103.受付嬢ちゃんよ人が増えるぞ
「これがシミュレータ……本当に巨人を動かしているみたいだ」
曰く、仮想の世界で仮想の人造巨人を操ることで動かし方を覚える訓練の為の機械だというそれに入りながら、ゴールドは誰に言うでもなく呟いた。
今、ゴールドは球状の空間の中央に据えられた機械仕掛けの椅子に座り、頭にカチューシャのような神秘道具を装着して巨人を動かしている。厳密には巨人は動いておらず、現実で同じことをすれば同じ動きをするのだという幻を見せられている状態だそうだ。
球状の空間はまるで空を浮いているように外の光景の幻が写し出され、視界はすこぶる良好。古代の技術には際限がなかったのだろうかと思わされる。
ゴールドは機械関係にそれほど明るくはないため、機械仕掛けの椅子に埋め込まれたあらゆる計器類の操作方法が理解できない。しかし、頭のカチューシャがゴールドの「こう動かしたい」というイメージに即して実際の動かし方を頭に送り、それを機械が反映するという方法で擬似的に操作を実現している……らしい。
マン・マシーン・インターフェイス。人と機械の間を取り持つシステムだそうだ。使い方がまるで分らない素人だったゴールドでも、これのおかげか歩く、走る、殴る、空を飛ぶまでの動きをなんとか理解するに至っている。
と、画面の端に四角い窓が出現し、そこに見知った顔が映し出される。
『こちらオペレータ……ゴールド兄さん、聞こえてる?』
「ああ、顔も含めてばっちりだ」
『凄いな……あんな鉄の箱の中に入っている兄さんとこんなに明瞭な言葉のやり取りができるなんて。古代兵器ってのはつくづく凄まじいものだよ』
「ひとまず基本的な動かし方はなんとかなったが、戦闘を想定してるんだろ? これからどうすればいい?」
『今、エレミ……じゃなくて、アイドル様が『ふぃってぃんぐ』っていうのをしてるらしい。数分後に武器の使用が出来るから、それまで慣らしてて欲しいってさ』
「そっか……」
シルバーもシルバーなりに役に立ちたいと、古代の機械の使い方を覚えて補助をしている。その傍らにはシルバーの婚約者であり、自分の嘗ての婚約者でもあるプラチナもいた。
『それなら、何かお話しましょ? ゴールドのガールフレンドのこととか?』
プラチナは、シルバーからの連絡で彼を回収することになった際、シルバーの要望で千里家の人間も脱出させられないかという話になったことでこちらに来た。
ただ、プラチナの家族は来ていない。
説得に向かった際、千里家の当主は「既に自分は王に誓いを立てたから引き返せない」と断言した。その上で、彼は「プラチナを連れて行って欲しい」と要望した。これは彼自身のけじめでもあり、生存戦略の一つでもある。
千里家が女神を騙る存在に騙され滅ぶことになったとしても、プラチナは生き残る。女神がプラチナを滅ぼしても自分たちは残る。二つの陣営に自分と血縁者を分けることで、どちらが勝っても家が残るようにしたのだ。
無論、葛藤はあっただろう。彼女と父親の交わしたハグは、まるで今生の別れのように長く、静かだった。女神に対する裏切りともとれるこの行為によって自分の命が果てる可能性を考慮していたのだろう。結局今の所、女神を騙る大人雪兎は個人をどうこうするアクションを起こしていない。
見逃しているのか、関心がないのか――それは判別が難しい。
案外、彼女もまた宣戦布告に向けた準備でそれどころではないのかもしれない。
『ゴールド、ちょっとゴールド? あれ、通信が切れちゃったのかしら?』
「ああ、すまない。考え事を少しね。ガールフレンドの話だろ?」
『そうそう。私を捨てておいてまさかあんな貧相な体の女を口説くだなんてショックだわ?』
「何言ってるんだ今更。シルバーがいるだろ、君には?」
『あはは、そうなんだけどね? 元婚約者として一言くらいジェラシーの言葉が必要かと思っただけよ』
父との今生の別れになるかもしれない運命を前に、彼女も内心は不安なのだ。それこそこんな会話を続けていないと内なる不安に押し潰されそうになる程に。だからこそ、ゴールドは己を偽らずにいることにする。
「赤槍士は体形に関係なく魅力的な女性だ。今更あっちが嫌だと言っても俺は絶対に心を奪ってみせるさ」
『サディスティックに情熱的だね、兄さん……ところで、その彼女はシミューレータに乗ってないようだけど?』
「ああ。彼女はそもそもオリュペス十二神具の適合者だからな。人造巨神に乗る必要がないらしく、適合者同士のレクチャーに向かったよ」
一緒に居なくとも既に心は繋がっている自分の恋人を、ゴールドは思い浮かべた。
= =
「天下無敵の美少女冒険者、碧射手!! パートナーの白雪と共に堂々復帰よ!!」
「きゅっきゅー! 新たなご主人の力にオソレオノノクっきゅー!」
「白雪が喋ったぁぁぁぁぁあぁあぁぁッ!?」
大山鳴動驚天動地、古今未曾有の大激震に赤槍士が悲鳴を上げる。
一回り大きくなった白雪は、翼で宙に浮きながらその悲鳴に対して人間のようなやれやれポーズを取る。
「なに寝惚けたこと言ってるっきゅ。クリエイターにそうなれるよう作られたし、みんなの会話を聞いて学習してたっきゅー。これぐらい喋れるようになってアタリ・マエダのクラッカーっきゅよー」
「古語までマスターしてるっ!?」
(ていうかそれ、俺の時代で既に死語……)
クリエイターこと桜は、また地球の妙な部分が伝わってるなと思った。
ちなみにアタリ・マエダのクラッカーとは、太古の菓子屋アタリ・マエダ職人が作ったクラッカーは非常に美味しく、クラッカーという食べ物は昔からあったにも関わらずまるでアタリ・マエダが開発者であるかのように語られたという古事から取って、それだけ世間に浸透している当然の知識であることを指すらしい。
果てしなく事実と乖離しているのは最早言うまい。
久々に合流した碧射手は服装に少し露出が増え、顔には赤褐色の染料で目の下や頬に民族的な化粧をしている。エフェムの戦化粧――ではなく、神秘をより効率的に扱う為の術の一種らしい。
合流した碧射手は迷いなく桜の胸に飛び込み、存在を確かめるように胸元に顔を埋めたのち、抵抗する間もなく頭を掴んで桜の耳を甘噛みした。
「ただいまのお耳ハムハムさせて!」
「許諾なく既にしてるじゃねーか! あふ、ちょ……くすぐったい上に周りに見つめられて凄く恥ずかしいぞ俺は!」
「じゃあ私の耳をハムハムすれば相対的に恥ずかしくないんじゃない?」
「それエフェム式のいちゃつきしてるだけだろっ!! ……今回は本当にシャレにならない戦いになるんだぞ? 本当に参加して後悔はないんだな?」
桜は真剣な眼差しで碧射手に問うが、碧射手は愚問とばかりに桜の耳を少し強めに噛んだ。
「いづっ!!」
「今更そういうことは言いっこなし。雪兎ちゃんの暴走を止めて元の生活に戻るんでしょ? なのに未来の妻を差し置いて事を為そうって方が良くない!」
「そうっキュ、クリエイター。それにボクにとっても雪兎ちゃんとは友達でありキョーダイっきゅ。放っておける筈がないっきゅ! というかクリエイターはいい加減ちゃんとどの女の子に告白するか決めるべきっキュ。いつまでもマスターが待ってくれると思ってるクリエイターにはオシオキっきゅ! お耳かぷっ!」
「ああ、飼い主の噛み癖が似てしまった!?」
しばしじゃれていた碧射手と白雪だが、満足したのか離れて、碧射手が左手を虚空に翳す。彼女の左手には見覚えのないガントレットが嵌められていた――と、そのガントレットがほどけるように形状を変えていき、神秘的に変貌する。
白銀のような光沢で弧を描くそれは、青空を物質になるまで凝縮したような燐光を放つ――まぎれもなく弓だった。
「あの後、アイドル様に託されたオリュペス十二神具の一つ、『アルタシアの蒼弓』……修行できっちりモノにしてきました。これで足手まといとは言わないわよね?」
「今のマスターなら万魔侵攻程度の敵なら一人でどうにか出来ちゃうっキュ」
その自信満々な姿に、この場のまとめ役を負かされた男――遷音速流はうむ、と頷く。
何を隠そう、彼が訓練に付き合い太鼓判を押した教官役だ。
今、この場には担い手を持つオリュペス十二神具の使い手がほぼ揃っている。
「さて、女神の代理を任されたので、この遷音速流の話を聞いてもらいましょう!」
(遷音速流……人類の裏切り者、銀刀が殺そうとする男、か。おっさんが喋り出した瞬間、ステュアート組の背筋が伸びた。相当尊敬されてるな)
「そもそも、オリュペス十二神具は超古代……地球文明の遺産の中でも特殊な存在です。本来これは星によって波長の異なるアイテールの力を、スペクトルの違いに関わらず力を発揮できるものに変換する為のコンバーターの試作機だったそうで。名前や形状については古代船の船長の趣味らしいですが、それはさて置きましょう」
「どーりで大仰な。船長は相当な物好きだったんだろうな」
「……ただ、そのコンバーターに再度改造を施し、人間の使う武器に仕上げたのは女神さまの創造主、マスターユーザーです。ハイ・アイテールの脅威への備えだったのでしょう」
ハイ・アイテールの神秘支配は、オリュペス十二神具には効果がない。
どんな波長の神秘でも、この神の武器は力に変える。
成程、人類側の切り札に十分なりうる武器だ。
遷音速流が持つのは『ルーメスの隠靴』。
赤槍士が持つのは『へファストの炎薪』。
碧射手が持つ、風を司りし『アルタシアの蒼弓』。
それ以外にも、ステュアートから神具の使い手が三名。
「狐従者と申します、しがない女です……『ヘイレスの雀扇』の適合者です」
目を布で隠した狐族の女性は控えめに自己紹介した。落ち着いたたたずまいとフォクシムの民族衣装である赤と白を基調とした装いは、彼女に清楚で貞淑な女性という印象を与えた。
ヘイレスの雀扇は加護や回復を司る援助の属性――術による広域強化、広域回復といった集団戦における絶大なアドバンテージを持つと同時に、扇そのものの防御力も高く、しかもあらゆる属性の術の補助媒体として優秀だそうだ。ただ、あくまで戦闘用ではないので他の十二神具と比べて突出した力はないという。
「え、目を隠してる理由ですか……? だって直接みなさんと目を合わせるのが恥ずかしくて……視力? 両眼とも問題ありませんよ? 術で問題なく見えていますし。でも自分の目を見られるのって恥ずかしいじゃないですか……」
頬を染めてもじもじする狐従者。
単なる恥ずかしがりやさんだったようである。
見えてるのに目隠しって何なのと思わないでもないが、彼女にしか分からない恥じらいがあるようだ。
二人目は、猫族の青年だ。
もう見るからに元気で鬱陶しいまでのオーラを放っている。
「俺の名は聖騎士ッ!! あまねく世に正義を響き渡らせ、悪の偽女神を打ち倒さんッ!! うおぉぉぉぉーーーー正義ぃぃぃぃぃぃーーーーーーーッ!!」
「いかん、俺コイツ嫌いかも」
「抑えて、桜殿!! 独善的に見えますが話せば分かる男ですから!!」
娘の悪口に反応するパパを必死で抑える遷音速流。肝心の聖騎士は右手を天に伸ばして謎のポーズを取っている。全身を包む鎧は確かに聖なる騎士のようではあるが、なんと剣も盾もなく鎧オンリーである。
「我が鎧は『アーテンの聖鎧』ッ!! 形状変化の属性を司り、個の鎧に触れたあらゆる物質を変形させて正義の矛にも正義の盾にも変えてしまうッ!! ただぁしッ!! ……効果範囲が広域過ぎて粗雑に破壊をまき散らす為、閉所や屋内では真価を発揮できんッ!! しかし案ずることはない。属性などなくともこの拳一つがあれば、俺は戦えるのだぁぁぁぁッ!! 正義ぃぃぃぃぃぃーーーーーーーッ!!」
「それはそれとして、俺の娘を偽女神呼ばわりさせたことは許さんッ!! 俺にとったら雪兎も女神なんじゃボケぇッ!!」
「美しき家族愛ッ!! それも正義ぃぃぃぃぃぃーーーーーーッ!!」
「俺やっぱりコイツ嫌いッ!!」
「抑えて、桜殿!! 今ので聖騎士も雪兎殿への想いは理解した筈ですからッ!!」
そして最後の一人は、青みが勝った肌の色やヒレからして、魚人族の女性と思われた。
「気が進まないけど……銛漁師よ。今回は一大事だから協力するけど、馴れ合うってことじゃないから勘違いはしないで」
銛漁師はどこか棘のある口調でそう言い、それ以上何も言わなかった。
アポカムの民はそもそも大陸内だと姿を見るのが珍しく、海辺、水辺、多湿な空間を好む人々だ。桜も時々しか見ない。外見は個体差もあるが、基本は背筋や耳にヒレ、喉に水陸両用のエラ、手足に水かき、ヘソなしに肌の色が灰色や青みがかっている辺りが総じてみられる特徴だ。
ただ、普通のアポカムは骨格も少し魚に寄っているのに対し、銛漁師の骨格や容姿はそれよりもスタンダードな人間寄りに見える。ハーフとも少し違うようだ。
銛漁師はそのまま顔を背け、代わりに遷音速流が説明する。
「銛漁師は厳密にはアポカムの亜種であるレライムという人種だから、いくらか丘の種族に似た容姿だ。ただ、だね……レライムは住処が陸に近かったせいもあり、歴王国に隷属させられた経緯がある。非道な行為を受けた時期もあり、今やかなりの少数種族なのだ。マギムに限らず、陸に居る種族全体にいい印象を持っていない」
「まぁ、いいんじゃねぇの」
桜はそれに気にした様子も見せなかった。
「俺だってたった今聖騎士のこと嫌いって言ったし、とにかく嫌いでも嫌でも最低限協力して貰えるなら文句はない。銛漁師の武器は?」
「『ポセイドルの渦鉾』だ。水の属性を操るが、発生させられる水の規模はそれこそ島を一つ沈める事さえ出来る量だよ」
「おっけ。これで六つだな。残りの六つは――」
「一つは我らが女神様が。一つは紫術士が……彼は『アロディータの宝帯』を取り返して脱獄し、歴王国のスパイになっています。残り三つは適合者不在につき女神様預かりですが、コンバータの役割がある以上は使い途もありましょう」
「成程な。で、残ったのがこれか……」
桜はそう呟き、手に持つ光る輪を指でくるくると回す。
オリュペス十二神具の一つ、『ヘリオンの円環』。自衛手段の一つとしてアイドルに押し付けられた代物を、桜は腕輪のように手に嵌めた。
「オリュペス十二神具には最終決戦モードが搭載されています。それを使いこなせば人造巨人に退けは取りません。ただ――我々の役割はあくまでアトス中枢の無力化と、雪兎の無力化。すなわち強襲役です。桜殿は女神様と共に両方をこなす役割となりますが、基本は後方支援で体力を温存するものであると理解してください」
歴史上最大にして最短、そして願わくば人類史最後となることを切に願う戦争の作戦――その準備は、着々と進んでいく。
遷音速流の補足説明:残る十二神具
残る三つの神具の一つは、名前を『デメルタの伐鎌』と言うぞ。
実は『デメルタの伐鎌』は十二神具の始まりの武器であるが、地球文明が異星探査で偶然発見した特殊な鉱石で出来ており、他の神具はその鉱石を再現したものらしい。結局完全再現は出来ていないそうだから、謎の多い武器である。
鎌の名の通り、対象物体を分子レベルで切断する斬撃を放つ恐ろしい武器だ。敵も味方も斬りかねんので封印されているぞ。地球時代には使い手が精神に変調をきたしたという話もあるそうだし、むしろ使い手が現れない方がいい気がする。
ちなみに他二つは『バクスの酊杯』と『レウスの魔笛』。どちらも戦闘向きではないし、試作初期の代物故に総合的な機能が他より少々劣る。仮に使い手がいたとしても出番はなかったかもしれぬな。




