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田舎の中年百姓が、新古のエルフを買って使ってみた

 我が家は地方で農業を営んでいる。

 子供の頃は継ぐ気もなかったのだが、上京して大学を卒業した物の、就職氷河期により、僕は正規職員の口を得られなかったのだ。

 結局、派遣労働者として東京で八年を過ごした後、三十歳を期に帰郷を決意。実家の田畑を耕し続けて現在に至っている。今では立派な百姓のおっさんだ。

 勿論、今の農村生活は昔程、ないない尽くしではない。地上波TV局は確かに少ないが、衛星放送ならチャンネルは豊富だ。インターネットも使える。

 JAの運営するスーパーに行けば、日常に必要な物は手に入る。ない物があればネット通販で買えばいい。

 近隣との人間関係が濃密な分、こじれると厄介な点は昔と変わらないのだが、そこにさえ気を付けていれば、随分と過ごしやすくなった。

 生鮮食料に対する需要は安定している為、経済状態も悪くない。

 問題は、過疎化による人手不足だ。

 外国人研修生という扱いで、発展途上国から働き手を導入している農村もあるが、待遇等でトラブルが多発した事もあって、我が村では反対が強い。

 といって、人手不足を解消する対案もなく、手をこまねいている間に時は過ぎていく。

 このままでは、いずれ廃村も免れないだろう。

 そんな不安を漠然と感じながらも、僕は日々、農作業に励んでいた。


 そんなある日。

 収穫物の運搬に使っているトラックに、車検の時期が近づいて来た事を知らせる、整備工場からの葉書が来た。

 今のトラックは購入してから十年目だ。車検を通すより、そろそろ買い換え時かも知れない。とはいえ、まとまった出費にもなるので、出来れば安くあげたい。

 中古車フェアとか無い物かと新聞広告をあさっていると、近所の電柱に設置されているスピーカーから、村内放送が流れてきた。


「次の日曜、小学校にてエルフの展示販売会を開催致します。未使用品の掘り出し物が勢揃い。皆様、ぜひ御来場下さい……」


 エルフ。トラックの代表的車種の一つだ。未使用という事は新古品だろうし、御買い得かも知れない。

 いわく付きなら考え物だが、小学校を借りた催しなら怪しい業者でもなさそうだし、とりあえず覗いてみる事にした。


 そして日曜。

 小学校に出向くと、校庭には五台のトラックが止められていた。

 いずれも車種はエルフで、4WD仕様の物ばかりだ。色は、軍用の様なオリーブドラブで統一されている。

 何処かの業務用発注がキャンセルされ、新古品として流出したという辺りだろうか。

 外には人が見当たらないが、体育館の中から、聞き覚えのある隣近所の人達の、賑やかな声が響いている。


「展示販売会に御越しですか?」


 背後から声を掛けられたので振り向くと、スーツ姿の女性が経っていた。

 長い金髪に青い眼の、三十代位の白人だ。

 日本語は全く自然だったので、ハーフだろうか。


「ええ。色が軍用っぽいですが、いい車ですね。新古だそうですが、幾ら位でしょう?」


 値段を聞いた僕に、白人女性は苦笑して答えた。


「御客様、こちらは売り物ではございません。私共の商品を積んできた業務用です」

「トラックではないなら、オイルですか?」


 エルフの商品名は、トラックの他にも、別の企業が販売するエンジンオイルにも使われている。農機具向けのオイルだったのだろうか。


「それも違います。日本のJAと提携して、私共の国のエルフを、農作業の手助けに御活用頂ければという御提案なんですよ」

「はあ……」

「まあ、折角ですので御覧になって行って下さい」


 ともあれ、農作業用品ではあるらしいので、僕は白人女性に勧められるままに体育館へ入った。

 中には五十人程の村の面々が集まり、壇上の方を見つめながら異様な熱気を発していた。

 

「次の商品です。性別は雄、年齢三十歳。身長百四十五cm、知能指数は百五。日本語会話に問題はありません!」


 マイクの声が響き、僕も壇上に目をやった。

 そこには、二十人余りの全裸にされた男女が横一列に並んでいた。

 年齢は見たところ十代前半から三十前位で、性別は半々。肌の色から、人種は白人の様に思われた。

 全員、耳の先端が尖っている様に見えるのは、民族的な特徴なのだろうか。

 彼等はいずれも手錠をかけられ、うつむいた顔で立っている。

 褐色の肌に銀髪の司会らしき女性が、中央に立たされている少年を指さしていた。少年の顔立ちは幼げで、引きつった表情で脅えて脚をガクガクと震わせている。


「二十万円からのスタートです! どうぞ!」

「二十五万!」


 司会の呼びかけに、見知った顔の一人が声を張り上げた。僕の同年で、今は三児の母となった村役場職員の中年女性だ。


「三十万!」


 次に声を挙げたのは、今年で還暦になる禅寺の住職だった。昨年、奥さんが亡くなって一人暮らしの筈である。


「三十五万!」

「四十万!」


 村人達は次々に威勢良く叫び、値は徐々に上がって行く。

 その様子を僕は数分の間、呆然と眺めていたが、我に還って状況を把握した。

 奴隷オークション? この日本で? 村の皆は、この異常な催しに何の疑問も持たずに参加している……


「ちょっと来い!」


 僕は、案内して来た白人女性の腕を掴んで体育館の外に連れ出すと、胸ぐらを掴んで問い詰めた。


「あれは人身売買じゃないか!」


 白人女性は詰問に、慌てて首を振り否定した。


「御客様。あれは人間ではございません。エルフです。耳が尖っていましたでしょう?」


 エルフと聞いて、僕は白人女性の胸ぐらから手を放した。


「初めて見た……」


 五年前、日米EUの共同研究プロジェクトが並行世界との往来実験に成功し、現地の知的生命との接触に成功したというニュースが流れた時は、大きな話題になった。

 並行世界の存在が立証されるだけでなく、往来が可能となれば、その可能性は計り知れない。

 現地は地球の十五世紀に相当する程度の文明で、地球人と遺伝子構造が同じ人間の他、想像上の存在とされたエルフ、フェアリー、ドライアド、マーメイドといった種族が存在し、魔法と呼ばれる独自技術が発展しているという事だった。

 だが、「現地との無用な軋轢を避ける為」としてその後の詳報が流れる事がなかったので、世間では殆ど忘れられていたのだ。


「では、貴女も並行世界から?」

「はい。でも私は、生物学的にも、地球の皆様と同じ「人間」です。エルフとは違います」


 彼女は「人間」という処を強調したので、何を主張したいのかがすぐに解った。


「つまり、エルフは人間ではないから売買も問題ないと?」

「はい。国連は、地球に於ける人権の対象が人間のみであると、全会一致で規定しました。よって、エルフは家畜として売買や使役、狩猟、駆除、屠畜の対象として差し支えありません」


 いつの間にか国連で、とんでもない決定がされていたらしい。

 一応は報じられたのだろうが、ベタ記事の扱いだったのだろう。


「知的種族を売買なんて、よく認められましたね?」

「あいつらは…… 私達を……」


 忌々しげにつぶやく白人女性に、僕は、こうなるまでに重い事情がある事を察した。


「何があったんです?」


 僕の問いかけに、白人女性は「失礼しました」と詫び姿勢を正すと、エルフ販売についての経緯を説明してくれた。


「私共の世界では、エルフやその他の亜人種族が長命をかさに着て、短命な人間を差別し、隷属させていたのです。そこに、並行世界通路を開設した地球が介入して、同胞として私達に武器の売却や軍事訓練を行い、革命の支援をしてくれました」

「地球というと、国連軍がですか?」

「いえ、それだと問題があるという事で、大企業が共同出資して、PMC ※民間軍事企業 を編成したのです。日本の企業も多数、加わってくれました」


 大企業が、善意で革命を支援する筈がない。解放と言えば聞こえがいいが、要は並行世界を、好き勝手が出来る経済植民地にしたという事だろう。武器も「売却」と言っていたし。

 虐げられていたという現地の人間には、それでも”救いの手”には違いないだろうが……


「人間による革命政府が出来た後、捕らえて収容所に入れてある、生き残りのエルフ他の亜人は殺処分という事になりかけたのですが。「殺す位なら売ってくれ」と、地球が待ったをかけたのです」

「人道的配慮、という訳ではないのですよね」

「ええ。労働力の不足に悩んでいた地球の先進国は、酷使しても問題ないエルフを、労働用家畜として導入したいという事でした。また、人間をエルフ並に長生き出来る様に研究する為、実験動物としても多数必要なのだそうです」


 成る程、不老長寿は人類の夢だ。労働力確保はおまけで、革命を支援した目的の本命はそちらだったのではなかろうか。

 そして、その実験の為には、エルフに人権がない方が都合が良い。

 地球の偉いさんは何とも腹黒いと思い、僕は溜息をついた。


「で、働き手が足りないこの村にも、エルフ奴隷を売りに来たと?」

「本当は八つ裂きにしても飽き足りないのですが、革命政府には、復興の為に多額の資金が必要ですし。それと、奴隷ではなく「家畜」です。御間違いなき様」


 白人女性は、エルフについての僕の認識に、あれは家畜であると念を押してきた。

 並行世界の人間にとって、エルフは凄まじい憎悪の対象となっている事が感じられる。

 事情については理解した物の、村の連中があっさりと受け入れている事について、僕にはどうにも腑に落ちなかった……

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