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短編集

呪い、引き受けます。

作者: シール

ふと思いついて書いた作品です。

いたらないところなどありましょうが大目に見ていただけるとありがたいです。

楽しめていただけたらと思います。

 ハナム共和国という、とくに何の特徴もない国の西側、山沿いの地域にある都市の端に、今はもう使われていない廃墟がある。

 昔商売が大成功して成り上がった豪族が建てた大きな屋敷が建っていたのだが、全盛期から一転して没落の道へと辿ったそこは今はもうどこにも当時の面影はない。

 風化して屋根や壁は跡形もなく、わずかに屋敷があった形跡だけがある寂しい場所となっている。

 土地が広いので完全に壊して新しく何かを建てればいいものを、いつまでもそこは残っている。

 なぜなら、無念のうちに死んだ豪族たちの執着の念がはびこり、敷地内に入った者へ呪いをもたらすから恐れて誰も手を出せずにいるのだ。

 土地を買って人の手が入ろうとすると、どこからともなく何人もの嘆く声が聞こえて入った者を呪うのだ。そのせいで何人もの建築家や作業員が身体に異常をきたし、それを目撃した周りも怯えて逃げ出している。

 いつしか呪いの土地と認識されるようになり、大人は子供が間違っても入らないように厳しく言い聞かせるようになった。入ったものがどうなるかを実際に見せて、ああなりたくなければ絶対に入らないように、と。

 さて、誰も入らないのにどうやって実際に見せるのかといえば、一人犠牲を出すしかない。

 誰を選ぶのかといえば、呪いなどを信じない者だ。

 人の忠告も聞かずにいるやつを、住民はただ諦観して観察する。我が子にああはなるまいと思わせるための見本とするため。馬鹿を放っておく。

 廃墟近くの町に住んでいた青年、カラッドはその信じない者の一人だった。子供のころから語られた呪いの話を一笑に伏し、大人になったことで気が大きくなったこともあって一人肝試し感覚で敷地に踏み入った。

 その数時間後、呪いをもらって発狂して自宅へ帰って来たことで、彼の人生は変わる。

 カラッドはその翌日から呪いを実感した。病気ひとつもなかった体だったのに、カラッドは音を聞くことができなくなった。

 耳の機能が働かなくなったわけではないのに、周りの声も、物音も、自身の心臓の鼓動さえ聞こえなくなった。

 医者に見せても原因不明、インチキ臭い占い師にみてもらえば豪族たちの呪いだと騒がれた。

 やっと子供時代の呪いを受けた者を見た記憶を思い出した頃には、呪いを移されるんじゃないかという不安から一気に周りから遠ざけられるようになっていた。

 閉鎖的な町は異物を嫌う。あっという間に追い出されたカラッドは、唯一ついてきてくれた幼馴染の友人と共にこの呪いを解く方法を探すこととなった。

 そうして手当たり次第に呪いを消してくれる手段を探して、とうとうたどり着いた。

 あちこちの怪しい店で聞いた、とても怪しくて、でも確かに存在する呪いを解くのが専門の人物を。


「……というわけでここに来たんだ。あんたなら確実に呪いを消せるんだろう? どこに訪ねてもここの『解呪のクロノス』の名を聞いた、ここなら確実だと」


 案内されたソファの対面に座り、カラッドの代わりに隣のもう一人が、彼の代わりに語っていた。

 そして語り終わったことを紙に書いてカラッドへと渡し、現状を報せる。

 カラッドはその紙の空いているスペースに自らも書き込み、テーブルに置いて前へ突き出した。

 ペコペコと頭を下げながら差し出された紙には懇願が綴ってある。


『頼む、消してくれ! もうこんな生活嫌だ! みんなの声が聞きたい、ずっと一緒に探してくれたコイツにちゃんと礼を言いたい! 音が聞きたいんだ!』


 大の大人が涙をボロボロ流してうああぶあわあぁああ~~と呻きのような声で泣く。

 カラッドの呪いは本人に音を聞こえなくするだけで、声帯には問題がないのだが、自分の発した声すら聞きとれないためにまともに発音できているのかもわからず話せないのだ。そのためろくな会話も出来ず、筆談を余儀なくされていた。

 隣の友人だと名乗った方が、そんなカラッドを痛ましく見つめ、正面に向き直って頭を下げた。


「俺からも頼む…いや、お願いします。こいつを助けて下さい。調子に乗っていろいろやらかす奴だけど、こんな事される程悪人じゃないんだ。こんなのあんまりだ。俺も前みたいにこいつと馬鹿な話をしたい、お願いしますっ」


 カラッドも友人の様子から察して頭を深く下げる。

 そんな二人を対面で見ているのは、全身闇のように真っ黒な礼服で包み、顔だけ模様も何もない真っ白い奇妙な仮面で隠した男。

 服と同じく真っ黒な手袋をはめた手を組み、ソファに座ってから微動だにせずに二人の話を聞いていた男クロノスは、静かに口を開いた。


「……話は分かりました。ではこちらへ、早速払ってしまいましょう」


 言うや早くクロノスは立ち上がり、二人を奥の扉へ促した。

 扉から少しだけ離れた場所にいったん二人をとどまらせ、扉を開ける。

 豪奢な造りのわけでもない、とても質素な扉の先に彼らのいる部屋の灯りが差し込むと、中の様子が見えた。

 呪いに関わっているだけに、おどろおどろしい呪具なんかが置いてある特別な部屋に通されるのかと思っていたのだが……。

 その想像を裏切って目に映ったのは、こちら側の趣味のいい装飾の凝った客間とは比較にもならないほど味気ない、ひどく質素な部屋だった。

 怪しい呪具なんかはひとつもなくて、雰囲気になんとなく合っているような気がする暗めの対面ソファ二つとテーブルがひとつあるだけだった。

 拍子抜けしたような、安心したような複雑な気持ちで男に促されるままに二人は部屋に入った。

 再びソファに腰かけた二人の前に、クロノスは掌ほどの大きさの箱を置き今度は立ったままで対面に着いた。

 そして、何をするでもなく直立のままじっとしたかと思えば、唐突にカラッドの目の前で大きく手を打ち鳴らした。

 驚いて目を白黒させるカラッドは何が何だかわからない。

 二人は硬直したままその後の様子を見ていたが、クロノスは何かを箱に押し付ける動作をしてから箱を持ち上げると、出来を見るようにいろいろな角度から確認して、ひとつ頷いてからテーブルに置いた。


「どうですか? もう影響は無いと思います、カラッドさん」


 そっとクロノスは声でカラッドに尋ねた。

 まだ状況に目を白黒させていたカラッドだが、ハッと何かに気づいてクロノスを目玉が飛び出そうなくらい凝視した。

 信じられないという顔がはっきり浮かんでいる。


「おい、どうした…?」


 友人は様子が変わった友を訝しみ顔を向けるが、それどころではないカラッドはクロノスから目を離さない。


「………ぁ、……ぇた。…んで、きこ、たん? ぉえの」


「お、い…カラッド、喋れるのか? 声が…。おい、お前今話せてるぞ…!」


「え…? あ、ああっ!? でてる、でてる! こ、声、がでてる! 俺の声だっ、ああ、お前の声だっ!! 音だ!! 聞こえる、聞こえるぞおっ! 音が聞こえる‼︎」


「すごいっ、一体どうやって!? 何が起きたんだ!? ははっ、やったなあ! やったなあカラッド‼‼」


「ああ、ああ! ありがとう、ありがとうっ、ずっと助けてくれて、一緒にいてくれてありがとう‼」


 物を叩いたりしながら耳を押さえて喜びあう二人を眺めながら、クロノスはソファへと静かに腰掛けた。


「これで終わりです。もう呪いで何も聞こえなくなることはないでしょう」


「え、これで!? もう!?」


「はい。簡単だったでしょう?」


 おお、と唸って二人は互いを見て喜んだ。早く帰って心配してくれた家族にも伝えたいと気が逸る。

 その後謝礼を払って足早に去っていったのを、クロノスは仮面の奥から見送った。



 静かになった客間のソファに体を預け、深く呼吸を繰り返すクロノスは数分後に立ち上がり着けていた仮面や手袋を外す。

 炭のように黒い髪と黒曜石の色をした瞳以外は目立つもののない、良くもなく悪くもない平凡な顔。それに少し陰が射しているような暗い雰囲気があるため、根暗な印象を受ける。成人男性にしては全体的に細い。

 楽な状態になって、脱ぎ散らかしたものをそのままに自室に戻ろうと脚を動かす。


「ハァ…。う、だるい……でも、良かった。あっ!?」


 だが、何歩も歩かないうちに膝の力が抜け、がくりと前のめりに崩れた。


「……ッ!」


 顔面直撃を覚悟してギュッと目を閉じたが、衝撃は来なかった。

 代わりにぐいっと後ろに引かれる感覚と腕を掴まれているのを感じる。

 肩がねじれてかえって痛かったが、顔面をぶつけるよりはましだろう。

 クロノスが振り向くよりも早く背を押し、立ち上がったばかりのソファへ再び座らせた誰かは、そのまま対面へと回り自らも腰かけた。


「相変わらず無茶をするわね」


 女とわかる高い不機嫌な声音に、クロノスはやや気まずい表情で対面の人物へ目を向けた。

 黒いレザーの服の上から明るい茶の革鎧を付け、腰に巻かれたベルトの左右に装着された青が基調の双剣を差す、見るからに荒事を得意とする者の服装。その装備に不釣り合いに思えるような美しい顔立ちをした女性だった。

 銀に近いグレーの髪を緩くまとめて背になでつけ、アイスブルーの輝きを閉じ込めた瞳をクロノスへと向けている。その美人の部類にはいるだろう整った顔立ちに彼女が浮かべるのは不機嫌そうな表情。

 クロノスを睨みつけたまま、時間の経過ごとに歯ぎしりでも始まりそうな苦い顔になっていく。

 彼女はセキリア・アールグレイといい、クロノスに(名目上)雇われているパートナー的存在である。

 明るい挨拶でも返せばいつもはにっこり笑ってくれるのだが、彼女の不機嫌顔の理由がわかっているクロノスの喉は機能してくれず、彼女から発せられる圧に呼吸すら萎む。


「や、やあ、おかえりセキリア」


 それでもなんとか挨拶は口にした。

 そんな狼狽えぶりに、いっそうの苛立ちが募ったようでぎっと睨んだままセキリアはただいまと言ってから苦情を口にした。


「あなたまた解呪引き受けたわね? 私のいない時に。やめてって言ってるのに」


 咎める口調での詰問に、クロノスは慌てて反論する。


「い、いや、これが僕の仕事だし、やれることだし、ね? 少しくらい自分で稼いで生活しなきゃいけないじゃないか。セキリア、君はそんな当たり前なことも止めるのかい?」


「ね?じゃないっ。当たり前でもないわよっ、体に呪いを貯め込める(・・・・・・・・)からってそんなことしないでって言ってるでしょう! 仕事するならもっと安全なものにしてっ。万が一受け止めきれない呪いだったらどうするのよ!?」


 クロノスの行う呪いの移し替えとは、決して安全な方法ではない。

 その方法は、呪いの対象を元の対象者から自分(・・)に移し替えることだ。

 彼自身、過去に唐突にもたらされた呪いを受けたためにできるようになった方法だった。

 この呪いがなかなかに厄介なもので、何年経っても得体が知れないし、解呪の方法は目途も絶たない不気味で迷惑な呪いだった。

 一体何がどう働いているのかわからないが、クロノスにかけられた呪いは他者の呪いを自らになんの制約もなく移し替え、移した呪いの効力を発揮させずに留まらせておくことができる。消滅させられたりはしないが、クロノスの中に在る限りその効力が力をだすことはないのだ。

 しかしその代償なのか、呪いを移し替えた時にはクロノスの体力がごっそりと持っていかれてしまう。

 小さいものなら数時間で回復するが、あまりに大きい呪いだと全身の力が抜けて意識を保てなくなる。

 今回の依頼はなかなか大きい力が働いていたようだ、意識を失うまではいかないが、立っているのがやっとの状態になっていた。

 自分の呪いの副産物を商売にするクロノスを、セキリアは止めずにはいられなかった。

 そんな自己犠牲をみせてまで働こうとしなくていいと何度も何度も何度も言っているのに、いっこうに彼が聞く様子はなく、今回もセキリアのいない間に依頼が舞い込み、仕事が行われていた。


「他人を気遣う必要なんてないのよ! あなたはあなたの呪いを解く努力をしていればいいのよ!」


 毎度のことながら、苦情のように説得を試みるセキリア。しかしそれが効いた事はまだない。


「セキリア、僕ができることなんてこのくらいなんだよ、せめてできることで人を助けたい。いくら君のお願いでもこればっかりはやめないよ」


「もう!」


 今回もいつもと同じ返答。堂々巡りの会話になっているのも承知でセキリアは繰り返し願う。


「お願い、そんな方法で役に立とうとしないで。私が辛いのよ。なんで馬鹿が背負った災難をあなたが代わらなきゃいけないの」


 助けてほしいとやってくる者の話を聞いてみれば、呪いを受けた理由などほとんどが自業自得。忠告を無視して受けたりしたものなのに、それで泣き喚いて助けを乞うなど、セキリアからすれば笑止千万だ。

 『自分が招いたことは自分で責任を持つ』がモットーである彼女からすれば、自分が原因なのに被害者ぶる輩は信じられない。

 しかしそれを底抜けの優しさで全部解決させるクロノスは、信じられないものの最たる人だ。

 その優しさが彼の良い所であり悪い所である。

 出会った時は人と関わることに臆病になり、手入れの届いていない廃墟のような屋敷で細々と暮らしていたクロノス。それがとある偶然でセキリアと関わり、ひとつの呪いを解いたことから今のような関係に繋がっていった。

 クロノスが呪いを引き受けその身に溜め込む間に、セキリアは呪いの原因を探り取り除いて解呪する。

 そんな役回りになってセキリアが各地を回っている間に、噂伝いにクロノスのことが広まり、現在では『解呪のクロノス』という二つ名までついて有名になっていた。

 このことにセキリアは大いに不満である。

 自分の名声が云々ではなく、クロノスの名が広まってしまったことで更なる負担がクロノスに来ることが確定してしまったために不満なのだ。

 早々大きな呪いがこないとはいえ、優しさ底なし沼の彼のもとへもしも命さえ危ぶむ案件が入ってきたらと思うと、すぐにでもこんな仕事は止めてほしい。

 大切な人を危険な目になど合わせたくないのだ。呪われた身であろうと、クロノスという人を確かに愛してしまったのだから。

 絶賛片思い中の相手を目の前でみすみす死なせるようなことをさせてたまるかということだ。

 だからセキリアは何度でも説得を繰り返す。


「お金なんて困ってないでしょう、命と仕事を並べるようなことしないで。価値が違いすぎるわ。私にとってはそこらの人よりあなたの方がずっと大切な人なのよ」


 潤ませた瞳と弱々しい声音に、クロノスは体のだるさも忘れわたわたと慌て、しどろもどろになる。


「き、君が泣くことないじゃないか。僕は大丈夫だってずっと言ってるのに信じてくれないんだから……」


「信じられるわけないわよ。信じて死んでたら、嫌だもの」


「…………………。」


 何も言えなくなってしまったクロノス。ずっと協力してもらっているだけに、彼女の性格も気持ちもわかっている。どこまでも自分を気遣ってくれるために、セキリアの言葉はクロノスの胸を刺した。


「絶望するだけじゃない方法を思いついたのはすごいわ、クロノスがいい方へ変わったことも嬉しい。でもそれがあなたの命を脅かすかもしれないのなら褒めたりなんかできない、危ない橋を渡り続けるあなたを見ていたくない。私のエゴだけど、たとえあなたに嫌われてしまったとしても、その力は使ってほしくない」


「でも、君に頼りきりは悪いじゃないか。僕一人でも生きていけると証明できれば、君は自由に生きられるんだ。いつまでも僕のことを気遣う必要こそないんだよ、僕なら平気だから」


「私の、ためだっていうの?」


 いつもと違う返しに多少驚きつつも、クロノスの言に聞き捨てならないものがあって尋ね返す。

 それに頷きが返ってきたことで、セキリアは怒る。

 セキリアを自由にするという聞こえのいい言葉だが、セキリア自身からしたら愛する人から突き放される残酷な仕打ちと同じだ。そんなことは認められない。


「なにが証明よ! そんなことで私が安心できると思うの!? できないわよ、余計に心配事が増えるだけだわ!」


 ろくな未来が待っていなさそうなクロノスの人生計画にセキリアは声を荒げる。


「一人しかいない屋敷で倒れたら誰が面倒を見てくれるの? あなたの心配をするの? 一人寂しく仕事だけで生きて人生を終わらせる気? そんな楽しくない生活になるのを放って自由になれって? 冗談じゃないわっ」


「い、いや、そんな大げさな……」


「クロノならやりかねないわよ。私は今の状態でも充分自由に動いているわ、束縛しているように思う必要なんて全くない。わかった?」


「……でも……」


 煮え切らないクロノスにじれったくなる。


「ああもうっ、いい? 何度も言うけど私はクロノと一緒に居たいから側にいるの! あなたのことを愛してるの! 愛した人がいつどうなるかわからないようなことしてるから怒ってるの!!」


 雰囲気も何もない告白が始まり、う、とクロノスはたじろぐ。


「ちょっとまた、卑怯だよ! 何度も言ってるけどそれは…………」


「同情だって言いたいなら無駄よ、それもひっくるめてあなたが好きだもの。辛い現状でもできることを探して、人のためを想って底抜けに優しくなれて、ムカつくくらい自分を曲げないあなたのことが大好きになったからずっと仕事の協力もしてるの。これからも一緒に居たいからこうしていちいち顔見せに帰って来るのよ」


 恥ずかしさなどまったくない直球な告白に、クロノスは言葉にならないむずがゆさが身体に走ってバッと下を向く。おそらくバレバレだろうが、それでも赤く染まった頬を見られたくない。

 彼女は話が平行線になるといかにクロノスを愛しているかを語り始めるのだ、そのせいでクロノスはまともにセキリアを見れなくなる。

 恋愛経験など全くないというのに、真正面から直球で伝えてくる告白はクロノスにはとても恥ずかしくて嬉しくてでも気まずくて、目を合わせられなかった。

 何故ここまで自分を好いてくれるのかわからないのに、向こうはどんどん想いを告げてくる。


「あなたのことが諦められないの、遠くにいたって、姿がなくたって、それでもクロノの顔が浮かぶ。勝手に依頼を受けて倒れてないか心配する。何か手掛かりがつかめたか気にする。私のことを嫌ってないか不安になる。もしもう姿を見せるなと言われても、それでもあなたのことを気にかけてしまう」


 潤んだアイスブルーの瞳が宝石のように光を反射する。

 それだけでもクロノスはいっぱいいっぱいになるのに、加えて愛を囁かれてはもう反応すら返せない。あ、とかう、とか呼吸のような音しか出せなくて、頭で考えてることと口から出ることが一致しなかった。

 それをどう思ったのか、ハッとしたセキリアは自虐的に笑うとソファから立ち上がった。


「ごめんなさい、またやっちゃったわね。あなたは望んでいないのに…………」


「あ…………」


 潤んだ瞳を引っ込めて、セキリアはもう行くと言ってさっさと扉へ向かってしまう。


「じゃあ、またね。次の解呪が終わったらまた顔を見せるわ、次は半年前に受けた呪いよね、ちゃんと解くから」


「ちょ、待って……!」


 一人気持ちを落ち着けて颯爽と去っていこうとするセキリアに、咄嗟に手を伸ばして引き留めたクロノス。

 手は届かなかったが、いきなり立ち上がったのに驚いてセキリアは動きを止めた。


「なに?」


 問いかけても何も返ってこない。

 咄嗟過ぎて何も浮かんでいないのがセキリアにはわかっていたので引き留めてくれただけでも成果かとそこまででよしとした。


「もう行くから。……クロノ、私は諦めないわよ」


 ふふふ、と笑って見せて、それからは振り返ることなく彼女は屋敷から去っていった。

 その何十分も後に、やっとクロノスは動き出した。ドサッと深くソファに身を沈めて茹蛸のような顔を冷ます。


「……………………………卑怯じゃないか」


 カッコ悪い所ばかり見られて、咄嗟に引き留める言葉も言えないのに、それを責めるでもなく彼女は去ってしまう。彼女のほうがカッコイイ。

 だから、言えない。


「僕だって、君の事が好きだよ………」


 何度もマイナスな方へ考えてしまってもそれを正されるのに、それでも最後の一押しが足りなくて喉につっかえてしまう言葉。

 誰もいない時にしか言えない告白。

 格好悪くて自分で自分が嫌になる。


「男として、カッコよく言いたいじゃないか……」


 いつかと思いながらずっと待たせている彼女に申し訳ないが、こればっかりはちゃんと、自分から言いたいのだ。促されてではなく、自分の意思で、ちゃんと。

 ため息を吐いて自室へ向かう彼を、そっと覗くものがいることは気づいていなかった。


「…むふふっ」


 ついさっき去ったはずのセキリアはそっと窓から中を覗き、クロノスを見ていた。

 ほんの少しだけ開けた隙間から聞こえた彼のセリフに胸をときめかせ、さっきの潤んだ表情はどこに行ったと思うほど顔はだらしなくにやけていた。


(クロノったら可愛い〜! あんなに落ち込んで悩んでくれて)


 ついさっきのクロノスの落ち込みようを、セキリアは窓から見ていた。

 呟いていた声も逃さず聴き取り、自分を想ってくれているという事実に舞い上がりそうだった。


(ああ〜もうやっぱ私から言っちゃう? 恋人すっ飛ばして結婚申し込んじゃう? でもクロノから言われたいしなぁー、あの人の理想叶えてあげたいし…ああん、もう! 早く言ってほしい!)


 全部……そう、彼の感情も思考も態度もすべて把握した上で。

 セキリアはずっと待っている。

 クロノスが自分から告白してくれることを。


(はぁ、何であんなに愛おしいのかな。はやく一緒になりたいよぅ、でもあの人の理想は邪魔したくない……うぅ…辛い)


 にやけたり泣きべそかいたりと忙しく百面相するセキリアに声を掛ける者はおらず、彼女の思考(妄想)は止まらない。


(告白されたらその後はまず同居は確定でしょ、それでずっとイチャイチャしてやるんだから! 鬱陶しがられると嫌だから少ししたら距離はもって、ああでも寂しい、じゃなくて適度な距離感を置きつつ呪いを解く手がかりを見つけるために動いて………なんなら一緒に旅する? なにそれいいっ! あああ早くそんな未来来い!! 切実に来て!!!)


 クロノスが見たらなんと思うだろうか、一人もごもごと陰で転がりながら悶えて百面相する女を。

 彼女自身絶対に見せる気はないが、偶然塀から見えた通行人はぎょっとして足早に去っていった。

 そんなことは気にしないセキリアは未だ妄想にふけっており、満足して立ち上がったのはその十分以上後だった。


「さて、たっぷり充電できたし次の呪い消しに向かいましょうか」


 シャキッとしていつもの凛々しい表情になると、セキリアはもう振り向かずに歩き始めた。

 いつか二人で寄り添える日を楽しみにしてやる気を高める。


「絶対クロノスの呪いを解いてやるんだから!」


 前を見据えたまま、セキリアは高々と宣言して目的地へと進んでいった。






 数年後、とある屋敷で小さい結婚式が執り行われた。

 呪いの屋敷と遠ざけられているその場所で、新郎新婦と司祭だけのとても小さな結婚式。

 しかし祝福された二人はとてもとても幸せそうに微笑んでいた。

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