5 恥ずかしくて動揺しました。
あの日の記憶をすっかり見事に無くしたクロエは、突然『貴女の初めては頂きました。』と言われても理解できなかった。
そう、クロエには被害者としての認識が全く無いのである。
アレクシスに謝罪されても、今一歩、いや、全く自分の身に起きたことについての記憶が無いので『何故この人は謝っているのかしら?わかんない。』といった状況なのである。
あえて言うなら『朝起きて、裸見られて、恥ずかしい』。
「あの、顔をあげて下さい。」
クロエは焦る。王族からの謝罪。後でばれたら処刑される。
いや実際処刑はないが、いろいろ言われる。
「父から薬をもられたことは訊きました。アレクシス様は何も悪くないので。」
頼むから、止めてくれ。
「何を言っているんです。薬をもられたといえども、女性をあんな・・・あんな風に・・・・傷付けたのです。謝って許されるものではない。」
アレクシスは真剣だ。
「でも、何も覚えていないので・・・・。」
クロエが小さく呟く。
アレクシスの顔色が真っ青になる。
「訊いています。それが逆に僕には・・・・。」
苦しそうな表情。両手で強く握り拳を作っていた。
「僕は自分が許せない。」
真っ直ぐクロエを見て言う。
そこでクロエは少し考えてみた。
毎日この美しい男性と一緒に夫婦として生活する日々を。
朝起きる。美しいご尊顔を拝する。私は動悸、息切れが激しい状態になる。
かつ、美しいご尊顔は事件のことを思い出して苦しそうな顔をする。
朝食を食べる。美しいご尊顔を拝しての食事に、恥ずかしさの余り私の食は細くなる。
かつ、美しいご尊顔は事件のことを思い出して苦しそうな顔をして食事をする。
お茶の時間。美しいご尊顔を拝してのお茶に、淑女っぽく見せるため、大好きなケーキを食べる量が減っていく。
かつ、美しいご尊顔は事件のことを思い出して苦しそうな顔をしてお茶を飲む。
以下続く・・・・。
絶対無理があるよね。
クロエは意を決っして言葉を発した。
「なら、なおのこと、私を見る度に、今回のことを思い出し、苦しむと思います。
そのような状況で健全な夫婦関係が成り立つとは思えません。」
アレクシスの顔色が更に青くなる。
視線はクロエを真っ直ぐ見たまま。
しかし、少しすると、アレクシスの顔色はみるみる赤くなっていく。
耳まで赤い。
その瞳は今まで見たことが無いぐらい熱を帯びている。
口を開く。閉じる。開く。閉じる。パクパクするその姿はまるで魚のようだ。
「あ、あの・・・、僕は、あの時・・・・・・・・・・」
何か言ったが、声が小さすぎて聞こえない。
「ん?」
笑顔で首を傾げて続きを促す。
「・・・、・・・・・。」
聞こえない。
「あの、良く聞こえなかったのですが。」
もう一度促す。
「・・・気持ち・・・・良かったです。」
「はい?」
アレクシスは、意を決したのか目をつぶって叫ぶ。
「凄く、気持ち良かったです。」
「ごめんなさい。意味がわかりません。」
即答するクロエ。
アレクシスは目を大きく開けて絶望する。
「つまり、つまりですね、あの晩、僕たちは、か、か、か、身体を重ねたわけであります。そして、その時・・・・・・・・・・・つまり、身体の相性が良かったのです。」
最後の行は、先程とは比べ物にならないぐらい、大きな声で叫んでいた。
クロエは呆然とアレクシスを見る。
そして、真っ赤になって、突然、立ち上がる。
「な、な、な、何をおっしゃっておられるのでございまするか。か、か、か、か・・・・身体の相性などどどど、」
言葉が出なくなる。口はパクパク動いているが言葉がでない。
アレクシスも立ち上がり、クロエの横に立ち、背中をさする。
更にテーブルの上にある、ガラスコップに水を入れて、クロエにすすめる。
クロエは、水を一気に飲み干した。
とりあえず落ち着きを取り戻しソファーに座る。
アレクシスもそのままクロエの横に座る。
「大丈夫ですか。」
「はい、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。」
「いえ・・・、僕が変なことを言ったせいなので。」
アレクシスの顔は再び赤くなる。そしてクロエから目をそらす。
「私は何も覚えておりません。何か失礼なことは・・・。」
とそこで、クロエは話すのを止めた。詳しい閨のことを話されてはむしろ困る。恥ずかしすぎて再び失神する自信がある。
クロエは落ち着くために、今度は目の前にあるティーカップに入っている紅茶をゆっくり飲んだ。
そして深呼吸。深呼吸。す-は-す-は-。
落ち着く。
冷静になる。
そう言えばアレクシスの恋の噂話を友人達から聞いたことがあるのを思い出した。
今クロエとアレクシスは同じソファーに座っている。
左にクロエ。
右にアレクシス。
クロエはアレクシスのいる右側を向く。意外に顔が近い。
アレクシスの顔はまだ赤い。
つられてクロエも赤くなる。
だが、ここで負けてはいけない。何に負けるか勝つかは不明なのだが。
「率直にいいます。アレクシス様には他に好いた女性がいるのではありませんか。」
よし、ちゃんと言えた。
「私は、私のせいでアレクシス様にご迷惑をおかけするのが心苦しいのです。」
よし、淑女らしい。