101.受付嬢ちゃんよ役目を知れ
今まで出来るだけ話の区切りを意識しつつ3000文字前後を目指してきましたが、この章からは完全にその区切りを取っ払って進行度重視にさせて頂きます(……え? 今までも結構オーバーしてた? ……ごめんなさい)。
更新日、ペースも二日おき午後7時からに変更されます。ご了承ください。
時は少しだけ遡り――イイコちゃんを盛大に厄介ごとに巻き込み、簡単な事情を説明したところまで遡ります。
アイドルちゃんは更に詳細な状況説明によって情報を共有していました。
「――マスターがロータ・ロバリーに到着した際、ユーザーは循環型外宇宙航行移民艦『ガナン』を宇宙ドッグに入港させました。それは地上では月と呼称される宇宙港を搭載した大型人工衛星です。ユーザーはそこから地上に降りました」
「………」
「………」
「………」
「あかん、ほぼ全員分かってねぇ。えーとな、空の上にあるあの月は実は古代文明の遺産で――」
桜さんが身振り手振りあんなことこんなことをたくさん喋って説明し、なんとかメンバーが説明最初の躓きから立ち直りました。ポニーちゃんもぶっちゃけ全然分かりませんでしたが、一応ガナンというのがマスターユーザーさんの乗ってきた船くらいは覚えていました。
隣でイイコちゃんが眉間にしわを寄せて必死にメモをしています。状況についていけずに間抜けな顔をしていたくないという飽くなき向上心を感じました。
「――続けますね。ガナンは余りにも巨大な船であったために、地上に降ろす場所がなかったのもあり、マスターは単身で星に降り立ちました。しかしそこで地球人類の生き残りがいないことを知り、現在の星の人類の創造と地球文明の継承を決意します。この際、マスターはガナンの地球文明や設備を利用するため、必要なものをガナンに備え付けられた小船に乗せて地上に降ろしました」
「小船といっても、ガナンからして小船だ。実際には直径4万マトレ近くある空飛ぶ船。それも複数」
話を聞いたイイコちゃんが衝撃の余りペンを指で折り、噴き出します。
「ばっ……4万マトレもあったらそれはもう船じゃない!! 島よ島!! 天空都市くらいあるじゃないッ!?」
「いい着眼点だ。なぁイイコ、天空都市くらいの大きさがある船で、空を飛べるんだぞ。それはつまりどういうことだ?」
「どういうって……」
桜さんはさらっと神秘術でペンを修復し、指で器用にくるくると回します。彼の宴会芸の一つで、雪兎ちゃんが飽きもせず夢中になって見ていたのを思い出しました。
「そもそも天空都市ってなんで浮いてるのか考えたことあるか?」
「古代文明の遺産の恩恵でしょ!! 馬鹿にしないでください!!」
「マスターが空から落とした船って古代文明の遺産そのものだよな」
桜さんが術でペンを宙に浮かせ、イイコちゃんの目の前に軟着陸させます。
その様子を見つめていたイイコちゃんが息を呑みました。
「待って……待って、待って!! じゃあ天空都市の正体ってッ!!」
そこまでお膳立てされればポニーちゃんも意図を察します。
確か天空都市はガナンの一部を使っていると言っていました。そして小船もガナンの一部。すなわち、天空都市とはその時に降りた小船がそのまま飛んでいるものだということでしょうか。その問いに、アイドルちゃんが頷きます。
「そうです。リメインズという仕掛けを作る為にこれらの船をマスターはロータ・ロバリーに着地させました。ただ、一つ目の着地で船の重量と地盤の計算が抜けており一つは地中に埋没しました」
数名が思わずズッコケる。
眼鏡のずれた水槍学士さんが呆れたような、でも安心したような顔をします。
「女神の生みの親と聞いていたので勝手に荘厳なイメージを抱いていましたが、意外におっちょこちょいだったんですね……」
「おほん。二つ目は強固な地盤に着陸させたもののやはり重量のせいか自重で半ば沈み、最終的に空を常に飛ばすのが最も効率がいいということで天空都市の原型が生まれました。後にゼオムの為の土地として外壁に岩や土を纏わせ、浮遊都市のような形状に偽装しました。他の船も同じく土や岩をかぶせて偽装しています」
「アトス、ポルトス、アラミスだったな。本来はガナンを防衛したり船外活動の為に使われる着脱式防衛艦だってデータにあった」
いわば神の遣い。まさに神話のような話ですが、ふと気付くとゴールドさんが何やら考え込み、隣の赤槍士さんに視線を向けます。
「……なぁ、赤槍士」
「お、気付いたの?」
「ガゾムの鉄鉱国の地下には彼らが生活空間として利用する巨大な空間があって、その外は異常に強固な岩盤に覆われていると聞いた。そして歴王国の地下には――巨大な地下神殿がある。今は忘れられたことだろうが、歴王国はそもそもこの神殿を神聖視する人間が集まって次第に大きくなっていったと言い伝えにある。つまり――三大国それぞれの足元に、その神の船が眠っているということか!?」
「その認識で問題ありません」
アイドルちゃんが頷いたことで、その仮説は立証されました。
「歴王国地下にアトス、鉄鉱国の地下空間はポルトス。そして天空都市はアラミス。マスターはこれらの艦に搭載された管理AI――私と同じ種族のようなものと思ってください。ともかく彼らを操って今のエレミアによる管理体制を構築しました。しかし、アトスたち三艦は元々マスターが動かす権限を持っていないものを、誤情報を刷り込んで権限があるかのように動かしていたもの。役目を終えて自分たちが偽装処理を施されていることに気付いた彼らは自己保全の為に三基で合議を行い、それぞれ独立した方法で自己保全をすることを決定しました。トリニティカウンセルシステム、TCSと呼ばれるシステムであったそうです。本来は人類の命令に服従するものですが、人間が判断能力を失った際のサブシステムとして搭載されていました」
その辺の話はさっぱりなのですが、一つ質問があります。
アイドルちゃんと同じ種族ということは、彼らもやっぱり神々しいまでに可愛いのでしょうか。
「ひ、人型躯体を持っているかどうかまでは把握していません……」
「ポニーあんたちょっと黙ってなさい。アイドルちゃんの顔引き攣ってるの見えないの?」
イイコちゃんにやんわり窘められました。
まさかイイコちゃんは女神の誘惑に耐えられるというのでしょうか。想像を絶する強靭な精神に畏敬の念を抱かざるを得ません。
「話を続けますよ。アトスは『外部からの情報を遮断することで干渉を排除する』という手段を取りました。そのため話し合いの余地は存在しませんでした。ポルトスは『存在を隠匿することによる自己保全』の道を選んでガゾムに対してわざと機内の半分ほどを解放して『死んだふり』をし、アラミスは『干渉先に服従することによる自己保全』を選び、空を飛び続けることを決めました。アトス以外の管理システムとは対ハイ・アイテール同盟の話がついています」
可愛いといいなぁ。
三兄弟、ないし三姉妹。夢が広がります。
じゃなくて……要約するに、歴王国の下にあるアトスが雪兎ちゃんの手引きで歴王国の人に使えるようになってしまった、という理解でいいのでしょうか。
「はい。三つの艦の中でもアトスは強力な強襲艦で、特に高い戦力を保持していました。確認している限りでもガルディータスⅣが60機、パトリヴァスが20機。隊長機としてヘイムダールが5機。これらは、簡単に言えば機械で構成された空飛ぶ人造巨人です。サイズは巨人族に劣りますが、中身は古代文明の塊。経年劣化等を加味しても、これは地表全てを焼き払うのに余りある戦力です。先制攻撃を許せば歴王国に勝利することは不可能に近いでしょう」
「あれ、おかしいな。異世界だと思ったら未来だと思ったらスーパーロボットバトルが始まりそう」
「桜、病気が出てるよ」
桜さんが恐怖のあまりおかしなことを言っていますが、数にして85体しかいない人造巨人たちは、それだけで万魔侵攻どころか退魔戦役級の規模の戦闘を上回る能力を持っているようです。一部戦ってみたそうにわくわくしている英傑がいますが、洒落になりません。鉄鉱国の戦える陸上艦を全て掻き集めても蹴散らされるなど、もはや絶望しかありません。
「しかし、経年劣化や霊素複合機関の効率を考えれば、これでも本来のスペックの10分の1ほどに落ち込んでいる筈。こちらの打った手が上手くいけば戦力差を覆すことは可能です」
その言葉に、絶望的な戦力差に慄いていた面子がほっとします。なにせ女神の言葉なのですから、説得力が違います。あと桜さんがさっきから少しそわそわしています。
銀刀くんはこの話を既に知っていたのか、驚くことなく話を進めます。
「相手が過去の遺産を使うならこちらも過去の遺産を引っ張り出せばいい。幾らアトスの戦力が大きかろうが、残るポルトスとアラミスをこちらが掌握し、なおかつシステムを扱えるアイドルが味方につけば勝ち目は十分だ」
「ただ、遺産を十全に使いこなすには少々人手がいります。ステュアート、アサシンギルド、そして話のついたゼオム全員の助力に加えて鉄鉱国が何故か国民全員頼んでもないのに加わってくれましたが……」
「クソ強信仰心ッ!?」
「いえ、どこからともなく自分たちの住む地下空間が宇宙船である話が広まり、いつの間にか大砲王率いる技術者全員が一丸となって協力を申し出たそうです」
「国民全員行動力の化身かッ!?」
流石はロータ・ロバリー世界に於いてポムポム族に並ぶイロモノ種族。放っておいたらポルトスを全て解体して自分たちの飛行船を建造してしまいそうです。
「ただ、実はより行動を効率化するために必要な人員が欠けています。協力者全体に不足しているそれは……」
アイドルちゃんの視線が、受付嬢ズに向きました。
「状況を客観的に受け入れて適切に処理し、それを周囲にスムーズに伝達する存在。データだけでなく対人のコミュニケーション能力が一定以上あり、ある程度の不測の事態にも臨機応変に対応し、周囲の補助をする――オペレーターです」
――これが、ポニーちゃんとイイコちゃんの与えられた役割の話。
そして、時間は翌日へと戻り……事態は濁流の如くあらゆる運命を呑み込み、一つの巨大な流れを形成しつつありました。




