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ジャンク屋のおっさんが、魔導トラックで人を跳ねる事案が発生。


 ―――ツイてねぇ日だ。


 草原の中をまっすぐに伸びる田舎道で、おっさんは巨大トラックを走らせながら眉根を寄せた。


 住居にもなっている荷台(コンテナ)から、けたたましい目覚ましの音が鳴り響いている。

 しかし、相方を起こすはずのそれは一向に鳴り止む気配がなかった。


「……あのクソガキ、またか」


 イライラと、ハンドルを指で叩くおっさん……アラガミの不機嫌は、とっくに限界に達していた。


 まず今日は、秋口だというのに妙に蒸し暑い。

 だから、開いた車窓から吹いて来る風も生温い。

 そしてガタゴトと振動がキツい道のせいで、ケツや腰がかなり痛い。


 が、荷運びの期限ギリギリなので、休憩を取らずに車を走らせているのだ。


 そこに来て、運転も出来ないくせに一向に起きない相方である。

 いい加減ブチ切れたアラガミは、運転席と荷台を繋ぐ通用口に顔を向けた。


「スサビぃッ! テメェ、これで起きねぇってどういう事だコラァッ!」


 40年ちょい鍛え続けた大声で怒鳴りつけると、すぐにピタリと音が止む。

 

 ふん、と前に目を戻したアラガミは、フロントガラスの向こうにスライムの群れを見つけた。

 道のど真ん中で、呑気に雑草を食んでいる。


「轢かれてーのかチビども!」


 ヒゲ面を歪めて蒸気タバコを口にくわえ、軽くクラクションを鳴らした。


 こちらに気づいたスライムたちが慌ててピョンピョンと逃げ出すと同時に、道の両脇にある草原から一斉に小竜が飛び立つ。


「おっと、悪ィ」

 

 タオルを巻いた頭を掻き、空を舞う小竜に巻き添えを食わせたことを詫びる、と。

 そこに、日焼け肌の少女がヒョイと顔を見せた。


「おっさんさー、人が寝てんだから、ちょっと気を使って静かにしろよぉ……」


 アクビ混じりのナメた文句に、アラガミは再びブチンと弾ける。


「そりゃこっちのセリフだァ!! アレで寝れるってテメェ、耳クソが栓みたいに詰まってんじゃねーのか!?」

「もしそうだったらおっさんの声も聞こえねーだろ、バァカ」

「あぁ!?」


 バックミラー越しに相手を睨み付けると、青いビキニに窮屈そうに押し込んだ胸に、ショートパンツから伸びる健康的な足が見えた。


 半裸だ。


「ってか、前に出てくんならテメェがまず服装に気ィ使えや!!」

「やだよ暑いのに」


 アラガミは、助手席に降りようとする彼女のアゴを無言で掴み上げた。

 そのまま腕力だけで、荷台の方に押し戻す。


「うぎゅ。何すんだよ!」

「暑かろうが寒かろうが、下着は女が人前に出る服装じゃねぇ!!」

「おっさん以外誰もいねーじゃんかよ、ったく」


 スサビが悪態をつきながら奥に引っ込むと、アラガミはタバコの煙を吐きながら呻いた。


「いちいち腹の立つ……大体あのクソガキ、なんで怒鳴りゃ起きんのに目覚ましで起きねーんだ?」


 アラガミは物作りが好きだ。

 それが高じて、今はフリーのジャンク屋をしている。


 【魔導機(コア)】と呼ばれる動力機関……『魔力を生み出す心臓』を持つ魔導機械を、ジャンクから作ったり修理する仕事である。


 今運転している巨大魔導トラックも大型コアで動いており、アラガミが自作したものだ。


 しかし、そんなトラックと同じように丹精込めて作った愛しい目覚まし時計は……いくら改良しても、スサビの睡眠欲に連敗中だった。


「次こそ、絶対目ェ覚めるヤツを作ってやる……」


 行く手に、大きな街の近くに必ずある『ジャンク山』がうっすらと見えてきた。

 それは、壊れた魔導機械の集積場だ。


「お、もうすぐだな」


 アラガミは山を眺めて軽く笑い、片手ハンドルで走りながら目覚ましの改良案を考えた。


「ん〜。高出力の小型コアを取り付けて、アラームと同時に魔力攻撃を叩き込むように改造するか?」

「殺す気かよ……」


 再び顔を覗かせたスサビの声にチラリと目を向けると、彼女はアラガミの私物であるポロシャツを着ていた。

 が、前ボタンを閉めていないので余計にエロくなっている。


「全ッ然意味ねぇ……! 勝手に着るのはともかく、前くらい閉じろや!!」

「おっさんがエアコン入れてくれたらなー」


 スサビが、スルリと助手席に降りてアグラをかいた。

 アラガミは吸い終わったタバコを灰皿に押し込み、窓を閉めてからスイッチを入れる。


「おい」

「はいはい。んで、次の仕事は何だったっけ?」


 声を掛けると、彼女が冷風の吹出口に心地よさげに顔を近づけた。

 ボタンを閉じ始めたので、アラガミは質問に答えてやる。


「今運んでる大型コアの設置だ。道に付ける常夜灯の動力源らしいが……設置する目的は多分、あの街に出るってウワサの吸血鬼対策だろうな」

「……へぇ?」


 吸血鬼。

 それは過去に人類が頂点から追い落としたはずの亜人の一種だが……現在は、隆盛を取り戻しつつある。


 スサビは、思った通りにその話に興味を示した。


「面白そうじゃん」


 彼女は戦闘狂だ。

 強い奴と戦うのが何よりも好き、という奇特な人種なのである。


「行くついでに退治するか。金儲けになりゃ、一石二鳥だしな」


 アラガミもニヤリと笑う。

 自分も、荒事は嫌いではない。


「なんせ俺の作った魔導機械にゃ、ただの魔法如きじゃ勝てねーからな!」

「おっさんの機械マニアは筋金入りだからなぁ……まぁ、お陰でオレは強くなれるし別にいーんだけど」


 ガハハと笑うアラガミに、スサビはなぜかげんなりとした後に自己完結した。


 強大な魔力を持つ亜人。

 彼らが再び幅を利かせ始めたきっかけは、【永久稼働魔導機(フルスコア)】を作り出した人類文明の崩壊だ。


 魔法の原理を解明して亜人を追いやったにも関わらず、同族争いを始めて自滅したのだ。


 それから、百年足らず。

 バカな人類は亜人の報復を恐れつつ、前文明が残したジャンク山を頼りにどうにか暮らしている。


 アラガミには関係のない昔話だが……フルスコアを、いつか自分の手で作り出してみたいとは思う。

 運送や修理の仕事を受けながら旅をしているのも、より多くの知識や魔導機械に触れるためだ。


「そろそろ街が見えるかな……ん?」


 だらけていたスサビが、不意に頭を前に突き出した。


「なぁ、ジャンク山のとこに誰か倒れてねーか?」


 指を差されてアラガミは目を向けるが、何も見えない。

 

「老眼か?」

「アホか! 単純に遠すぎるんだよ!!」

「いやいや、衰えてるだけじゃね?」


 言い合ううちにジャンク山が近づき、その麓で誰かがうつ伏せになっているのを、アラガミもようやく見つけた。


「死んでるのか?」

「いや、動いた」


 スサビの返事に応えるように、ピクっと動いたその人物が顔を起こした。

 黒い服に黒髪の青年だ。


 


 ―――彼はこちらを見た途端、いきなり濃密な殺気を放った。




「……あ?」


 そのままガバッと体を起こして地面を蹴り、尋常ではない速度でこちらに迫ってくる。


「って、おい!?」


 何考えてやがるんだ、とアラガミは急ブレーキを踏んだ。

 このままだと、正面から衝突する。


 ガクン、とトラックの速度が落ちるが、それでも間に合わない。


「小僧止まれやァ!!」

「えらい勢いだなー」


 焦るアラガミの横でスサビが呑気に言い、ポチッとカーステレオの近くにあるボタンを押した。


『魔導シールド展開シマス』


 音声案内とともに、フロント備え付けの防御結界が展開される。

 突っ込んできた青年は不意を打たれて、ドガァン! と派手に吹き飛んだ。


 そこで、ようやくトラックが停車する。


「おいおい、死んでねーだろうな……?」

「んー、多分心配ねーよ」


 笑みを浮かべたスサビが、助手席の足元から魔導武具を取り上げた。

 出会った時から持っている彼女の身長と同じくらいの大剣だ。


「出るぜ?」

「ああ」


 外に飛び降りた彼女は無造作に青年に近づき、観察してからうなずいた。


「やっぱりだ。おっさん、こいつが着てるの【魔導の闘衣】だぜ?」

「何!?」


 振り向いて悪戯っぽい笑みを浮かべるスサビに、トラックを降りたアラガミは目の色を変えた。


 魔導の闘衣は、前文明が作り出した最上級のコアを備える魔導武装だ。

 亜人にも対抗可能な、人を超えた力をもたらすお宝である。


「おい、小僧!」


 なぜ青年はトラックに突っ込んできたのか、という疑問はアラガミの頭から吹き飛んでいた。

 衝撃が大きかったからか、どこかぼんやりしている彼に駆け寄ってその襟首をガシッと掴む。


「―――テメェが着てる闘衣、ちょっと俺に見せろ!!」

「え……?」


 少し覚醒した青年を軽く持ち上げると、そのまま片手で引きずってトラックに連行した。


「あれ? 一体何が……?」

「細けぇことはどうでもいいんだよ! さぁ来い!!」


 スサビがそれを見て、おかしげに喉を鳴らす。


「懲りねーよなー、おっさんも。最初オレも、アレで拾われたんだよなぁ」


 その言葉に構っている暇はなかった。

 青年の着ている闘衣を、一刻も早くいじり回さなければならない。


「ハハハ、このお宝のコア性能は!? 魔導武具は!? 補助魔法強化率は!? 徹ッ底的に把握しなきゃなァ!!」

「闘衣が起動しな……!? ちょっ、そこの人、見てないで助け……ッアー!!」


 アラガミは、トラックの後部ドアをガチャリと開けて、悲鳴を上げる青年を中に放り込んだ。


 ―――今日は、最高にツイてる!


 そのまま自分も愛車のステップを踏んで乗り込み、バタン、とドアを閉めた。

 

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