9.受付嬢ちゃんと指名依頼
ギルドの依頼は基本的には実力に見合っていれば誰でもクエスト受注が可能です。しかし中には例外も存在します。
例えば、所属冒険者の中で条件を達成できる人間が限られる場合は、受注条件にその旨が追加されます。代表的な例としては特定の術が使えることや、特定の専門知識やクエスト経験と実績がある場合などがあります。
最上級になると名指し依頼も存在し、重戦士さんや翠魔女さんなどギルド屈指の実力者でドリームパーティ結成なんてこともあります。そういった依頼は大抵の場合、緊急度も危険度も非常に高い案件です。
が、ここにささやかな問題が発生することもあります。
ギルドに出される依頼というのは、基本的に貴賎がありません。もちろん社会倫理上問題のある依頼、冒険者ギルドの依頼として不適切なものは排除されますが、大であれ小であれ依頼は依頼です。
例えば小さな村に変な魔物が住み着いて気味が悪いから追い払ってくれという依頼でも、急病の子供の為に特定の薬草が必要だから急いでほしいという依頼でも、魔物の群れを全滅させよという危険な依頼でも、依頼は依頼です。全て早急に片付けるべき依頼ですし、手続きも全てルールに基づいて処理されます。時間制限による優先度の有無はありますが、それは依頼の優劣を決めるものではありません。
この話はギルド職員以外には理解しがたい話みたいでポニーちゃんも上手く説明できる自信がありませんが、ともかくギルド側はクエストに貴賎をつけません。
しかしながら、依頼をする側に限ってはその限りでもありません。
例えばこの町を含む周辺の統治を行う領主がいて、その領主の息子が典型的なボンボン冒険者で、息子に手柄を立てさせたい領主が事実上『息子の為の依頼』を出したとしても、それが必要でありルールに反しない依頼であるならば断わることができません。
「ン~~~!! まさに冒険者のプロフェッショナルたるっ、このっ、俺様に相応しいッ!! 依頼だと思うのだが、どうかな麗しきポニーよ?」
とりあえず曖昧に頷いておく、なんて反応をすると機嫌を損ねて長くなるので100%の営業スマイルで全面肯定すると、上機嫌に「うむ。妾にしてやってもいい」とか言い出しました。確定ではないようなので肯定も否定もせず笑顔を送っておきます。うっかりお礼など言おうものなら勝手に勘違いを加速させるので面倒極まりないです。
周囲からは裏でバカ息子さんと呼ばれているこの人は、そのまんま絵に描いたようなバカ息子です。領主に溺愛されて育ち、外見はやや太っています。ファッションセンスはザ・成金、すなわち「冒険を分かってない人」です。
護衛騎士を二人も引き連れて毎度父から事実上の指名を受けた高額依頼を受けては、護衛に9割9分片付けさせてから残りの1分でラストアタックを決める典型的なボンボンとなっています。
ゴールドさんも金持ち冒険者ですが、2人は冒険に対するスタンスが違います。ゴールドさんは道楽とはいえソロでも任務達成していますが、バカ息子さんは楽して華々しく脚光を浴びたいという「だけ」の人です。
本気で、本当に、自力では冒険者的なことは何もできません。
代わりに逃げ足だけは健脚という噂です。
ちなみにクエスト内容は危険度4くらいの魔物が何匹か出没したから狩って欲しいという内容。場所はここのギルド管轄ギリギリかつ領主の直轄地に一番近い場所です。通常冒険者のすべき仕事を堂々奪って比率のおかしい報酬を受け取っていると言えば、彼がいかにギルドの頭痛の種か少しばかり同情してもらえるものと思います。
なんでもその辺の町ではバカ息子さんは人気者として扱われているそうです。マネーパワーで。どこまで本心で讃えられているのかについてはとんと見当がつきません。
常に人を使って名誉とお金だけ独占したがり、自分を褒めてくれない相手には露骨に機嫌が悪くなり、女癖も悪いらしく、そして親の権力と護衛がいなければ評価点がゼロもしくはマイナスになってしまうのに実績は数値上ある……言葉を選ばないなら、極めて迷惑な冒険者なのです。
ギルドは中立機関ですが、同時にその土地その土地で住民に受け入れられるために権力者とは一定の友好関係が必要なのも事実です。目に余る場合は法的な衝突もあり得ますが、それを繰り返していればいずれギルドは権力ですべてを押し通す機関になってしまいます。
よって、こんなバカ息子とその息子を猫かわいがりする領主に自ら喧嘩を売っていくわけにはいかないのです。
「ところで今夜、お時間はあるかな?貸し切りのホテルのスイーツルームで料理に舌鼓を打ち、星を見ながら語らおうじゃないか?」
気障なセリフで口説こうとしてくる女癖の悪いバカ息子さん。
ちなみに顔はやや整い気味かつそれを台無しにする程度にたるんだスケベ顔です。そういうのはイイコちゃんに声かけするといいと思うのですが、どうも彼女はギャルちゃん含め彼の好みとは少々外れているようです。代わりに眼鏡ちゃんは密かに狙っているのか時々粉をかけようとしています。
さて、この手のナンパは普段ならベテランさん辺りがフォローに入ってくれるのですが、現在ベテランさんは手の離せない状況。自力で何とかしなければいけません。
「実はもう予約を取っているんだ、2人分ね。ああ、遠慮せずとも俺の奢りだとも! 6万ロバル程度は大した額ではないしね!」
と言いつつも金額を口に出すのは、それが一般人にとって少額とは言い難い額であることを誇示したいからでしょう。6万ロバルと言えばポニーちゃんの月収より更に多い金額で、通常の冒険者がおいそれと出せるものではありません。しかも既に予約取ってるんだから来いよというプレッシャーもかかっています。
ピンチです。どうやら今日はかなり本気で誘っているようです。
もしこれでホイホイついていけば、美味しいご飯は食べられても絶対そのまま一晩寮に返してもらえません。何をされるかなど考えたくもありません。お金だけは沢山もらえ、他の大切なものを喪う気がします。
かといって冒険者たちの面前で断ろうものなら、恥をかかされたと感じたバカ息子さんは何をやらかしてくるか分かりません。これまでも何度か権力に物を言わせた嫌がらせをしてきたことのある前科者(法的な追及には至らなかった)、周囲にまで迷惑をかける訳にはいきません。
ちなみに以前この話に割って入って止めようとした冒険者がいましたが、バカ息子さんはその人に肩を掴まれた瞬間「痛い~! あ~痛い~! なーぐーらーれーたー!」と叫んでゴロゴロ床を転がり始め、護衛二人が正当防衛の名のもとに冒険者を遠ざけてしまったことがありました。
護衛さんたちはあくまでバカ息子さんの護衛であり、ギルド所属の冒険者ではないので罰則対象になりません。結局それ以来冒険者たちはバカ息子さんを蛇蝎の如く嫌い、近寄ろうとしません。
「さあ! さあ返答や如何に!」
どうしましょうどうしましょう。もう考えている時間がありません。かといってポニーちゃんもバカ息子さんの『いい人』になるのはちょっと、いえだいぶ、いえかなり嫌です。どうすれば最小限の被害でこの場を切り抜けられるというのでしょう――!
「あれ?バカ息子じゃん」
「チッ、誰だ馴れ馴れしく俺に話しかけ、る……のあ?」
無粋な邪魔者めと言わんばかりの声がしぼみ、バカ息子さんの顔色がさっと変わります。追い詰められたポニーちゃんの前にまさかの救世主が!
「え……え、なんでここにゴールド!? ……さん……?」
ボンボンにはボンボンを! なんとゴールドさんの登場です。
どうやら二人は面識があるのか、止めに入ろうとした護衛の手もぴたりと止まります。そういえばゴールドさんの家系は歴王国の名家、しかも国内十指に入る超名門らしいです。地方領主の跡取りとどっちが凄いかと言われれば、頭三つほどの差でゴールドさんが上です。
「お前冒険者してたのか! いやぁ、こんなところで知った顔に会えるとはな! 親父さん息災かい? 跡継ぎ息子だろうによく冒険者になる許可下りたな!」
「え、ええ! 特別に許してもらいまして! し、しかしゴールドさんはどうしてここに!?」
「ちょっと野暮用があってな。暫くここで活動する予定なんだ」
「………ッ!」
マジかよ聞いてねえぞ! という苦虫を噛み潰したような顔を彼に見えないよう一瞬だけしたバカ息子さん。二人の力関係は一目瞭然です。二言三言社交辞令のような会話を交わすと「では、クエストがありますのでまたの機会に!」と足早に去っていきます。
まさに負け犬が尻尾を巻いて逃げたと形容するに相応しい光景です。
「いやー、若干リバウンドはしてるが痩せたなー……あ、ごめんごめん。もしかして邪魔しちゃった?」
滅相もないと首を横に振ります。自称華麗なる男を華麗に撃退した華麗なるゴールドさんに周囲もニッコリ。ポニーちゃんもニッコリです。具体的には普段の5割増しくらいです。昨日に内心で不審者ボンボン呼ばわりしたポニーちゃんはどうかしていました。
それにしても、お二人はまぁまぁ古い仲なのでしょうか。
「ああ、彼とは昔社交パーティで会ったんだが、父親の領主さんが心配する程太っていてね……そこでうちの実家横にある訓練場に放り込んで痩せさせてくれという頼みを受けて、俺が暫く訓練に付き合っていたんだ」
「ほーん、そりゃまた数奇な縁だな」
いつのまにか後ろにいた桜さんが小さなパイプをくゆらせながら感心したようなどうでもいいような気のないことを言います。ギルド内は禁煙、という訳ではないのですが、できれば遠慮してくださいと前に言ったら、まさかのくゆらせているのはリラックス効果のある合成ハーブでした。紛らわしい人です。
なお、当然のように桜さんの足元には雪兎ちゃんも一緒です。最近は彼女にもマスコット的人気が出てきて、ギャルちゃんがたまに彼女の面倒をみてあげたりしています。
「しかしお前、ありゃ『懐かしい人に会った』ってツラじゃなかったぞ。俺には逃げてるように見えたが、なんか嫌われるようなことしたんじゃねーの?」
「えー、そうかな? ただウチの家の流儀でトレーニング一か月つけただけだけど。一週間過ぎたころから鬼気迫るほど訓練に気合が入ってたし、一緒に汗を流した仲さ」
「………お前んちの流儀って、たしかお前の家って1700年前に超巨大竜を討伐して貴族までのし上がった軍門だよな」
「そうだけど? 特訓って言えば1週間叩きのめされ抜いて身も心もズタボロになってからが本番だろ? そこまでは準備運動だぜ」
「うわぁ」
笑顔でさらっと恐ろしいことを言うゴールドさん。
下手するとその辺の冒険者以上の修羅場を潜ってきたのではないでしょうか。
ポニーちゃんは、バカ息子さんはその時のトレーニングとやらがトラウマになってゴールドさんが苦手になったのではないかと思いましたが、言わないでおいてあげました。
なにせゴールドさんは本気でそう思っているようなのです。バカ息子さんとも純粋に再会を喜んでいたようで、周囲が引いているのを見て「何かおかしなこと言ったっけ?」と不思議そうに首を傾げています。
今やっと分かりましたが、どうやらゴールドさんはド天然のようです。
悪い人ではないけど引き続き気を付けよう、と心に留めるポニーちゃんでした。
受付嬢ちゃんの疑問:ゴールドさん
普通家の家督を継ぐのは長男と相場が決まっているのですが、どうもゴールドさんは長男なのに家督を相続する立場にないようです。弟さんがいるようなので跡取り問題はないのでしょうが、なんだか不思議です。
あと、意外にもゴールドさんは重戦士さんのファンだったらしく、ここに所属していると聞いてとても興奮されていました。なんだか子供っぽくてちょっと可愛かったです。




