Яeberth~悪の大幹部の日常~
「お、おいあれ……」
「うわ、マジで……」
平穏な昼下がりの廊下を恐怖と動揺が揺らす。
生徒たちから降り注ぐ恐れや怒りの視線の先に居たのは、一人の少年だった。
「あー……ダリィ……」
日の光を反射する、ツンツンと跳ねた銀色の髪に鋭い目付き。気崩された制服の、いかにも不良と言った姿。
彼の名前は甲山銀次。複数の暴力事件により危険視されている不良だ。
のんびりと欠伸を噛み殺しながら歩く姿は気の抜けきったものだが、生徒たちは皆厄介事はゴメンだと壁に身を寄せ道を作った。
「――はぁっ、めっちゃこぇええ!?」
「あいつなんで学校来てんだよ。さっさと止めりゃいいのに」
「お前、聞こえるぞっ。でもまあ、そうだよな。早く警察に捕まってくれりゃいいのに」
「いっそヒーローにヤられちまえばいいのにな!」
「だなっ!」
草食動物のように息を殺し様子を伺う生徒たちだったが、銀次が通りすぎ教室に入るのを確認した瞬間、廊下の空気は弛緩し皆好き放題に銀次のことを話し始めるのであった。
※
「あ、お、おはよう」
「おう……おはよう」
教室に入った銀次にクラスメイトが遠慮がちに挨拶し、銀次もそれに返す。
お互いに距離感を測りかねているそんな微妙な雰囲気の中、銀次は自分の席に視線を向けて、またかと頭を掻いた。
「あ、おはよう甲山くん」
「おそようございます甲山くん! 相変わらず社長さんですね!」
「ウッセェぞ皆川」
校庭側後ろから二番目。二つ並びの席に座る二人。
銀次の方へ顔を向け微笑む長髪の少女と、銀次の席に座って彼に向けて片手を挙げる短髪の少女。
銀次は迷うことなく片手を挙げる短髪の少女の手を掴み、その手を軽く握った。
「いだだっ!? これは骨折れましたよ! なのでこの席から離れなくてもいいですよね!」
「当たり屋かお前は」
そんなリアクションに誤魔化されるかと肩を竦めて見せれば、彼女は、ちぇーっ、と舌を出して席を離れた。
身体をズラして道を開け、銀次は席につく。
「そんなわけで、やっぱりグリズリーの方が強かったんですよ」
「ふーん」
「……話続けんならお前、なんで毎回俺の席に座ってんだよ」
銀次の呆れたような言葉に、皆川と呼ばれた少女が指を振る。
「分かってないですねぇ。そんなの、後ろ向いて話すのが大変だからに決まってるじゃないですか。ノゾミンにそんな負担かけられませんよ」
「お前が横に座るって選択肢はネェのかよ?」
「通路だと邪魔になりますし、なら来るかも分からない人の席使いますよね?」
「お前、性格悪いって言われねぇ?」
「言われませんけど。それを不良が言います?」
「俺、病弱な奴の席を奪うなんて陰湿なことしねぇし」
「え、病弱? 誰が?」
「俺」
「えっ、人を病院送りにできる奴が病弱とか、もしかしてギャグで言ってるんですか?」
「本気じゃねえと言わねぇよ」
「ちょっと病弱の意味を辞書で調べてきてくださいよ」
「人の骨なんざテコの原理でいくらでも折れるぞ。あんなんコツだコツ」
「骨だけに?」
「うっせぇ」
「いった!? なんで頭叩くんですか!?」
「ツッコミ待ちだったろ?」
「女の子に手を出すとかサイテーですね」
「不良だからな!」
「なんですかそのドヤ顔。馬鹿なんですか?」
「小テストの点数思い出してみろバーカ」
「こ、こいつぅっ!」
葉月が机から身を乗り出して掴みかかり、それを銀次がドードーと抑え込む。
じゃれ合いのような緩いやり取りをしていると、クスクス、という笑い声が聞こえ、銀次が声の方を向けばノゾミンと呼ばれた少女が口元を手で覆い肩を震わせていた。
「なんだよ雪原」
「いや、ね? 相変わらず甲山くんと葉月は仲が良いって思ってさ」
仲が良い、と言われて眉間に皺を寄せる銀次と違い、椅子に座りなおした葉月は「そうなんですよ!」と快活に笑った。
「ふっふっふ、やはり望はわかってますね。私と甲山くんは友達ですから!」
「誰が友達だって?」
葉月の言葉に凄みをきかせ睨み付ける銀次。そんなものは効かないと、葉月はチッチッと舌を鳴らして見せつけるように指を振った。
「毎朝挨拶してくれて、こうしてお話する関係を友達と言わないなんてダウトです。言っときますけど、密着取材許可を獲るまでは諦めませんよ?」
「許可出さねえっつってんだろ。そろそろ実力行使も辞さねえかんな?」
「ヒェー、殴られるゥ」
目を細めて拳を挙げる銀次に対して、煽るように身を縮める葉月。
この野郎本気で殴ってやろうか? 明らかにこちらを嘗めている葉月の態度に頬を引くつかせる銀次だが、そんな彼の無防備な横腹に指が突き刺さった。
「うひぃ!? ――雪原テメェッ!?」
「イッ、すっごい固い……なに? 鉄板でも仕込んでるの?」
何してくれてんだと睨むと、人差し指を擦りつつノゾミンこと望が呆れたように肩を竦める。
「そろそろ認めたらどう?」
「だから友達なんて温いもんじゃねえっつってんだろ」
「つまり親友ということだね! 中々情熱的じゃないか!」
「んなわけあるか! ……とにかく、俺らは友達じゃねえ」
腕を組み、頑として認めないといった風の銀次。
この話題も何度目か。それでも認めるつもりがない銀次に、望はそれじゃあ、といつものように、出来の悪い生徒に教えるように人差し指を立てて言う。
「そう? じゃあこうして毎朝挨拶したり話するのはどんな関係?」
「顔見知りじゃねえの?」
「ふんふん……。それじゃあこうして皆で話をするのは?」
「クラスメイトじゃねえか?」
「そっかそっか。それじゃあ帰り道一緒に帰ったり、買い食いしたりするのは?」
「仲の良いクラスメイト」
「なるほどね」
「な? 友達じゃねんだよ」
さも論破したと言わんばかりに自信満々な銀次を見て、馬鹿ほど可愛いってこういうことなのかなぁ、などと生暖かい目を向ける二人。
二人がそんな目を向けてくる意味がわからず、な、なんだよ、と銀次は身構える。
「……ねぇ?」
「ですよね」
「だからなんだよ」
調子を取り戻した葉月と二人して、顔を見合わせてこれ見よがしにため息を吐いた。
「あのね、そういう関係を一般的には友達って言うんだよ?」
「クラスメイトだろ」
「じゃあ質問。クラスでグループになって話してる人たちを見たら、君はどう思う?」
「あー……仲良いんじゃね?」
「そうだね、仲の良い友達だと思うよね?」
「それの何が関係あんだよ」
「第三者から見たボクらの関係は?」
「…………」
「うわっ、黙り決めやがりましたよこいつ」
彼女たちが言いたいことはわかるが、それを素直に公言することも憚れた銀次は、すっと二人から目を逸らして口を噤んだ。
「君が認めなくても、ボクらからすればもう友達なのさ」
「……でも、認めなければ友達でもなんでもないし」
「そうだね。わざわざ認めなきゃ友達になれないわけじゃない。だから君がどれだけ『友達じゃない』と言っても、ボクたちの友達であることに変わりはないよ」
「そうですそうです! それに、世間じゃ甲山くんの言う『クラスメイト』のことを『友達』って言うんですよ? 知ってました?」
こうなっては何を言っても論破されると思った銀次は、わかったよとお手上げのポーズでこの話を切り上げることにした。
「わーったわーった。お前らがそれでいいならそれで構わねェよ。俺にとってお前らは友達じゃねえ」
「でも、ボクらにとっては――って、暇さえあれば友達について語る関係って、どうなんだろうね?」
「サァな。俺たちらしいんじゃねえの?」
不良と学生、普通と違っていて当たり前と苦笑する銀次。自分が二人との関係を肯定していることに気づかない銀次の様子に、二人は顔を見合わせて、ふふっ、と笑みを溢す。
余鈴が鳴り、女教師が教室に入り生徒たちが次々と席につきはじめる。
銀次も黒板の方へ向き直ろうとするのだが、そんな彼の背中を葉月が摘まんだ。
「……ところで甲山くん、今日はこれから学校にいるんですか?」
「ああ。今日は特になにもないしな」
「そうですかそうですか」
「プリントか? 教科書か?」
「な、なんのことですか?」
「惚けんな。お前が頼ってくる時は大体忘れ物だろうが」
「ぐふっ……その、よければ現国のプリントと教科書をですね?」
「全滅かよ。しかもこれからじゃねえか」
「てへっ?」
「可愛いのと許すかどうかは別問題だぞ」
「うっ……はい……」
ため息を吐かれ身をすくめる葉月。しゃーねーなと鞄に手をかけたその時、銀次のポケットに入った端末が震えた。
素早く端末を開きメッセージを確認した銀次は、葉月の机に鞄を置くとそのまま扉へ向かって走る。
「また保健室? 早く帰ってきなよー?」
仕方がないなぁと首を振る女教師の言葉を背に、銀次は校舎を走り抜け窓から飛び降りた。
瞬く間に校舎が上へ流れていき、着地。
身体を転がし勢いを殺した銀次は、速度を落とすことなく校門へ風を切って走る。
『作戦実行中のガマギラス部隊壊滅。敵ヒーロー三名。絶命の危険ありのため、至急シルバービートに応援を要請』
彼の端末へ送られてきた本部からの応援要請。
学生、甲山銀次とは世を忍ぶ仮の姿。
彼の本当の姿は、世界征服を企む悪の秘密結社『バース』その大幹部である、怪人シルバービートなのだ。