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満腹聖女 ~腹が減っては異世界が救えないっ!~

 ――カロリーとは、ごちそうの代名詞である


 そんな言葉が、ふと頭を過ぎる。

 それは決して戯言などでは無い、と圧倒的な説得力を示してみせるかのように、揚げた肉の香りが鼻孔と胃袋をこれでもかと言わんばかりに容赦なく刺激した。

 溶き卵にさっとくぐらせて粉を薄くまぶした衣は、高温に熱せられた油の中から引き上げられて、こんがりとキツネ色に輝いている。ほんの僅かに残った油が、衣の上でシュワシュワ、ピチッ、パチッと小さく音を立てて弾けた。


 ……嗚呼。まるで、さぁ食べて頂戴? と囁かれているみたい。


 その魅力的な誘惑に抗う事など、果たして誰が出来ようか。自分のみならず、周囲からもゴクリと喉を鳴らす音が耳に届く中、皿に積み上げられた肉の山の一番上に狙いを定めて、私は手にしていたフォークを突き立てた。

 さっくりと軽い衣と、その下のむっちりプリップリな肉の弾力が伝わってきて、否応なしに期待はどんどんと高まってゆく。一つ一つが赤ん坊の握り拳くらいはありそうな、豪快かつ贅沢な大きさなので、流石に丸ごとは頬張れず、半分程に噛り付いた。


「~~~~~~ッ!!」


 途端、まるでじっくり煮込んだスープを中に包み込んでいたのではと思う程の肉汁が、一気に口の中に溢れ出す。

 その熱さに舌が跳ねるが、同時に、いっそ暴力的なまでの濃厚な旨味が一瞬にして広がって、別の意味で悶絶した。思わず椅子に座ったまま足を小さくジタバタさせてしまったが、この美味しさをただ大人しく味わってなどいられる訳が無い、という事で見逃して貰いたい。


 はふっ、ほふっ、と口を僅かに開けて、火傷しそうな熱さを逃しつつ肉を尚も噛み締めれば、じゅわりと滲み出る脂と肉の繊維が混じり合って、舌の上でとろんと蕩けるような食感へと変わる。火を通しすぎても足りなすぎてもいけない、絶妙な揚げ具合だからこそ味わえる至福の瞬間だ。

 味付けはシンプルに塩のみではあるものの、家畜と違って野性味が強い肉の個性を殺さない、ギリギリの匙加減で揉み込まれた香草と酒が、独特の臭みだけを消して程良い風味を添えていた。

 まったりとした脂と肉汁で口の中がクドくなりかける寸前で、鼻を抜ける香草の爽やかさがそれを上手く抑えてくれる。その後味につられて、また一つ、また一つと際限なく手を伸ばしたくなってしまうのだ。


 私は胸の奥から熱く込み上げる衝動を堪えきれず、ついに腰掛けていた椅子からガタリと立ち上がる。

 そして、一体何事かと騒めく周囲など全く気に留める事無く、次の肉を刺してあるフォークを空に向けて、さながら革命の旗の如く誇らしげに掲げると、万感の想いを込めて高らかに叫んだ。



「……ワイバーンの、塩ハーブ唐揚げ…………最っっっ高!!」



 朗々と響き渡るような歓喜の声と共に、パァアアアッ!! と、目を開けていられないほど眩い真珠色の光が、辺り一帯に満ち溢れた。





 さて、地球生まれの地球育ちにして先祖代々混じり気無しの純日本人であり、たかが一介の女子大生にすぎない私――連部つらべ 壱子いちこが、何故こんなファンタジックな食材に舌鼓を打っているのかといえば、話は数ヶ月ばかり前まで遡る。


 その日、私は大学の近くにある一軒のケーキ屋に足を運んでいた。というのも、受ける予定だった一限が教授の体調不良により休講となってしまい、無駄足になったとガックリ肩を落とし、かけたところで不意に閃いたのだ。

 ……今から行けば、いつも開店と同時に即瞬殺の勢いで売り切れてしまう、一日限定三十個しか販売しない名物スフレチーズケーキに間に合うな、と。


 そんな訳で、落ち込んだ気持などあっという間に吹き飛ばして意気揚々と店へ向かった私は、開店の一時間前に並べたお陰で無事お目当てのチーズケーキを購入する事が出来た。

 そしてホクホクと満面の笑みを浮かべながら、ケーキの入った紙袋を手に店のドアを一歩潜り抜けた、その時。



 ――リィン、と高く澄んだ鈴の音が響いた。



「え」と呟いたのは、目の前に突然、ポゥッと灯るように光が現れたからだ。

 木漏れ日から零れ落ちた陽射しの欠片のような、淡い緑の光が頭上に勢いよく飛び上がったかと思うと、目にも止まらぬ速さで幾つもの直線や、大小様々な円や、見慣れぬ記号を次々に描き出してゆく。その様をポカーンと眺めていれば、頭上には複雑に絡み合った巨大な図形が、瞬きを数度したかどうかの内に広がっていた。

 最後に全てを閉じ込めるように、図形の周りを線がぐるりと一巡りし――繋がって、輪となった瞬間。

 まるで爆発でも起きたかのような、光の洪水に飲み込まれた。


 急激な浮遊感。

 繰り返し鳴り続ける鈴の音。

 全身の隅々まで温かいお湯に浸されたような感覚。

 むせ返ってしまいそうな程の、緑の香り。


 ――数秒だったのか、数分だったのか、それとも何時間も経っていたのか。

 無意識の内に紙袋を死守するよう抱えたまま、反射的にギュッと目を瞑っていた私は、やがて覚束なかった足が何か固いものをしっかりと踏み締めて立っている事に気付き、恐る恐る瞼を押し上げた。



「は?」



 ……人間、驚きが度を超えると、逆に叫んだりしなくなるらしい。


 太陽に熱せられて陽炎を揺らめかせていたアスファルトではなく、顔が映し出せそうな位磨き上げられた石造りの床。

 道路脇に並んで植えられていた街路樹ではなく、大人が数人がかりで腕を伸ばして漸く一周出来そうな太さの柱。

 犬を散歩させているオバ様や自転車で走り去る青年ではなく、白を基調としたローブを身に纏った集団と、やたら煌びやかな服装の美男美女達。


 そんなものがいきなり視界に飛び込んでくれば、呆然とする他ないだろう。私がフリーズ状態になっていると、ローブ集団の中でも一際丈の長いローブを羽織った男性が、ゆっくりと歩み寄ってきた。

 緩く三つ編みにしている長い髪が、これまた非現実な淡い緑色で――つい先程目にしたばかりの、あの不思議な図形を描いた光と同じ色だな、と半ば現実逃避で見つめていれば。


「お初にお目に掛かります。調和の聖女様」


「………………は?」


 間抜けな声をもう一度上げてしまったのは不可抗力だと、断固として主張させて頂きたい。




 そこから、あれよあれよと我が身に降りかかった異常事態の説明が始まったのだが、まぁ要約するとこんな感じである。


 曰く、この世界――【ロンターノ】では、魔素と呼ばれるものが世界樹という大木から生み出されており、これが百年に一度位の周期で大量発生する。

 魔素自体は元々ありとあらゆるもの、それこそ人にも動植物にも、砂一粒や水一滴にさえも含まれていて、むしろ必要不可欠な存在だが、あまりにも濃すぎれば器が耐えきれず毒となってしまう。

 しかし、その際に世界樹が働きかけ、魔素に影響を受けず正常な状態に戻す力を授けられる者を、別の世界より呼び寄せるらしい。

 それこそが『調和の聖女』である。



「ちなみに、魔素が安定しました暁には、聖女様には元の世界の、元の時間のままにお送りする手筈となっております」


「えっ、帰れるんです!?」


 これには思わず目を見開いたし、一気に肩の力が抜けた。

 聖女召喚の責任者だという、神殿長と名乗った緑髪の男性が続けた補足によると、そもそも今の私はあの緑色の光で紡がれた術によって、一時的に地球から引っ張ってきている状態らしい。

 つまり繋がりは途絶えておらず、こちらからの干渉を断てば戻すのはそう難しい事ではないのだという。ただし、時間の照準を合わせるのはとても大変なのだそうだが。

 そして、その召喚と返還に大量の魔素を消費するので、後は残りの分を暫く滞在しながら各地で整えていって欲しいというのが、この聖女召喚の仕組みであり目的なのだと。


 要するに、世界規模の壮大な空気清浄機になれって事かな? と内心で身も蓋も無い例えを思い浮かべつつ、よく分からん聖女パワーで魔王を倒せ! みたいな無茶振りハードモードじゃなかった事に安堵する。

 そんなの、か弱い女子大生に期待されても無理ですからね。しんでしまうとはなさけない、に一直線待った無しですからね。



 粗方の説明を終えた神殿長は、最後に申し訳なさげな表情を浮かべながら口を開いた。


「一方的に召喚などしておいて虫の良い話だと思われるかもしれませんが、聖女様には心穏やかにお過ごしになられて頂きたいのです」


 どうも、この魔素を元に戻す力というのは、それを使う人間の精神状態も深く関わってくるらしい。

 悲しんだり苦しんだりしていれば力は弱まり、逆に楽しんだり喜んだりしていれば著しく強まる。絶望を抱けば魔素はむしろ膨れ上がって濃度を増してしまい、幸福感を抱けば魔素はより早く、より広い範囲で安定する。



 ――という事で、どうやら世界を救う代わりに、ちやほやVIP待遇してくれるようだ。

 そこで成程、と理解をした部分がある。えらくキラッキラした美形さん達は、言い方は些かアレだが『見本』の一部なのだろう。身に付けているゴージャスな服やら装飾品やらも含めて。

 金銀財宝、美男美女、贅沢三昧より取り見取りなラインナップを豊富に取り揃えております☆ ってな訳だ。


 ドレスにする? 宝石にする? それともイケメンにする?


 ……そんな風に選べというのなら、私が幸福に満たされるために選ぶのは、迷う事無くただ一つである。

 私は目の前に居並ぶ面々を見据えると、すぅっと大きく息を吸い込み、堂々と、キッパリと、躊躇い無く、その望みを言い放った。




「美味しいご飯をお願いします!!」

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