表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/32

彼女と俺のテレコミュ日記

「お前さ、何で俺の考えてること全部わかんの? 正直、気持ち悪いよ」


 友人は嫌悪感を滲ませながら、そう吐き捨てる。仲が良かったら何でもわかって当然じゃなかったのか? お前が言ったんだろ?


「周りのやつも皆言ってる。お前には全部見透かされてるようで嫌だって。……頼むからさ、もう俺らに近付かないでくれよ」


 やめろよ。そんな目で俺を見たことなかったじゃないか。お前のそれは、まるで嫌いな奴を見る目だ。


 ただ、それ以上に。



 なんでお前はそれを(・・・・・・・・・)本心で言ってるんだ(・・・・・・・・・)




「──っ!!!」


 布団を蹴り跳ね起きる。全身が嫌な汗で濡れ、記憶には悪夢の余韻がこびり付いている。


(……またこの夢か)


 もう二年前にもなる。中三の頃の苦い思い出。忘れたくとも、忘れたくない友人との一ページ。……いや、“元”友人か。


 足元でぐちゃぐちゃになった掛け布団を見て深いため息をつく。最近は見なくなったと思っていたが、忘れた頃に思い出させられるんだよな。

 ともかく最悪の朝だ。心の中でそう愚痴りながら、俺は学校の支度を始めた。




「おはよー」

「おう、おはよう」


 いつものように教室で交わされる挨拶。五月ともなればクラス内の関係性が固まり、挨拶を交わす相手も固定される時期だ。それまで不安定だった広く薄い繋がりもなくなり、四月の桜のように散ってしまう。そして新たに葉桜へと姿を変えたのが、今の彼ら彼女らの状況だろう。

 挨拶はそれが顕著に現れ、みんな挨拶をすることによって関係を確認しているのだ。

 例外と言えば俺のような友人がいない人間で、そんな挨拶を遠巻きに見ることしか出来ない。


「おはよ、宮田君」


 だが、そんな俺にも挨拶は来る。独りぼっちの俺にさえ挨拶をするお人好し。長岡愛哩と言って、クラスでも中心的な人物だ。

 彼女の肌は満開のソメイヨシノのように白く、長い黒髪はハーフアップに纏められている。その可憐な容姿は清楚という言葉を体現しており、男女問わず人気が高い。


「おはよう」


 俺はそれだけ返すと、窓の外へ視線をやる。それが終了の合図で、長岡さんも自分の席へと戻っていく。彼女は俺の求める距離感をわかってくれるから好きだ。別に恋愛的な意味ではなく。まあ友達的な意味でもないのが実に独りぼっちらしいところだけど。


 しかし、煩わしいのはここからで。


「おはよう宮田!」


 長岡さんに倣って、挨拶をしてくる生徒がこちらへ来る。毎日彼女の後に挨拶に来る男。表面上は完璧な笑顔で、十人が見れば十人が良い人そうだと答えるだろう。だが。


『長岡、俺のこと見てるかな』


(本音はこれか……)


 テレパシー。いつの頃からか、俺は人の心が読めるようになった。別に周りの人間全員の心がそのまま入ってくるわけではなく、何を考えてるのか知ろうとすると自然と頭に流れ込んでくる。


「……おはよう」


 文字通り見え透いた思惑に辟易としながら、俺は挨拶を返した。彼もそれで満足したようで、すぐに俺の席から離れた。その後長岡さんのところへ行くかと思えば、件の彼女は今のやり取りを見ていなかったようで、そこへ向かうことなく自身の席へと戻って行った。長岡さんはこちらと全くの真逆を向いており、彼女を含め女生徒四人ほどで集まっていた。


(そう言えば長岡さんの心は見たことなかったな。……うん、試しに見てみるか)


 長岡さんへと目を向け、気持ちを覗き見る。今は楽しそうに女友達と話しているが、本当は何を考えながら会話しているのだろう。言っておきながら何だけど、我ながら悪趣味だな。


『あ、髪切ってたんだ。気付かなかった』

「もしかして美奈ちゃん、髪切った?」

「あ、気付いてくれる? 昨日さ〜」


 他愛のない日常風景。まあ、誰もが裏を持ってるわけじゃないか。持っていたとしても、都合良くその時に限って黒いことを考えているとは限らない。


(にしても、本当に気が利くんだよな。長岡さん)


 長岡さんは気配り上手の化身のような人で、それが彼女の人気に拍車をかけている。それは生徒だけに留まらず、先生の望む回答すらも狂いなく答えるので、本当に学校一の人気者と言える。


 仕方ないとはいえ、こんな能力に怯えて人との関わりを絶とうとする俺とは大違いだ。朝からあんな夢を見ることといい、今日はどこかいつもと違う。


 ……厄日とかじゃないだろうけど、何かあるのか?


 そんなことはないだろうと思いつつ、しかしどこか期待しながら、俺は朝のチャイムを待った。




(そんなことを考えてた時期が俺にもありました)


 気付けば放課後。今日も今日とてつつがなく終わる。終礼後、クラスメイトは各々の目的に応じて動き出す。部活に向かう者、帰宅する者、教室で談笑する者。部活に入っていない俺は帰宅する者の内の一人だが、クラスメイトが半分以上教室を出ていっても自分の席に座っていた。

 なんとなく、まだ帰るには早い。往生際が悪いのは重々承知だ。だけどもしかしたら俺のことを好きな後輩が呼び出しに来るかもしれない。そこから恋に発展して、そして毎日登下校とかして……。


(とか言って、結局告白の時に『確認』してしまうんだろうけどね)


 テレパシーは言うなれば鼻呼吸みたいなものだ。口呼吸で生きることも可能だが、鼻が通っているのならば当然鼻呼吸をする。その方が楽で、それを無意識のうちに身体が理解しているからだ。

 会話する時は基本的に心を覗いて、しかしそのせいで余計に人と接するのが怖くなる。今から口呼吸で生活しろと言われても躊躇うように、もうやめられないところまで来ている。


 こんなことになるのならテレパシーなんて使えない方が良かった。中三の頃から数えて何度目になるかわからない妄想をしつつ、諦めて帰り支度をする。もう既に教室には俺と後数人しか残っていない。


「はあっ、はあっ」


 ガララ、と大きな音を立ててドアが開かれる。そこには息を切らした長岡さんが立っていた。


「宮田君!!」


 突如呼ばれる俺の名前。このクラスに宮田は俺しかおらず、俺が俺であることは明白であり……。


「……えっ、俺?」

「君しか宮田君はいないでしょ! ……えと、ちょっとだけ話があるんだけど……、良い?」


 予想だにしないことで呆気に取られ、つい何を思っているのか見ることもせず頷いてしまう。


『もう生徒会のみんなは帰ったよね』

(そう言えば長岡さんって生徒会だったっけ)


 呼び出す場所の確認だろう。生徒会室に連れて行かれるのかな。


「来て」


 教室の他の生徒は俺以上に驚いており、俺が教室を出ていくなり急にでかい声で話し出した。どうせ後で色々訊かれるのだろう。少し気が滅入る。幸いなのは廊下に誰もいないことか。


(……というか、長岡さんは俺に何の用がある? 接点は朝の挨拶以外特にないと思うんだけど)

「用件は着いたら話すよ。生徒会室でいいよね?」

「! ……うん。大丈夫だよ」


 偶然だろうが、俺が疑問に思った瞬間答えが返ってきたので驚いた。これが長岡さんの気配り能力の真髄なのかな。実際に体験してみると、やっぱ凄いな。


 生徒会室の扉は鍵が掛かっておらず、中にも一つのカバンを残して誰もいなかった。あのカバンも恐らく長岡さんのだろう。


「……で? 俺に話って?」


 なるべくぶっきらぼうに訊く。後のことを考えたらこれが最善だ。そうでなくとも好意的に訊く意味は無い。


「うん。それなんだけどね……」


 そこで少し間を置く。どことなく言い辛そうにしており、少し笑ってはまた口を噤む。


(……あれ、これってまさかの後輩告白パターン? 長岡さんは後輩じゃないけど、もしかしたらもしかする?)

「あはは、ごめんね? 告白じゃないよ、宮田君」

「っ」


 またもドンピシャで当てられて思考が止まる。偶然にしては妙な気がするほど、タイミングが良すぎる。


 ……さっきのといい、今のといい、これではまるで俺の──




「──俺のテレパシーと一緒じゃないか。うん。私もそうだと思うよ?」




「……え?」

「だから、私も宮田君と一緒でテレパシーを使えるんだよ。私はテレパシーなんて格好良い呼び名は使ってなかったけどさ」




 長岡さんは何を言っているんだ? 意味のわからない告白に、俺は閉口した。


「長岡さんが……テレパシー?」


 辛うじて絞り出した言葉も、同じことの繰り返し。そして、もしそうなら、彼女は。


『ね、これでわかってくれた?』


 示し合わせたように、心の中で彼女は返答する。普通の人なら伝わるはずのないコミュニケーションだが、今のではっきりとわかってしまう。


「……うん、この際長岡さんも使えるのはいい。それよりもさ」

「えー、そこはもうちょっと驚いてほしかったなあ」

「充分驚いてることくらい、既に知ってる(・・・・)でしょ?」

「んふふ、まあね?」


 クラスでは見せたことのない顔。口調さえ少し違う。こっちが素なのか、それともブラフか。


「……って、ブラフなわけないか」

「筒抜けだしねー」

「それで、長岡さん」


 一呼吸置き、再度口を開く。




「君はなんで、その能力があって人と上手に付き合えるの?」

「逆にこっちが知りたいくらいだよ。なんでこんなのを使えるのに独りなの?」




 テレパシーを使えてしまうが故に独りぼっちの俺と、使えるために学校の人気者になった彼女。あまりにも醜い対比。


 そんな対照的な俺たちを暗示するかのように、窓から差した光は彼女のところまでしか届いていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ