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ベランダの秘密基地

 高1の平凡な夏休みは、意想外に激変した。

 ベランダが秘密基地になったあの夏、僕は少しだけ、ほんの少しだけ、大人になった────



「暑いぃ……」


 これは僕が悪いと思う。

 もうすぐ夕方とはいえ、残暑が厳しい今日なのに、自室についたベランダに寝転がった僕が悪い。


「……あ、今日、ハンバーグ…」


 夕飯の匂いだ。母は今日も兄のために張り切って料理を作る。

 できのいい兄は今年大学受験。進学校なのもあるけど、夏休みは講習講習講習の毎日でほとんど家にいない。その兄のために、母はせっせと弁当を作り、僕には菓子パンを与え、夜には兄の好物をたんまりと作る。


「はぁ……どーせ僕は出来損ないだよぉ……」


 柵にカラスがとまった。僕のおこぼれをもらいにくるカンタと名付けたカラスだ。さっき残した菓子パンをちぎって放り投げると、見事にキャッチし飲み込んだ。


「ナイスキャッチだな、カンタ」


 僕はそれを見ながら、アイスの棒をくわえて思う。


「あと10日……」


 代わり映えしない夏休み。中学の時となにも変わらない。


「…はぁ……」


 夏休みにどれだけ溜息ついたんだろ……


 それに嫌気がさして、もう1つ湧き出た溜息を遮るように、いきなり雷鳴が轟いた。

 どうやら夕立の準備が進んでいるみたいだ。


「ゲリラかな」呟いたとき、

「にゃぉ」窓越しに声がする。

 僕の妹分の猫、ハチコとモップだ。2匹とも興味津々の顔で窓越しに座っている。

 ハチコは白黒のハチワレ猫で、モップは茶色の長毛種。鍵尻尾のハチコはよくわからないが、モップの太い尻尾がぶんぶん振られ、外に出たい! と伝えてくる。


「雷、気になるの?」


 窓を開けると、2匹はするりとベランダに出てきた。空を見上げてうにゃうにゃと鳴くので、


「もうすぐ雷がくるよ。雨もすっごいのが降ると思う」


 僕が2匹に説明していると、部屋のドアが唐突に開けられた。


「ちょっと、(かける)、お兄ちゃん駅まで迎えに行ってきて」

 お兄ちゃん風邪引ちゃうから、早く行って。そう言い捨て、母は出て行った。

 これに僕は拒否権がなく、さらに実行するものとしている母もすごいと思う。


「駅から走れば10分ぐらいだろ……」


 言い返せない僕は、扉を睨む。だけどこの感情はどこにも届かない。


「……そしたら僕、迎え行ってくる。ハチコ、モップ、雨見たいだろ? 窓少し開けておくから、戻りたくなったら戻っといて」


 窓越しに見える光景は少し異様だ。

 カラスと猫2匹が雨を待つようにじっと空を見上げている。


「変なの」呟き笑って、僕は階段をおりた。



 雨が降らないうちに駅に着いたので、2本の傘を持って待ってみるが、いつの電車で帰ってくるかわからない。LINEを入れたところで返信があるわけもなく。

 なので僕はいつもの通り、ツイッターで時間を潰すことにした。

 やっぱり一番のトレンドは、#隕石、だ。

 昨夜、日本の海に無数の隕石が落ちた。これは日本だけじゃなく世界にも落ちたそうだ。今日のワイドショーはそれで持ちきり。海の環境変化に漁業の心配など、煽るように報道しているが、ぽちゃんと落ちた程度でなんの被害もない。なら、もうそれでいいと僕は思う。

 ただ不思議なのは唐突にその隕石群が現れたこと。今はそれが話題の中心。

 だけど僕にとっては興味のない話なので、下へと画面を滑らせる。

 次のトレンドに#しゃべる犬、とある。すぐにタップすると、マジヤベェというコメントの下に動画がくっついていたので、それを再生させてみた。

 どうも画像のビーグル犬を飼い主が映しているようで「お名前は?」青年の声だけがする。


『ぼくの名前は、リクです。』


 犬の口がそう動いた。


「……は……?」


 動画はさらに続き、

『ぼく、散歩にいきたい。リードの場所も知ってるよ?』

 犬の声につられて画面が動き、リクと名乗った犬はリード置き場に到着すると、

『ねぇ、お兄ちゃん、お散歩にいこう。ぼく、遊びたい』

 ひとしきり画面の前で喋る犬に、投稿者の声も、マジヤベェという最低限の語彙力で現実を表現していた。


 見入っていた僕を起こすように、白い光が差し込んだ。

 それと同時に、バケツをひっくり返したような激しい雨が降ってくる。


「…傘、意味あんの、これ……」


 ぼやいた僕から傘がもぎ取られた。


 兄だ。


 なんの言葉もなく、兄は傘をさして歩き出す。

 僕は5mほど後ろをついて歩きながら、雷が兄に落ちますようにと神様に祈ってみる。だけど、近くにすらひとつも落ちず、無事に家まで着いてしまった。

 徒歩20分程度の道だけど、あの雨じゃ傘があってもずぶ濡れ。

 母は帰ってくるなり、兄にタオルを渡すと、「お風呂はいってあったまりなさい」兄の背を抱えて歩き出した。


 ……いつものことだ。


 僕は自分でバスタオルをかぶって部屋に戻るが、こちらも酷い。

 びしょ濡れの猫がいる。


 しかも2匹!!!


「なんでそんなに濡れるまで外にいたの?! いきなりの雨でそんなに濡れる? いやなんで僕のベッドで暖とってんの……わぁ…こんな暑い日に乾燥機かけなきゃいけないなんて……」


 ぼやきながらもタオルで2匹を包み、布団に乾燥機を突っ込んだ。母に見つかると小言がうるさいので、慎重に、だ。

 僕の部屋にエアコンがついているのだけは感謝をしながら、みんなで冷房にあたりつつ、猫を拭きあげていく。


「あー、モップの毛でひどいわ、このタオル……あとでこっそり捨てよ」


 しっとりとした毛並みの彼らを撫でながら、


「風邪ひかないようにしろよ?」


 僕が言うと2匹で体を舐めはじめた。

 2匹は、歳も拾った場所も違うけど、これだけ仲がいいと見ているこっちがほっこりとあったかい。


「ハチコ、モップ、ほんとお前たちはいい子だな」


 2匹いっぺんに抱き上げたとき、スマホが震えた。


 ごはん


 母からのLINEだ。

 2匹の頭をもう一度撫でてから部屋を出た。



 ───寝たのは何時だっただろう。

 それほど遅い気もしないけど、早かったとも思わない。

 だけど、目の前がいやに明るい。


 霞んだ目で見えたのは、モップがカーテンを噛んで引っ張っている姿だ。

 それを見て、僕は慌てて飛び起きた。


「あー、モップ、ダメだよ、カーテン噛んだら」


 あくびをしながら抱き上げると、もたもたと足を揺らすモップが顔を上げた。


「カケル、モップ、お腹すいたの」


「………は?」


「あたちもご飯」

 足元を見ると、前足をかけるハチコがいる。



 ……い、今、喋った……?!



「えええええええっっ!!!」



 思わず大きな声が飛び出すが、兄に壁を殴られ、僕は慌てて手で口を覆った。

 時計を見ると、現在朝の7時過ぎ───

 まだみんなの出発時間ではない。

 あまりの現実に、僕は2匹を抱えて部屋を飛び出した。

 これが本当に夢じゃなく、現実なのかどうか両親に見せればわかるはずだ。

 リビングの扉に手をかけたとき、テレビの音が聞こえてくる。


 ───『殺処分』


『「世界各地で動物が喋る事例が増えており、ウイルスの可能性も否めず、そういった動物を見つけた際は然るべき機関へと届けていただきたい」そう国が言ってるんだから国⺠は届け出るべき。だいたい動物がしゃべるなんて気色悪い。殺処分でもしたほうがいい!』

 そのコメンテーターの言葉にアナウンサーがたしなめながらも、『おって、喋る動物の保護などをしていないか、公的機関の巡回も考えているとのことです』そう繋げた。


 さらに両親が続いた。


「うちの猫も喋ったらどうしましょう……」

「そうだな。いや、届けるしかないな」

「ですよね。気味悪いし……」


 目の前が白くなる。

 唐突に肩が掴まれ、振り返った。


「兄ちゃ…あ…ごめ……」

「お前、ウザい」


「ねえ、ウザいってなに?」


 かわいらしい声が胸元から聞こえる。

 腕の中を見ると、ハチコが目を輝かせてこちらを見ている。


「かやぁわぁ……朝から高い声ってなかなか出ないね!!!」


 僕は一気に自室へと駆け上がった。

 2匹を放ってから、ばたりと部屋の扉を閉め、


「お前たち、喋っちゃダメっ!」


 怒ってみるが首を傾げるだけでわからないようだ。


「お前たちが喋っているのがバレると、さっ……ようは、死んじゃうの!!!」


 2匹で首を縮め、体と尻尾を膨らませた。


「……モップ、死ぬの?」

「あたち、やだ」


 床に座りこんだ僕は2匹を撫で、そっと抱き上げた。

 ぴったり僕にくっついた2匹は、ただただ戸惑う僕に反して、


「でもカケルがいればモップ大丈夫」

「あたちも!」


 そう言いながら喉を鳴らして、安心した2つの丸い顔が上を向いた。


 ───僕がどうにかしなきゃいけないんだ……


「……大丈夫。僕がついてる……!」


 2匹は答える代わりに、僕の頬へとすり寄った。それが温かくて、優しくて。だけど僕の心は戸惑うばかりで、一体どこから始めたらいいのか全然わからない。

 途方に暮れていると、いきなり窓が叩かれた。

 見ると、ベランダの窓をつつくカンタがいる。その隣にはカンタが連れてきたのか、掌ぐらいの亀もいる。

 その亀がいきなりガラス越しに声を発した。


「私は宇宙からの使者ですっ!!!」


「いやいやいや、亀でしょっ!?」



 驚き続ける僕に、この亀が話し始めたことはとてもじゃないけど信じられるものではなくて。

 だけどこの日から、短くて濃密で、特別な時間が始まったんだ────

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