9 忠告をいただきました。
区切りの関係で短めです。
箝口令が敷かれていたのかと思うぐらいアレクシスとクロエの婚約は噂にならなかった。
社交シーズン半ばの5月に入ってクロエはコルベール領に戻ることになった。結婚式のための料理の手配、新婚の二人のための新しい寝室などの改築の手配等のためにである。
8月に入って、とうとう、アレクシスとクロエの『婚約の噂』が王都中に流れ始めた。
ただ、その頃にはクロエもアレクシスもコルベール領にいたので特に問題もなかった。
結婚式のため、領地に招待した親友達が、王都の状況を教えてくれたのだ。
「今、王都ではコルベール伯爵令嬢とアレクシス様が婚約したって言う噂でもちきりなの。」
ニコニコ笑顔というよりニタニタ笑顔で話しかけてきたのは、子供の頃からの親友、エーメ伯爵家の嫡男と結婚したパメラ。
「ほら、特に有名なアレクシス様を追っかけていた筆頭の、デュラン侯爵令嬢。
この話を聞いて失神したそうよ。しかも、デュラン侯爵家主催の晩餐会の真っ最中で、失神したときスープがテーブルの上にあって、そのスープに顔を突っ込んで倒れたんですって。」
どこから情報を入手してくるのか、友人内で一番の情報通で、パメラ同様親友でもある、セリエ子爵夫人エヴァ。心の底から楽しんでいる。
「不思議ね。明日は二人の結婚式なのに、王都の噂は『婚約した』なのよ。」
「「本当に不思議ね~。」」
二人は声をそろえて言う。
クロエはとりあえず笑って誤魔化してみる。
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二人との楽しいお喋りのあと、一人になってふと思い出した。デュラン侯爵令嬢とは、媚薬をもった犯人ではないか。たしか、名前はフローラ。
父から聞いた話では、表立って王家から侯爵家への圧力はない。
元々デュラン侯爵は爵位なしのアレクシスへ娘のフローラを嫁がせる気など微塵もなかったとアレクシスも言っていた。
この件は王と侯爵で何らかの密約が成されたと思われるが、詳細はわからない。
ただ、フローラ嬢は、近々意に反する婚約が決まるだろう。
「恋する乙女は可哀想。」
つい、独り言を言ってしまった。
「凄いね。明日結婚するのに。誰が可哀想なの。」
突然、後ろから声。驚いて振り返るとそこには第二王子アナトールがいた。
驚いたので、勢い余って口を空けたままじっと見る。
「凄い。馬鹿面。口は閉じた方がいいと思いよ。」
軽い口調で言う。クロエは言われるまま口を閉じる。目は驚いたまま。
「いつになったら覚醒してくれるの~。」
アナトールはクロエの目の前で手を右へ左へ振る。
「は!!」
クロエ覚醒。
「淑女の部屋に了承なく勝手に入るのは、紳士としていかがなものでしょうか。」
クロエは淑女として冷静に話す。
「ごめんね。僕もそう思ったんだけど、今しか話せなくて。それとも、明日の式の直前に密会する?」
またまた軽い口調。しかも式の直前密会とは冗談ではない。
「今、お願いします。」
「うんうん。いい性格。最高だね。では、早速。エリザベートに気を付けて。」
何を言っているのか理解できないクロエは、固まったまま動かない。
「弟から聞いているとは思うけど、弟の元彼女。彼女は物凄く嫌な女だから、気を付けて。
彼女は、自分の、お気に入りの、宝石を、君に、取られて、物凄く、怒っているから。」
一言一言区切って言う。
「宝石?」
クロエは眉間に皺をよせて言う。
「弟のこと。」
ああ、そう言えば以前『自身を飾る宝石』とアレクシスも言っていた。
「きっと次の社交シーズン、王都に戻って来たら何かあるかも?」
楽しそうに話すアナトール。
クロエは考えてみる。
エリザベート=アレクシスの元彼女=現在ベルトワーズ公爵家の嫡男の妻=面倒臭い
「わかりました。次の社交シーズンは新婚なので子作りに励むため領地から出ないことにします。社交には父である伯爵が参加すれば問題ないので。」
笑顔で言うクロエ。
今度はアナトールが呆然となる。そして大きく吹き出す。
「いいねぇ。いい。その性格最高。これで性別が男だったら今すぐ押し倒すのに。
まぁ、弟の運命の人に手を出したりはしないけど。」
アナトールは笑いながら、いつの間にか後ろに控えていた美形の護衛と共に、部屋を出ていった。
クロエは思い出した。まことしやかに流れていた男色家の噂は本当だったのかぁ。