107.受付嬢ちゃんよ出番だ
ロボットの操縦と言えば両手で二本の操縦桿、と思っていたが、未来のロボットの操縦は脳波でダイレクトに出来るため、手での操縦はそう多くないらしい。それでもレバーがあるのはきっと浪漫に違いない。
おらワクワクしてきたぞ、と言いたいのを堪えながら、桜は人造巨人――ニヒロを操縦して空を飛んでいた。慣熟飛行名義なので割と適当に飛ばしているが、段々と動くコツが掴めてきた桜は周囲の機体も見渡す。
現在、アラミス周囲では実際に人造巨人を動かす訓練が行われている。
砲撃も可能な閉鎖空間を発生させているが、弾薬やエネルギーの問題から発砲は行っていない。
ブリッジから、堂に入ったイイコちゃんのオペレートが響く。
「バースト部隊、応答してください」
『こちらバースト部隊隊長小麦! 問題なーし!』
「了解。追加装備の具合はどうですか?」
『ストライクパッケージ、特に異常なし……皆はどぉ?』
『八八装備、状態良好!! いやー、素の状態より痒いところに手が届くぜ!』
アーマー1を名乗ったのは重爆機『トロイメライ』に搭乗した小麦だ。
その他の機体は八八装備という特殊な追加装甲を装着した『ナガト九十六式』が10機の計11機でバースト部隊は構成されている。なお、ナガトに搭乗しているのも全員ガゾムだ。
トロイメライに装着された追加装備『ストライクパッケージ』は。元々推力は高いが敏捷性に欠くトロイメライの巨体の反応速度と初速等を底上げし、更に追加火器まで搭載した装備だ。人型機特有の三次元的な動きは出来なくなるが、トロイメライは元々そのような動きに向いていない。
イメージとしてはロボットより戦闘機に近く、高速移動しながら矢継ぎ早に敵に砲撃を仕掛けて陣を崩すのが主な役割になる。
ナガト九十六式は大気圏内の高速戦闘を前提とした追加装甲によって更にゴツくなったが、肩部や腰部から砲撃可能な武装付き。こちらは人型機の特性を残しつつ機動力や推力が増しているため、速度だけなら敵の主戦力であるガルディータス以上だ。
ただ、反応速度では劣る為に、やはりトロイメライを主軸とした砲撃支援が主な役割だ。
『しかし敵はこの追加装備とか使ってこないのか?』
『アイドル司令によると、そもそも追加装甲は欠点を補う為のもので、完成された機体であるガルディータスとヘイムダールにはないそうです。ただ、パトリヴァスに関してはその限りではないので十分に気を付けてくださいね?』
パトリヴァスはこちらにはない機体で、人型ではなく支援機だ。
データを見た所、形状は厚みのある飛行機といった感じだが、相当厄介だ。最高速度はガルディータスさえ上回り、火器も豊富。更に特殊な力場を発生させて飛ばしたり、それをバリアに体当たりも可能だそうだ。一応ながら接近戦用のマニュピレータもある多芸ぶりである。
それだけの戦闘力を持ちながら、本質はあくまで支援。内蔵武装も実は半分以上が武器を失った味方の人造巨人に渡すためのもので、弾薬や武装を渡すことで更に機体が軽くなる。最初から補給物資を外して別の戦闘用アタッチメントを装着できるなど、戦局に応じて役割も装備も変わる。
ナガトとは相性が悪いため、別の機体が早期に仕留めるのが吉だろう。
続いて、メガネちゃんのオペレートだ。
『イーグル部隊、応答願います!』
『こちらイーグル部隊隊長ゴールド。全機異常なし』
『凄い反応速度だ……イメージと速度にラグがない。ドラグノフ、これほどか……』
『アルキミアも負けてないぞ?』
ゴールド駆るアルキミアは絶好調だ。
アルキミアは接近戦が主体ながら射撃武器や中距離武器もある優等生で、パトリヴァス以上の力場発生装置も搭載されている。両肩部からは重力波砲、腕部や脚部などには攻防一体のエネルギー発生装置。更に多目的ブレードを二本と隠し玉まである。
スペックは敵の隊長機格であるヘイムダール以上。
ゴールドが性能を引き出しきれるならばこの上なく頼もしい戦力となる。
また、アルキミアの反応速度に追従可能な高機動機であるドラグノフは、内蔵武装のみしか武装がない代わりにステルス系の機能が非常に優秀だ。敵のセンサー性能も高いので全く気付かれずとはいかないが、一瞬の判断が勝敗を分ける戦いに於いてこのステルスは様々な用途がある。パトリヴァスよりは弱いが力場装置も搭載しているため、見た目よりは耐久力もあった。
なお、水槍学士もこのドラグノフに乗っている。
彼の頭脳と機械への理解は頼りに出来るし、手持ち装備で得意の槍も持ち込んでいる。
『我々の仕事はバースト部隊の砲撃で乱された敵陣に突っ込み、一機でも多くの敵を仕留めること。責任重大ですね』
『最悪、仕留められずとも時間を稼げば頭領たちが上手くやります』
『殺害が目的ではないとはいえ、闇討ちは我らの本領。容易く落とされる気はない』
そう言ったのは、他のドラグノフに搭乗するアサシンギルドの面々だ。暗殺の為に手段を選ばない彼らなら、ドラグノフのステルス系能力を十全以上に引き出すだろう。
次はギャルちゃんのオペレートだ。
『デルタ部隊、応答シクヨロー』
『こちら軽業師、問題ないのじゃ!』
『こちらタレ耳、感度良好。機体各部異常なし』
『こちら白雪っきゅー! 人間形態でも負けないっきゅよー!!』
『……白雪が人型になってるぅぅぅぅぅぅーーーーーッ!?』
『もうこのパターン飽きてきたっきゅ……』
すまない、拡張性ガバガバに作ったせいで白雪を七変化させて。
現在の白雪はなんというか、フサフサ気味の白いドラゴン娘みたいな感じである。年齢は幼く、一応人の形を真似ているだけなので現時点で性別はないらしい。軽業師とタレ耳まで決まった際、この二人に合わせるパイロットは誰だとなったときに白雪が変身して名乗り出たときは流石に驚いたものだ。
三人は貴重なガルディータスⅣに搭乗している。
このガルディータスⅣはどの機能でも平均以上の万能タイプで、どんな操縦にも応える優秀な機体だ。アタッチメントに複数の武器を装備できるので装備次第で好きな戦闘スタイルになれる。この三機はオペレータの指示で細かく動き回る役割を与えられている。バースト部隊に攻撃が集中したらそれを散らし、イーグル部隊が包囲されたら援護し、自分たちが囲まれたら派手に動き回って更に注意を引くことで他の部隊を活かす。
突入部隊の援護も彼女たちが行う予定だ。
更に、実はアイドルの支援によって各機は生身の延長感覚で神秘術を扱えるようになっているため、特に軽業師のガルディータスは凄まじいポテンシャルを発揮するだろう。
タレ耳は術を得意としないので恩恵は薄いが、機体操作の覚えの速さと反応速度はむしろ味方の中でもかなり優秀な為に腕でカバーできるだろう。
白雪は碧射手と同じ術を得意とするし、根本的に人間ではない為か、人間では出来ないレベルの情報をあっさり処理するためこれまた優秀だ。観察によって成長する為連携能力も抜きんでている。
さて、先ほどアイドルの支援と言ったが……その支援を可能としているのは、実は残された最後の人造巨人である『ニヒロ』の存在である。
――ニヒロ、応答願います。
いつのも真面目そうなポニーの声に、桜は返答する。
「こちらニヒロメインパイロット、桜。システムは順調に稼働している。機体各部も異常はない」
「副操縦士のアイドル、同じく。A.B.I.E.システムの稼働率を上げて実体幻想を具現化させます」
継ぎ接ぎのような統一感のない機体――ニヒロから青白い光が漏れると、その周囲に半透明の『ガルディータスⅣ』が出現する。まるで幻だし、実はガルディータスが増えた訳ではない。
しかし、それはただの空間に投影された映像ではない。
「仮想敵設定、ロック、ファイア」
幻のガルディータスは、まるで人が操縦するかのように滑らかな動きで仮想敵に発砲。次の瞬間仮想敵は粉々に破壊された。幻のガルディータスはそのまま霞のように消え――次には4機に増えてまた出現した。
「実体強度、問題なし。複雑な機動をさせるなら4機、単純な動きでよければ最大24機出せます」
「すげぇ……遊ばせておくには惜しいって、こういうことか……!!」
曰く――ニヒロは全く新しいアプローチのシステムを搭載した非アイテール実験機だったらしい。だがシステム完成と同時にハイ・アイテール騒ぎになり、結局フレーム側は完成しないままこの地に流れ着いて今まで文字通り埋没していたという訳だ。
A.B.I.E.システム――それは、特定の物質から超高密度な情報の写しを取り、その情報に特殊な次元連結、時空間干渉、エネルギーの注入を行うことで「まるで本当にそこに複製物が存在し、動いているかのような現象」を引き起こすシステム。
ありていに言えば、このシステムは自他問わず分身を作ることが出来るのだ。
このシステムを応用すれば、人造巨人と操縦者のスケールや認識をもシステムで繋げられる。これが神秘術を機体サイズで扱える絡繰りだ。本来は時空間を超えた世界への干渉手段とするのが目的だったらしいが、兵器としての優秀さが目立ってしまったのかもしれない。
ただ、システムの出力限界や対象存在の情報量の再現限界があるため、例えばアラミスを増やすとか、オリュペス十二神具を増やすといった無茶は出来ない。また、思考回路等の模倣は技術的に不可能なため、分身の操縦は全てアイドルの驚異的な処理能力によって行われている。ちなみにアルキミアを増やそうとすればガルディータスより出せる量は減るだろう。
ちなみに攻撃性能も防御性能も流石にオリジナルデータには劣るため、簡単に破壊される。だが、どんなに倒されても所詮は分身。少し時間があれば再構成出来るため、実質無限に増援を呼べる。壊されても困らない味方は使いやすい。
人造巨人の頭数が少ないこちらにとって、立っているだけで攻撃も防御も出来る機体はアラミスの直掩にもってこいだ。
「……働いてるの殆どアイドルだなこれ。俺いるか?」
「ユーザーによる本機そのものの操作は重要です。それに、このシステムを稼働している間は神秘術を使う余裕がありません。いざというときは頼りにしていますよ、ユーザー」
「むぅ……ま、乗れただけで嬉しいし娘に期待されるのも悪くないな」
「ま、またそれを言っているのですか……誕生年月日的には私の方がお母さんですよ? いえ、おばあちゃん以上です!」
冗談めかした会話。アイドルは最初こそ融通の利かない感じがあったが、今は会話を楽しむという感覚を覚え始めている気がする。そんな彼女の無垢な部分を垣間見るたび、母や管理者としての責任感とのアンバランスさが不安になる。
桜には予感があった。
アイドルは雪兎を道ずれに自らも死ぬ気かもしれない、という予感が。
「そろそろ時間です。今度は強度の高い仮想敵を術で出現させ――」
アイドルが言いかけたその刹那、ポニーの姉のパインの声が突然割り込んできた。
『空間転移反応を確認!! 十二時の方角、距離2000!!』
警告は一つでは終わらない。
ブリッジに居る他数名のゼオムオペレーターたちが連鎖的に報告する。
『巨大な熱源がワープ・アウトしました!!』
『熱源から人造巨人クラスの小熱源が次々に出現! 数10……20……なおも増加!!』
『データ補正……推定質量、重量共に本艦とほぼ同一です!!』
『……? おい、予定では同数の仮想敵を出すって話じゃ……』
「私はまだ仮想敵を出現させていません。つまり――この敵は幻ではない!!」
――暗号通信を受信!!
今度はポニーからの報告だ。
その内容に、俺は歯噛みした。
――情報漏洩!! 歴王国は宣戦布告前にアラミスと決戦を行う所存!!
地平線の彼方から、巨大な影とそれを取り巻く無数の兵器たちをモニタが捉える。まるで魔王の軍勢か、天空の城の如く雲を突き破り、地上に巨大な影を落とすそれは、歴王国の王都が上にまるごと乗った巨大な宇宙船。
着脱式防衛艦『アトス』による、四倍以上の人造巨人を引き連れての急襲――想定だにしていない、最悪のシナリオが目の前に広がっていた。
時刻はまだ朝。アラミス内部の防衛戦力である氷国連合からの援軍がまだ来ていない。今から連絡して転送して来ても接敵までに配置が間に合わない。
《ごめん、おかぁさん……擬態がばれて、ヘマ……しちゃった……》
それは、歴王国から念話で届いた、消え入るような流体の声。
第一種戦闘配置を知らせるアラートが鳴り響く中、総司令官として手早く指示を飛ばす気丈なアイドルの手が、きりり、と強く握りしめられる音を、桜は確かに聞いた。




