだ。

 知人、友人、孤児院を一人立ちした子供は既に自立した大人であり、慈母が生き方に口を挟むものではない。しかし子供たちには絶対に大人の加護が必要だ。真面目な彼女が周囲の反対を押し切ってでも戦線から離脱する理由を用意するには、子供たちを利用するしかない。


 完全に悪党の考えだ、と自嘲する。

 しかし、彼女は現役の英傑だ。敵に回れば最低でもこちらの最高戦力の一人は足止めを受けることになる。明日までに子供たちを安全に国外に運び出す術を見つけなければいけない。そう思いつつ、流体は静かにその場を後にした。


 ここも歴王国に監視されている。

 これ以上は発見されてしまうだろう。


 と――てん、てん、と音を立てて大きなゴムのボールが跳ね、流体の足に当たって止まった。


「あ……」


 ボールが来た方向を見ると、そこには白いワンピースを着た黒髪の少女がいた。ボール遊びのボールを落としてしまったのだろう。やってしまった、という少し怯えた顔をしていた。

 しかし、流体は別段気にしていない。彼女を安心させようとボールを拾い、彼女に歩み寄る。


「はい、これ。落としたんでしょ?」

「あ……ありがとう、ございます……」

「気にしないで。それよりあなた一人?」

「うん……孤児院の子と遊ぼうと思ってたんだけど、出掛けるの知らなくて……」


 成程、彼らの移動は急遽決まったことらしい。

 だとすれば受け入れ態勢に綻びがあるかもしれない――と顔には出さず思案を巡らせながら、流体はボールを渡す。遊んであげたいが、別れなければならない。


「私、これから王城に向かってセンレーっていうの受けるの。もし終わったら……一緒に遊ぼうか?」

「う……うん! わたし、ボール遊び好きなの! 一緒に遊ぼっ!」


 少女はぱぁっと笑顔になった。

 まぁ、分身を増やせばまだ何とかなるだろうと思って握手して、ふと疑問に思う。


 ボール遊びする子供が、ワンピースという服装を――それも、汚れの目立つ白を選ぶだろうか、と。


 その思考を行うのが遅すぎたのか、早すぎたのかは分からない。

 一つだけはっきりしているのは、流体が「失敗」したこと。


「――この国への叛意と隠し事がある」

「え……」


 気付いた時には、繋いだ手から流体目掛け、夥しい光の筋が肌を這うように侵入してきていた。この光は恐らくは、ハイ・アイテール特有の概念侵蝕――。流体の目が極限まで見開かれた。


「あなた、まさかッ!!」

「機械仕掛けの神の尖兵。条件不一致。あなたはいらない」


 相手の髪が白く変化し、目が赤くなり、顔立ちが変化していく。

 その姿は、雪兎と呼ばれるそれに相違なかった。

 真綿に水が染み込むような急激な速度でハイ・アイテールが侵食する。現在の看板娘の姿をした端末だけでなく、その奥――流体という存在の中枢目掛け、あらゆる抵抗を食い荒らすように突破して。


「いっ、ギッ、あ゛あ゛ぁああああぁぁああああああああああああぁッッ!!?」


 同刻、シルバーに擬態した端末が断末魔のような絶叫を上げて民の目の前で崩れ落ちて、床に極彩色の液体となって消えた。プラチナもまた同様に。そして雪兎に直接侵蝕されていた看板娘の姿の個体も同様に、握手の姿勢のまま崩れた。


 ぱしゃん、と液体が地面に跳ね、雪兎の素足と繋いでいた手から垂れる。

 雪兎はその液体を口元に運び、舐り、そして吐き出した。


「情報消失……逃げた。でも情報は拾った」


 雪兎の姿はその場から掻き消え、代わりにアトスのブリッジに座っていた雪兎が指令を出す。「しあわせのかぞくけいかく」を邪魔する者を先手を打って叩き潰す為に。


 個体としての深層まで損壊した流体が辛うじて喋れる状態でアラミスに姿を現す頃には、既に迅速などというレベルではない速度でアトスはアラミスへの奇襲を敢行していた。


『ごめん、おかぁさん……擬態がばれて、ヘマ……しちゃった……』


 ――時間は、現在に戻る。

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