8 緊張しました。
婚約して一ヶ月程経ったある日。
「本来でしたら、婚約して1年か2年ぐらいで結婚なんですけど、その私達の間には既に・・・・があるので、結婚が早まることになりました。」
「ごめんなさい、途中が良く聞こえませんでした。」
アレクシスは、うなだれながら、小さな声で、
「既成事実。」
クロエは聞かなかったことにして、紅茶を一口飲む。
「式の場所はどこでしょうか?時期は?」
「コルベール伯爵家の教会で8月に」
婚約したのは2月。今は3月。5ヶ月後に結婚。
「フランクールからは、母の弟であるフランクール伯爵とその家族が参加します。あと母が参加します。王族としての参加は父の名代として兄のアナトールです。」
「わかりました。婚約後6ヶ月で結婚なら、地方ではよくあることです。」
クロエがあっさり了承したことに、アレクシスは驚いた。
普通は婚約後1年か2年経ってから結婚することが多い。
色々結婚のために準備が必要だからだ。
だがそれは王都周辺の貴族の風習。
地方になると婚約後3~6ヶ月での結婚も意外に多いのだ。
理由は簡単。地方同士の両家が結婚する場合、式をする領地への移動が考慮される。
オフシーズンに結婚するなら8月から12月の間のみ。これを逃すと来年まで結婚できない。
社交シーズンに王都で結婚式をする場合もあるが、親族全員が社交シーズンに王都にいるとは限らない。
他にも、結婚当事者の年齢も理由になるし、親族に高齢者がいた場合も理由になる。
地方には地方の風習があるのだ。
「それで急なんですが、明日王宮で、母がクロエのためにお茶会を開くことになりました。」
「!!」
「気にしないで下さい。身内だけのささやかなお茶会です。」
アレクシスはなんてことはないという風にさわやかな笑顔で言う。
ちょっと待て、お前の身内は、王族だろう。
クロエは真っ青になる。
「ド、ドレスの準備。」
クロエは慌てて自分の部屋に戻ろうとした。
「大丈夫です。ドレスは既に用意いたしました。お部屋に届いていると思います。」
アレクシスは直ぐにクロエの腕を握ってそう言う。
「婚約者のドレスを準備するのは私の務めです。」
そう言うとアレクシスは、クロエの手の甲にキスをする。
クロエは目を見開いて驚いた。
「あ、ありがとうございます。」
顔は真っ赤。
「ドレスに合わせてイヤリングとネックレスも届けました。明日、お迎えに来ます。」
アレクシスはそう言って、コルベール家のタウンハウスを後にした。
クロエはアレクシスを見送ったあと、慌てて自室へ戻ってドレスの確認をした。
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朝からお風呂に入り、全身をくまなく洗われ、オイルマッサージ。
優秀な侍女に感謝。
アレクシスが準備した濃紫色のドレスに身を包み、アクアマリンのネックレスとイヤリングを装着。このドレスと宝石いくらするんだろうと現実逃避をしつつ、準備万端。
アレクシスが迎えに来たので玄関に向かう。
「とても素敵です。」
少し顔を赤くしたアレクシスに言われ、クロエの顔も赤くなる。
そして、二人で馬車に乗って王宮に向かう。
王宮に到着後、直ぐに王家の私的な部屋がある奥へ移動。
美しい内庭を見渡せる部屋が今回のお茶会の会場。部屋と内庭との間の扉は全て取り外されていた。
用意してあるティーセットは最高級品。
確か、このソーサーとカップ1セットの値段は・・・・。割らないように細心の注意を払わなくては。
アナ側妃が、既に部屋にいて、迎えてくれた。
「いらっしゃい。今日は来てくれて嬉しいわ。」
笑顔で言う。
「こちらこそお招き頂きまして有り難うございます。これ、お口に合えば嬉しいのですが。」
事前にアレクシスに確認済み。アナ側妃は胡桃とアーモンドが大好物。そのため胡桃のパウンドケーキとアーモンドのクッキーを昨日の夜に慌てて作って用意をした。
「まあまあ、私の大好きな胡桃のケーキにアーモンドクッキーをありがとう。さあ、ソファーに座って。」
クロエはアレクシスと共に座る。侍女が紅茶を準備する様子を見つつ、アナ側妃の様子を見る。
クロエが渡したケーキを皿に盛りつつ、つまんで一口食べていた。
クロエは見なかったことにしてから、小さな声でアレクシスに質問する。
「ごめんなさい。ちょっと聞きたいんだけど、お茶会ってこの広い部屋で3人だけ?」
「いや、多分、父もこっそり来るかも?」
なんと!!聞いていないぞ。
来るなと心で思いつつ扉を見る。
その瞬間、開いた。
扉が、開いた。
「あら、陛下いらっしゃったんですか?」
ニコニコ顔のアナ側妃。部屋に入ってきた国王。そして、続いて王妃、第一側妃、第一側妃の息子である第二王子アナトール。
クロエの緊張は頂点に。手にしたティーカップは微かに揺れている。
「こちらの可愛いお嬢さんが私の未来の娘かぁ。こんにちは。今日の私は、風邪を引いたことになっているから見なかったことにしてね。」
国王がクロエにウィンクをしてから、ぱくっと胡桃のパウンドケーキをつまむ。
「ごめんなさいね陛下がどうしても行きたいと駄々をこねて。」
続いて王妃が謝罪をする。そのままクロエの向かいに優雅に座る。
「あら、このアーモンドクッキーは初めて見たわ。」
第一側妃がそう言って、立ったままクッキーを食べる。
「おいしい。アナ様、こちらのクッキーはどちらで購入したのかしら。」
「これは未来の娘の手作りよ。」
「なんですって!」
第一側妃が振り返ってクロエを鬼の形相で見る。そして、透かさずクロエの側に来て話し出す。
「クロエ様。貴女はアレクシス様の未来の花嫁です。」
クロエは震えた手で持っていたティーカップをテーブルに置く。第一側妃は鬼の形相のまま話し続ける。
「私の息子アナトールとアレクシス様は兄弟です。
つまり、私にとってアレクシス様は息子同然。
アレクシス様にとっても、私は母同然。
つまり、私が言いたいことは、アレクシス様の妻になる貴女にとっても、私は母同然です。」
クロエは最早操り人形のような気分になって首を縦に何回も振る。
ここで突然、第一側妃の声色が変わった。
「だから、私のために今度アーモンドクッキーを作って。お願い。こんなおいしいアーモンドクッキーは初めて。」
先程まで鬼の形相で居丈高な雰囲気で話していたのたが、途中からは完全な可愛い声でのおねだりへと変わっていた。
だが、クロエは緊張のあまり、全く内容が頭に入っておらず、先程と同じように首を縦に降り続けていた。
横にいるアレクシスが気をつかって対応してくれたらしいが、クロエは記憶にない。
第一側妃は喜んでクロエに抱きついていたそうだが記憶にない。
その後ろで大爆笑をしているアナトールがいたが記憶にない。
アナ側妃は笑顔でクロエを見ていたが記憶にない。
王妃の横で胡桃のパウンドケーキを仲良く食べていた国王陛下がいたが記憶にない。
ただ、お茶会に参加した全員がクロエを控えめな恥ずかしがり屋な令嬢と思い、概ね好印象を与えることには成功していた。