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All Stars! ~誰にも打てない魔球~


 ポラリス流星光群。今ではそう名付けられた現象が起こって5年の歳月が流れた。


 宙の全ての星の光、質量を持たない残照の群れが地球へと落ちた異常現象。終末の予兆とも称されたその現象を人々は嵐のように騒ぎ立て、それでも世界は平和であり続けていた。


 しかし、それは確かに世界を変えた。


 人はその日からある特定の条件下において超常的な力を振るえるようになった。

 物に触らなくても念じるだけでそれを動かす事ができる力。一瞬にして離れた場所に移動できる力。触れた物を透明にする力……

 多種多様な、そしてSFで語られるような力を現実の人間が使えるようになったのだ。


 世界はこの力を人類の発展に役立てられると確信し、1年後にはこの力のために新たな国際条約まで生まれ、世界的に動いていくようになる。


 そうして5年。この力が唯一使える条件──星の光が降り注ぐ前から人々に親しまれていたスポーツ(・・・・)は教育の必須科目となり、進学や就職にまで関係するようになった。

 学校だけではない。大企業から中小企業までのほぼ全てが独自のチームを設立し、大会で鎬を削る。その結果が株価や収益に影響を及ぼす程に世界はそのスポーツに熱狂していた。


 そのスポーツの名は……野球。



 私立星徳学園高等学校。

 野球の強豪校だったこの学校も4年前からの世界の流れの例に漏れず、様々な革新が行われてきた。

 その革新の一つとして行われたのが、20人の1クラスで1つのチームを作り、月末毎に同学年でトーナメント制の試合を行うというものだ。

 この試合での成績が授業点の評価や大会出場メンバーの選抜に繋がるため、どのクラスも真剣に取り組んでいる。


「むぅ」


 そんな事情もある4月の月半ば。

 今年入学したばかりの1年生。そのBクラスの学級委員長である少女、相川(あいかわ)(ゆい)は練習終わりのロッカールームで悩ましげな声を上げた。


「どうしたのー、ゆいゆい」


 そんな様子に気づいた金髪の少女、星野(ほしの) (おと)は声をかける。

 入学してから2週間が経ち、ある程度のポジションは定まった。中でも捕手を務める結とエースを務める桜はそのポジションの関係上、お互いを渾名で呼ぶくらいには仲良くなっていた。


「おとちゃん聞いてよ。天谷(あまや)くん、やっぱり試合に出る気ないんだって」

「むっ……」


 ニコニコとした人懐っこい笑みで話しかけた桜だったが、結の口からある人名が出た事でその表情を変える。


「あんな奴ほっといたらいいじゃん!」


 まるで怒りを隠そうとしない桜。それもそのはず、結が口にした「天谷くん」と彼女には忘れられない因縁があった。



 入学初日。自己紹介と同時に希望するポジションを宣言する時の事だ。

 自己紹介の前から投手希望を公言し、「魔球(・・)も投げれないピッチャーが許されるのは小学生までだよねー!」などと言っていた桜を差し置いて結の次に自己紹介する事になった天谷は気怠げにこう言い放った。


「天谷(たける)。希望ポジションはピッチャー。投げれる魔球(・・・・・・)はありません。ピッチャー以外はやる気ないんで。そんなヘボPでもいいならよろしく」


 桜はこれを自分に対する宣戦布告だと受け取った。


 投手以外の進路を断って一つの道を行くという覚悟は嫌いではないが、その道が自分と重なるのであれば邪魔にしかならない。

 それに魔球も投げられない相手になんて負けたくはなかった。

 

「売られた喧嘩は買ってやる! 勝負だーっ!」


 その日の内に意気揚々と桜は天谷に勝負を吹っかけた。結はこの時に巻き込まれて立会人兼捕手をやらされた。


 勝負のルールは簡単。投手に桜が、打者に天谷が立ち、三打席の内で一本でも天谷がヒット性の当たりを打てば勝ちというルールだ。

 投手の勝負としてはどこかおかしいが、バッティングに自信のない桜はたとえ魔球を投げられない相手でも打てる気がしなかったという裏事情もある。


 打席に立った所で天谷は挑発するような口振りでこう言った。


「このルールでも依存はないが、まさかヒットをアウトにしたりはしないよな?」

「はあ!? そんなずっこい事するわけないじゃん!」

「ふーん。まあいいや。バックスクリーンに叩き込めばいい」


 「学校のグラウンドだからバックスクリーンなんてないけどな」と嘯く彼の挑発に桜は容易く乗った。


「あったまきた! わたしの魔球を舐めるなー!」


 冷静さを欠く桜だったが、それでも自分の球が打たれるとは微塵も思っていなかった。

 なぜなら彼女には魔球があるからだ。


 魔球。現実でのそれはその選手特有の特徴的な変化球などにつけられる比喩としての表現だった。

 今では違う。現実でのそれは人類が開花した力が合わさる事によって、漫画などで語られるような荒唐無稽なものがそう呼ばれるようになった。


 桜の魔球はそういう意味では、まだ理解の範疇にあると言っていい。なにせ、ただ速いだけの魔球だ。

 問題はその速さだ。500km/hオーバー。五年前のプロ投手達の記録を軽く乗り越える速度だ。

 投げたボールが淡く光り、客席からは残光しか見えない事から『流星』の異名を持つその魔球はその速度だけで正しく魔球であった。


 もちろん魔球が凄いほどそれを受けるキャッチャーには多大な技量が求められるが、そういった意味では結は桜にとって最高のパートナーだ。

 彼女はボールを絶対に後ろに逸らさない。五年前から芽吹いた力でたとえ見えない球でも反射的にそれを捕球する事ができる結はこの世界で求められる捕手として高い能力を持っていた。


 そんな2人が対峙するのはこれらの情報を全く知らない天谷だ。打たれるとはまるで考えていなかった。



「おとちゃん。いくら自分がコテンパンに打たれたからってあんまり邪険にするのは良くないよ?」

「だーっ、言わないでよゆいゆい! わたし的には思い出したくもないんだから!」


 そんな想定も虚しく、三打席とも宣言通りのセンター返し、フェンス直撃のホームランという結果に終わった事を思い出し、桜は大きな声を上げた。


「あんなのズルだよ!」

「いや、おとちゃんが魔球での勝負に拘ったからだと思うよ? 天谷くん、1球目を見逃した後は全部魔球が来る事を想定して振ってたと思うし……」

「ううー、ムカつくー!」


 結の指摘も最もだと思ったのか、桜は悔しげだ。


「それでも、おとちゃんの魔球を簡単にホームランにできるあのバッティング力。ピッチャーやらないにしても野手として出て欲しいんだけどな……」


 結局その勝負の後、天谷は勝負に勝ったのにもかかわらず、あっさりとエースの座を桜に譲った。それどころか彼はあの宣言の後、マウンドに立ちすらしていない。

 もしかして桜の投手としての力を認めて、自分は野手に回るつもりなのかと思った結がそう問いかけた所、自分はピッチャーをやらないなら試合に出ないと言い出したのだ。

 投手としての練習をしていないどころか一度もピッチングを見せていない彼が投手として試合で投げる事なんてありえない話だ。つまり、彼のその言葉は試合に出る気はないと言っているのと同義だった。


「うー……あんな奴がいなくたって、わたしが打たれなきゃ勝てるもん!」

「アハハ……」


 天谷の事を嫌っている桜は結の言葉に反発するように声を荒げる。そんな様子に結はただ苦笑するのだった。



「はー、どうすればいいんだろう……練習にも来てない人はともかく、天谷くんにはちゃんと試合に出てもらいたいんだけど……」


 着替えが終わり、帰路へとつく結。桜とは家の方向が真逆なため1人での帰宅だ。


「よっ。遅かったな」

「天谷くん……? 待ってたの?」

「おう。何度も無駄足踏ませるのもあれだし、委員長にはちゃんと話しとこうと思ってな」


 いざ校門を出ようとした時、軽い声で彼女は呼び止められる。

 呼び止めたのは先程まで話題に上っていた天谷だった。


「話って、もしかして試合に出てくれるんですか!」

「逆だ。先生たちの前では言えなかったが、俺は試合に出る気はない」


 自分の言葉が通じたのかと束の間の喜びに浸る結だったが、返ってきたのは拒絶の言葉だった。


「粋のいい奴が居たからな。無理に俺がピッチャーやらされる事もないだろうと思った」

「理由、聞いても大丈夫?」

「簡単な話さ。俺には野球をやる資格がない」


 天谷はそう言い切る。間髪入れずに彼はこんな問いかけを口にした。


「なあ、委員長。絶対に打てない魔球ってどんなのだと思う?」

「え? えーっと……消える魔球、とか?」


 突然の問いに慌てながら、結は咄嗟に思いついた魔球の代表格を口にする。

 天谷はそれを気にする様子もなく、あらかじめ考えていた答えを言った。


「俺が辿り着いた答えは『絶対にキャッチャーのミットに収まる魔球』だったよ。後ろを守ってる奴らがどれだけ頼りなくても、それさえ続ければ全部ストライクかアウトになってゲームセットだ」

「それはそうかもしれないけど……あんまり想像つかないや」

「でも、五年前の俺は本気でそんな魔球を投げようと思って、練習したんだ」

「その魔球が投げれなかったから野球をやる資格がないなんて言うの?」

「そうじゃない。……いや、半分はあってるか。魔球は、完成したんだ」


 天谷は自嘲気味な笑みを浮かべて、言葉を続ける。


「──俺は、誰にも打てない魔球を投げたと同時に、誰にも捕れない魔球を投げたんだよ」



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